平成26年4月17日判決(東京地裁 平成24年(ワ)第35742号)
【判旨】
●秘密管理性について
原告は,登録モデル情報に接することができる者を制限し,かつ,これに接した者に秘密であると容易に認識することができるようにしていたのであるから,登録モデル情報は原告の秘密として管理されていたと認められる。
●登録モデル情報の使用について
登録モデルの不自然な重複等の間接事実から,原告の営業秘密たる「登録モデル情報」が使用されたことを認定
【キーワード】
 営業秘密,秘密管理性,登録モデル情報


第1 はじめに

  本件は,モデルやタレントのマネジメント等を行う原告会社が保有する登録モデルに関する情報(以下、「登録モデル情報」といいます。)の営業秘密としての保護の可否が争われた事案です。
    営業秘密に関しては,どの程度の管理を行っていれば法的保護が認められるのかを巡り種々議論されていますが,本判決は本件登録モデル情報についての法的保護を肯定しています。また,営業秘密については,第三者により不正使用されたとしてもその立証が容易ではないという問題がありますが,本件は被告らによる登録モデル情報の不正使用を認定しています。
本稿ではこれらの点を中心に本判決を紹介・検討していきたいと思います。

第2 事案
 1 概要

    本件は,原告において,(1)被告株式会社Y,その代表取締役の被告A及び取締役の被告Bが,図利加害目的で原告の営業秘密である登録モデルの個人情報を使用し,これにより営業上の利益を侵害されたなどとして,被告らに対し,不正競争防止法に基づく損害賠償等を請求した事案である。

 2 当事者
 (1)原告

    平成21年6月11日に設立された,モデルやタレントのマネジメント及び管理等を業とする株式会社である。原告の業務は,従前,株式会社Z(旧商号有限会社Z)がこれを行っていたが,原告設立後の同年9月16日に,原告が株式会社Zからその譲渡を受けたものである。

 (2)被告
  ア 被告株式会社Y(以下「被告会社」という。)

被告会社は,平成23年9月15日に設立された,モデルやタレントのマネジメント及び管理等を業とする株式会社である。

  イ 被告A

被告Aは,平成11年4月に株式会社Zの従業員として採用され,事業譲渡に伴い原告の従業員となったが,平成23年9月15日に原告を退職し,被告会社を設立してその代表取締役に就任したものである。

  ウ 被告B

被告Bは,平成18年12月に株式会社Zの従業員として採用され,事業譲渡に伴い原告の従業員となったが,平成23年7月15日に原告を退職し,被告会社の設立によりその取締役に就任したものである。

 3 問題となった登録モデル情報と被告らの行為

(1)原告は,1800名を超えるハーフや外国人及び約200名の日本人の登録モデルについて,その氏名,連絡先(住所,電話番号やメールアドレス),年齢,身長,容姿の特徴(髪や瞳の色等)並びに写真等の個人情報(登録モデル情報)を,社内共有サーバー内のデータベースとして保有している。
(2)被告会社は,設立約5か月後の平成24年2月29日に原告の登録モデル56名を含む64名のモデルと専属又は登録モデル契約を締結し,その約半年後の同年8月10日に原告の登録モデル84名を含む124名のモデルと専属又は登録モデル契約を締結した。

第3 判旨
 1 秘密管理性について

(1)裁判所は以下のとおり判示し,登録モデル情報の秘密管理性を肯定した。

  「登録モデル情報は,外部のアクセスから保護された原告の社内共有サーバー内のデータベースとして管理され,その入力は,原則として,システム管理を担当する従業員1名に限定し,これへのアクセスは,マネージャー業務を担当する従業員9名に限定して,その際にはオートログアウト機能のあるログイン操作を必要とし,また,これを印刷した場合でも,利用が終わり次第シュレッダーにより裁断している。そして,原告は,就業規則で秘密保持義務を規定しているのであって,モデルやタレントのマネジメント及び管理等という原告の業務内容に照らせば,登録モデル情報について,上記のような取扱いをすることにより,原告の従業員に登録モデル情報が秘密であると容易に認識することができるようにしていたということができる。
 そうであれば,原告は,登録モデル情報に接することができる者を制限し,かつ,これに接した者に秘密であると容易に認識することができるようにしていたのであるから,登録モデル情報は原告の秘密として管理されていたと認められる。」

(2)秘密管理性が認められないとの被告らの主張については,以下のとおり判示してこれを退けている。

「被告らは,原告は,他の従業員も登録モデル情報を入力していたし,従業員であればパソコンを起動させるためのログイン操作だけでアクセスすることができた上,特定のソフトウェアを起動させたり時々他の従業員にマウスを動かしてもらったりするなどしてオートログアウト機能を回避する慣習があったのであり,また,制限なく登録モデル情報を印刷したりすることができ,使用後も印刷物を長期間にわたって机上に放置したりするなどしていたのであって,登録モデル情報は秘密として管理されていたとはいえないと主張する。しかしながら,他の従業員が登録モデル情報の入力をしたことがあるとしても,これが恒常的に行われていたことを認めるに足りる証拠はなく,また,マネージャー業務を担当する従業員でなければ,登録モデル情報にアクセスすることはできないし,仮に従業員にマウスを動かしてもらったりするなどしてオートログアウト機能を回避することがあったとしても,これが恒常的に行われていたとか,このことを原告が容認していたことを認めるに足りる証拠はない。そして,登録モデル情報を印刷した場合には利用が終わり次第シュレッダーにより裁断しているのであって,ことさらにこれを机上に放置したり,裏紙として再利用したりしていたことを窺わせるような証拠はない。被告らの主張は,採用することができない。」

2 登録モデル情報の使用について

    「被告会社は,設立約5か月後の平成24年2月29日に原告の登録モデル56名を含む64名のモデルと専属又は登録モデル契約を締結し,その約半年後の同年8月10日に原告の登録モデル84名を含む124名のモデルと専属又は登録モデル契約を締結したというのであり,証拠(略)によれば,原告の従業員は,平成24年2月28日頃,原告の登録モデルの母親から,被告Aから「Xで働いてきたときは大変お世話になりました。このたび新事務所を設立いたしました事のご報告とともに,登録モデルの募集をしています。」との記載のある電子メールを受信したとして,「ビックリしました。もしかしたら,もうどなたかが連絡しているかもしれないですが,個人情報を社外に持ち出しているとしか思えません。」との内容の電子メールを受信したこと,原告は,同年3月15日付で,原告の登録モデルの親等に宛てて,「個人情報の適正管理にご協力いただくためのアンケート」と題する書面を送付して,平成23年4月以降に連絡先を教えたことのない事務所等からのアプローチの有無を尋ねたところ,一部から,被告Aや被告Bから新たな登録の依頼等の電話や電子メールを受けたとの回答があったことが認められる。これらの事実を併せ考えると,被告A及び同Bは,本件情報を使用して原告の登録モデルを勧誘し,被告会社の専属又は登録モデル契約として契約を締結したものと認められる。そして,被告Aは被告会社の代表取締役であり,被告Bはその取締役であるから,被告らは,少なくても不正の利益を得る目的で,共同して本件情報を使用したものというほかはない。」

第4 若干の検討
 1 秘密管理性について

 法律上,「営業秘密」としての保護を受ける情報は,①秘密として管理されている,②有用な,③非公知の情報です(不正競争防止法2条6項)。このうち裁判例で必ずといっていいほど争点となるが,①の秘密管理性です。
    秘密管理性の要件を巡っては,どの程度の管理を行っていれば同要件の充足性が認められるのかについて争いがあります。この点,経産省の営業秘密管理指針1 は,非常に厳格な管理をしていなければ秘密管理性の要件を充足しないようにも読めてしまいますし2 ,裁判例の中には,業務効率等を意識することなく過度に厳格な秘密管理を要求するように読めるものもあります。
  しかし,最近の裁判例はそこまで厳格な管理は要求せず,情報に接した者が当該情報が秘密として管理されていることを認識し得る程度の管理が為されていれば良い,とするものが主流になりつつあります。
  本判決も上記のような近時の裁判例の主流に沿うものといえそうです。裁判所は,登録モデル情報にアクセスできる者が限定されていたことを認定するとともに,このような取扱いをすることにより,「原告の従業員に登録モデル情報が秘密であると容易に認識することができるようにしていたということができる」として秘密管理性を肯定しているためです。
  なお,先に挙げた営業秘密管理指針については,近時,改訂に向けた動きが見られます3 。営業秘密管理指針は文字通り「指針」に過ぎず,裁判所を拘束するものではありませんが,企業での営業秘密管理の参考にされていたりしますので,その内容が明確かつ合理的なものになることが期待されます。

 2 営業秘密の使用について

  ノウハウが盗用されたことが疑われる場合でも,その事実を直接立証できることは多くありません。裁判例では,ノウハウの盗用を推認する間接事実の積み重ねにより不正使用を立証することがほとんどです。
 本件も同様に間接事実により登録モデル情報の「使用」が立証されました。その際に裁判所が着目したのは,原告会社と被告会社の登録モデルの重複です。顧客情報の不正使用を立証する際には,顧客が不自然に重複しているという事実は非常に大きな意味を持ちます。他の裁判例でも,この点を根拠に顧客情報の不正使用を認定するものがあります(東京地裁平成11年7月23日判決など)。
 他方,技術情報の不正使用については,一般に検出可能性が低いとされていますが,過去の裁判例では,部品の形状,寸法,取付位置について技術上の必要性がなく,設計者が自由に決めることができる部分についても多くの箇所で一致していたという事例や(東京地裁平成11年7月23日判決),原告の技術情報を使用しなければ短期間で同程度の品質のタンクを製造できる技術レベルに到達するのは困難であるという事情を考慮して営業秘密の不正使用を認定する判決(大阪地裁平成10年12月22日判決)などがあります。


1http://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/pdf/111216hontai.pdf
2もっとも,このような解釈は営業秘密管理指針の意図するところではないと考えられます。
3産業構造審議会 知的財産分科会 営業秘密の保護・活用に関する小委員会(第1回)-議事要旨参照。 http://www.meti.go.jp/committee/sankoushin/chitekizaisan/eigyohimitsu/001_giji.html

(文責)弁護士 高瀬亜富