【判旨】
実用新案権侵害訴訟において均等侵害の成否が争われた事案で、裁判所は、実用新案についても均等論に適用はあるとしたうえで、本件ではイ号製品が均等第2要件(置換可能性)を充足しないことを理由に、均等侵害を認めなかった。
【キーワード】
均等 第2要件 置換可能性 作用効果

 

【事案の概要】
本件は、靴載置用棚板に関する実用新案権(実用新案第3136656号)についての侵害訴訟である。以下のクレームについて、下線部分がイ号製品との相違点となる。そこで、原告は、イ号製品が特許発明と均等であると主張した。

 

A 上面に靴載せ部が形成された板状部材の一端に靴収納庫に設けられた横桟部材に着脱可能に掛合する掛合部と、

B 他端に靴止め部とを形成し、

C 靴載せ部の上面と靴載せ部の下方とに靴を収納した収納姿勢と、掛合部を回転中心として靴止め部側端部を跳ね上げ靴載せ部の下方に靴を出し入れする跳ね上げ姿勢とに回動可能で且つ掛合部で横桟部材の長手方向に摺動可能に構成したことを特徴とする靴載置用棚板。

 

 
本件実用新案 
(赤枠が相違点。イ号製品は、掛合部が一連のリング状になっている。)
  
 【争点】
 ・考案の技術的範囲についても、均等論の適用があるか
 ・特許発明とイ号方法で作用効果が異なる場合、均等論の適用があるか
 
【判旨抜粋】
 
ア 「掛合部」の意義について
 
(ア) 本件考案に係る実用新案登録請求の範囲の記載によれば,「掛合部」とは,「横桟部材に着脱可能に掛合する」ものである(構成要件①)とともに,「掛合」の状態として,「収納姿勢」と「跳ね上げ姿勢」とに回動可能であり(同③),かつ,横桟部材の長手方向に摺動可能なものである(同④)。
(イ) 特許技術用語集(乙6)において,「掛合」とは,「けいごう」と呼称し,「掛け合わせること」という意味を有するものとされている。また,「掛」という漢字は,「ぶらさげる。ひっかける。かかる。ひっかかる。ぶらさがる。」との意味を有するものとされている(甲4,5)。
そうすると,「掛合」とは,部材同士がぶら下がったり,引っ掛かったりして合わさった状態を意味するものということができる。
(ウ)したがって,本件明細書に記載された,下向きに開口するU字形に形成された嵌合用切り込み部を有することで,引っ掛かって合わさる構成のみならず,被控訴人各商品における棚板のように,円形の穴の形状を有することで,ぶら下がって合わさる構成も,挿通により当該構成に至る点が異なるにすぎず,横桟部材に接している部分において「掛合」していることには変わりはないというべきである。
 
イ 「着脱可能に掛合する」の意義について
(ア) 本件考案は,靴収納用の1枚の大きな傾斜棚を有する従来技術において,靴収納庫の空間部分を十分有効利用できなかったり,下方の靴の取り出しが不便となることが生じるという課題を解決するために,棚板を跳ね上げて靴を容易に取り出すことができるほか,棚板は必要に応じて着脱可能であって,希望する位置に設置することが可能であるのみならず,横桟部材をガイドにして,棚板を横桟部材に取り付けたまま横にスライドさせたり,棚板を横桟部材に付け替えたりすることによって,ブーツのような丈の長いものを避けた場所に棚板を設けることができることを目的とするものである。
そうすると,本件考案における「着脱可能」との技術的意義は,棚板を必要な位置に設定できるようにする点にあるものと解されるところ,横桟部材を取り外さなければ着脱することができない形状の掛合部は,着脱が容易とはいえず,上記課題の解決手段としての相当性を欠くものというべきである。
(イ) また,構成要件①は,靴収納庫に「設けられた」横桟部材に「着脱可能」に掛合すると定めているものであることからすると,文言上,横桟部材が設置された状態を前提として,棚板が「着脱可能」であることが前提となるものと解される。
(ウ) したがって,「着脱可能」とは,横桟部材を靴収納庫に設置したままの状態で着脱する形態を意味するものと解されるべきものであって,横桟部材を取り外した上で着脱する構成をも含むものと解することはできない。
(エ) 以上からすると,構成要件①における「着脱可能に掛合する掛合部」とは,横桟部材に「ぶら下がったり,引っ掛かったりして合わさった」状態となる部分で,かつ,横桟部材を靴収納庫に設置したままの状態で,横桟部材に棚板を着脱可能に接合することができる部分と解するのが相当である。
(オ) この点について,控訴人は,本件明細書には,横桟部材の構造,設置方法及び棚板の着脱方法について限定する旨の記載はなく,着脱可能とは,横桟部材に棚板を着脱することができる構造を有することを意味するものであって,「着脱自在」とはその意義が異なるなどと主張する。
しかしながら,前記のとおり,本件考案の技術的意義に照らすと,横桟部材を靴収納庫から取り外さない限り着脱できない掛合部の形状が排除されることは明らかである。控訴人の主張は採用できない。
(5) 被控訴人各商品の構成要件①の充足性について
前記(1)のとおり,被控訴人各商品における棚板の一端には,いずれも円形の穴が設けられており,横桟部材を挿通させることによって,部材同士が引っ掛かって接合されるものではあるが,横桟部材は,棚板の円形の穴に挿通されていることから,横桟部材を取り外さない限り,棚板を着脱することは不可能であって,着脱可能に掛合するものということはできない。
そうすると,被控訴人各商品は,構成要件①を充足するものと認めることはできない。
2 争点2(被控訴人各商品が本件考案と均等なものとしてその技術的範囲に属するか)について
(1) 特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場合であっても,①当該部分が特許発明の本質的部分ではなく,②当該部分を対象製品等におけるものと置き換えても,特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであって,③このように置き換えることに,当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が,対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり,④対象製品等が,特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから右出願時に容易に推考できたものではなく,かつ,⑤対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは,当該対象製品等は,特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして,特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である(最高裁平成6年(オ)第1083号同10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁参照)。そして,この理は,実用新案登録請求の範囲に係る技術的範囲についても同様に妥当するものというべきである。
(2) これを本件についてみると,本件考案の技術的意義は,前記のとおり,棚板を跳ね上げて靴を容易に取り出すことができるほか,棚板は必要に応じて着脱可能であって,希望する位置に設置することが可能であるのみならず,横桟部材をガイドにして,棚板を横桟部材に取り付けたまま横にスライドさせたり,棚板を横桟部材に付け替えたりすることによって,ブーツのような丈の長いものを避けた場所に棚板を設けることができることにあり,そのために,横桟部材を靴収納庫に設置したままの状態で着脱可能な形態の掛合部を採用するものである。
 
そして,本件考案における「掛合部」の形状を,被控訴人各商品のように横桟部材を貫通させる穴の形状に置き換えると,横桟部材を取り外さない限り,棚板を着脱することができないことは,争点1において先に述べたとおりである。
したがって,被控訴人各商品は,上記②の均等の要件を充足するものと認めることはできない。
 
この点について,控訴人は,本件考案の中核的な作用効果は,靴収納庫内に設けられた靴収納用棚板の上下に靴を収納する従来技術において,棚板下部に収納した靴が取り出しにくいという課題を解決するため,同棚板が接合されている靴収納庫内の横桟部材を回転中心として跳ね上げ姿勢の体勢をとることができるようにし,あるいは同棚板を横桟部材の長手方向に摺動可能としたことにあるなどと主張する。
 
しかしながら,本件考案は,靴の取り出しの困難性を解消することのみならず,効率的に靴の収納スペースを確保することをも目的とするものであることは,本件明細書の記載から明らかである。控訴人の主張は,本件考案の目的のうち,その一部のみを恣意的に取り上げて強調するものにすぎず,相当ではない。
(3) 以上からすると,被控訴人各商品は,少なくとも,均等侵害を成立させるための前記②の要件を具備しないので,被控訴人各商品における棚板の円形の穴が本件考案の「掛合部」に均等なものとして,本件考案の技術的範囲に属すると認めることもできない。
 
【検討・考察】
(1) 概要
 本件は、実用新案権の均等論について、いわゆる均等の第2要件(置換可能性)についての具体的判断を示した事例である。
 まず、実用新案権についても特許権の場合と同様、均等論が適用される点について争いはないと思われる。特許も実用新案も技術的思想を対象とし、クレームに基づき技術的範囲が定められる点(特許法70条1項、実用新案法26条)では共通するからである。
 
(2) 文言該当性
 本裁判例では、「着脱可能に掛合する掛合部」について、文言非該当と認められた。
 最初に、「掛合部」の意義について、「(i)(ローマ数字は筆者注)本件明細書に記載された,下向きに開口するU字形に形成された嵌合用切り込み部を有することで,引っ掛かって合わさる構成のみならず,(ii)被控訴人各商品における棚板のように,円形の穴の形状を有することで,ぶら下がって合わさる構成も,挿通により当該構成に至る点が異なるにすぎず,横桟部材に接している部分において「掛合」していることには変わりはないというべきである。」と判断した。
 この点について、漢字そのものの意味からすると、「掛け合わせる」ということであるから、引っかかって合わさっているような状態を指すと考えられる。しかし、裁判所は、証拠として提出された特許用語辞典から、掛合部は「ぶらさげる、ぶらさがる」という意味もあり、 (ii)のような解釈を取ることも可能であると判断した。
 次に、「着脱可能」の意義について、裁判所は、「着脱可能」とは,(iii)横桟部材を靴収納庫に設置したままの状態で着脱する形態を意味するものと解されるべきものであって,(iv)横桟部材を取り外した上で着脱する構成をも含むものと解することはできないと判断した。
 この点について、字義通り解釈すれば、(iv)のような構成であっても「着脱可能」であるといえると考える。しかし、裁判所は、本件考案の目的から、本件考案の「着脱可能」には、構成(iv)は含まれないと判断した。
 この裁判所の判断の背景には、特許権侵害訴訟において、クレーム文言が一義的に明確であるか否かを問わず、発明の詳細な説明等の記載を考慮して特許請求の範囲の解釈を行うべきであるとした知財高裁平成18年9月28日判決(平成18年(ネ)第10007号)が影響していると思われる。
 
(3) 均等論
 置換可能性の要件については、特許発明とイ号発明を対比した場合に、イ号発明が、特許発明の作用効果のみならず、他の作用効果をも奏する場合にも充足すると解されている(注解特許法1098頁)。すなわち、特許発明の効果が、イ号発明の効果に含まれているといえる場合(ケース①)には、置換可能性の要件を充たすということである。もっとも、そのように形式的に解釈してもよいのかという疑問は、残る。また、特許発明が、イ号発明の作用効果のみならず、他の作用効果をも奏する場合(ケース②)には、置換可能性の要件を充たすといえるかという点も問題となる。
 この点について、均等論とは特許発明と均等であると評価されるものについても特許発明の技術的範囲の拡張を認める法理であることに鑑みれば、ケース①の場合もケース②の場合も、実質的な技術的思想を対比し、主位的な作用効果が重複するといえるかどうかを判断するのが妥当であると考える。そして、対象となる作用効果が主位的なものといえるかどうかを判断するには、明細書の記載の程度や構成要件の記載から判断する他ないように思える。
 本件考案は、効果1(棚板を跳ね上げて靴を容易に取り出すことができる)及び効果2(ブーツのような丈の長いものを避けた場所に棚板を設けることができることにあり)を奏する。この2つの効果は、明細書の記載の程度や構成要件Aからしても、本件考案の主位的な効果であるといえる。他方、イ号発明は、効果2を奏しないものであった。
 そうだとすると、主位的な作用効果が重複するとはいえない以上、置換可能性要件を充足しないと考えるのが妥当であろう。
 
 2012.2.6 (文責) 弁護士 溝田 宗司