平成22年10月13日判決(知財高裁 平成22年(ネ)第10052号)[美術鑑定書控訴審]1
【判旨】
引用としての利用に当たるか否かの判断においては,他人の著作物を利用する側の利用の目的のほか,その方法や態様,利用される著作物の種類や性質,当該著作物の著作権者に及ぼす影響の有無・程度などが総合考慮されなければならない。
【キーワード】
美術鑑定書、引用、総合考慮

(1)事案の概要
 ア 本件は,画家である亡甲から同人の創作にかかる絵画の著作権を相続した原告が,美術品の鑑定等を業とする被告に対し,被告が亡甲の絵画2点(本件絵画1及び本件絵画2)に関する鑑定証書を作製した際,鑑定の対象となった絵画を縮小カラーコピーし,原告の複製権を侵害したと主張して,損害賠償金12万円の支払いなどを求めた事案である。
 イ 本件における被告の複製行為の態様は以下のようなものである。すなわち,被告は,本件絵画1及び本件絵画2に関する被告鑑定委員会名義の鑑定証書を作製する際,鑑定の対象である各絵画を縮小カラーコピーしたうえ,各鑑定証書と表裏に合わせ,パウチラミネート加工した。鑑定証書は,全体の大きさが約190mm×約134mm,表面に貼付された鑑定証書の大きさが183mm×120mm,裏面に貼付された絵画の縮小カラーコピーの大きさは,本件絵画1が162mm×119mm,本件絵画2が152mm×120mmである。
 ウ なお,被告は,鑑定対象である絵画を特定し,かつ,鑑定証書の偽造を防止するため,鑑定証書の裏面に鑑定対象である絵画の縮小カラーコピーを添付する扱いとしていた。
 エ 原審東京地判平成22.5.19(平成20(ワ)31609)[美術鑑定書第一審] は,被告の上記行為が著作権法21条の「複製」に該当することを肯定したうえ,権利濫用の抗弁,フェア・ユースの抗弁を退け,被告に対して金6万円の損害賠償を命じた。これに対し,被告が控訴。被告は,控訴審において,著作権法32条1項の「引用」の主張を追加して争った。
(2)判旨
  原判決取消し,被控訴人請求棄却
 ア 著作権法32条1項適用の判断基準
 「他人の著作物を引用して利用することが許されるためには,引用して利用する方法や態様が公正な慣行に合致したものであり,かつ,引用の目的との関係で正当な範囲内,すなわち,社会通念に照らして合理的な範囲内のものであることが必要であり,著作権法の上記目的をも念頭に置くと,引用としての利用に当たるか否かの判断においては,他人の著作物を利用する側の利用の目的のほか,その方法や態様,利用される著作物の種類や性質,当該著作物の著作権者に及ぼす影響の有無・程度などが総合考慮されなければならない。」
 イ あてはめ
  (ア)引用の目的
    「本件各鑑定証書に本件各コピーを添付したのは,その鑑定対象である絵画を特定し,かつ,当該鑑定証書の偽造を防ぐためであるところ,そのためには,一般的にみても,鑑定対象である絵画のカラーコピーを添付することが確実であって,添付の必要性・有用性も認められることに加え,著作物の鑑定業務が適正に行われることは,贋作の存在を排除し,著作物の価値を高め,著作権者等の権利の保護を図ることにもつながるものであることなどを併せ考慮すると,著作物の鑑定のために当該著作物の複製を利用することは,著作権法の規定する引用の目的に含まれるといわなければならない。」
  (イ)引用の方法・態様
    「本件各コピーは,いずれもホログラムシールを貼付した表面の鑑定証書の裏面に添付され,表裏一体のものとしてパウチラミネート加工されており,本件各コピー部分のみが分離して利用に供されることは考え難いこと,本件各鑑定証書は,本件各絵画の所有者の直接又は間接の依頼に基づき1部ずつ作製されたものであり,本件絵画と所在を共にすることが想定されており,本件各絵画と別に流通することも考え難いことに照らすと,本件各鑑定証書の作製に際して,本件各絵画を複製した本件各コピーを添付することは,その方法ないし態様としてみても,社会通念上,合理的な範囲内にとどまるものということができる。」
  (ウ)著作権者に及ぼす影響の有無・程度
    「以上の方法ないし態様であれば,本件各絵画の著作権を相続している被控訴人等の許諾なく本件各絵画を複製したカラーコピーが美術書等に添付されて頒布された場合などとは異なり,被控訴人等が本件各絵画の複製権を利用して経済的利益を得る機会が失われるなどということも考え難い」。
  (エ)結論
    「以上を総合考慮すれば,控訴人が,本件各鑑定証書を作製するに際して,その裏面に本件各コピーを添付したことは,著作物を引用して鑑定する方法ないし態様において,その鑑定に求められる公正な慣行に合致したものということができ,かつ,その引用の目的上でも,正当な範囲内のものであるということができるというべきである。」
 ウ 引用する側の著作物性の要否
   「『自己ノ著作物中ニ正当ノ範囲内ニ於テ節録引用スルコト』を要件としていた旧著作権法(明治32年法律第39号)30条1項2号とは異なり,現著作権法(昭和45年法律第48号)32条1項は,引用者が自己の著作物中で他人の著作物を引用した場合を要件として規定していないだけでなく,報道,批評,研究等の目的で他人の著作物を引用する場合において,正当な範囲内で利用されるものである限り,社会的に意義のあるものとして保護するのが現著作権法の趣旨でもあると解されることに照らすと,同法32条1項における引用として適法とされるためには,利用者が自己の著作物中で他人の著作物を利用した場合であることは要件でないと解される」。
(3)解説

 ア はじめに
   本判決は,①著作権法32条1項適用の有無については同項の文言に即して検討すべきであると判示するとともに,②同項の適用のためには引用する側の著作物性は要件とはならないことを明示した,極めて注目すべき裁判例である。これらの判断は,両者相俟って,著作権法32条1項の柔軟な適用に道を開くものといえる。実務はもとより,いわゆる「日本版フェア・ユース」の導入をめぐる議論2にも影響を及ぼす可能性がある。
   以下,本判決の「引用」に関する判示を検討していく。
 イ 引用の判断基準について
  (ア)引用の判断基準に関する従前の裁判例の動向
    従前,著作権法32条1項の適用の有無については,最判昭和55.3.28民集34巻3号244頁[パロディ第一次上告審]が示した2要件,すなわち,①引用を含む著作物の表現形式上,引用して利用する側の著作物と,引用されて利用される著作物とを明瞭に区別して認識することができること(明瞭区別性),②右両著作物の間に,前者が主,後者が従の関係があると認められること(附従性)という要件に従い判断されるのが一般的であった(東京高判昭和60.10.17無体集17巻3号462頁[レオナール・フジタ絵画複製控訴審],大阪地判平成8.1.31知裁集28巻1号37頁[エルミア・ド・ホーリー贋作],大阪高判平成9.5.28知裁集29巻2号481頁[同控訴審],東京地判平成11.8.31判時1702号145頁[脱ゴーマニズム宣言第一審]など)3
    かかる2要件説に従う従前の裁判例は,上記2要件のうちの附従性要件の中で種々の事情を考慮し,著作権法32条1項適用の有無を判断してきた。同要件の中で考慮されてきた要素としては,①引用が一部引用か全部引用か4,②引用の目的が,新たな創作活動等に向けられたものか,あるいは,被引用著作物の掲載自体にあるのか5,③引用されて利用された後の被引用著作物の「鑑賞性」6などを挙げることができる。
  (イ)2要件説に対する批判
    しかしながら,近時,上記最判が示した2要件説に対して,飯村敏明判事や上野達弘准教授らを中心に,有力な批判が加えられている7。①前掲最判[パロディ第一次上告審]は旧著作権法30条1項2号の「節録引用」に関する判示に過ぎず,現行法下においてこれを踏襲すべき必然性はない8,②従前の裁判例は,附従性要件のもと,同要件との結びつきを明らかにしないまま種々の要素を考慮しており,同要件は「パンク状態」にある9,③2要件説に従って判断する場合,実質的には付従性要件のみで判断することとなり,様々な行為態様につき柔軟に解決する基準としては適切を欠く10などというのである。
    これらの学説は,かかる問題意識のもと,「引用」の判断基準を著作権法32条1項の「公正な慣行に合致」及び「目的上正当な範囲内」という文言に即して再構成するべきであると主張する。そのうえで,飯村敏明判事は,目的,効果,採録方法,利用の態様を11,上野達弘准教授は,被引用側著作物全体に占める被引用部分の割合,被引用著作物の著作権者に与える経済的影響,引用の目的等を考慮して同項の適用の可否を判断すべしとしている12
  (ウ)裁判例の動揺 
    上記のような批判を受けてか,近時,裁判例でも,前掲最判[パロディ第一次上告審]の2要件に拘泥することなく,著作権法32条1項の文言に従い種々の事情を総合考慮することにより,同項適用の可否を判断するものが現れている(東京地判平成13.6.13判時1757号138頁[絶対音感第一審],東京地判平成15.2.26判時1826号117頁[創価学会写真ビラ第一審],東京高判平成16.11.29(平成15(ネ)1464)[同控訴審])。また,形式的には前掲最判[パロディ第一次上告審]の2要件に言及しつつも,あてはめの段階では条文の文言に即して引用の成否を判断する裁判例もみられる(東京地裁平成16.5.31判時1936号140頁[XO醤男と杏仁女])。
    もっとも,これらの裁判例は,いずれも,結論としては著作権法32条1項の適用を否定したものであった。本判決以前には,管見の限り,著作権法32条1項の文言に即して同項適用の可否を検討し,これを肯定した裁判例は見られなかったところである。
  (エ)2要件説(ないしその変形説)を維持する裁判例
    以上のように,著作権法32条1項に関する総合考慮型の裁判例が現れる一方で,前掲最判[パロディ第一次上告審]の2要件に従い引用該当性を判断する裁判例も健在である(近時の裁判例として,前掲東京地判 [2ちゃんねる小学館第一審],東京地判平成21.11.26平成20(ワ)31480[オークションカタログ],前掲東京地判[がん闘病マニュアル]など)。また,前掲最判[パロディ第一次上告審]の2要件を維持しつつ,これに付加的な要件を加えて判断する裁判例も見られる(東京地判平成19.4.12平成18(ワ)15024[創価学会写真ウェブ掲載])。
   著作権法32条1項適用の判断基準に関する裁判例の趨勢は未だ定まっていない13
  (オ)本判決の位置付け
   ⅰ かかる状況の中で,本判決は,著作権法32条1項適用の可否は同項の文言に即して検討するべきであるとし,その際の考慮要素を明示したうえ,結論として同項の適用を肯定した。著作権法32条1項に関する総合考慮型の判断基準を採用した初めての知財高裁判決であると思われ,注目される14
   ⅱ また,本判決が掲げた,①他人の著作物を利用する側の利用の目的,②引用の方法や態様,③利用される著作物の種類や性質,④当該著作物の著作権者に及ぼす影響の有無・程度という著作権法32条1項適用の際の考慮要素は,アメリカ著作権法のフェア・ユースに関する考慮要素を連想させるものであり,注目される15 。これらの要素は,2要件説の下でも附従性要件の中で直接・間接に考慮されてきたものではあるが,同要件との結びつきは必ずしも明らかにされていなかった16。本判決は,これらの要素を考慮して「引用」の成否を判断することに正当性を与えるものといえる。
   ⅲ 本判決が列挙する上記考慮要素のうち,とりわけ注目されるのが,「著作権者に及ぼす影響の有無・程度」である。この考慮要素は,アメリカ著作権法のフェア・ユース適用の際に重視される「被利用著作物の潜在的な市場又は価値に対して利用が与える効果」と類似する考慮要素であるといえる17。本判決は,被告(控訴人)による複製が著作権者の経済的利益に悪影響を及ぼさないことを引用の成立を肯定する方向に斟酌しているが,かかる判断を推し進めていけば,著作権法32条1項を事実上の一般的権利制限規定のように機能させることも可能になるかもしれない18。そうなれば,本判決は,いわゆる「日本版フェア・ユース」の導入に関する議論にも,少なからぬ影響を及ぼすのではないだろうか。
   ⅳ また,本判決は,上記のような判断枠組みの下,結論として著作権法32条1項の適用を肯定し,著作権侵害を否定した点でも注目される。既述のとおり,本判決以前にも著作権法32条1項の文言に従い同項適用の可否を判断する裁判例は見られたが,かかる裁判例は,いずれも,結論としては同項の適用を否定したものであった。本判決は,著作権法32条1項の文言に即して同項の柔軟な適用を図った初めての裁判例ということが可能である。
 ウ 引用する側の著作物性の要否について
    本判決は,著作権法32条の適用にあたり,引用する側の著作物性は要件とはならないと判示した点でも注目される。
    本判決以前の裁判例は,著作権法32条1項は新たな著作物創作を奨励することをその立法趣旨とするなどとし,引用する側の著作物性を要求していた(東京地判平成10.2.20知的裁集30巻1号33頁[バーンズコレクション],前掲 [オークションカタログ],東京地判平成22.1.27平成20(ワ)32148[ネット販売図表](傍論),東京地判平成22.5.28平成21(ワ)12854[がん闘病マニュアル])19
    これに対し,近時は,著作権法32条1項は旧著作権法30条1項2号の「節録引用」とは異なり,引用する側の著作物性は要件としていないなどとして,引用する側の著作物性は不要であると説く学説も有力となっていた20
    かかる状況の下,本判決は,著作権法32条1項の適用にあたり,引用する側の著作物性は要件とはならないと明示した。「引用」の判断基準に関する前記のような判示と相俟って,著作権法32条1項の柔軟な適用を可能にする判示といえる。


1本判決に対しては,平成22年10月19日付で,被控訴人(原告)から上告受理の申立てがなされているが、最高裁は、平成24年3月13日、当該申立てを不受理とする決定を行っている(最決平成24年3月13日平成23年(受)第79号)
2この点についての詳細は,文化審議会著作権分科会法制問題小委員会「権利制限の一般規定に関する中間まとめ」(平成22年4月)等を参照。
3なお,同最判は,第3の要件として「引用される側の著作物の著作者人格権を侵害するような態様」でないことを挙げているが,その後の裁判例の多くは同要件を踏襲せず,本文中で述べた2要件に従い引用の成否を判断している。たとえば,同一性保持権侵害を肯定しつつ,著作権法32条1項の適用を肯定した裁判例として,東京高判平成12.4.25判時1724号124頁[脱ゴーマニズム宣言控訴審]がある。
4前掲東京地判[脱ゴーマニズム宣言第一審]など。
5前掲東京地判[2ちゃんねる小学館第一審],前掲東京高判[脱ゴーマニズム宣言控訴審]など。
6前掲東京高判[レオナール・フジタ絵画複製控訴審]など。もっとも,前掲東京地判[脱ゴーマニズム宣言第一審]も参照。
7飯村敏明「裁判例における引用の基準について」著作権研究26号91頁(2000年),上野達弘「引用をめぐる要件論の再構成」半田正夫古稀記念『著作権法と民法の現代的課題』307頁(法学書院,2003年)。
8飯村・前掲注(26)93頁,上野・前掲注(26)325頁。
9上野・前掲注(26)323頁-324頁。
10飯村・前掲注(26)96頁。
11飯村・前掲注(26)96頁。
12上野・前掲注(26)327頁以下。
13以上のような「引用」に関する近時の裁判例の動向については,田村善之「著作権法32条1項の『引用』法理の現代的意義」コピライト554号13頁(2007年),平澤卓人「判批」知的財産法政策学研究17号183頁(2007年)などが詳しい。
14既述のとおり,本判決に対しては原告(被控訴人)から上告受理の申立てがなされている。最高裁の判断が注目されるところである。
15アメリカ著作権法107条がフェア・ユース適用の際の考慮要素として例示しているのは,①利用の目的や性格(その利用が商業的な性格のものであるか,非営利の教育目的のものであるのかということも含む),②被利用著作物の性質,③被利用著作物全体としてみた場合の,被利用部分の量や本質性,④被利用著作物の潜在的な市場又は価値に対して利用が与える効果である(白鳥綱重『アメリカ著作権法入門』210頁(信山社,2004年)の訳に
よる)。
16上野・前掲注(26)323頁。
17白鳥・前掲注(34)218頁‐219頁参照。
18著作権法32条1項の文言に即して同項の適用の有無を検討することにより,パロディについても同項適用の可能性が生じると指摘するものとして,上野・前掲注(26)329頁。
19同旨の学説として,斉藤博『著作権法』241頁(有斐閣,第3版,2007年),作花文雄『詳解著作権法』336頁(ぎょうせい,第4版,2010年),古沢博「他人の著作物の利用に関する著作権法上の諸問題」独協法学9号44頁(1977年)など。
20田村善之「絵画のオークション・サイトへの画像の掲載と著作権法」知管56巻9号1315頁(2006年),中山信弘『著作権法』261頁(有斐閣,2007年)など。

                                                                         (文責)弁護士 高瀬亜富