平成25年(ネ)第10043号 知財高裁大合議判決(FRAND 事件)
【キーワード】 
FRAND宣言 実施料相当額 権利濫用 差止請求権

※本稿は判決要旨のみが公開された状況で書かれたものである点,ご了解ください。

1 はじめに
 知財高裁にて8番目の大合議判決が5月16日に出された(平成25年(ネ)第10043号事件)。この判決は,標準技術にかかる必須特許(以下,「SEP」(Standard Essential Patentの略)という)について,FRAND宣言(SEPについて,標準技術の実施者に公平・合理的・非差別的な条件でライセンスをする旨の宣言)がなされた場合1 ,差止請求権及び損害賠償請求権を行使できるかどうかについて論じたものである。
 この点について,特許権者が標準化機関に対してなした意思表示であるFRAND宣言の効力について,標準技術の実施者という「第三者」に及ぼすための法律構成が重要な問題点であった。 
 この点,一審の東京地裁は,FRAND宣言をした特許権について,第三者と交渉に入った段階で,特許権者はFRAND条件にそったライセンスの実現に向けて誠実に交渉する信義則上の義務があると構成し,被告であるサムソンは,①当初からFRAND条件に沿わない過大な料率をアップル社に呈示し,②アップル社の再三の要求にもかかわらず,その料率の根拠についても説明,開示を行わず,③原告であるアップル社の示した対案についても返答しなかったなどの事実を認定し,当該誠実交渉義務を果たさなかったにもかかわらず,それにかかる特許権を権利行使するのは権利の濫用であるとし,損害賠償請求権の不存在を確認した。
 なお,事案の背景を若干補足するに,東京地裁ではサムソン社からアップル社に対して仮処分が提起され,これに対抗して,アップル社がサムソン社に対して損害賠償請求権が存在しない旨の確認訴訟を提起していたが,上記の判示は後者のケースである。


 ※引用された判決文中の下線部は筆者による。以下同じ。

 この判決に対しては,誠実に交渉を行うべき信義則上の義務の内容として,「重要な情報を相手方に開示する義務」までを無制限に認めていいのかということのほか,そもそも誠実交渉義務にかかる信義則違反による権利濫用法理を用いると,請求認容か請求棄却かの0/1の結論になってしまうため,この地裁判決のように,「たかだかちょっと交渉態度が悪かっただけで,実施者による侵害にかかる実施料相当額を含めたすべてを放棄させるというようなペナルティを課してしまっていいのか」という利益考量の見地から大きな問題があったといえる。
 そこで,何らかの中間的な落としどころが求められていたのであり,①このために知財高裁がどのような法理を用い,②中間的な落としどころとしてどのようにSEPの実施料率を定めるのかという点が注目されていたのである。

2 知財高裁判決のご紹介
 今回の知財高裁はこれらの点に対する一応の解を示すものであるとして,高く評価できる。知財高裁判決の論理を以下の図に示す。

 以下,アないしエについて公開された判決文要旨とともに,掲載し,論評する。オについては,現段階では,十分に公開されていないことから,論評を省くこととしたい。

ア)FRAND宣言を第三者に及ぼすための法理

 FRAND宣言は,特許権者が標準化機関に対して行った意思表明であるにもかかわらず,その効果の一部が第三者であるライセンシーに及ぶのか,及ぶとしたらいかなる法律構成によるべきか。この点,北大の田村教授は,第三者のためにする契約構成(民法537条)によるべきものと主張され2 ,実際に,FRAND宣言がされた特許権についてFRAND条件に基づく実施料額を世界で初めて判示した2013年4月に出された米国判決においては,これに類似する構成が採用された3
 他方,我が国の産業界は,FRAND宣言の効果は専らFRAND条件によるライセンス契約締結を実現するための誠実交渉義務を負うに過ぎないという見解が主流であった。当時の主流見解に基づいたのが一審判決であったが,この法理では,結論の具体的妥当性を担保できないことはすでに述べたとおりである。
 この点,知財高裁は,FRAND宣言の準拠法として,ETSI(標準化機関)のIPRポリシーの規定に基づいてフランス法準拠を前提とした上で,本件ETSIに基づくFRAND宣言は,フランス法上,FRAND条件でライセンス契約を締結する申込の意思表示とまではいえないと判示し,第三者のためにする契約構成を採ることはできないと判示している。 

 
 標準化機関であるETSIのIPRポリシー4 (知財の取扱に関する指針)によれば,必須特許を保有している者はFRAND宣言をすることが推奨されている。その宣言様式は,「ライセンスを与える」というような確定した意思表示とは言いがたいというのが第一の理由である(下図参照)(上記(i))。

(付録図)ETSIのFRAND宣言フォーム

そして,そもそもIPRポリシーを見ると,FRAND宣言をしたとはいいながら,その具体的な交渉,交渉結果については,当事者間に委ねられ,ETSIは原則としてこれに関与しないこと(iv),ライセンス料率が定まっていないことを含め,FRAND宣言によって確定するライセンスの内容も極めて抽象的であること(上記(ii))からすれば,結局,FRAND宣言は契約の申込とは言い難く,せいぜい「FRAND条件に沿ってライセンスするから,希望者は言ってください。」という程度の意思表示であるとしている。
 判決のこの部分は,ETSIのIRPポリシー等及びこれに基づくFRAND宣言という具体個別的な事情に基づいて,「契約の申込とは言えない」と言っているだけであるから,「第三者のためにする契約構成」の適用可能性自体を包括的に排除したことにはならないことに留意する必要がある。

イ)FRAND条件を超えるロイヤリティ請求について

 すでに述べたとおり,一審判決は,「少々交渉態度が悪かった場合,特許権侵害による損害をすべて放棄させる効果を有する」点で,利益考量的な見地から問題があった。
そして,具体的妥当性を求めるとすると,特許権者が損害を放棄するという結論は修正されるべきであるというのが,筆者の判決前の予測であった。
 この点,本判決は以下のように述べて損害賠償請求は,FRAND条件を超えない範囲で認めるべきであるとした。

 このように,判決は,第一段落でFRAND条件を超えるライセンス料を認めないことに対する必要性として,権利者がFRAND宣言をしたという外観に対するライセンシーの信頼の保護を説き,第二段落でFRAND条件を超えるライセンス料を認めないことに対する許容性として,FRAND宣言をすることによるライセンシーの経済的利益5 に併せ,特許権者がFRAND宣言を自らの意思に基づいてしたという点を重視して,これに矛盾する給付を与える必要性が乏しいと判断する。そして,これらを併せると,特許権者とライセンシーとの利益状況としては,FRAND条件を超えるライセンス料を認めるべきではないというのである。
 もとより,妥当な結論であると考えるが,特許権が物権類似の権利であり,その侵害については,特許法102条により計算される経済的な補填が受けられるという原則的な構図を措いて,このような利益考量論に基づいて,損害補填の例外を認めるためには,特許権者が自らの意思で,かつ,公開する形でFRAND宣言をし,ライセンシーがその外観を信頼して標準技術の採用に踏み切るという構図が不可欠であるものと思料する。その観点からすれば,本判決の射程は,FRAND宣言がなされたケースに限定されるものとも考えられ,本判決がNPEによる権利行使等,他のケースに広汎に及ぶと考えることはできない。
 本来特許法102条で計算されるべき実施料について,利益考量のみに基づいて縮減することは,同条との関係で整合性を欠くとの指摘も考え得る。本判決では,利益考量論から権利濫用法理を媒介に結論を導いているが,権利濫用法理を用いるのではなくて,特許法102条3項の「特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額」の認定要因として特許権者がFRAND宣言をした事実及びその宣言内容を考慮した結果,極めて低廉なライセンス料率にとどまるという論法もとり得ただろうし,また,FRAND宣言をした特許については本来FRAND条件によるライセンス料しか得られないのであるから,これが,特許法102条2項の推定覆滅事由に該当すると構成することも可能であったはずである。
  
 なお,この点について,判決は以下のように,FRAND条件を超えるロイヤリティ請求について,例外的に許容すべき特段事情が存在する余地も述べている。

 ここの問題は,「FRAND条件によるライセンスを受ける意思を有しない」とはどういう状態かというものである。たとえば,形式的にはライセンス交渉を継続していながらも書簡のやりとりが相当期間続いているのみで,交渉の進展がなく,かつ,その進展がないことについて合理的な説明ができないケースなどが想定される。
問題になるのは,ライセンシーにおいて特許権が無効であると主張して,ライセンスを受けることを拒否するようなケースであるが,このような場合も上記の特段事情に該当するとしてしまうと,特許無効による権利濫用抗弁(特許法104条の3)というライセンシーにとって重要な抗弁を失うことになるのであるから,かかる解釈は行うべきではなく,おそらく,このようなことを配慮して,判決は「相手方がFRAND条件によるライセンスを受ける意思を有しないとの特段の事情は,厳格に認定されるべき」と判示したのであろう。というのが北大田村教授のご意見であり 6,筆者も全く同感である。

ウ)FRAND条件を超えないロイヤリティ請求について
 この点について,判決は以下のように判示し認めた。

 特許権者にFRAND条件内の損害賠償請求すら放棄させている点に,一審判決の利益考量上の問題点があるとしたら,本判決は,上記のとおり判示することによって,この問題を回避し,もって具体的妥当性を担保したことになる。

エ)あてはめ

 この点についても,以下のように,FRAND条件内の損害賠償請求が認められない例外的なケースの余地があることを判示している。

 FRAND宣言によって生じる法的効果がFRAND条件によるライセンスに向けた誠実交渉義務であるというのが通説であったことはすでに述べたが,この点に配慮し,特許権者が極めて不誠実な交渉態度を継続した場合,損害の一切を放棄しなければならないとされており,一審での議論はこの部分に承継されたとも評価できる。ただし,一審ではサムソンに誠実交渉義務違反を認めたのに対し,本判決においては,「本件に現れた一切の事情を考慮しても,控訴人によるFRAND条件でのライセンス料相当額の範囲内での損害賠償請求を許すことが著しく不公正であるとするに足りる事情はうかがわれず,前記特段の事情が存在すると認めるに足りる証拠はない。」と認定しており,一審判決を覆した。この点,同じ事実認定を用いつつも,一審判決とは異なる,「著しく不公正」という表現を使い,権利濫用とされるハードルを上げることによって,サムソン側の不利益を回避しているようにも見受けられる。
 なお,誠実交渉義務の履行に向けた一要素として,「ライセンス交渉過程」の他に,「FRAND宣言に至る過程」が例示されているが,何を想定しているのかは不明瞭である。必須特許を保有しながら,これを隠し持って権利行使をし,後にいやいやFRAND宣言をしたような場合を想定しているのであろうか,そうだとしたら,請求棄却原因として「標準必須特許でありながら,これを未だ申告していない抗弁」が認められる余地があるということであり,実務的には興味深い。

3 本判決全体に対する考察・論評
(1) 判決要旨のみが公開されているに過ぎない現時点では,FRAND条件として,具体的にどの程度の料率を認めたのかが定かではないが,判例の枠組み自体は極めて妥当であると考える。
 もし,一審判決のように,「交渉態度が悪いことをもって,過去分の損害賠償請求を含めすべて放棄」効を生じさせるとすると,少なくとも我が国においては,FRAND宣言を行うことが躊躇され,特許の藪という特許制度が本来予定していなかった事態を解決する途が閉ざされることにつながる。さらに,FRAND宣言は,原則として,対象特許にかかるパテントファミリー全体に対して効力が及ぶとされているが,ETSIでは,「明示的に除外された特許権」にはFRAND宣言外とする余地も残されており(同IPRポリシー6.2項),日本国特許のみFRAND宣言が外されて,日本の産業鎖国化を招来し,その産業競争力全体に影響を及ぼす事態にもなりかねない。
 つまり,標準化というすぐれてビジネス的な事象にまつわる司法判断に求められることは,法的な論理整合性もさることながら,「標準化」というシステムの趣旨を理解し,これと整合し,これを普及させる方向に働く結論の具体的妥当性である。本判決もこの点は強く意識していたものと思われる。たとえば,我が国で初めてアミカスブリーフ制度(第三者による意見陳述の機会)を採用した事実は,裁判所をして,産業界の意見を広く取り入れようとする試みであったといえるし,同日に判示されたサムソンによる差止請求を求めた仮処分の抗告審(平成25年(ラ)第10007号)においては,「UMTS規格の普及を阻害することとなり,通信規格の統一と普及を目指したETSIのIPRポリシーの目的に反することになるし,通信規格の統一と普及によって社会一般が得られるはずであった各種の便益が享受できない結果ともなる。」という標準化の趣旨に配慮した判示をしたうえで,FRAND宣言がされた特許について差止請求権の行使は容認されないとしている。

(2) 本判決で採用された法理について,①FRAND条件を超える実施料請求を排除した部分と,②FRAND条件を超えない実施料請求を容認した部分では,同じ「権利濫用法理」とはいいつつも,その実質において,異なることに注目しなければならない。
 前者(①)については,特許権者がFRAND宣言をしたことを一つの外観と捉え,これに対する第三者の信頼について「法的に」保護する価値を認め,かかる信頼に反する行動(FRAND条件を超える実施料請求)は特許法102条の存在を前提としても,保護する価値はないという利益考量に基づく判断がされている。その結果として,FRAND条件を超える実施料請求をすること自体が権利の濫用であると判示しているのであって,ライセンシー側からその法理を定義すれば外観理論,特許権者側からその法理を定義すれば禁反言ないしクリーンハンドの原則の発動ということになるのであろう。いずれも,これまで特許権の損害賠償請求の分野では用いられなかった法理であり,かかる法理がFRAND宣言以外の場合にも適用されて,一般的な広がりを見せるのかどうかは,今後の実務の進展に委ねられている。
 他方,後者(②)については,FRAND宣言によって,FRAND条件に基づくライセンスの設定に向けた誠実交渉義務が生じることを前提に,誠実交渉を行う限りにおいて,FRAND条件を超えない実施料請求を是とした。この部分は,本質的には一審判決の示した権利濫用法理と同じであろう。しかし,権利濫用とされるハードルを一審判決よりも上げているため,一審判決では権利濫用と認定されたサムソンは救済されている。
 注目すべきは,前者(①)において,「FRAND条件でライセンスを受ける意思を有しない場合」という特段事情を設定している点である。言葉を換えて言えば,ライセンシーにも誠実交渉義務を課しているとも評価でき,本判決は,特許権者のみならず,ライセンシーにも誠実交渉義務を設定し,標準化の促進を担わせている点で,前述したように,「標準化」というシステムの趣旨と整合し,これを普及させる方向に向かわせる内容となっている。

(3) アップル社とサムソンは,本件のみならずそれぞれの特許権に基づいてお互いに権利行使をし合っており,このような場合にも,本判決のような結論に妥当性があるのか,という点は論じるに値しよう。サムソンからすれば,世の中に利便性を提供したいがために技術の標準化を図り,FRAND宣言をしたのであるが,それによって,当該特許にかかる実施料率は大幅に低下し,アップル社と対等交渉する特許ネタを失ったとも評価できる。アップルからすれば,サムソンがFRAND宣言したことを奇貨として,実施料率が高い自社のFRAND宣言外の特許を活用して,ここぞとばかりに特許交渉を仕掛けるという戦略も採りうるのである。これを認めるとなると,自社は相手方によるFRAND宣言の砦に守られながら,相手方を攻撃できることになり,公平性を失っするかもしれない。
 このように,当事者が紛争状態にある過程でなされたFRAND特許に基づく侵害訴訟においては,ライセンス交渉の公平性の観点からは,FRAND宣言にもかかわらず,FRAND条件を超える実施料を認めるべき場合もあると思われ,本判決にあてはめれば,前者(①)の特段事情として考慮されてもいいのではないかと考える。

(4) 代理人として訴訟を担当する立場からは,本件のように,一審に比べて採用する法理が大幅に変わり,かつ,当該法理が斬新であるがゆえに当事者に予測不能である場合,裁判所が判決において採用されるであろう法理を事前に開示し,当該法理に沿った攻撃防御を行うべく当事者に促したのかどうかという点に大いなる興味を抱く。判決に先立って,このような「判決法理の事前開示」がなされないことは,我が国の特許訴訟実務の常識であるにしても,本ケースについては,このような「判決法理の事前開示」プロセスを経ないと,当事者からすれば,不意打ち判決であるがゆえに,納得できないと感じることもありうるのではないか。

最後に繰り返しになるが,本稿は判決要旨のみが公開された状況で書かれたものであることを明記し,論考を終了する。(判決全文公開後に適宜,補充・修正する予定である。


1FRAND宣言は,特許権が錯綜する標準技術を普及させるために,特許権の行使を抑制するための宣言である。なぜ,そのような宣言が必要であるかという点については,「FRAND宣言はなぜ必要か」を参照されたい。
2「標準化と特許権 -RAND条項による対策の法的課題」田村善之(知的財産法政策学研究・Vol 43,2013.)pp73-
3「標準必須特許のロイヤリティ料率の設定と独占禁止法の役割」池田毅(公正取引,No.760, 2014.2)pp.31-
4http://www.etsi.org/images/files/IPR/etsi-ipr-policy.pdf
5「UMTS規格の一部とならなければ到底得られなかったであろう規模のライセンス料収入が得られる」との判示部分については,筆者はやや批判的である。というのは,FRAND宣言によって,ロイヤリティ料率が通常の1/100程度に下落するとなると,標準化によって市場規模が100倍を遙かに超えないと,上記のような判示にならないと考えられるが,実際,市場規模がどうなるかは個別の標準技術によって異なり,一般論としてはそうは言えない。また,このような判示を入れてしまうと,「規格の一部となっても,多くのライセンス料収入を得られなかった」的な抗弁を許す余地を残す。あくまでも,ライセンシーの信頼と,特許権者自らの意思,責任による外形の作出に理由を絞った方がよかったのではないか。
なお,「FRAND宣言をして自社技術を標準に組み込むことの事業戦略的な利益考量」 についての考察はリンクを参照のこと。
62014.5.20開催されたNBL座談会でのご発言。同座談会の様子は,NBL7/1号に公開予定である。

(文責)弁護士・弁理士 鮫島正洋