【平成19年7月26日(大阪地裁 平成16年(ワ)第11546号】

【キーワード】
プログラム,著作権,翻訳,二次的著作物,著作物性,創作性,職務著作,共同著作

【ポイント】
• ソフトウェア開発委託契約において,契約書にプログラムの著作権の帰属が明記されていない場合に,その帰属について,報酬額に著作物の経済的価値が含まれているか,という判断基準を用いた。
• プログラムの著作物については,OSやプログラム言語を異なるものに変換したからといって,直ちに「翻訳」にあたるとはいえず,新たな創作性が付加されたかを判断すべきとした。

【事案の概要】
 グラブ浚渫施工管理システムに関するプログラム(以下,「本件プログラム」という。)を開発した者(以下,「A」という。)が代表取締役を務める原告が,本件プログラムの販売をする被告に対し,本件プログラムの著作権に基づき,プログラムの複製,販売の差止め及び著作権侵害による損害賠償を求めた。
 裁判所は,本件プログラムは,先に開発されたG1X MS-DOS版(これを含めた本件プログラムの旧バージョンに相当する3つのプログラムをまとめて,以下,「本件前プログラム」という。)の二次的著作物であり,その著作権は原告に帰属することを認定した上で,原告は,本件プログラムについて,二次的著作物の著作権者及びその原著作物に当たる本件前プログラムの著作権者の立場の両面で,本件プログラムについて著作権を有しているとして,差止請求を認容し,損害賠償についても一部認容した。

【ここで取り上げる争点】
1.    本件前プログラムの著作権の帰属
2.    本件プログラムの創作性の有無

【裁判所の判断】
1.    本件前プログラムの著作権の帰属
 裁判所は,本件前プログラムの著作権の帰属について,①開発時の報酬額,②ソースプログラムの提出,③著作権表示などといった事実から,原告に帰属するという結論を導き出している。本件においては,①については原告に有利な事情といい得るが,②③についてはどちらとも取りうる事情であるから,もっとも重要視されたのは①であると考え,以下に引用した。
 さらに裁判所は,被告の共同著作,職務著作の主張についても判断しているため,これらについても引用した。
(1)開発時の報酬額
 本件ソフトウェア開発は,橘高工学(委託者。ここでは事案を簡略化するため,被告の前身となった会社とする。)とA(受託者)の請負契約と認定されている。この場合の報酬額が,仕事の完成に対する対価のみであるのか,それとも開発対象となったソフトウェアの著作権譲渡の対価をも含むのか,という判断基準である。
 裁判所は以下の判断をした。
 「著作権を譲渡するということは,著作権法21条ないし28条が規定する著作者の権利を全て譲渡するということであり,対象となる著作物の経済的価値が大きければ大きいほど,譲渡する著作権の対価も高額なものとなるのは当然である。そして,著作物の経済的価値の大小については,同著作物の複製物が販売されている場合は,その販売価格の多寡が参考となる
本件において,G1X MS-DOS版の著作権の譲渡の対価であると評価することができる程度の額の金銭の授受の有無について検討すると,GDX等の開発からG1Xシリーズの開発ないし修正に至るまで,例えば,GDX等の複製物が少なくとも一船分200万円ないし300万円で販売されていることに見合うような著作権譲渡の対価が,著作権の譲渡時に授受されたと認めるに足りる証拠はない。
 むしろ,G1X MS-DOS版については,GDX等の複製物が一船分200万円ないし300万円で販売されるものについて,Aは,システムを導入する作業船に併せてプログラムを修正し,複製物が作業船所有者に納品,販売される際に,一船につき70万円ないし90万円等の報酬を受領していたというものであった。このことからすると,G1X MS-DOS版に関してAに支払われた対価は,著作権の譲渡代金ではなかったと思われる。」

(2)被告による共同著作の主張について
 「被告は,Aは,橘高工学従業員から指示を受け,同従業員と協力しながら,G1X MS-DOS版を作成したので,G1X MS-DOS版は,橘高工学従業員との共同著作であると主張する。
 しかし,技術的説明や指示をしたとしても,そのことにより直ちにプログラムの表現をしたことにはならないところ,被告が,橘高工学のG1X MS-DOS版の各発注時に,プログラムの表現に関わる技術的説明や指示をしたと認めるに足りる証拠はない。また,デバッグや検収の作業を橘高工学の従業員とAが協力して行ったとしても,デバッグはプログラムの修正の作業にすぎないから,同修正により新たに創作性のある表現がされたといった特段の事情のない限り,そのプログラムが橘高工学の従業員とAの共同著作となるものではない。」

(3)被告による職務著作の主張について
 「被告は,橘高工学とAとの関係は,実質的には,橘高工学の指揮監督下においてAが労務を提供するという実態にあり,橘高工学がAに対して支払う金銭は労務提供の対価と評価できるので,G1X MS-DOS版は,いずれも橘高工学の発意に基づき作成されたプログラムであって,職務著作として,橘高工学が著作者であると主張する。
 著作権法15条2項は,「法人等の発意に基づきその法人等の業務に従事する者が職務上作成するプログラムの著作物の著作者は,その作成の時における契約,勤務規則その他に別段の定めがない限り,その法人等とする。」と規定する。そして,「法人等の業務に従事する者」とは,法人等との雇用関係の存否が争われた場合であっても,法人等と著作物を作成した者との関係を実質的にみたときに,法人等の指揮監督下において労務を提供するという実態にあり,法人等がその者に対して支払う金銭が労務提供の対価であると評価できるかどうかを,業務態様,指揮監督の有無,対価の額及び支払方法などに関する具体的事情を総合的に考慮して,判断すべきものである(最高裁平成15年4月11日第二小法廷判決・集民209号469頁参照)
 本件においては,AがG1X MS-DOS版を開発したのは橘高工学の依頼によるものであるが,Aと橘高工学との間に雇用関係はなく,前述のとおり,橘高工学がG1X MS-DOS版をそれぞれ発注した時に,具体的にどのような技術的指示をしたか被告は明らかにしていない。むしろ,前記認定のとおり,橘高工学が,GDX等の開発をAに依頼した際,プログラムの画面デザインの1つ(主要画面)を示され,それ以外の画面(15枚)の設計及びそれに見合う機能を持つプログラムはAが自己の裁量で開発し,橘高工学の従業員から,プログラムのデザイン,機能,操作等に関するアドバイスは受けなかったことが認められる
 また,Aは,GDX等については,注文書(甲30)により発注を受け,GPS装置付きグラブ浚渫施工管理システムに対応するプログラムの初期版(GNX)についても,それに対応すると思われる納品書(甲40の24枚目)が発行され,報酬が支払われている。このように,Aと橘高工学の関係は,Aが労務を提供して,橘高工学がその対価を支払うというよりは,橘高工学がAに仕事の完成を依頼し,その仕事の結果に対して報酬を支払うというものであった
 したがって,Aは,G1X MS-DOS版の開発に際して,橘高工学の指揮監督の下で労務を提供し,その対価を受けたと認めることはできないから,G1X MS-DOS版が職務著作としてその著作権が橘高工学に帰属することはない。」

2.    本件プログラムの創作性の有無
 本件プログラムの創作性の有無について,原告は,「本件プログラムは,G1X MS-DOS版とは,OSがMS-DOSとWindowsとで異なり,プログラム言語もC言語とVisualC++とで異なるので,創作性が認められると主張」したが,裁判所はこれを以下のように否定した。
 「確かに,言語の著作物の場合,著作物を言語体系の異なる他の国語で表現して「翻訳」したのものは「二次的著作物」であるとされている(著作権法2条1項11号)。
しかしながら,前述のとおり,プログラムの表現は,所定のプログラム言語,規約及び解法による制約がある上に,その個性を表現できる範囲は,コンピュータに対する指令の表現方法,その指令の表現の組合せ及び表現順序というように,制約の多いものである。したがって,あるプログラムの著作物について,OSやプログラム言語を異なるものに変換したからといって,直ちに創作性があるということはできず,OSや言語を変換することにより,新たな創作性が付加されたか否かを判断すべきである。」
 原告はこのような判断基準によることを想定していなかったのか,「OS及び言語を変更したことによって,どのような創作性が付加されたかについて具体的に主張立証」していなかった。その結果,「MS-DOS・C言語からWindows・VisualC++へとOS及びプログラム言語を変更させた」のみであり,そこに創作性があるとは認められないという判断がなされた。

 もっとも,マルチタスク,タイムシェアリング,鳥瞰図表示の機能については,本件前プログラムにはない,本件プログラム独自の機能であり,以下のように述べて,創作性を肯定した。
 「同部分(筆者注:マルチタスク,タイムシェアリングを担う機能を指す。)があることによりプログラムの処理が円滑に行われるというものであって,同部分を設けるか,設けるとした場合に同部分をどのようなプログラムとするのか,その場合の関数の使用の有無・内容,プログラムの量等について,様々な選択肢があり,プログラマーの個性を発揮することが可能であるところ,本件プログラムにおいては,Aは,記憶させるデータのタイプを13分類して,そのタイプを指定することにより,画面からの入出力が共通のルーチンとして使用するという,「******」から始まる列を13列並べるという独特の表現をしており,同部分については,Aの工夫が凝らされていてその個性が認められるから,著作物性を有する。」

【解説】
 「プログラムの開発委託契約に基づいて開発されたプログラムの著作権につき,受託者に発生した著作権を委託者に譲渡するのか,受託者に留保するのかは,契約当事者間の合意により自由に定めることのできる事項である。1
 本件においては,契約書に著作権の帰属について明記してあれば,そもそも訴訟にまで発展しなかった,または訴訟になっても有力な証拠になっていたと考えられる。
 本件事案における結論の妥当性は措くとして,著作権の帰属について契約書に明記されていなかった場合,本件でなされたように,委託者から受託者に支払われた金銭が,仕事の完成に対する対価のみではなく「著作物の経済的価値」まで含むものであったか,という判断要素は,ソフトウェア開発委託においては一定の汎用性があると考える。規模の大きくないソフトウェア開発委託では,丁寧な契約書が交わされないことも多く,作業内容も対価の内訳も明確でないがゆえにトラブルに発展するケースが少なくない。加えて,ソフトウェア開発委託の規模と,そこから生じる「著作物の経済的価値」は,必ずしも一致するとは限らない。したがって,安価なソフトウェア開発委託だからといって安易に契約書も交わさずに依頼をすると,後から著作権に関する大きな紛争になることも考えられる。契約書の重要性を再認識すべきである。
 共同著作の判断については,ソフトウェア開発委託において,委託者がある程度の「技術的説明や指示」をしたり,「デバッグや検収の作業」に協力したとしても,それらが直ちに「プログラムの表現」といえるわけではないから,当然に共同著作になるわけではないことを確認できる。
 職務著作の判断については,ソフトウェア開発によくみられるように,開発業務の下請企業の開発者が,元請企業の事務所に常駐して,元請企業の従業員の指示を受けて開発した,というような実質的には派遣労働と認められうるケースであれば,どのように判断すべきか争点になりうる2が,本件ではそのような事情も認められず,通常の請負契約として処理されている。

 自然言語の著作物を他言語に翻訳することがよくあるのと同様に,プログラムの著作物を「OSやプログラム言語を異なるものに変換」することもよくある。どちらも「新たな創作性」があれば,「二次的著作物」(同法2条1項11号)となる。もっとも,自然言語の著作物の場合は,他言語に翻訳する際の翻訳者による表現選択の幅が大きいため,「新たな創作性」は認められやすいが,プログラムの著作物の場合は,自然言語に比べて記述方法の制約がはるかに多いため,それだけ表現選択の幅が小さく,ただ「OSやプログラム言語を異なるものに変換」するのみでは個性が発揮されないことから,積極的に「新たな創作性」があることを主張立証する必要がある。この「創造性」についての「選択の幅」「個性の表れ」といった理由付けは,プログラムの著作物性における「創造性」の判断3,複製権・翻案権侵害の「創造性」の有無の判断4と同様である。
 本件のように「MS-DOS・C言語からWindows・VisualC++」という同系統の変換の場合,実際に変換後のプログラムに個性が発揮されていない可能性は高い。しかし,大きく仕様の異なるOS,プログラム言語またはプラットホーム間の変換の場合,必ずしも変換後のプログラムに個性が発揮されないとは限らない。その場合,創作性の存在を主張立証する側としては,「OS・言語が異なるから」と簡単に片付けるのではなく,当該変換後のプログラムは,どのような「選択の幅」があった中で,どのような「個性の表れ」が存在するのかを,具体的に主張立証する必要がある。

 若干古い裁判例であるが,ソフトウェア開発委託契約における著作権の帰属,プログラムを異なるOSやプログラム言語に変換したものが二次的著作物にあたるか,といった判断は,現在でも汎用性があると考え,取り上げた。


  1知財高裁平成18年4月12日判決
  2派遣労働者について,中山信弘 2014年 著作権法第2版 有斐閣 209頁以降
  3https://www.ip-bengoshi.com/hanrei/26/20160310.html
  4松島淳也, 伊藤雅浩 2015年 システム開発紛争ハンドブック―発注から運用までの実務対応 レクシスネクシス・ジャパン 280頁〜284頁

以上
(文責)弁護士 松原 正和