【平成24年1月25日(東京地裁平成23年(ワ)第15964号)】

【キーワード】
 不正競争防止法2条1項3号,形態模倣,保護,始期,商品化,市場,実質的同一性,部分の模倣,部品の模倣,編みぐるみ,バッグチャーム

第1 事案の概要
 原告は,被告に対し,装飾品(バッグチャームの部品であるうさぎやくま等の編みぐるみ)等の製造に関する請負契約に基づき未払請負代金等の支払を求めた。これに対し,被告は,原告の製造した別紙原告商品目録記載1の商品(うさぎ編みぐるみを含むバッグチャームである。以下「原告商品1」という。)は,別紙被告商品目録記載1の商品(うさぎ編みぐるみを含むバッグチャームである。以下「被告商品1」という。)の形態を,別紙原告商品目録記載2の商品(くま編みぐるみを含むバッグチャームである。以下「原告商品2」という。)は別紙被告商品目録記載2の商品(くま編みぐるみを含むバッグチャームである。以下「被告商品2」という。)の形態をそれぞれ模倣したものであるとして,原告が原告各商品を第三者に譲渡した行為は不正競争防止法2条1項3号所定の不正競争行為に該当すると主張して,同法4条に基づき,損害賠償金等の支払を求める反訴を提起した事案である。
 以下では,反訴における「不正競争」該当性についてのみ取り上げる 1

第2 判旨(下線は筆者による)
 1 原告商品1について
 「不正競争防止法2条1項3号は,「他人の商品の形態…を模倣した商品を譲渡し,貸し渡し,譲渡若しくは貸渡しのために展示し,輸出し,又は輸入する行為」を不正競争行為と規定しているところ,上記趣旨は,費用,労力を投下して商品を開発し,市場に置いた者につき,投下した費用・労力の回収を容易にし,商品化への誘因を高めるために,一定期間(最初に販売された日から起算して三年間),上記商品の形態を模倣した商品を流通に置く行為を規制し,市場における先行利益を確保することにあるものと解されるから,同号の保護を受けるべき者に当たるか否かは,当該商品に関し,費用や労力を投下して商品化したのみならず,これを市場に置く行為をしたか否かによって判断されるものというべきである。また、これを侵害する行為があったといえるためには,侵害を構成するとされる商品(他人の商品の形態を模倣したといえる商品)を譲渡等することを要するものというべきである。」
 「そこで,原告商品1に関する不正競争行為の成否について検討する。前記第2の3(2)でみたとおり,原告は,原告商品1を製造し,伊藤工房に納入したものであるが,前記前提事実によれば,原告が原告商品1を製造し,納入した平成20年6月までの時点では,被告商品1は未だ市場において販売されるに至っておらず,被告を,原告商品1に先立って被告商品を商品化し,市場に置いた者ということはできない。」
 「また,原告商品1は,株式会社ワールドがバッグチャームとして販売する目的で伊藤工房に製造を委託し,上記伊藤工房が,上記バッグチャーム商品のうち,編みぐるみ部分のみを,いわゆる孫請けとして原告に製造させたものにすぎず,原告が伊藤工房に納入した原告商品1は,装飾品や付属品を付してバッグチャームとして商品化される前のいわば部品にすぎない。他方,被告商品1は,別紙1(1),(2)のとおり,装飾品や付属品を付したバッグチャームの完成品であって,バッグチャームの部品にすぎない原告商品1がその完成品である被告商品1を模倣したものということはできない。そして,前記事実関係によれば,バッグチャームの完成品を原告が株式会社ワールド又は伊藤工房と共同して開発したような事情も認められない。
 以上によれば,原告が被告商品1を模倣した商品を譲渡したとは認められないから,原告に不正競争防止法2条1項3号違反の行為があったとは認められない。」
  「そうすると,原告商品1については,原告に,不正競争防止法2条1項3号所定にいう「譲渡」行為が認められないから,原告商品1と被告商品1の形態の実質的同一性等の点について検討するまでもなく,原告商品1に関し,原告に同号所定の不正競争は成立しない。」

 2 原告商品2について
 ⑴ 「他人の商品形態」該当性
  「(1)前提事実(3)によれば,被告商品2の商品化の発案は被告がしたものであり,原告は,上記発案を受けて,サンプル品及び量産品の製造を受注したものにすぎないものと認められる。すなわち,〔1〕被告商品2中の編みぐるみ部分の編み方や手足のボタンの有無などに関し,原告従業員に任されている点や,原告の提案が採用された点があったとしても,これらの点は細部にわたるものにすぎないのであって,被告商品2の全体的なデザインについては,販売者である被告に決定権があったものと認められること,〔2〕被告商品2の上記デザインの概要については,被告から原告に指示がされていたものと認められ,デザイン指示書(乙9)の送付等があったか否かは証拠上明らかではないものの,上記指示が口頭によるかデザイン指示書等の文書によるかという点は結論を左右するものではないこと,〔3〕原告は,サンプル品及び量産品を被告に納入することにより,被告商品2の市場における販売数量等とは無関係に被告から請負代金の支払を受けているものであって,上記〔1〕のとおり被告商品2のデザインの決定権が被告にあったものと認められることなどを考慮すると,被告商品2を商品化し,市場に流通させることに関するリスクを負担していたのは被告であって,原告が商品化し,市場に流通させるリスクを負担していたものとは認められない。よって,被告商品2は,原告にとって「他人の商品」に該当するものと解される。
 ⑵ 「他人の商品形態」該当性
  「不正競争防止法2条1項3号にいう「模倣」とは,他人の商品形態に依拠して,これと実質的に同一の形態の商品を作り出すことをいい,双方の商品を対比して観察したときに,形態が同一であるか又は実質的に同一であるといえるほどに酷似していることを要するところ,前記第4の2(3)ア及びイのとおり,原告商品2のうち編みぐるみ部分は,〔1〕頭,胴体,手足などの各部分の寸法が被告商品2とほぼ同一であり,〔2〕手足を前に突き出して座っているクマという全体的な形状や,〔3〕一色の毛糸で全体が編まれている点,〔4〕顔に目・口が付けられていない点などにおいても被告商品2と共通するものであって,黒色のボンボンが付けられていること,金具及びチェーンの色や形状が共通していることなどの点とも相まって,一見すると,原告商品2は被告商品2と似た印象を与えるものであるということができる。」
  「しかし,前記第4の2(3)ア及びイでみたとおり,被告商品2及び原告商品2には,〔1〕ハート型パスケースの有無,〔2〕ボンボンの大きさ及び素材の違い,〔3〕クマの首元及びチェーン先端のロゴ入りハートプレートの有無,〔4〕クマの手足付け根部分のボタンの有無,〔5〕鍵取り付け用金具の有無などの相違点が存在する上,編みぐるみ部分を構成する毛糸の素材が異なることにより,編みぐるみ部分も,被告商品2の方が光沢感のある質感を有するものとなっているなどの違いがあることが認められる。そして,被告商品2及び原告商品2は,いずれも若年女性がバッグなどに装飾品として付けて使用することが予定されている商品であり,その価格が被告商品2につき9345円,原告商品2につき4935円と若年女性らにとって安価とはいえないものであることにも照らすと,需要者である若年女性らは,各商品の購入を検討するに際し,細部におけるデザインや各付属品の形状,質感等にまで着目し,これらを考慮要素として,各人の好みや用途に沿った商品を選択するものと解されるのであって,上記〔1〕ないし〔5〕の違いは,需要者にとって,軽微な相違ということはできないというべきである。
  加えて,前記〔1〕及び〔5〕の相違点のとおり,被告商品2にはパスケース及び鍵取り付け用金具が付けられており,ICカードを入れたり,鍵を付けるなどして使用することができるのに対し,原告商品2にはこれらが付いていない上,原告商品2がゴルフ用品として宣伝広告されており,主としてキャディバッグに装飾品として付けて使用することが予定されているものと認められるのであって(乙19の1・2),被告商品2と原告商品2の用途を同一のものとみることはできない。
  さらに,被告の主張によれば,「Clasky」ロゴは首都圏地域において若年女性層に広く知られたブランド名であり,十分な顧客吸引力を有するものであるというのであって,上記ロゴの入ったパスケースやハートプレートの有無は,需要者である若年女性らにとってとりわけ重要な相違点であると解されることなども考慮すると,上記ウ(ア)でみた共通点を考慮しても,被告商品2と原告商品2を実質的に同一のものということはできないというべきである。」
  「なお,被告は,被告商品2と原告商品2のうち,編みぐるみ部分のみを取り上げて対比する主張をしており,同部分の形態模倣を主張するものとも解される。しかし,不正競争防止法2条1項3号は,「他人の商品の形態…を模倣した商品を譲渡し,貸し渡し,譲渡若しくは貸渡しのために展示し,輸出し,又は輸入する行為」を不正競争行為と規定しているのであるから,同号にいう「商品」とは,「譲渡し,貸し渡し,譲渡若しくは貸渡しのために展示し,輸出し,又は輸入する」対象となるものであること,すなわち,それ自体独立して譲渡,貸渡し等の対象となるものであることが必要であり,商品の形態の一部分が独立した譲渡,貸渡し等の対象ではなく,販売の単位となる商品の一部分を構成しているにすぎない場合には,当該一部分に商品の形態上の特徴があって,その模倣が全体としての「商品の形態」の模倣と評価し得るなどの特段の事情がない限り,当該一部分の形態をもって「商品の形態」ということはできないと解されるところ,本件において,原告又は被告が編みぐるみ部分のみを単体で販売しているなどの事情は認めることができず,かつ,前記ウ(イ)でみたとおり,被告商品2と原告商品2には,編みぐるみ部分以外の部分において相違点が存在し,上記相違点は軽微なものということができないものであるから,編みぐるみ部分のみの形態の共通性をもって「商品の形態」の模倣と評価することはできず,被告の主張を採用することはできない。」

第3 検討
 本判決では,不正競争防止法(以下「不競法」という。)2条1項3号該当性判断において,以下のとおり多くの要件について判断がなされている。
①不競法2条1項3号による保護の始期(原告商品1)
②「商品」該当性(原告商品1及び2)
③「他人」該当性(原告商品2)
④実質的同一性(原告商品2)
 そこで,各要件の判断について,以下で順に検討する。
 まず,①について,不競法第2条1項3号における保護は,「日本国内において最初に販売された日から起算して三年」(不競法19条1項5号イ)を経過するまでとされているが,その保護の始期は条文上明らかではない。この点については,
A 日本国内で販売開始がされていなければ保護されない 2
B 必ずしも販売開始がされていなくても保護される
 という大きく2つの考え方がある。
 また,Bについては,どの時点から保護されるかについて更に色々な考え方がある。
a.「発売前であっても,発売に向けて客観的に十分な準備を進めていたような場合には,営業上の利益の侵害が認められるとして訴訟上の保護を与えることは当然であるし,刑事罰の対象ともなり得る」 3
b.「営業上の利益を害するとして2条1項3号の保護を与えるためには,商品化が完了していることのみならず,販売に向けた準備に着手していることまで必要」 4
c.「商品化の時点で,保護に値する労力,費用の投下は終了しているので」「デッドコピーしうる商品化がなされた時点から保護が開始される」5
d.試作品や設計図の完成図の段階であっても,その模倣を違法と解すべき 6

 本判決は,「当該商品に関し,費用や労力を投下して商品化したのみならず,これを市場に置く行為をしたか否かによって判断される」ことが必要であるとしたうえで,被告商品1は未だ市場に置かれていないとして不競法2条1項3号の保護を否定した。当該判断は,「「商品」に当たるというためには,市場における流通の対象となる物(現に流通し,又は少なくとも流通の準備段階にある物)をいう」とする東京地裁平成28年1月14日平成27年(ワ)第7033号【スティック加湿器】や,「「商品の形態」とは,これに依拠して実質的に同一の形態の商品である「模倣した商品」を作り出すことが可能となるような,商品それ自体についての具体的な形状をいうものと解される。」として,販売開始前の保護を示唆した東京地裁平成27年9月39日・平成26年(ワ)17832号【デザイン画】等に比べ保護の開始時期が遅いものと位置付けられる。
 以上のとおり,保護の開始時期については裁判例における判断に統一性があるわけではない。
 つぎに,②については,「商品」該当性について,「販売の単位となる商品の一部分を構成しているにすぎない場合には,当該一部分に商品の形態上の特徴があって,その模倣が全体としての「商品の形態」の模倣と評価し得るなどの特段の事情がない限り,当該一部分の形態をもって「商品の形態」ということはできない」と判示し,その上でバッグチャームに至っていない編みぐるみについては「商品」該当性を否定している 7。当該判断は,他の裁判例とも整合性のあるものといえよう。
 さらに,③については,「商品化し,市場に流通させることに関するリスクを負担していた」のはだれかという観点から「他人」該当性を検討し,デザインについてほとんど裁量がない原告(反訴被告)にとっては,被告(反訴原告)が「他人」である旨判断している。当該判断も,他の裁判例に整合的なものといえよう。
 最後に,④について,実質的同一性判断を需要者である「若年女性」目線で判断し,細部におけるデザインや各付属品の形状,質感等や用途が考慮されるとしたうえで,原被告商品について,編みぐるみ部分以外の形態における相違点を重視して,実質的同一性を否定している。かかる判断から,実質的同一性を需要者又は創作者(改変者)いずれの視点で判断するかという問題8 について,本判決は需要者の視点に立った判断をしているものと思われる。
  また,被告商品2に付された「Clasky」ロゴについて,「Clasky」が首都圏地域において若年女性層に広く知られたブランド名であることから当該ロゴに顧客吸引力があるとして,当該ロゴの有無を重要な相違点であると判断している点も興味深い。すなわち,「Clasky」ブランドの周知性を主張したのは被告(反訴原告)であるところ,被告(反訴原告)にとっては,自身が主張した事情が,実質的同一性判断において不利な方向に斟酌されたこととなる。不競法2条1項3号における「模倣」該当性においては,依拠性に関して原告の周知性等を主張立証することがよく行われるが,かかる主張立証が実質的同一性判断では不利に働くことがあるケースとして留意すべきであり,実務上参考になると考える。


 1反訴事件であるため,通常事件とは原被告表記が入れ替わっている点に留意されたい。
 2
山本庸幸『要説不正競争防止法〔第4版〕』(2006年)386頁
 3
:産業構造審議会 知的財産政策部会「不正競争防止法の見直しの方向性について」(平成17年2月)49頁
 4金井重彦,山口三惠子,小倉秀夫編著『不正競争防止法コンメンタール〈改訂版〉』(2014)439頁[町田健一執筆]
 5 田村善之『不正競争防止法概説〔第2版〕』(2003年)312頁
 6 渋谷達紀「商品形態の模倣禁止」F.K.バイヤー教授古稀記念日本版論文集・知的財産と競争法の理論(1996年)383頁
 7原告商品1については,「商品」該当性ではなく「譲渡」該当性の問題として扱われているが,具体的判断内容はほぼ同様であって,「商品」該当性と同様の議論と整理できると考える。
 8 当該問題については,田村善之「商品形態のデッド・コピー規制の動向 ―制度趣旨からみた法改正と裁判例の評価―」(知的財産法政策学研究第25号・2009年),及び蘭々「商品形態の実質的同一性判断における評価基準の構築 ―近時の裁判例を素材として―」(知的財産法政策学研究第25号・2009年)において詳細な検討がなされている。

以上
(文責)弁護士 山本 真祐子