平成26年 5月27日判決(東京地裁 平成25年(ワ)第13369号)
【判旨】
・本件看板は,目の部分をくり抜いた猫の写真ないしその複製物を色彩あるいは大きさのグラデーションが生じるように多数並べてコラージュとしたものであり,全体として一個の創作的な表現となっていると認められる一方,これに使用された原告写真又はそのコピーのそれぞれは本件看板の全体からすればごく一部であるにとどまり,本件看板を構成する素材の一つとなっているということができる。そうすると,本件看板に接する者が,原告写真の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるといえないと解すべきである。
・百貨店を経営する会社がテナントに対して著作権法に反する行為をしないよう適切な管理監督をする義務を負い,これに反したときは第三者に対して損害賠償責任を負うと解すべき根拠は見いだし難い。また,本件の関係各証拠上,被告三越伊勢丹が被告アンダーカバーによる著作権及び著作者人格権侵害の事実を知り,又はこれを容易に知り得たとは認められないから,原告の主張するような精査等の義務を負うと解することもできない。
【キーワード】
コラージュ,翻案,写真著作物,百貨店,著作権


第1 はじめに

  本判決は,多数の著作物を利用してコラージュを作成する行為について,著作権侵害の成否が争われた事案です。また,百貨店のテナントが行った著作権侵害行為について,大家である百貨店の著作権侵害責任が争われたという点も特徴的です。
  以下,本判決の概要を紹介していきます。

第2 事案
 1 概要

本件は,写真家である原告が,被告株式会社三越伊勢丹の店舗内に被告株式会社アンダーカバーが設置した猫の写真等を多数並べて貼り付けた看板(本件看板)に原告が撮影した猫の写真又はその複製物を加工したものが使用されていたことについて,被告アンダーカバーについては原告の著作権(複製権又は翻案権)及び著作者人格権(同一性保持権及び氏名表示権)の侵害行為があり,被告三越伊勢丹については被告アンダーカバーの上記侵害行為を幇助し,又は被告アンダーカバーに看板の設置場所を漫然と提供したことに過失があると主張して,被告らに対し,不法行為に基づく損害金1億2150万円の支払などを求めた事案である。

2 当事者

(1)原告
猫等の写真を撮影する写真家であり,別表記載の5冊の写真集の著者である。これらの写真集に掲載された猫の写真はいずれも原告が撮影したものであり,原告はこれらの写真の著作権及び著作者人格権を有している。(甲1~5,弁論の全趣旨)
(2)被告ら
被告アンダーカバーは紳士服,婦人服,子供服等服飾品の企画,製造,販売を業とする株式会社,被告三越伊勢丹は百貨店を経営する株式会社である。被告アンダーカバーは,被告三越伊勢丹が経営する伊勢丹新宿本店3階の婦人服売場内にテナントとして出店している(以下,当該売場を「本件売場」という。)。

3 本件看板

(1)本件看板は…,猫を被写体とする写真又はその複製物(等倍又は縮小若しくは拡大コピーしたもの)を猫の顔の部分を中心に切り取った上,猫の目の部分をくり抜く加工を施したものを多数並べて貼り付けたものである。本件看板の背後には照明が設置され,猫の目の部分から光が漏れるようになっている。
(2)本件看板には,写真又はその複製物が多数用いられているが,このうち…156枚が原告の撮影した写真又はその複製物を加工したものである。すなわち,これらの写真は,…原告の写真集…に掲載された写真(…以下「原告写真」と総称する。)を,…写真集に掲載された写真の現物を使用して,…(又は)写真集をコピーした上で,上記(1)の加工を施したものである。内訳は,現物が使用されたもの(以下「現物使用分」という。)が90枚,コピーして使用されたもの(以下「コピー使用分」という。)が66枚であり,原告写真の一部は,…本件看板の複数箇所に使用されている。
(3)本件看板は,被告アンダーカバーの従業員が,原告写真及びこれ以外に収集した猫の写真に上記(1)の加工を施したものを並べてパネル(…以下「本件各パネル」という。)に貼り付け,これを本件売場に持ち込み,組み合わせて設置したものである。なお,本件看板に原告の氏名は表示されていない。
(4)被告アンダーカバーは,平成24年12月5日から平成25年1月30日頃までの間,本件看板を本件売場に設置した。

4 本件で取り上げる争点と当事者の主張

 原告は,①被告アンダーカバーについては,原告写真に上記の各加工を施した上,現物使用分及びコピー使用分を並べて本件各パネルを作成し,本件各パネルを組み合わせて本件看板を作成して設置したという一連の行為が原告の複製権又は翻案権並びに同一性保持権及び氏名表示権の侵害に当たる旨,②被告三越伊勢丹については,被告アンダーカバーによる著作権及び著作者人格件侵害行為を幇助し,又は漫然と本件看板の設置場所を提供したことについて過失があるので不法行為責任を負う旨主張した。
被告アンダーカバーは,コピー使用分について複製権侵害が成立すること並びに現物使用分及びコピー使用分のいずれについても同一性保持権及び氏名表示権の侵害が成立することを争っていない。また,原告も現物使用分については複製権侵害を主張していない。
そうすると,本件の争点は,(1) 被告アンダーカバーによる翻案権侵害の有無,(2) 被告三越伊勢丹の責任の有無,(3) 原告の損害額,(4) 名誉回復措置請求の当否である。
   以下では,被告アンダーカバーによる翻案権侵害の有無(争点1)及び被告三越伊勢丹の責任の有無(争点2)に焦点をあてて紹介・検討する。

(1)被告アンダーカバーによる翻案権侵害の有無(争点1) 

ア 原告の主張
「ア)被告アンダーカバーは,現物使用分かコピー使用分かに関わりなく,原告写真のうち猫が写っている部分(多くはその顔の部分)だけを切り取った上で,猫の目の部分をくり抜く加工を施しており,かかる行為は原告の翻案権を侵害する。
イ)被告アンダーカバーは,原告写真に加工を施して作成した現物使用分及びコピー使用分の写真等を並べて本件各パネルを作成し,これらを組み合わせて本件看板を作成し,設置している。本件各パネル及びそれを組み合わせた本件看板は,単純に猫の写真の目を切り取ったものを展示しているのではなく,原告写真を含めた全ての猫の写真に加工を施した上,各写真のサイズや色合い等を考慮して配置し,グラデーションを出す等の考慮がされたものであり,一個の作品として被告アンダーカバーの創作的な表現となっている。
ウ)以上のことから,本件各パネル及び本件看板を作成し,設置することにより被告アンダーカバーは原告の翻案権を侵害した。」
イ 被告アンダーカバーの主張
「ア)被告アンダーカバーは,現物使用分及びコピー使用分のいずれについても,単純に猫の目の部分をトリミングしたにすぎない。それは何ら個性のない,ありふれた行為であるから,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより別の著作物を創作したものとはいえない。したがって,本件看板中の個々の写真について翻案権侵害は成立しない。
イ)本件各パネルやこれらを組み合わせた本件看板は,個々の著作物である猫の写真が一つのものに集合しているにすぎず,それぞれの写真を分離して個別的に利用できるから,いわゆる集合著作物に該当する。そして,この集合著作物を構成する個々の写真について翻案権侵害は成立しないから,本件各パネルや本件看板の作成及び設置が原告の翻案権を侵害することはない。さらに,被告アンダーカバーは,写真の大小等を考慮してグラデーションを付け,遠近感を出すことについては意識したが,写真の選択及び配置については作業者が任意に行ったものにすぎない。そもそも写真の大小の考慮やグラデーションを付けることはアイデアにすぎず,著作権上保護されるものではないから,本件各パネル及び本件看板が新たな著作物として保護されることはない。したがって,本件各パネル及び本件看板の作成及び設置行為は原告の翻案権を侵害しない。」

(2)被告三越伊勢丹の責任の有無(争点2)

ア 原告の主張
「…仮に幇助が認められないとしても,被告三越伊勢丹は,百貨店であるという信用を利用して業務を展開している以上,テナントに対して違法・不当な行為をしないよう適切な管理監督をする条理上の義務がある。本件において,被告三越伊勢丹は,被告アンダーカバーから猫の写真を用いた看板を設置する旨の説明を受けていたから,著作権侵害とならないよう留意するよう伝え,明確な処理をしたか否かを精査する義務があった。それにもかかわらず,被告三越伊勢丹は著作権違反について確認することなく漫然と本件売場を提供したから,被告アンダーカバーと共に共同不法行為責任を負う。」
イ 被告三越伊勢丹の主張)
「被告三越伊勢丹に,原告の主張するような義務があると解する法的根拠や具体的事情は存在しない。また,仮にそのような義務があったとしても,被告三越伊勢丹は被告アンダーカバーに対して著作権等の権利処理について問題が生じることのないよう依頼し,被告アンダーカバーからしっかりと対応する旨の回答を得ていたから,義務違反は存在しない。」

第3 判旨 
  1 被告アンダーカバーによる翻案権侵害の有無(争点1)について

(1)トリミングについて
「証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば,原告写真は,いずれも猫そのもの…又は猫を含む風景…を被写体とした写真であること,被告アンダーカバーは,写真集に掲載された原告写真又はそのコピーに,猫の顔の部分を中心に切り取るか…,又は猫のほぼ全身部分を切り取った…上,更にその目の部分をくり抜く加工を施したことが認められる。これらの加工はいずれも定型的で単純な行為であり,これによって新たな思想又は感情が創作的に表現されたということはできない。したがって,この点について原告写真の翻案権侵害をいう原告の主張は失当というべきである。」
(2)本件看板の作成について
「証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば,本件看板は,目の部分をくり抜いた猫の写真ないしその複製物を色彩あるいは大きさのグラデーションが生じるように多数(正確な数についての主張はないが,全部で数百枚に及ぶことは明らかである。…)並べてコラージュとしたものであり,全体として一個の創作的な表現となっていると認められる一方,これに使用された原告写真又はそのコピーのそれぞれは本件看板の全体からすればごく一部であるにとどまり,本件看板を構成する素材の一つとなっているということができる。そうすると,本件看板に接する者が,原告写真の表現上の本質的な特徴(原告が,それぞれの原告写真を撮影するに当たり,被写体の選択,シャッターチャンス,アングル,レンズ・フィルムの選択等を工夫することにより,原告の思想又は感情が写真上に創作的に表現されたと認められる部分。ただし,原告写真の表現上の本質的な特徴がどこに存在するかについて原告による具体的な主張はない。)を直接感得することができるといえないと解すべきである。
したがって,本件各パネル又は本件看板の作成行為が原告の翻案権を侵害すると認めることはできない。

2 被告三越伊勢丹の責任の有無(争点2)について

「被告三越伊勢丹には百貨店としてテナントに対して適切な管理監督をする条理上の義務があり,また,本件の状況下において被告アンダーカバーが著作権について明確な処理をしたか否かを精査する義務等があるところ,これらを怠ったことに不法行為責任を負う旨主張する。
そこで判断するに,百貨店を経営する会社がテナントに対して著作権法に反する行為をしないよう適切な管理監督をする義務を負い,これに反したときは第三者に対して損害賠償責任を負うと解すべき根拠は見いだし難い。また,本件の関係各証拠上,被告三越伊勢丹が被告アンダーカバーによる著作権及び著作者人格権侵害の事実を知り,又はこれを容易に知り得たとは認められないから,原告の主張するような精査等の義務を負うと解することもできない。」

第4 若干の検討
 1 コラージュにおける写真の使用

   コラージュとは現代絵画の技法の1つで、フランス語の「糊付け」を意味する言葉です。本件では,多数の猫の写真を組み合わせて本件看板が作成されたようですが,その過程で行われた原告写真のコピーとは別途,このような看板を作成することが原告の著作権(翻案権)を侵害するのかどうかが争われました。
   ところで,著作権侵害が成立するのは著作物の表現上の本質的特徴部分が直接感得可能な態様で利用された場合に限られます。写真の場合,被写体の選択,シャッターチャンス,アングル,レンズ・フィルムの選択等が表現上の本質的特徴であるとされることが多く,本判決も同様に判断していますが,本判決は,本件看板では個々の写真は素材の一つになっており,その本質的特徴を感得することは出来ない(翻案権侵害は成立しない)とさしました。
   本件看板を見ることができないのでなんともいえませんが,この判示については,本件看板ではそもそも原告写真の創作的な表現部分が再生されていなかったと読むことも可能と思われますが,他方,創作的な表現は再生されていたものの,新たに付与された本件看板の創作性の中に埋没して,その本質的特徴が感得できなくなったと判断した事例と位置付けることもできそうです。
   いずれにしても,本判決はコラージュで用いられた素材についての著作権侵害の成否について判断した珍しい事例です。今後の同種事例を検討する際に参照するべき裁判例といえます。

 2 三越伊勢丹の責任

   本件では,著作権侵害の場を提供した被告三越伊勢丹の責任も争われました。著作権侵害に関与した者の責任について判断した判決としては,最判平成13年3月2日民集55巻2号185頁があります,同最判は,以下のとおり判示してカラオケ装置のリース業者の不法行為責任を認めています。

カラオケ装置のリース業者は、カラオケ装置のリース契約を締結した場合において、当該 装置が専ら音楽著作物を上映し又は演奏して公衆に直接見せ又は聞かせるために使用されるものであるときは、リース契約の相手方に対し、当該音楽著作物の著 作権者との間で著作物使用許諾契約を締結すべきことを告知するだけでなく、上記相手方が当該著作権者との間で著作物使用許諾契約を締結し又は申込みをした ことを確認した上でカラオケ装置を引き渡すべき条理上の注意義務を負うものと解するのが相当である。けだし、(1) カラオケ装置により上映又は演奏される音楽著作物の大部分が著作権の対象であることに鑑みれば、カラオケ装置は、当該音楽著作物の著作権者の許諾がない限 り一般的にカラオケ装置利用店の経営者による前記1の著作権侵害を生じさせる蓋然性の高い装置ということができること、(2) 著作権侵害は刑罰法規にも触れる犯罪行為であること(著作権法119条以下)、(3) カラオケ装置のリース業者は、このように著作権侵害の蓋然性の高いカラオケ装置を賃貸に供することによって営業上の利益を得ているものであること、(4) 一般にカラオケ装置利用店の経営者が著作物使用許諾契約を締結する率が必ずしも高くないことは公知の事実であって、カラオケ装置のリース業者としては、 リース契約の相手方が著作物使用許諾契約を締結し又は申込みをしたことが確認できない限り、著作権侵害が行われる蓋然性を予見すべきものであること、 (5) カラオケ装置のリース業者は、著作物使用許諾契約を締結し又は申込みをしたか否かを容易に確認することができ、これによって著作権侵害回避のための措置を 講ずることが可能であることを併せ考えれば、上記注意義務を肯定すべきだからである。

   本判決は被告三越伊勢丹の責任を否定しましたが,同最判に照らして検討しても,やはり被告三越伊勢丹の責任は否定されそうです。なぜなら,一般論として百官店の賃貸スペースが著作権侵害に利用される可能性は高いとはいえませんので,被告三越伊勢丹が被告アンダーカバーによる著作権侵害を予見することは困難であったと思いますし(上記最判の(1)及び(4)),被告三越伊勢丹がテナントの看板一つ一つについてチェックするというのは現実的ではないため(上記最判の(5)),本件では同最判がカラオケ装置のリース業者について著作権侵害責任を肯定した根拠が妥当しないためです。
以上
(文責)弁護士 高瀬亜富