平成26年11月28日判決(東京地裁平成21年(ワ)47799号/平成25年(ワ)21905号)
キーワード:種苗法3条1項2号、種苗法3条1項3号、育成者権、権利濫用、特許法104条の3、現物主義、特性表主義、後発的事由

第1 はじめに
 本件は、なめこの育成者権(種苗法下で認められる、登録品種を独占的に育成できる権利)侵害が争われた事案である。本件で特徴的な点は、なめこ栽培特有の現象から、品種登録時に独立行政法人種苗管理センターに預けていた本件登録品種菌株(いわば標準株)が“駄目”になっていたという点である。
 また、種苗法には、特許法70条や104条の3に相当する条文がないところ、本判決は、種苗法における“構成要件充足性”や“権利濫用”の判断方法について判示している。特に、権利濫用については、事後的に品種登録が種苗法規定の登録要件を備えなくなった場合にも、育成者権者による請求は権利濫用として認められないとしている。

第2 事案
1 概要
 なめこの育成者権者である原告が、品種登録されたなめこを許諾なく又は許諾の範囲を超えて販売しているとして被告組合及び被告会社に対して販売差し止め、損害賠償等を求めた事案である。

 なめこ栽培の課題として、なめこの継代培養の過程で「脱二核化」と呼ばれる現象が発生しやすいことが知られている。脱二核化が発生すると、核を2つ有していた菌糸が、核をひとつ失って、1核菌糸になってしまい、菌株系統が維持できなくなってしまう(要するに、ある品種として栽培していたものが別のものに変わってしまう)。

 本件では、被告が販売していたなめこ(以下「G株」と称する。)と、品種登録時に独立行政法人種苗管理センターに預けられていた菌株に係るなめこ(以下「K1株」と称する。)、原告が保有していた菌株(以下「K2株」と称する。)との同一性について、第三者機関に、鑑定嘱託がなされた。ところが、K1株は、子実体を形成せず(おそらく脱二極化によるものと思われる)、本来同一株であるはずのK1株とK2株との間で、栽培特性が大きく異なるという結果になった。また、K2株とG株の間でも、特性の一部(収量、菌柄の太さ・長さ)に有意差があった。それでも、鑑定書は、K1株、K2株およびG株を遺伝的に別の特性を有するということは言えないと結論づけている。
 原告は、鑑定の結果を補強するという名目で、K1株及びK2株のDNA分析(大学教授Aが実施した試験と、大学教授Bが実施した試験。それぞれDNA分析は手法が異なる。)を行い、K1株は、K2が脱二核化したものであるとの主張をした。
(つまり、本来であれば、鑑定において、標準株であるK1株と被疑侵害株であるG株との比較の結果、特性の同一性が示されればよいところ、K1株が正常ではなかったことから、K2株とG株が比較されたので、原告としては、DNA分析により、K2株とK1株との同一性を立証しようとしたのである。)

 これに対して、被告は、DNA分析は未だ研究段階にあり、これを本件に適用するのは時期尚早であると主張している。なお、専門委員はK1株とK2株が遺伝的にも同一ではないという見解を示している(理由については明らかではない)。
 また、被告は、本件登録品種は均一性(種苗法3条1項2号。同一の繁殖の段階に属する植物体のすべてが特性の全部において十分に類似していること。)および安定性(種苗法3条1項3号。繰り返し繁殖させた後においても特性の全部が変化しないこと。)を失っており、これは品種登録の取消事由に該当するから原告の請求は信義則違反ないし権利濫用であると主張している。

2 主な争点
(1)本件育成者権侵害の有無
(2)本件各請求は信義則違反又は権利濫用として許されないか

第3 判旨
(1)育成者権侵害について

 裁判所は、本件育成者権侵害について、
「ところで、種苗法においては、育成者権の及ぶ範囲について、「品種登録を受けている品種(以下「登録品種」という。)及び当該登録品種と特性により明確に区別されない品種」を「業として利用する権利を専有する。」と定める(同法20条1項本文)のみで、育成者権の権利範囲の解釈について特許法70条のような規定は置かれていない。
 しかし、・・・
 これらの種苗法に掲げられた諸規定を総合して解釈すれば、新たな品種として登録を認められた植物体とは、特性(重要な形質に係る特性)において、他の品種と明確に区別され、特性(重要な形質に係る特性)において均一であり、特性(重要な形質に係る特性)において変化しないことという要件を満たした植物体であって、その特性(重要な形質に係る特性)は品種登録簿により公示されることになっているのであるから、品種登録簿の特性表に掲げられた重要な形質に係る特性は、当該植物体において他の品種との異同を識別するための指標であり、これらの点において他の品種と明確に区別され、安定性を有するものでなければならないものというべきである。
  そして、上記の点は、農水省解説において採用されているところの、登録品種と侵害が疑われる品種が「同一品種であるか否かを判断するには、常に植物自体を比較する必要がある」という現物主義(原告は、この立場によるべきであると主張している。)の下でも、妥当するといわなければならない。すなわち、育成者権の侵害を認めるためには、少なくとも、登録品種と侵害が疑われる品種の現物を比較した結果に基づいて、後者が、前者と、前者の特性(特性表記載の重要な形質に係る特性)により明確に区別されない品種と認められることが必要であるというべきであるなお、「明確に区別される」かどうかについては、特性表に記載された数値又は区分において、その一部でも異なれば直ちに肯定されるものではなく、相違している項目、相違の程度、植物体の種類、性質等をも勘案し、総合して判断すべきである。仮に、品種登録簿の特性表に記載された特性をもって、特許権における特許請求の範囲のごとく考える立場〔以下「特性表主義」という。〕によるとすれば、侵害が疑われる品種について、(登録品種の現物ではなく)登録品種の品種登録簿の特性表記載の特性と比較して、登録品種と明確に区別されない品種と認められるか否かを検討すれば足りることになるが、その場合においても、「明確に区別される」かどうかを総合的に判断すべきことは同様である。)。」と判示し、
 鑑定書については、
「本件鑑定書の「5.考察」では、3菌株(K1株、K2株、G株)を用いて行った菌糸性状試験の調査項目の一部に有意差が認められるとしているにもかかわらず、その有意差が本件登録品種の特性と異なるのか、異なるとすればそれはどの程度かについて、何らの見解も示しておらず、有意差が認められるにもかかわらず、「3菌株は遺伝的に別の特性を有するとは言えない」との結論が導かれた理由は、不明であるといわざるを得ない。
 また、本件鑑定書の「5.考察」では、栽培試験の結果について、K1株においては子実体発生を確認できなかったとして、K2株とG株の比較について言及するものの、本件鑑定嘱託における鑑定嘱託事項である「品種登録原簿に記載された重要な形質に係る特性と異なるか否か、異なる場合にはその異なる程度(明確に区別できる程度か否か)について判定する」ことは、行われていない。
 したがって、鑑定嘱託の結果に基づいて、G株(被告会社の販売に係る被告製品から抽出した種菌の栽培株)に係る品種がK1株(本件登録品種の種菌として種苗センターに寄託されたものの栽培株)に係る品種と「特性により明確に区別されない」と認めることはできないし、G株に係る品種がK2株(原告が本件登録品種の種菌として保有していたと主張するものの栽培株)に係る品種と「特性により明確に区別されない」と認めることもできない。
 なお、鑑定嘱託の結果に基づいて、K2株に係る品種が本件登録品種であると認めることができないことは、いうまでもない。
・・・
  本件鑑定書に記載されたG株の特性と、本件登録品種の特性表記載の特性には、異なっているように見受けられる項目が複数存在していることから、仮に特性表主義の立場に立った場合であっても、G株の特性が本件登録品種の特性表記載の特性と「特性により明確に区別されない」ことが立証されているとはいえない。」とし、鑑定書の結論を否定した。
 また、原告の主張については、
「確かに、DNA分析による品種識別の方法も存する(前記前提事実等に摘示した育成者権侵害対策細則2条3項参照)が、一般に、DNA分析は、全ゲノムを解析するものではなく、特定のプライマーを用いることにより、品種に特徴的であると考えられる一部のDNA配列を分析するにすぎないから、品種識別に利用する際は、「妥当性が確認されたDNA品種識別技術を用いて」行うことが要求されている。乙41号証によれば、いちご、リンゴなどの一部の植物体においては品種識別技術が確立していることが認められるものの、なめこにおけるDNA分析による品種識別技術が妥当性が確認されたものとして確立されているとは認められず、A報告、A追加報告、B報告で採用されているDNA分析技術は、なめこが同一品種であるかどうかを判定するために妥当性が確認されたDNA品種識別技術であるということはできない(甲9ないし11は、いずれも原告の関与した研究成果に係るものであり、A報告、A追加報告、B報告で採用されているDNA分析技術において用いられたプライマーの選択の妥当性を判断するために適切な資料とはいえない。)。
  したがって、A報告、A追加報告、B報告に基づく原告の主張は、採用することができない。」としている。
 そして、育成者権侵害の有無についての結論として、
「 以上によれば、被告らが本件登録品種又はこれと重要な形質に係る特性により明確に区別されないなめこの種苗の生産等を行ったとか、その収穫物を販売したと認めることは、困難であるというべきであり、ほかに被告らが本件育成者権を侵害する行為をした、あるいは、していると認めるに足りる証拠はない。」とする。

(2)本件各請求は信義則違反又は権利濫用として許されないかについて
 裁判所は、上記で育成者権侵害を否定したにもかかわらず、「事案にかんがみ、品種登録がなされた後において、登録品種が種苗法3条1項2号又は3号の要件を備えなくなったことを抗弁として主張することの可否等について、検討する。」とし、
「種苗法に基づく品種登録(同法18条1項)は、農林水産大臣が行う行政処分であり、農林水産大臣は、出願品種が〈1〉同法3条1項(区別性、均一性及び安定性の具備)、〈2〉同法4条2項(未譲渡性の存在)、〈3〉同法5条3項(育成者複数の場合の共同出願)、〈4〉同法9条1項(先願優先)又は〈5〉同法10条(外国人の権利享有の範囲)の規定により、品種登録をすることができないものであるときは、品種登録出願を文書で拒絶しなければならない旨定める(同法17条1項1号)とともに、品種登録が上記〈1〉ないし〈5〉の規定に違反してされたことが判明したときは、これを取り消さなければならず(同法49条1項1号)、品種登録が取り消されたときは、育成者権は品種登録の時にさかのぼって消滅したものとみなされる(同条4項1号)。
  そして、種苗法において特許法104条の3が準用されていないのは、特許法のように独自の無効審判制度を設けていないことによるものと考えられ、種苗法においても、品種登録が上記〈1〉ないし〈5〉の規定に違反してされたものであり、農林水産大臣により取り消されるべきものであることが明らかな場合(農林水産大臣は、品種登録が上記〈1〉ないし〈5〉の規定に違反してされたことが判明したときはこれを取り消さなければならないのであって、その点に裁量の余地はないものと解される。)にまで、そのような品種登録による育成者権に基づく差止め又は損害賠償等の請求が許されるとすることが相当でないことは、特許法等の場合と実質的に異なるところはないというべきである。なぜなら、上記〈1〉ないし〈5〉の規定に違反し、取り消されるべきものであることが明らかな品種登録について、その育成者権に基づいて、当該品種の利用行為を差し止め、又は損害賠償等を請求することを容認することは、実質的に見て、育成者権者に不当な利益を与え、当該品種を利用する者に不当な不利益を与えるものであって、衡平の理念に反する結果となるし、また、農林水産大臣が品種登録の取消しの職権発動をしない場合に、育成者権に基づく侵害訴訟において、まず行政不服審査法に基づく異議申立て又は行政訴訟を経由しなければ、当該品種登録がその要件を欠くことをもって育成者権の行使に対する防御方法とすることが許されないとすることは、訴訟経済に反するといわざるを得ないからである。したがって、品種登録が取り消される前であっても、当該品種登録が上記〈1〉ないし〈5〉の規定に違反してされたものであって、取り消されるべきものであることが明らかな場合には、その育成者権に基づく差止め又は損害賠償等の権利行使は、権利の濫用に当たり許されないと解するのが相当である(最高裁平成12年4月11日第三小法廷判決・民集54巻4号1368頁、知財高裁平成18年12月21日判決・判例タイムズ1237号322頁参照)。」と判示している。

第4 検討
(1)育成者権侵害の判断について

 本判決は、被疑侵害植物と登録品種との間での同一性及び類似性の検討手法を示した点で参考となると考えられる。

(2)現物主義と特性表主義について
 育成者権侵害の判断において、「同一品種であるか否かを判断するには、常に植物自体を比較する必要がある」という「現物主義」と、品種登録簿の特性表に記載された特性をもって、特許権における特許請求の範囲のごとく考える「特性表主義」とがある。
 本判決は現物主義を採用したようにもみえるが、現物主義及び特性表主義のいずれにも言及し、本件においてはどちらであっても結論が変わらないとしており、どちらか一方を採用したと結論づけることはできないと考えられる。

(3)鑑定書について

 本件では、鑑定書の結論が採用されなかった。「鑑定嘱託における鑑定嘱託事項である「品種登録原簿に記載された重要な形質に係る特性と異なるか否か、異なる場合にはその異なる程度(明確に区別できる程度か否か)について判定する」ことは、行われていない。」とすれば、採用されなかったことは致し方ないと考えられる。

(4)DNA分析について
 原告は、K1株とK2株の同一性をDNA分析によって証明しようとしたが、そもそもK2株とG株との特性の共通性、類似性すら裁判所に認められなかった(鑑定書がG株=K2株としているので、原告としてはK2株=K1株を示し、K1株=G株を立証するはずが、G株=K2株も認定されなかった)。
 また、原告の採用したDNA分析手法は、なめこが同一品種であるかどうかを判定するために確立されたものではなく、妥当性が確認されたDNA品種識別技術であるということはできないとされている。
 しかしながら、仮になめこにおいてDNA品種識別技術として確立された方法が未だ存在していないとしても、近年のDNAシーケンス技術の著しい発達や他の多くの植物においてDNA分析による品種識別が行われていること等に鑑みれば、主張されているDNA分析方法が理論的に妥当な方法であれば、なめこの品種識別手法として認めてよいものと考える。
 なお、本判決において、G株とK1株(ないしK2株)のDNA分析については特に記載がない。

(5)権利濫用について
 本判決は、種苗法においては特許法104条の3に相当する規定がないが、品種登録に“取消理由”が存在することが明らかな場合には、育成者権者による差止請求や損害賠償請求は許されないことは特許法と変わらないとしている。ただし、取消理由があることが明らかな場合とする点は、現行特許法104条の3の規定とは異なる。
 さらに、本判決は、品種登録が後発的に取消理由(均一性及び安定性の事後的な喪失)を有することになった場合にも育成者権者の請求を権利濫用として認めるべきではないとしている。
 権利濫用の主張が抗弁であることを考えると、後発的に登録品種が種苗法3条1項2号又は3号の要件を備えなくなったというケースはあまりないように思われる。すなわち、権利濫用の主張が意味を持つのは、被疑侵害植物と登録品種が同一品種であるとの認定がされた後である。
 そして育成権侵害に問われている以上、被疑侵害植物は、被疑侵害者によって育成されているか、市場において流通していることが想定される。そうすると、登録品種と同一とされる被疑侵害植物が、第三者の手によって均一かつ安定的に育成、継代培養されていることになるから、登録品種が、種苗法3条1項2号の均一性(同世代間で均一な性質を示すこと)や同3号の安定性(子孫にも同一の性質が伝わること)を失ったとはいえないのではないかと考えられる。
 一方、公的機関に寄託された株に何らかの異常が発生し、均一性や安定性が失われたことを以て、登録品種が種苗法3条1項2号の均一性や同3号の安定性を失ったとすることは、育成権者の責に負わせるべきではない事由であるから、権利濫用とするのは育成権者に酷である。
 本判決は、育成権者が登録品種を安定的に生産できなくなったことと種苗管理センターに寄託していた株が脱二核化を起こしたことを以て、種苗法3条1項2号の均一性や同3号の安定性を失ったと認定している。
 しかしながら、仮にG株が原告の主張するとおり登録品種と同一の品種であるとすれば、上記のように、第三者の手によってではあるが、登録品種が均一かつ安定的に育成、継代培養されているといえるから、登録品種が後発的に均一性及び安定性を失ったとすることはできないと考える。
 ただ、本判決は、G株とK1株ないしK2株との同一性を認めていない。被疑侵害植物と登録品種が同一品種であるとの認定がされたときに、後発的取消事由が存在するとして権利濫用の抗弁が認められるかについては、今後の裁判が待たれる。

以上
(文責)弁護士 篠田淳郎