平成26年4月17日判決(東京地裁 平成24年(ワ)第24256号、平成25年(ワ)第30579号)
【ポイント】
構成要件の文言該当性(充足性)につき、立証が足りず非侵害とされた事例
【キーワード】
立証、技術的範囲

【事案の概要】
(1)平成24年(ワ)第24256号事件において,原告が,被告の使用する方法が鮪肉の保存方法に関する原告の特許権に係る特許発明の技術的範囲に属すると主張して,被告に対し,方法の使用及びこれを使用した鮪肉の生産及び譲渡の差止め並びに鮪肉の廃棄,損害賠償金及び遅延損害金の支払を求め,
(2)平成25年(ワ)第30579号において,参加人が,原告から上記特許権及びその侵害による被告に対する損害賠償請求権の譲渡を受けたところ,被告の使用する方法が鮪肉の保存方法に関する原告の特許権に係る特許発明の技術的範囲に属すると主張して,原告に対し,参加人が上記特許権の特許権者であることの確認を求め,被告に対し,方法の使用及びこれを使用した鮪肉の生産及び譲渡の差止め並びに鮪肉の廃棄,損害賠償金及び遅延損害金の支払を求めた。

 本件発明(特許番号第3170572号)を構成要件に分説すると,以下のとおり。
 A -50℃~-60℃で急速冷凍した所定厚さの複数の鮪肉を,30℃~45℃の温水に直接浸して急速解凍した後,
 B 単体毎に吸水性の高いガス透過性シートで包み,該鮪肉を包んだガス透過性シートを複数個,1枚のガスバリヤー性袋体に入れて真空にした後,
 C 炭酸ガスと酸素ガスとの混合ガスを前記ガスバリヤー性袋体内に充填して密封し,
 D 冷蔵保存することを消費者側に出荷する前行程として行うことを特徴とする
 E 鮪肉の保存方法

 本判決で認定された、被告方法の構成は次のとおり。
 b 吸水シートで包んだ該鮪肉を複数個,1枚の密封袋に入れて真空にし,
 c 炭酸ガスと酸素ガスとの混合ガスを密封袋内に充填して密封し,
 d 冷蔵保存することを消費者側に出荷する前行程として行うことを特徴とする
 e 鮪肉の保存方法

【争点】
 構成要件A「-50℃~-60℃で急速冷凍した所定厚さの複数の鮪肉を,30℃~45℃の温水に直接浸して急速解凍し」を充足するか否か。
 原告は、充足すると主張し、被告は、生の鮪肉を用いるため、充足しないと反論した。

【結論】
 構成要件Aを充足しない。

【判旨抜粋】
(1)被告方法において,冷凍され,その後に解凍された鮪肉を用いることを認めるに足りる証拠はない。
(2)参加人は,平成24年10月21日に被告が同月19日に出荷した「生マグロ柵」(甲10,以下「被告鮪肉」という。)を入手したが,そのトリメータ値,細胞壁の損傷及び硬直(変形)の状態によれば,被告鮪肉が一度冷凍されたものであることが明らかであると主張する。そこで,以下,これについて検討する。
 ア トリメータ値について
 ・・・
 証拠(甲20,21)及び弁論の全趣旨によれば,生体の組織を構成する細胞は,これが生きているときは損傷のない生体膜によって囲まれているが,死後,時間の経過とともに劣化,損傷し,細胞内外において主として電解質の流出や流入が起きること,トリメータは,外部から組織に比較的低い周波数の電流を流すことにより,この現象を細胞の誘電率の変化として検出するもので,非破壊法により魚等の鮮度を測定する機器であること,検出されたトリメータ値は,通常0から16までの値をとり,一般に鮮度が高いものほど大きいこと,魚類は,見かけ上鮮度が優れていたとしても,ただ1回の凍結,解凍によってトリメータ値が有意に低下するものであり,これを逆用して,当該試料が凍結の履歴を持つものであるかどうかを鑑別することができること,原告が使用したDistell社のトリメータ鮮度計の説明書(甲20)には,その用途として,「氷蔵生鮮魚の鮮度測定(解凍魚,ブライン保蔵魚は測定不能)」のほか,「生鮮魚と冷凍魚・解凍魚の判定」が挙げられていることが認められる。これらの事実によると,冷凍や解凍によってトリメータ値が有意に低下する現象は,生鮮魚と冷凍魚,解凍魚の判定に利用することができる程度に再現性があるということができる。
 ところで,証拠(甲21)によれば,トリメータを使って鶏肉の鮮度の計測や解凍品の判別が可能かどうかを探るために,トリメータによる鶏肉の測定を実施したところ,トリメータは,鶏肉(正肉)の表面から比較的浅い部位での細胞や組織の変化を数値化する計測器であることから,解凍品はもちろんとして,生鮮品であっても,例えば-20℃以下のベルトフリーザーで冷却して表面凍結状態の正肉,冷蔵トラック輸送中-5℃前後の低温で長時間経過した正肉などは,トリメータ値が低い値を示す可能性があることが認められ,この事実によると,ある程度厚みのある生鮮肉については,内部まで凍結したものだけでなく,冷凍に至らない程度の低温(例えば-5℃)で保存されたものであっても,鮮度とは無関係に,トリメータ値が顕著に低下する可能性があるということができる。
 そうであれば,被告鮪肉のトリメータ値が(生)鮪肉のそれに比べて著しく低いものであったとしても,このことから,直ちに,被告鮪肉が冷凍,解凍されたものであると即断することはできない。
 参加人の上記主張は,採用することができない。
イ 揖細胞壁の損傷について
 参加人は,一度も冷凍していない(生)鮪肉の細胞顕微鏡写真では一つ一つの細胞壁を明確に確認することができるが,被告鮪肉の細胞顕微鏡写真はところどころ細胞壁が損傷し,全体として細胞と細胞との境界がぼやけているから,被告鮪肉は一度冷凍されたものであると主張する。
 証拠(甲46ないし57)によれば,被告鮪肉は,原告が別途入手した(生)鮪肉に比べて,細胞壁が損傷していることが認められるが,それぞれの死後の経過日数や保管状態が明らかでないから,両者における細胞壁の状態の違いが,冷凍と解凍の処理の有無のみによるとまでは認め難く,他の要因による可能性を否定することはできない。
 参加人の上記主張は,採用することができない。
ウ 死後硬直について
 参加人は,被告鮪肉に死後硬直とみられる変形があり,漁獲後の経過時間を考慮すれば,被告鮪肉は,死後硬直状態で冷凍されたと主張する。
 鮪肉の死後硬直による変形が,冷凍,解凍された場合にのみ起こるのか,また,上記変形の有無をもって,鮪肉が冷凍,解凍されたか否かを判定するのに適切な指標であるのかについて,これを明らかにする証拠はなく,被告鮪肉に死後硬直とみられる変形があるとしても,このことをもって,被告鮪肉が冷凍されたものであるということはできない。
参加人の上記主張は,採用することができない。
 したがって,被告方法が冷凍され,その後に解凍された鮪肉を用いるものであると認めることはできないから,被告方法は,本件発明の構成要件Aを充足せず,本件発明の技術的範囲に属しない。

【解説】
 参加人主張は、被告が出荷した「生マグロ柵」(被告鮪肉)を入手し、そのトリメータ値,細胞壁の損傷及び硬直(変形)の状態によれば,被告鮪肉が一度冷凍されたものであることが明らか、よって、本件特許の「急速冷凍」を充足すると主張。
 これにつき、裁判所は、冷凍や解凍によってトリメータ値が有意に低下する現象は,生鮮魚と冷凍魚,解凍魚の判定に利用することができる程度に再現性があると述べ、酸化人の主張に一定の理解を示した。しかしながら、裁判所は、トリメータは,鶏肉(正肉)の表面から比較的浅い部位での細胞や組織の変化を数値化する計測器であることから,解凍品はもちろんとして,生鮮品であっても,ある程度厚みのある生鮮肉については,内部まで凍結せず冷凍に至らない程度の低温(例えば-5℃)で保存されたものも,トリメータ値が顕著に低下する可能性が否定できないことから、参加人主張を排斥した。
 その他、参加人は、揖細胞壁の損傷や死後硬直の状況の相違からも、被告方法は「急速冷凍」を充足すると主張するが、鮪肉が冷凍,解凍されたか否かを判定するのに適切な指標とまでいえるか疑問であるとして、当該主張を排斥した。
 出願段階において、クレームの文言に、「急速冷凍した」を用いる場合、侵害を検出できるか否かを検討することが望ましい。具体的には、「急速冷凍された事実」をどのように確認するのか。市場で鮪肉を入手するしかないのか、急速冷凍される現場も第三者が立ち入れるのか、等を検討する。仮に確認できないとすれば、どのように立証するか(本件では、トリメータ値で「冷凍」が確認できるか、反証される可能性(トリメータ値だけでは冷凍していないものと差別化できない等)はないか、反証される場合、他のパラメータ等に侵害検出ファクターが現れないか等)を検討すべきと思われる。仮に当該立証が現実的に難しい場合には、特許出願せずにノウハウとして秘匿することも一案と考えられる。

(文責)弁護士・弁理士 和田祐造