平成26年1月24日判決(東京地裁平成21年(ワ)第17937号)
【ポイント】
分割出願に係る特許発明のクレーム解釈にあたっては、原出願のクレーム等の全体を通じて統一的な意味に解釈すべきとした事例
【キーワード】分割出願、クレーム解釈


【事案の概要】
「移動無線網で作動される移動局および移動局の作動方法」に関する特許権を有する原告が,被告が輸入・販売等している各携帯電話(以下「被告各製品」という。)が同特許権に係る特許発明の技術的範囲に属すると主張して,被告に対し,同特許権に基づいて,被告各製品の輸入・販売等の差止め及び廃棄を求めるとともに,特許権侵害を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求として,3125万円及び遅延損害金の支払を求めた。

【争点】
 被告各製品は本件発明の技術的範囲に属するか。特に、分割出願に係る特許発明のクレーム解釈にあたって、原出願のクレーム等を参酌すべきか否か。

【結論】
 被告各製品は本件発明の技術的範囲に属さない。分割出願に係る特許発明のクレーム解釈にあたっては、原出願のクレーム等の全体を通じて統一的な意味に解釈すべきである。

【判旨抜粋】
「ウ 分割出願に係る特許発明のクレーム解釈
 本件特許は,原出願(特願2000-604634)の出願人たる地位を承継した原告が,平成22年6月8日に,原出願を基に分割出願したものである。
 分割出願においては,分割出願に係る発明の技術的事項が原出願の特許請求の範囲,明細書又は図面に記載されていることを要し(特許法44条1項参照),分割出願において,原出願からみて新たな技術的事項を導入することは許されないのであるから,分割出願の特許請求の範囲の文言は,原出願の特許請求の範囲,明細書又は図面に記された事項の範囲外のものを含まないことを前提にしていると解するのが合理的であり,そうすると,分割出願の特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するにおいては,原出願及び分割出願の特許請求の範囲及び明細書等の全体を通じて統一的な意味に解釈すべきである。
 したがって,本件においても,本件発明の技術的範囲を確定するに当たっては,原出願に係る明細書である原出願翻訳文の記載についても参酌することが相当である。」

「    (イ) 原出願翻訳文の内容
・・
 また,原出願翻訳文の明細書中の実施例においては,「アクセス閾値ビット」について,アクセス閾値がアクセス閾値ビットから検出されるものであることが記載されており,その更なる具体例として,アクセス閾値を2進符号化したものをアクセス閾値ビットとすること,及び,アクセス閾値ビットが「1000」である場合に,アクセス閾値として「8」の値が得られることが開示されているが,「アクセス閾値ビット」が上記実施例に記載された以外の技術的意義を有するものであることを開示し,又は示唆する記載は見当たらない。
 なお,原出願翻訳文の全体を通して,アクセス閾値がアクセス閾値ビットから「求め」られるものであること(本件発明の構成要件D)については,記載がない。
 原出願翻訳文の「特許請求の範囲」及び「発明の利点」におけるこれらの記載に鑑みれば,原出願翻訳文に記載された発明において,「アクセス閾値」とは,加入者局にRACHへのアクセス権限をランダム分配するための閾となる値として,シグナリングチャネル(BCCHとして構成することができる。)を介して加入者局(移動局として構成することができる。)に対して伝送される値そのものであると解するのが相当である。」
「そうすると,本件発明における「アクセス閾値」及び「アクセス閾値ビット」の各用語の意義については,「アクセス閾値」とはBCCHを介して伝送されて,移動局において閾値として用いられる特定の値であり,「アクセス閾値ビット」とは,そのアクセス閾値を,BCCHを介して伝送するためにビット形式で表記したものと解するのが相当である。
(イ) 「アクセス閾値」及び「アクセス閾値ビット」の技術的意義がそれぞれ上記のように解されることから,本件発明の構成要件Dの「アクセス閾値ビットからアクセス閾値を求め」ることは,移動局において閾値として用いられる特定の値が,基地局からBCCHを介して移動局に伝送される際にビット形式に置き換えられるところ,移動局において,このビット形式で表現されたデータ(アクセス閾値ビット)を受信して,このビット形式のデータから閾値となる上記の特定の値(アクセス閾値)を得ることを意味するものと解される。
 そうすると,例えば,ある特定の値(アクセス閾値)をビット形式に置き換えたデータ(アクセス閾値ビット)を受信した移動局が,そのビット形式のデータから元の値(アクセス閾値)を得ることは,構成要件Dの「アクセス閾値ビットからアクセス閾値を求め」ることに当たるが,その元の値を更に関数などに代入することによって算出される別の値は,それ自体がBCCHを介して伝送されたものでない以上,本件発明の「アクセス閾値」に当たるということはできないというべきであり,それゆえ,そのような別の値を求めることは,「アクセス閾値ビットからアクセス閾値を求め」ることには該当しないと解するのが相当である。」

【解説】
分割出願にかかる特許発明のクレーム解釈にあたっては、統一的に解すべきと判示するものと、統一的に解する必要がないと判示するものがある(後者の例として、「テレビジョン番組リスト」事件(東京地判平成21年7月15日、平成19年(ワ)第27187号))。
本件において、原出願に基づく分割出願のクレームの限定的解釈がされることを避けるための一つの方法としては、「アクセス閾値」をより広範に明細書に定義(伝送値そのものに限られないよう記載)しておくことが考えられる。

(文責)弁護士・弁理士 和田祐造