【判旨】
①本件発明における「メディア」ないし「メディアアイテム」とは,音楽,ビデオ,画像などのメディアプレーヤーで再生可能なコンテンツを意味し,「メディア情報」とは,そのようなメディアないしメディアアイテムの属性又は特徴をいい,そこに少なくともタイトル名,アーチスト名及び品質上の特徴を備えるものをいうと解することができる。
②本件発明における「メディア情報」とは,一般的なファイル情報の全てを包含するものではなく,音楽,映像,画像等のメディアアイテムに関する種々の情報のうち,メディアアイテムに特有の情報を意味するものと解するのが相当である。
③被告製品では、ファイルサイズの比較を行ってシンクロを行うが、本件発明では、少なくともタイトル名、アーチスト名及び品質上の特徴からなるメディア情報の比較を行ってシンクロを行う。そして、ファイルサイズは、上記①及び②の解釈からすると、「メディア情報」には該当しない。よって、被告製品は、本件発明に該当しない。
【キーワード】
同期、メディア情報

第1 事案の概要
 本件は、アップル対サムスン電子の世界で展開する訴訟のうち、日本での訴訟の1件である。
 本件発明(特許第4204977号の請求項11記載の発明(本件発明1)及び請求項13記載の発明(本件発明2)を総称して「本件発明」という。)の内容(アップル側の特許権の内容)は、要するに、スマホ等のメディアプレーヤーとPC等を接続した場合の同期に関して、タイトル名、アーチスト名や品質上の特徴といった属性の一致・不一致で行うというものである(図1及び図2参照)。
 これに対して、サムスン電子の提供するファイル管理アプリケーション「Kies」では、端末(被告製品)の記憶している音楽ファイルのサイズとPC側の記憶している音楽ファイルのサイズの一致・不一致を比較して同期を行う(図3参照)。
 本件は、特許権者であるアップルが、被告製品が本件特許権を侵害しているとして、損害賠償を請求した事件である。なお、差止請求は求めていない。


第2 争点
本件での争点は、大きく分けて二つである。
1点目は、本件発明の「メディア情報」の定義である。
2点目は、ファイルサイズが本件発明の「メディア情報」に該当するか否かである。
 
第3 検討・考察
⑴概要
 本件は、日本において行われているアップルvsサムスン電子の特許訴訟のうちの1件について判断した事例である。その結論は、通常のクレーム解釈に則ったものであり、妥当であると考える。
 
⑵検討及び考察
 本件で裁判所は、法的な論点について判断したわけではなく、通常のクレーム解釈と事実認定を行っているに過ぎない。しかし、世間的にインパクトの強い事例であったので、検討及び考察を試みる。
 また、判断事項は多岐にわたるため、便宜上、表の形式で記載した。
 なお、アップル及びサムスン電子は、複数の国で特許訴訟を提起しており、平成24年8月24日には米国でアップル勝訴の判決が下された。ただし、本件で判断されたアップルの特許は、先に判決の出た米国の特許とは異なる特許であることに注意を要する。
 また、日本でも、アップル及びサムスン電子間の特許訴訟は複数係属しており、本件はそのうちの1件に過ぎない。
 
ア 本件発明
・裁判所の判断
本件発明は、一般的なファイルに備わるファイル情報ではなく,タイトル名,アーチスト名などの属性,あるいは,ビットレート,サンプルレート,総時間などの品質上の特徴という「メディア情報」に着目し,そのような「メディア情報」の比較に基づいて,メディアアイテムをシンクロする方法を採用した発明である。
・私見
後述「カ」に掲げる論点と関連付けて争うべきであった。
 
イ 定義
・裁判所の判断
「メディア」及び「メディアアイテム」
音楽、ビデオ、画像などのメディアプレーヤーで再生可能なコンテンツ
「メディア情報」
メディアアイテムに特有の情報
・私見
後述「カ」のように、原告は争うべきであったと考える。
 
ウ メディアファイルの比較方法
・裁判所の判断
原告提出の証拠によっても、ファイルサイズの一致・不一致を判定している可能性も否定できないから、総時間を用いてメディアファイルの一致・不一致を判定しているとは認められない。
・私見
この事実認定は、原告の立証と被告の立証のどちらが正しいかという点から導かれている。すなわち、同期方法について原告は立証しきれていないということであったが、事実として被告製品では、ファイルサイズの一致・不一致で同期をとっているのであれば、立証できなくて当然である。
 
エ 総時間及びビットレートとファイルサイズの関係
・原告の主張
総時間、ビットレートは、「メディア情報」に含まれる。したがって、総時間にビットレートを乗じて求められる「ファイルサイズ」は、「メディア情報」に含まれる。
・裁判所の判断
ファイル情報のデータ量やファイルフォーマット形式によっては、総時間及びビットレートが同一であっても、ファイルサイズが異なる。したがって、ファイルサイズは、「メディア情報」に含まれない
・私見
あえて言うとしたら、原告の主張の中では、この主張が最も有効であったと思われる。
すなわち、総時間とビットレートが同一の場合でも、ファイル形式が異なれば、多少ファイルサイズにずれが生じる場合もあるが、基本的には同じようなファイルサイズになる。また、ファイル情報のデータ量もそれほど大きいものではないといえる。
つまり、技術的には、ファイルサイズ=総時間×ビットレートと考えるのが通常である。原告は、この主張を、できるだけ多くの技術文献により裏付け、ファイルサイズは、総時間とビットレートから構成されるという主張を展開してもよかったように思う。
 
オ ファイルサイズの比較と総時間の比較の関係
・原告の主張
ファイルサイズの比較と総時間の比較は、技術的に相違ない。
・裁判所の判断
本件発明の意義に照らすと差異がある。
・私見
裁判所の判断は妥当であると考える。
 
カ 被告製品(ファイル管理アプリケーション「Kies」)では「メディア情報」の表題の下に「ファイルサイズ」が記載されている点
・原告の主張
被告製品では、「メディア情報」の表題の下に「ファイルサイズ」が記載されている。
したがって、本件発明の「メディア情報」には「ファイルサイズ」が含まれる。
・裁判所の判断
「メディア情報」という用語は、技術用語として確定していない。したがって、被告製品の「メディア情報」との表題の下に「ファイルサイズ」が記載されていても、本件発明の「メディア情報」と同義とはいえない。
・私見
被告製品の「メディア情報」の表題の下には「場所」も表示されている。この「場所」は、本件発明の「メディア情報」には当たらないから、被告製品の「メディア情報」の表題の下に「ファイルサイズ」が記載されているからと言って、本件発明の「メディア」情報とはいえない。       技術用語として「メディア」とは、「また、情報やデータを記録、伝送するのに使われる物理的実体、装置などのこともメディアという。通信回線や記憶装置などが含まれ、単にメディアといった場合には光ディスクや磁気ディスク、フラッシュメモリなどの記憶装置のデータ保持部品(記録メディア、ストレージメディア)のことを意味することが多い。」と定義される(IT用語辞典より引用)。したがって、「メディア情報」とは、技術的には、「記録媒体の情報」といえる。また、明細書の記載から用語の解釈を行ったとしても、明細書の段落【0004】によると、音楽ファイル以外のファイルにも触れられているように読める。
したがって、本件では、原告は積極的に「メディア情報」を上記のように定義付け、「メディア情報」にはファイルサイズも含まれると主張してもよかったように思う。また、「メディア情報」につき上記のように定義付けることは、被告製品における「メディア情報」という用語の用い方と整合する。また、「メディア情報」についてファイルサイズも含まれるという主張を説得的に行なえれば、上記エの主張も連動して説得的なものになったと考える。
 
キ 本件発明の比較対象は、「メディア情報」か、その具体的な属性か
・原告の主張
本件発明のクレームによると、比較の対象は、「メディア情報」であって、具体的な属性ではない。
したがって、「ファイルサイズ」の比較は、「メディア情報」の比較にあたる。構成要件E1によると、「メディア情報」とは、「少なくともタイトル名、アーチスト名および品質上の特徴」を含む。
・裁判所の判断
構成要件E2によると、「メディア情報」とは、「少なくともタイトル名およびアーチスト名を含む属性および品質上の特徴」を含む。構成要件G1及びG2に記載された「メディア情報」には、「前記」又は「当該」との用語が用いられていることから、E1及びE2に記載された「メディア情報」を指す。
・私見
裁判所の判断は妥当であると考える。
 
ク 構成要件E及び構成要件Gとの関係
・原告の主張
構成要件E1及びE2は、「メディア情報」として備える必要があるメディアファイルの「属性」について規定している。
・裁判所の判断
構成要件G1及びG2は、比較対象のメディアファイルの情報という意味での「メディア情報」である。したがって、両者は異なる。
G1及びG2には、「前記」「当該」の用語が用いられているので、失当である。
・私見
裁判所の判断は妥当であると考える。
 
ケ 明細書の記載とクレームの記載
・原告の主張
明細書の記載からは、タイトル名、アーチスト名及び品質上の特徴の全てが比較される必要はない。
・裁判所の判断
クレームの文言から、上記全てが比較対象となっていることは一義的に明らかである。
したがって、明細書の記載をもって、クレームの文言を無視して別異に解釈することは失当である。
・私見
裁判所の判断は妥当であると考える。
 
コ 請求項1との対比から、本件発明では、抽象的なメディア情報の比較をクレーミングしているといえるか
・原告の主張
請求項1では、「タイトル名およびアーチスト名との比較」及び「品質上の特徴の比較」と明記して、比較対象を特定の種類のメディア情報に限定している。これに対して、構成要件G1及びG2には、そのような限定的な記載がないから、メディア情報の比較についてクレーミングしたものであって、具体的な属性の比較を求めていない。
・裁判所の判断
請求項1との対比から当然に、本件発明の記載について、原告主張の解釈が導かれるとは言い得ない。
むしろ、本件発明では、限定がない分、タイトル名、アーチスト名及び品質上の特徴を含むメディア情報のすべての比較が要求されていると解することも可能である。
・私見
ある程度無理筋な主張ではあるが、他のクレームとの対比によるクレーム解釈ができないわけではないという点は参考になろう。
 

以上

2012.9.3 (文責)弁護士 溝田宗司