【ポイント】
技術情報の保持権限がXにないとして、当該技術情報につき秘密管理性がなく、Xの営業秘密でないとされた事例。
【キーワード】
営業秘密、不正競争防止法

【事案の概要】
Xは,Yらが原判決別紙技術情報目録記載1~4のXの営業秘密(本件各技術情報)を窃取し,これを使用して原判決別紙物件目録記載1のプログラム(被告プログラム)及び同目録記載2の論文(被告論文)を作成,開示した(不正競争防止法2条1項4号)として,Xが,Yらに対し,
(1)不正競争防止法3条1項,2項に基づき,Yプログラムの製造,使用,複製,頒布及びYプログラムを格納した記録媒体の頒布の差止め,Yプログラムを格納した記録媒体の廃棄,被告論文の出版,頒布等の差止め,Y論文が掲載された書籍の廃棄を求めるとともに,
(2)Y会社に対し,不正競争防止法14条に基づき,Y会社のホームページに原判決別紙謝罪広告目録記載の謝罪広告を掲載することを求めた。

原審は請求を棄却した。

Xは,控訴し,不正競争防止法3条1項,2項に基づく差止め及び廃棄請求を,同法4条に基づく損害賠償請求に交換的に変更した。

【争点】
本件各技術情報がXの営業秘密に該当するか否か。

【控訴審結論】
本件各技術情報の内容は,いずれも,Advance/NextNVHの固有値モジュール・固有値ソルバーの開発を行った被控訴人らには既知の情報であり,かつ,被控訴人会社の成果物であって,控訴人は,これを保持すべき権原を有しないのであるから,秘密管理性がなく,控訴人の営業秘密であると認めることはできない。

【判旨抜粋】
(1) 上記認定事実によれば,本件各技術情報のうち,原判決別紙技術情報目録記載1の「多段階モード合成法と並列処理の技術資料」と題する文書,及び,同目録記載2の大規模メモリーの動的管理(プログラムの処理過程での大規模メモリーを動的に再配置する手法)を用いた多段階モード合成法による大規模固有値解析のための「ネクストNVHソルバープログラム」(初期版)は,被控訴人会社による成果物であって,控訴人が,これを保持すべき権原を有するとは認めることができない。
控訴人は,「多段階モード合成法と並列処理の技術資料」と題する平成18年7月付けの書面を甲1として提出するが,乙16によれば,控訴人代表者自身,別件訴訟(乙33がその判決)の本人尋問において,平成18年7月当時,甲1は作成されていなかった趣旨の供述をしていることが認められるから,甲1に基づいて,控訴人が,甲1に記載の技術情報を,その作成日と記載してある時点で作成していたものと認めることはできない。
控訴人は,甲33にはAdvance/NextNVHの開発元として控訴人が記載されていると主張するが,被控訴人会社も開発販売元と記載されているから,控訴人のみが同プログラムの開発者であることの根拠にはならない。
控訴人は,「多段階モード合成法」こそが控訴人において名称統一し考案した独自のアルゴリズムであり(甲1),乙14の確認書などにおける「多重モード合成法」はそれと異なると主張するが,そもそもそのよって立つ甲1自体作成日付のものと認められないことは前記のとおりであるし,被控訴人会社と控訴人との間で取り交わされた業務委託契約確認書やソフトウェアモジュール開発確認書であり,その成立自体特段の争いのない乙6及び乙14には,控訴人の成果物とされる固有値モジュール・固有値ソルバーについて触れられていない。控訴人が,Advance/NextNVHの開発作業中に,別の固有値計算アルゴリズムを独立に作成したとすれば,これを被控訴人らに対し他用を禁じて引き渡し,かつ,権利範囲を確定することを含めて乙6及び乙14に記載しないものとは考え難い。控訴人の上記主張は,採用できない。
(2) 上記認定事実によれば,原判決別紙技術情報目録記載4の「Hybrid NextNVH実行ログファイル:PARMCMS.log トヨタ自動車160万自由度車両シェルモデル(理論解との比較検証)」と題する文書(甲6)の内容は,多重モード合成法固有値モジュール・固有値ソルバーの動作をトヨタ自動車の貸与した検証用データに基づいて検証したものと認められ,被控訴人会社の成果物であって,控訴人は,これを保持すべき権原を有するものとは認められない。
原判決別紙技術情報目録記載3の「モード合成法固有値ソルバーの固有値精度検証1万自由度ベンチマーク問題①」と題する文書(甲5)の内容は,多重モード合成法固有値モジュール・固有値ソルバーの動作を小規模な検証用データに基づいて検証したものと認められ,被控訴人会社の成果物であって,控訴人は,これを保持すべき権原を有するものとは認められない。
他に,原判決別紙技術情報目録記載の本件各技術情報が,控訴人の営業秘密であると認めるに足りる証拠はない。

【解説】
不正競争防止法第2条1項4号は、「窃取、詐欺、強迫その他の不正の手段により営業秘密を取得する行為(以下「不正取得行為」という。)又は不正取得行為により取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為(秘密を保持しつつ特定の者に示すことを含む。以下同じ。)」を不正競争として差止・損害賠償請求等の対象としている。
本件では、そもそも本件各技術情報(「多段階モード合成法と並列処理の技術資料」と題する文書,及び,「ネクストNVHソルバープログラム」(初期版))が他者の「営業秘密」に該当するか否かが問題となり、Xに保持すべき権限がないことを根拠に、秘密管理性がなく、営業秘密でないとされた。
XおよびYは共同開発をしていたもので、その成果物としての技術情報の保持権限が問題となったが、XはXが保持権限を有することを立証できなかった。
自らの営業秘密であることの立証は、その秘密性故に困難を伴うことが多い。特に共同開発等両者が技術情報を持ち寄る場合、いずれが対象となる技術情報を提供したのか不明確になることも少なくない。
営業秘密を窃取されたと主張する側としては、当該技術情報を相手方に提示するにあたり、自らの技術情報であり、秘密管理の対象としていることを相手方に示すことが重要であると思われる。そのためには、秘密保持契約を締結するだけでなく、当該契約を適切に運用することが必要である。

2012.11.26 (文責)弁護士・弁理士 和田祐造