【平成24年10月29日判決(知財高裁 平成24年(行ケ)第10076号 審決取消請求事件)】

【はじめに】
 本件は、 審決が引用発明の認定を誤り、これに基づいて一致点・相違点の判断を行い、相違点の判断を行っているが、審決は、引用発明の正しい認定を前提とした判断を 行っていないので、審決の上記認定は、審決の結論に影響を及ぼすものであるとされた。また、引用発明の認定の誤りは、審決の結論に影響しないとの主張が排斥されたものである。

【キーワード】
引用発明の認定、引用発明、認定


【概要】
 本件は、原告が「シリコーンオイルを含む単位用量の洗剤製品」とする発明(特願2007-511682号)について、拒絶査定不服審判請求不成立審決の取消しを求めた事案である。原告は、審決には引用発明(国際公開第2003/097778号)の認定の誤り及びこれを前提とする判断に誤りがあると主張した。

【判旨】
 当裁判所は、審決には引用発明の認定の誤りがあり、この認定の誤りは審決の結論に影響を及ぼすものであるから、審決は取消しを免れないと判断する。その理由は次のとおりである。
 1 引用発明の認定について
 (以下、引用例(甲11)の記載内容を引用する場合、同文献は英語で記載された国際公開刊行物であるため、その日本語訳である特表2005-524760号公報(甲12。以下「甲12文献」という。)の該当部分を示す。)
 (1) 原告は、審決が、引用発明について、〈1〉本組成物の溶媒を水に限定し、その配合量を5重量%~90重量%の数値範囲で認定したこと、〈2〉本組成物の粘度について、「周囲条件で20s-1のせん断速度で測定する場合、0.05Pa・s~0.3Pa・sである」と認定したこと、〈3〉布帛柔軟化シリコーンの粒子径について、「組成物中で1μm~50μm未満の一次粒径を有する」と認定したことは、いずれも誤りであると主張する。
 (2) これらのうち、〈2〉本組成物の粘度については、被告も、正しくは「周囲条件で20s-1のせん断速度で測定する場合、0.5Pa・s~3Pa・sである」と認定すべきであったことを認めるものの、審決が原告の指摘するとおり認定したことは明らかな誤記であると主張する。
 しかるに、 審決は、 引用例に“ The composition typically has aviscosity of from 500cps to 3,000cps, when measured at a shear rateof 20s-1 at ambient conditions.”とある(19頁3行目及び4行目)にもかかわらず、甲12文献の該当部分(【0066】)に、「本組成物の粘度は、周囲条件で20s-1のせん断速度で測定する場合、典型的には、0.05Pa・s(500cps)~0.3Pa・s(3、000cps)である。」とあること(1Pa・sが1000cpsに相当することは技術常識であるから、上記記述中の「0.05Pa・s」は「0.5Pa・s」の、「0.3Pa・s」は「3Pa・s」の、それぞれ誤記であると認められる。)を踏まえ、引用発明における本組成物の粘度を前記第2の3(2)アのとおり認定した上、「引用発明の「液体洗濯洗剤組成物」は、上記のとおり、「ずり減粘液体」であるから、剪断速度の増加に対して粘度が大きく低下するもの、すなわち剪断速度の減少に対して粘度が大きく上昇するものであるから、「周囲条件で20s-1のせん断速度で測定する場合、0.05Pa・s~0.3Pa・sである」ものであれば、周囲条件と略同等の温度条件である20℃で、「0.5s-1」なる極めて低い剪断速度で測定される場合に「少なくとも3Pa・s(3、000cps)」なる剪断粘度を有するものと理解するのが自然である。」として、相違点2が実質的な相違点であるとはいえないと結論付けたものである。
 そうすると、審決は、本組成物がその摘示したとおりの数値範囲の粘度を有するものと認定した上で、これを前提に、本願発明との相違点2があると認定し、これが実質的な相違点ではないとの判断を行ったものであるから、審決による本組成物の認定における粘度の数値範囲の記載(「0.05Pa・s~0.3Pa・s」の部分)は単なる誤記であるということはできず、審決は、上記の点において、引用発明の認定を誤ったといわざるを得ない。

 2 相違点2に対する判断について
 (1) 審決が、本組成物の粘度についての誤った認定を前提に本願発明との相違点2を認定した上、これが実質的な相違点ではないと判断したのは前記1(2)のとおりであり、本組成物の粘度についての正しい認定を前提に相違点2を認定し、これに対する判断を行っていない以上、上記認定の誤りは、審決の結論に影響するといわざるを得ない。
 (2) これに対し、被告は、本組成物の粘度についての正しい認定を前提としても、本組成物が非ニュートン液体でずり減粘液体であることは当業者に自明であり、非ニュートン液体でずり減粘液体であれば、高い剪断速度での測定により低い粘度を示した試料であっても、低い剪断速度で測定した場合に高い粘度を示すと理解され、粘度とずり速度とは反比例の関係にあることからすれば、引用発明が0.5s-1の剪断速度及び20℃で測定される場合に少なくとも3Pa・s(3、000cps)の剪断粘度を有すると理解するのが自然であるとした審決の判断には誤りはないから、引用発明の認定の誤りは審決の結論に影響しないと主張する。そこで、かかる被告の主張について検討する。
 ア 技術常識に係る文献の記載内容
(中略)
 イ 本組成物の物性について
 本組成物が、審決の指摘するとおり「水などを含有する水性分散媒に対してシリコーンなどの非水性分散質が分散してなるO/W型の液体分散系である」ことに技術的誤りはないと考えられるところ、前記ア(ア)及び(イ)の記載に照らせば、そのような分散系の流体は、剪断速度を増加させると、剪断速度の増加に対して粘度が変化しないニュートン流動の状態から、剪断速度の増加に対して粘度が低下するshear-thinning(本願発明における「ずり減粘」。乙1参照。以下同じ。)という非ニュートン流動の一種の状態に変化するが、分散系流体がニュートン流動の状態からshear-thinning という状態に変化する剪断速度は、その分散系流体の組成や分散状態によって異なるというのが、当業者の技術常識であると認められる。
 そうすると、本組成物が非ニュートン流動を示すとしても、どの程度の剪断速度でニュートン流動から非ニュートン流動に変化するかは、引用例の記載及び技術常識に照らしてもこれを的確に認定することはできないから、本組成物が20s-1以下の剪断速度において非ニュートン流動を示すことを前提に、同組成物の0.5s-1の剪断速度における粘度を推定することはできないというべきである。
 ウ 粘度とずり速度の関係について
 また、被告は、「et=kptn」(et:ずり速度、pt:ずり応力、k:流動度に対応する定数、n:パラメータ。1ではない。)の関係が成立するような非ニュートン液体でずり減粘液体の粘度ηは、円錐・平板型粘度計で測定した場合、「η=(3ψ/2πR3)・(M/Ω)」との式により求められ、測
定装置におけるψ(円錐と平板との間の角度)、R(回転半径)、M(回転能率)はそれぞれ一定であるから、粘度ηは、ずり速度et(=Ω/ψ)の逆数である「ψ/Ω」に比例する、すなわち、ずり速度etに反比例すると主張する。
 しかるに、前記ア(ア)及び(ウ)の記載によれば、非ニュートン流体においては、ずり速度etとずり応力ptの関係は、ずり速度etやずり応力ptの大きさに応じて変わるものであり、なるべく広い範囲のずり速度et(又はずり応力pt)に対するずり応力pt(又はずり速度et)を測定して、ずり速度etとずり応力ptの関係を示すレオロジー方程式を定める必要があることが、当業者の技術常識であると認められる。そして、et=kptnの関係が成立するようないわゆる羃関数型は、非ニュートン流体の一モデルにすぎず、引用例の記載及び技術常識に照らしても、引用発明に係る本組成物について、少なくとも0.5s-1ないし20s-1の剪断速度の範囲で、上記式の関係が成立する羃関数型の挙動を示すものであると認めることはできない。
 さらに、前記ア(ウ)の記載によれば、円錐・平板型粘度計では、ずり応力pt=3M/2πR3の関係にあるから、回転能率Mは、ずり応力pt、ひいてはずり速度etに応じて変化するのであって、測定条件に応じて変化する値であるということができる。
 そうすると、被告の上記主張は、本組成物が羃関数型の挙動を示すものであること及び回転能率Mが測定装置において一定であることを前提とする点で誤りであるから、本組成物の粘度が「周囲条件で20s-1のせん断速度で測定する場合、0.5Pa・s~3Pa・sである」からといって、0.5s-1の剪断速度で測定する場合に「少なくとも3Pa・s」であるかどうかは、定かではない。
 エ 以上によれば、本組成物の粘度が「周囲条件で20s-1のせん断速度で測定する場合、0.5Pa・s~3Pa・sである」との認定を前提に、0.5s-1の剪断速度及び20℃で測定される場合には少なくとも3Pa・s(3、000cps)の剪断粘度を有すると理解することができる技術的な根拠は見当たらないから、審決の判断に結論において誤りがないということはできない。よって、この点に関する被告の主張は採用することができない。
 
 3 結論
 以上の次第であり、引用発明の認定の誤りについての原告の主張は理由があり、審決には取り消すべき違法がある。
 よって、審決を取り消すこととして、主文のとおり判決する。

【コメント】
 本件は、審決の引用発明の認定の誤りが結論に影響を与えるとして、審決が取消されたものである。審決の違法が結論に影響を与えなければ、審決には取り消されるべき違法がないという判断がなされる余地があるが、本件は、技術的な見地から判断し、審決の引用発明の認定の誤りという違法は、結論に影響を与えるものであるとされた。
 本件は、審決の違法及びその違法が審決の結論に影響を与えるのか否かということについて判断されたものであり、当該判断の一例として、参考になるものである。

以上
(文責)弁護士 関裕治朗