【判旨】
・作成すべき画像のイメージを記載した大学教授作成の絵コンテやメモによる具体的指示に基づき作成された画像の著作者は,本件各画像の基本的な構成を決定し,その後の具体的な作成作業を主導的に行った当該教授である。
・書籍中の画像を複製して掲載する箇所の記述の最終的な内容を著作権者自身が確認し,了承することをもって,利用を許諾する条件としていた場合において,一方的に決めた期限までに著作権者から返事がなかったのに,その最終的な確認をとることもなく,書籍を発行した行為が,複製権及び譲渡権の侵害に当たるとされた事例
【キーワード】
著作権の帰属大学教授利用許諾


1事案の概要
本件は、東京慈恵会医科大学教授である被控訴人(原告)が、出版社である控訴人(被告)に対して、マンモス頭部の標本についての画像(本件各画像)が掲載された控訴人出版の書籍につき、頒布差止め及び損害賠償請求を求めた事案である。

2争点
・ 大学教授の創作した著作権の帰属
・ 利用許諾の有無

3判決要旨
⑴著作権の帰属について
「本件各画像は,本件マンモスの研究に関する被控訴人の記者会見の場における説明用の素材として作成されたものであり,作成すべき画像のイメージを記載した被控訴人作成の絵コンテに基づき,また,その後も,本件各画像の作成過程でプリントアウトされた作成途上の画像に修正すべき箇所やその内容を指示した被控訴人のメモによる具体的指示に基づき,被控訴人及び本件スタッフによって作成されたものである。本件スタッフは,いずれも被控訴人が所長を務める本件研究所に勤務し,被控訴人の指示を受ける立場にある者であることに照らすと,本件各画像の基本的な構成を決定し,その後の具体的な作成作業を主導的に行った者は被控訴人であって,本件スタッフは,被控訴人の指示の下で,作業を行った補助者であったものと認めるのが相当である。したがって,被控訴人は,本件各画像を創作した者であって,その著作者であるものと認められる。」
「控訴人は,愛知万博のプロジェクトの一つとして行われた成果の一つといえる本件各画像について,本件研究所が本件各画像のデータファイルを管理していたことからも,被控訴人が個人として本件各画像の著作権を単独保有しているというのは不自然であり,東京慈恵会医科大学の職務著作と見るべきである旨主張する。
しかしながら,職務著作の要件は,①法人その他使用者(法人等)の発意に基づくこと,②法人等の業務に従事する者が職務上作成したものであること,③法人等が自己の著作の名義の下に公表するものであること,④作成の時における契約,勤務規則その他に別段の定めがないことであるところ(著作権法15条),本件においては,前記1認定の事実に照らし,少なくとも,上記①③の要件を欠いていることは明らかであり,控訴人の主張は,採用することができない。」

⑵利用許諾について
「被控訴人は,控訴人書籍中の本件各画像を複製して掲載する箇所の記述の最終的な内容を被控訴人自身が確認し,了承することをもって,利用を許諾する条件としていたものということができる。しかるに,控訴人は,平成19年5月から同年8月までの折衝がその後途切れて約2年が経過した平成21年8月末ころになって,控訴人書籍を同年9月末に発行する予定であるとして,最終のゲラ刷り原稿を送付し,被控訴人がこれを点検する期限を同月2日ころまでと一方的に決め,かつ,その期限までに被控訴人から返事がなかったのに,その最終的な確認をとることもなく,同年10月に控訴人書籍を発行したものであって,被控訴人による最終記事内容の確認という条件が成就したことを認めるに足りない。そうすると,被控訴人が本件各画像の利用を許諾したということはできない。
以上によれば,控訴人各画像は,いずれも被控訴人の許諾なく,本件画像を複製したものと認められるから,控訴人が控訴人各画像を掲載した控訴人書籍を発行及び頒布する行為は,被控訴人が本件各画像について有する著作権(複製権,譲渡権)の侵害に当たるものと認められる。」

4検討・考察
⑴著作権の帰属について
 著作権侵害訴訟の要件事実は、①原告が著作権者であること、②被告が原告の著作権を侵害したことである。①をさらに分解すると、①−1権利の客体が著作物であること、①−2原告の著作権取得原因事実となる。
 したがって、被告側としては、これらについて否認していくということが争い方のセオリとなる。
 本件でも、被告は、①−1、①−2について争っている。この①−2の争い方として、原告が著作者ではないことを主張することが挙げられ、被告もそのように主張した。
 具体的には、原告の勤務する研究所のスタッフは,研究所ないし所属する大学の従業員と思われ,その所要時間からして通常の業務時間内に本件各画像の制作作業を行っていたと思われる。また,その人件費や研究所の設備使用にかかる諸費用を被控訴人個人が支出していたとの主張立証もない。これらの事実からすれば,本件各画像が仮に著作物だとしても,スキャナを使った高次元画像たる本件各画像の作成は,研究所を附属機関とする東京慈恵医科大学の職務著作と見るべきであると主張した。
 この点について、2つ問題となろう。まず1つは、誰が本件各画像を創作者であるかという点であり、もう1つは、本件各画像が職務著作にあたるかどうかである。
 1点目の創作者の認定については、著作物の作成に創作的に関与したと言えるかどうかにより判断される(東京地判平成10年10月29日「SMAP大研究事件」)。
 本件では、本件スタッフは,原告の指揮命令下にあり,本件各画像の基本的な構成を決定し,その後の具体的な作成作業を主導的に行った者は原告であって,本件スタッフは,原告の指示の下で,作業を行った補助者であったものと認めるのが相当であると判断した。この判断自体は妥当であると考える。
 次に、本件各画像が職務著作であるかどうかであるが、職務著作の要件は,①法人その他使用者(法人等)の発意に基づくこと,②法人等の業務に従事する者が職務上作成したものであること,③法人等が自己の著作の名義の下に公表するものであること,④作成の時における契約,勤務規則その他に別段の定めがないことであるところ(著作権法15条),本件においては,前記1認定の事実に照らし,少なくとも,上記①③の要件を欠いていることは明らかであるとされている。
 これらの要件から判断すれば、本件各画像について職務著作が成立する余地はないと思われる。
 実務上注意するべき点は、大学教授の著作については、多くの場合、共同著作ともならず、職務著作ともならず、大学教授個人単独に帰属しうるということである。

⑵利用許諾について
 本件では、原告の最終確認が、原告と被告との間の利用許諾契約の成立条件であったにも拘わらず、被告は原告から明示の最終確認を得なかったのだから、当然に利用許諾契約は成立しない。
 他人の著作物につき出版を企図する者としては、出版前に契約書を作成し、その契約書の中に「被告が原告に対して利用許諾の申込みをした場合に、原告が10日以内に承諾しなかったときは承諾したものとみなす。」との条項を入れるなどの手当てをしておくべきである。本件のように、出版を企図する者が出版社であれば尚更である。

以上

2012.6.4 (文責)弁護士 溝田宗司