【H28年1月21日(東京地裁平成26年(ワ)第5210号) 損害賠償等請求事件】

【判旨】
発明の名称を「パック用シート」とする特許権を有する原告が,被告の製造,譲渡したフェイスマスクが当該発明の技術的範囲に属すると主張して,被告に対し,特許権侵害の不法行為による損害賠償請求を行ったものであり,均等侵害が認められた事案。

【キーワード】
パック用シート,均等侵害,本質的部分

【事案の概要】
 本件は,発明の名称を「パック用シート」とする特許権を有する原告が,被告の製造,譲渡したフェイスマスクが当該発明の技術的範囲に属すると主張して,被告に対し,特許権侵害の不法行為による損害賠償請求として,当該特許の実施料相当額3900万円と弁護士費用相当額400万円を合計した4300万円及びこれに対する不法行為後である平成26年1月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
 当事者としては,原告は,美容用品の設計及び製造販売等を目的とする株式会社コスメチックスプランナーツカモトの代表取締役である。
 被告は,日本薬局方,同局方外医薬品及び医薬部外品並びに医療用具,化粧品,栄養剤,栄養食品の製造卸販売等を目的とする株式会社(再春館製薬所)である。

【争点】
 均等侵害が認められるか否か。

【問題となった製品及び特許権】
1 問題となった特許権
 本件で問題となった特許権は,以下のものである。

      特許番号    第4352416号
      発明の名称  パック用シート
      出願日     平成19年5月22日
      登録日     平成21年8月7日
 
 本件特許の請求項1は,以下のとおりである。
 【請求項1】
 美容用具として,不織布の引っ張り方向とする縦方向に鼻筋の方向を揃えて打ち抜いたフェイスマスク型パック用シートに,鼻翼の付け根から鼻尖を経て,もう片方の鼻翼付け根部分に,さらに眼の付け根に至り,もう片側の眼の付け根までを結ぶ線に囲まれるほぼ台形の領域に,縦方向もしくはやや斜め方向に「ハ」字状に走るミシン目状の切り込み線を複数列配したことを特徴とするパック用シート。
 
 請求項1に係る発明(以下,「本件発明」という。)を分説すると,以下のとおりである(以下,各構成要件を「構成要件A-①」などという。)。

   A 美容用具として,不織布の引っ張り方向とする縦方向に鼻筋の方向を揃えて打ち抜いたフェイスマスク型パック用シートに,
   B 鼻翼の付け根から鼻尖を経て,もう片方の鼻翼付け根部分に,さらに眼の付け根に至り,もう片側の眼の付け根までを結ぶ線に囲まれるほぼ台形の領域に,縦方向もしくはやや斜め方向に「ハ」字状に走るミシン目状の切り込み線を複数列配した
   C ことを特徴とするパック用シート。

    裁判所は,構成要件Bをさらに,B1とB2とに分説した。

    「鼻翼の付け根から鼻尖を経て,もう片方の鼻翼付け根部分に,さらに眼の付け根に至り,もう片側の眼の付け根までを結ぶ線に囲まれるほぼ台形の領域に,」(構成要件B1)
    「縦方向もしくはやや斜め方向に『ハ』字状に走るミシン目状の切り込み線を複数列配した」(構成要件B2)

2 本件特許発明に係る実施例
  本件特許発明は,以下のような顔面のパック用シートである。

本件明細書【図1】~【図4】及びその説明(赤矢印は筆者が付した。)

3 問題となった製品

 つぎに,被告製品は以下のとおりである。

赤矢印は発表者が付した

【裁判所の文言充足性に係る判断】
 裁判所は,その上で,被告製品について,構成要件A,B2及びCについては,充足するとした。
 上記構成要件中,均等論の適用が問題となったのは,構成要件B1である。
 裁判所は,以下のように述べて,被告製品について,構成要件B1を文言上充足しないとした。

 (ア) 特許請求の範囲の記載によれば,鼻翼の付け根から鼻尖を経て,もう片方の鼻翼付け根部分に至る線が「ほぼ台形の領域」の下底に当たり,眼の付け根から,もう片側の眼の付け根までを結ぶ線が「ほぼ台形の領域」の上底に当たると考えられる。
     a このうち,「ほぼ台形の領域」の上底の両端に当たる「眼の付け根」の意義について検討すると,①「めの病気」と題するホームページ(甲22)では,「目の疲れに効果的なツボは,左右の眉の,鼻側の付け根側。そして,同じく鼻側の目の付け根にあります。」とし,後者に当たるものとして,左右の目頭の鼻側の付け根にある「晴明(セイメイ)」というツボが紹介されていること,②いなばクリニック耳鼻咽喉科のホームページ(甲23)では,「急性副鼻腔炎」として,「膿が頬に溜まれば頬部痛,眼の周りに溜まれば眼の付け根の痛み・・・を起こします。」と記載されていることが認められる。これらの使用例では,「眼の付け根」とは,鼻と眼が接する目頭部分をいうものとして用いられていると認められる。
  また,本件明細書によれば,ミシン目状の切り込み線が複数列配された「ほぼ台形の領域」は,鼻に対向し,不織布の横方向に伸びやすいという物性と相俟って,鼻筋や鼻の角度に沿って自然と横方向に伸び広がり,隙間を生じることなく小鼻部分をもパック用シートでぴったり覆うことができるとされており(【0010】),「鼻筋」とは,「眉間から鼻の先までの線。鼻梁」を意味する(乙5)ことからすると,鼻全体を覆うことが想定されているといえ,本件明細書の実施例の図3ないし図6でも,いずれも,「ほぼ台形の領域」の上底が目頭の高さとなっている。
      これらからすると,「眼の付け根」とは目頭を意味すると解するのが相当であり,「ほぼ台形の領域」とは,鼻翼の付け根から鼻尖を経て,もう片方の鼻翼付け根部分に至る線を下底とし,両眼の目頭を結ぶ線を上底とする台形状の領域を意味すると解するのが相当である。
(中略)
 「ほぼ台形の領域」のうち,目頭の高さからやや下の部分までの領域に切り込み線が設けられていない点で本件特許発明と相違し,この点において本件特許発明の構成要件B1を文言上充足しないというべきである。

【判旨抜粋】
 裁判所は,以下のように述べて,均等侵害を認定した。
1-2 争点1-2(被告製品は,本件特許発明と均等なものとして,その技術的範囲に属するか)について
 (1) 特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場合であっても,① 上記部分が特許発明の本質的部分ではなく,② 上記部分を対象製品等におけるものと置き換えても,特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであって,③ 上記のように置き換えることに,当業者が,対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり,④ 対象製品等が,特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから上記出願時に容易に推考できたものではなく,かつ,⑤ 対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは,上記対象製品等は,特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして,特許発明の技術的範囲に属する(最高裁判所平成10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁参照)。
 (2) 前記のとおり,被告製品は,構成要件B1のうち,目頭の高さからやや下の部分までの領域にミシン目状の切り込み線が設けられていない点で本件特許発明と相違することから,この点についての均等の成否を検討する。
  ア 非本質的部分について
   本件特許発明が,シートによって鼻全体を覆うことを想定していることは先に述べたとおりである。しかし,本件明細書の記載によれば,従来のシートでも鼻の上部に切り込みは設けられておらず(【0005】,図2),鼻の上部に当たる目頭付近部分は,従来技術によってもシートで覆うことが実現されていたのに対し,本件特許発明の技術的課題は,従来のパック用シートでは,小鼻部分にシートで覆えない大きな隙間が空き,また,シートの小鼻に対応した部分が浮き上がってしまう欠点があったことから,顔面で最も高く膨出する鼻の小鼻部分をもぴったりと覆うことにあり,本件特許発明は,「ほぼ台形の領域」にミシン目状の切り込み線を配するとしたことにより,不織布の横方向に伸びやすいという物性と相俟って,パック用シートが鼻筋や鼻の角度に沿って自然と横方向に伸び広がるようにし,隙間を生じることなく小鼻部分をもぴったり覆うようにしたものであると認められる。
    これらからすると,本件特許発明は,鼻部にミシン目状の切り込み線を複数列配することによって,従来技術では困難であった小鼻部分を覆うことを実現した点に固有の作用効果があると認められる。そうすると,被告製品において,目頭の高さからやや下の部分までの領域に切り込み線が設けられていない点は,このような本件特許発明の固有の作用効果を基礎付ける本質的部分に属する相違点ではないというべきである。
  イ 置換可能性について
   証拠(甲3)及び弁論の全趣旨によれば,被告製品は,目頭の高さからやや下の部分までの領域にミシン目状の切り込み線が設けられていなくとも,小鼻部分を含めた鼻全体に密着するものであると認められる。
そうすると,被告製品も,本件特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであると認められる。
  ウ 置換容易性について
   前記のとおり,鼻の上部に当たる目頭付近部分は,従来技術によってもシートで覆うことが実現されていたことからすると,切り込み線が配される台形状の領域の上底の高さを,眼の付け根である目頭の高さよりも,目頭の1段分か2段分,下に設けても本件特許発明と同一の作用効果を奏することは,当業者が,対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたというべきである。
(中略)
  エ 対象製品の容易推考性について
   被告は,本件特許発明が本件特許出願前に乙8公報に開示されており,被告製品の構成は,容易に推考できたものである旨主張するが,本件の全証拠によっても,後記争点2-2に関する判示と同様に,被告製品が,本件特許の出願時における公知技術と同一又は当業者が公知技術から出願時に容易に推考できたものであるとは認められない。
  オ 意識的除外事由など特段の事情の有無について
   被告は,本件事情説明書(乙2)及び本件意見書案(乙3)の記載を指摘するが,その指摘に係るいずれの記載によっても,ほぼ台形の領域の上底の高さを目頭の位置から,切り込みの1列分か2列分,下の位置とすることを排除していると認めることはできない。
(3) 均等の成否
   以上によれば,被告製品は本件特許発明の構成と均等なものとして,その技術的範囲に属する。

【解説】
 裁判所は、均等の5要件について、最高裁判例に従い、以下の①~⑤の要件を定立した上で、上記のように判断した。すなわち、「① 上記部分が特許発明の本質的部分ではなく,② 上記部分を対象製品等におけるものと置き換えても,特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであって,③ 上記のように置き換えることに,当業者が,対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり,④ 対象製品等が,特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから上記出願時に容易に推考できたものではなく,かつ,⑤ 対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは,上記対象製品等は,特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして,特許発明の技術的範囲に属する(最高裁判所平成10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁参照)」との要件である。
 本件において,裁判所が相違点として認定した点は,「目頭の高さからやや下の部分までの領域に切り込み線が設けられていない点で本件特許発明と相違」するというものである。
 そして,本件特許発明の本質的部分を,「本件特許発明は,鼻部にミシン目状の切り込み線を複数列配することによって,従来技術では困難であった小鼻部分を覆うことを実現した点に固有の作用効果があると認められる」と認定し,上記相違点は本質的部分に該当しないと判断した。
上記の結論は,おおよそ妥当であると考えられる。
 本件は均等侵害が認められた数少ない事例であり,実務的に参考になると考えられる。

(文責)弁護士 宅間 仁志