平成22年4月27日判決(知財高裁 平成21年(ネ)第10070号)/平成21年10月15日判決(東京地裁 平成19年(ワ)第16747号)
【判旨】
※リヴァース・エンジニアリングに対する著作権侵害に基づく損害賠償請求に関する判示。
 ●原判決 
 「かかる行為のみを理由として著作権侵害を主張し,損害賠償を請求することは,権利の濫用(民法1条3項)に当たり許されないものというべきである」
 ●控訴審判決
 「これらの事情を総合考慮すると,被告プログラム(筆者注:トレードごとの成績を個別に検証し,適切なパラメータを設定することによって,より多くの利益を獲得できるプログラムにする目的で作成されたもの)が本件プログラム1及び2の複製物,翻案物であると評価されたとしても,原告に財産的又は非財産的損害が発生したものということは到底できない。」
【キーワード】
 プログラム,リヴァース・エンジニアリング,権利の濫用


第1 はじめに
 本件は,プログラムに関するリヴァース・エンジニアリング1 の可否が争点となった初めての事例である2 。現在の著作権法にはリヴァース・エンジニアリングを許容する旨の権利制限規定が存在しないため3 ,プログラムに関するリヴァース・エンジニアリングが著作権法上如何に評価されるのかは必ずしも明確ではなく,立法的な手当ての必要性も説かれていた4
 このような状況の中,本件原判決及び本件控訴審判決は,いずれも,リヴァース・エンジニアリングに伴うプログラムの複製又は翻案に対する著作権者の権利行使(損害賠償請求)を否定した。
 以下,本件原判決及び本件控訴審判決を紹介する5

第2 事案の概要
1 当事者等
(1)原告は,コンピュータプログラム開発を業とする者である。
(2)原告及び被告P2は,株式会社おじゃる(平成18年11月1日設立。以下「おじゃる社」という。)の元役員であった者であり,被告P3は,同社と契約関係にあったプログラマーである。
(3)被告P4,同P2,同P3は,株式会社津福コーポレーション(平成19年10月18日設立。以下「ツブク社」という。)の取締役であった者である。

2 各プログラム作成の経緯等 
 (1)本件プログラム1の作成
 原告は,被告P2と知り合い,平成17年10月ころから,外国為替証拠金取引(以下「FX取引」という。)の自動取引で利益を上げることのできるプログラムを開発することを計画し,原告において,平成18年6月ころ,外国為替取引業者であるCapital Market Services,LLC 社が提供するFX取引のためのトレーディングソフトウェア「VT Trader」(以下「VTトレーダー」という。)上で動作するトレーディングストラテジーを自動実行させるプログラムである「おじゃるデブシステム」(以下,「本件プログラム1」という。)を作成した(以下,本件において登場するプログラムは,いずれもこのようなプログラムである)。
 原告,被告P2及びP5は,同年11月1日,おじゃる社を設立し,別途,募集したおじゃる倶楽部の会員に対し,本件プログラム1の販売を開始した。
 (2)スイングおじゃるP3版の作成
 本件プログラム1は,一応の売上を得ることができたが,さらに同プログラムをバージョンアップすることが計画された。
 しかし,その一方で,原告は,体調を崩したこともあって,周囲との連絡がとれなくなり,また,本件プログラム1には,原告がパスワードを設定していたので,同プログラムの書き換えができず,おじゃる社の役員であったP5の知り合いである被告P3に,新たなプログラムの制作を依頼した。
 被告P3は,平成19年2月24日,本件プログラム1とは独立して,同様の目的を有するプログラムであるスイングおじゃるP3版(乙6プログラム)を作成した。
 スイングおじゃるP3版にはポジション管理等に不具合があったことから,おじゃる社がこれを「おまけプログラム」(試作品)としておじゃる倶楽部の会員に配信したところ,会員から製品化の要望があった。そこで,おじゃる社として,スイングおじゃるを製品化することとなった。
(3)本件プログラム1の開示
 原告は,被告P2らの求めに応じて,平成19年5月18日,おじゃるデブ(本件プログラム1)のソースコードを開示した。
(4)スイングおじゃる原告版(本件プログラム2)の作成
 被告P3は,スイングおじゃるP3版の製品化のためにバージョンアップの作業を行っていたが,最終的には,原告がスイングおじゃるP3版の内容を本件プログラム1に移植する形でスイングおじゃる原告版(以下,「本件プログラム2」という。)を完成させた。
 本件プログラム2は,平成19年6月23日から「パッケージソフト」として,5万2500円で販売された。
(5)IDトレードシステムの作成,販売(ツブク社の設立)
 被告P2らは,スイングおじゃると同様のプログラムが高価で販売されていることを知り,スイングおじゃるの価格を上げることを考えた。
 しかし,おじゃる社のままでスイングおじゃるの価格を上げることは困難であると考え,被告P2は,被告P3,被告P4らとともに,平成19年10月18日,ツブク社を設立し,「IDトレードシステム」の名称でプログラムを販売することとした。
 また,市況の変化から,スイングおじゃるでは思ったような成績がでないようになっていたため,結局,新たにプログラムを書き換える必要があると考え,被告P2らは,被告P3に対し,ツブク社からIDトレードシステムを販売するに当たり,新たなプログラムの作成を依頼し,被告P3は,平成19年9月4日ころ,IDトレードシステム用(乙5プログラム)とするため,全面的にプログラムを書換えた。なお,IDトレードシステムは,本件プログラム1だけでなく,本件プログラム2との間においても実質的類似性,実質的同一性を有しない。
(6)被告プログラムの作成
 被告P3は,平成19年7月16日より後ころ,本件プログラム2に依拠して被告プログラムを作成したが,その過程において本件プログラム2を複製又は翻案した。なお,被告プログラムが販売されることはなく,販売されたものは,IDトレードシステム等の別のプログラムであった。

3 被告プログラムの機能・作成目的等
(1)被告プログラムは,各種機能をあらかじめプログラム上で設定することにより,各トレードタイプ(パラメータ設定の組み合わせ)ごとの成績を個別に検証することができるようにしたものである。
(2)FX取引のような為替相場の値動きの変動によって利益を獲得することを目的とする取引においては,どのような指標をどの程度重視するかが重要であって,これをプログラムによって自動化するに当たってもパラメータ設定が重要となる。どのようなパラメータ設定にすれば利益を獲得できるかについては,実際に幾つかのパラメータを設定してプログラムを動作させる必要がある。
(3)被告プログラムは,より多くの利益を獲得できるプログラムを作成するため,各トレードごとの成績を個別に検証し,適切なパラメータ設定を探ることのみを目的として作成されたものであって,販売用のものではない。

4 原告の請求等
 原告は,被告P3が原告の著作物である本件各プログラムを無断で改変して被告プログラムを作成し,本件各プログラムに係る原告の著作権(複製権,翻案権)を侵害し,被告P2及び被告P4が,被告プログラムを原告の著作権を侵害する行為によって作成されたプログ
ラムであることを知りながら,これを頒布し又は頒布目的で所持したことにより原告の著作権を侵害した(著作権法113条1項2号)と主張して,不法行為(民法709条,719条)に基づく損害賠償として,被告らに対し,連帯して1億7010万円の内金2500万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成20年1月11日から支払済みまで民法所定の年5%の割合による遅延損害金を支払うよう求めた。
 なお,原告は,損害論に関しては114条2項に基づく主張のみを行っている。また,同項の侵害者利益として主張されているのは,被告プログラムが販売されたことを前提とする利益のみである。

第3 判旨
1 原判決 -権利濫用論による権利行使の制限-
  請求棄却
 「(1)被告プログラムは適切なパラメータ設定を探るためにのみ作成されたものであり,適切なパラメータ設定のためには実際に幾つかのパラメータを設定してプログラムを動作させる必要があることに加え,(2)被告プログラムの基となった本件プログラム2は,もともと原告が被告P3のアイデア(乙6プログラム)を本件プログラム1に移植する形で作成したものであること,(3)原告が本件プログラム2を作成した時点では,既に本件プログラム1のソースコードは被告P2に開示されており,本件プログラム2のソースコードも開示されていたと考えられること,(4)被告P3は被告P2の指示の下で被告プログラムを作成したこと,(5)被告プログラムは第三者に開示も頒布もされておらず,他方で第三者に頒布された乙5プログラム及び乙50プログラムは本件各プログラムとは異なるものであることが認められ(乙5については,当事者間に争いがなく,乙50については,弁論の全趣旨),これらの事情を総合すれば,被告P3が被告プログラム作成に当たって本件プログラム2を複製又は翻案したことがあったとしても,かかる行為のみを理由として著作権侵害を主張し,損害賠償を請求することは,権利の濫用(民法1条3項)に当たり許されないものというべきである(注:ナンバリングは筆者による挿入。)。」
 などと判示して原告の請求を棄却した6 。これに対し,原告が控訴。

2 控訴審判決 -損害発生の否定-
  控訴棄却
 「本件においては,被告プログラムの作成により,原告に損害が生じたことを認めることができないものと判断する。その理由は,以下のとおりである。(1)本件プログラム1及び2は,外国為替取引業者であるCapital Market Services,LLCが提供する外国為替証拠金取引のためのトレーディングソフトウェア「VT Trader」という「フリーソフト」上で動作するトレーディングストラテジーを自動実行させるためのプログラムであること,(2)原告は,自己の体調不良もあって本件プログラム1のバージョンアップに対応することができなかったこと,(3)原告は,共同で設立した株式会社おじゃるの役員の被告Y1らの求めに応じて,プログラマーである被告Y2に対し,原告に代わってバージョンアップする目的で本件プログラム1のソースコードを開示したこと,(4)本件プログラム2は,原告が,本件プログラム1に,被告Y2が作成したスィングおじゃるY2版(乙6)を取入れることにより作成したものであること,(5)被告プログラムは,各トレードごとの成績を個別に検証し,適切なパラメータを設定することによって,より多くの利益を獲得できるプログラムにする目的で作成したものであって,販売目的で作成されたものではなかったことが認められる。これらの事情を総合考慮すると,被告プログラムが本件プログラム1及び2の複製物,翻案物であると評価されたとしても,原告に財産的又は非財産的損害が発生したものということは到底できない。」

第4 若干の検討
 1 原判決-権利濫用論によるリヴァース・エンジニアリングの許容- 
 原判決は,被告プログラム作成の過程で本件プログラム2の複製又は翻案がなされたことは認定しつつ,原告による損害賠償請求は権利の濫用にあたるとしてこれを棄却した。
 本件以前から,権利濫用論によりリヴァース・エンジニアリングに対する著作権者の権利行使を制限すべしとする見解がみられたが7 ,原判決は,かかる処理を実践した裁判例として重要な意義を有する。著作権関係裁判例において権利濫用論を採用するものの数は少なく,かかる観点からも注目される。

 2 控訴審判決 ―損害「発生」の否定による事案処理―
 原判決が権利濫用論により原告の請求を棄却したのに対し,控訴審判決は,被告P3による本件プログラムの複製又は翻案により原告に損害が発生したとはいえないとして,原告の請求を棄却している。
 著作権法114条2項による損害賠償のみが求められている本件においては,「損害の発生」を否定すれば原告の請求を全て棄却することが出来る。その結果として,リヴァース・エンジニアリングに対する著作権者の権利行使を否定することができる。控訴審判決は,原告の権利行使は許容すべきでないとの価値判断は共有しつつ,本件における請求・主張の構造に着目して,本件事案の解決に必要十分な処理を行ったものと評し得る。

 3 終わりに
 以上のとおり,本件では,原審・控訴審ともにプログラムのリヴァース・エンジニアリングに対する著作権者の権利行使を否定した。
もっとも,その論法は,上記のとおり,権利の濫用や損害発生の否定というこの事案固有の事情に着目したものであった。本件両判決の存在からプログラムのリヴァース・エンジニアリング一般が許容されるとまで判断することはできないだろう。
 もっとも,裁判所がリヴァース・エンジニアリングに対する権利行使について否定的な態度を示した一事例として,今後の同種事案を検討する際の一定の先例にはなり得ると思われる。


1「リヴァース・エンジニアリング」という言葉は多義的に用いられているが,本稿では,プログラムの調査・解析に関わる諸行為全般を指す言葉として用いている。具体的に如何なる行為が含まれるかについては,山地克郎「リバースエンジニアリングに関する技術面からの考察」AIPPI 34巻11号18頁-20頁(1989年)等参照。
2東京地判平成18年2月10日平成19年(ワ)16747号[addetto]では,原告が,(プログラム著作物たる)原告ライブラリによる処理結果としての出力情報を調査解析し
て被告ライブラリが作成されたことをもって,違法なリヴァース・エンジニアリングにあたる旨の主張をしているが,裁判所は,原告ライブラリへの入力と出力との関係を調査解析して得られるものは,当該関数が実現している機能であり,それは飽くまでアイディアにすぎないなどと判示して,原告の主張を退けている。この事案は,プログラム著作物たる原告ライブラリそのものの調査解析の可否が争点となった事例ではないため,プログラムのリヴァース・エンジニアリングの可否が争点となった事例と位置付けることはできない。
3なお,産業財産権法の分野においては,リヴァース・エンジニアリングを許容する旨の規定が設けられるのが通常である(特許法69条1項,実用新案法26条,半導体集積回路の回路配置に関する法律12条2項)。
4「知的財産推進計画2008―世界を睨んだ知財戦略の強化―」(平成20 年6 月18 日・知的財産戦略本部決定)等参照。
5
既述のとおり,被告P2及び被告P4に対する請求については,被告プログラムの頒布及び頒布目的所持の事実が認められないという事実認定のレベルで否定されている。そこで,以下では,被告P3による本件プログラム2の複製又は翻案行為に関する判示部分に焦点をあてて,原判決及び控訴審判決を検討することとする。
6被告P2及び被告P4に対する請求については,被告プログラムの頒布及び頒布目的所持の事実が認められないとして,これを棄却している。この点に関する判断は,控訴審においても維持されている。
7
作花文雄『詳解著作権法』(ぎょうせい,第4版,2010年)743頁,同「コンピュータ・プログラム―保護体系の模索と著作権制度上の課題―」知管51巻3号385頁(2001年)辰巳直彦「プログラム著作権とリヴァース・エンジニアリング」根岸哲編『コンピュータ知的財産権』(1993年・東京布井出版)131頁等。

(文責)弁護士 高瀬亜富