平成26年2月6日判決(大阪地裁 平成24年(ワ)第7887号)
【キーワード】
特許発明の技術的範囲,均等論,均等第4要件

【事案の概要】
 原告は,被告に対し,被告の行為が本件特許権を侵害するものであるとして,特許法100条1項及び2項に基づき,被告製品の製造販売等の差止め及び廃棄を,不法行為に基づき,4207万5000円の損害賠償及び遅延損害金の支払を求めた。

 本件特許発明は,以下の構成要件に分説することができる。
 A1 軒先に取付けた軒樋の底部に,
 A2 該底部に形成した開口に挿入した落し口を,該落し口を構成する,上端にフランジ部を設け,外周面に雄ネジを形成した雄筒部と,上端にフランジ部を設け,内周面に雌ネジを形成した締付けリングとを螺合させて,軒樋の底部の開口周縁部の上下から前記両フランジ部により挟持することにより取付け,該落し口の下端に,
 B 家屋の外壁材に沿って縦方向に配設した
 C 3~13平方㎝の開口面積を有するサイホン管
 D の上端を外嵌して接続した
 E ことを特徴とするサイホン式雨水排水装置。

【争点】
(1)被告製品は本件特許発明の技術的範囲に属するか
 ア 被告製品は本件特許発明の構成要件を文言上充足するか
 イ 被告製品は本件特許発明と均等なものとしてその技術的範囲に属するか
(2)本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものであるか
(3)損害額

【結論】
文言侵害が成立せず,また,均等第4要件を具備せず均等侵害も成立しないとして,技術的範囲に属しないとした。

【判旨抜粋】
1 文言侵害について
「以下のとおり,被告製品は,本件特許発明の構成要件のうち少なくとも構成要件Cを充足するとは認められない。」
「(1) 構成要件Cの解釈
 ア 【特許請求の範囲】の記載に基づく検討
(ア)「サイホン管」の語の意義を明らかにした刊行物等の証拠はなく,他に,これが技術用語として慣用されるものであるとか,当業者が何らかの特定の意義を有するものと解釈するなどとする主張立証はない。
 「サイホン(サイフォン)」とは,一般に,「大気圧を利用して,液体をいったん高所に上げて低所に移すために使う曲管。彎管」をいう。
 そうすると,「サイホン管」の語に接した当業者は,それが上記「サイホン(サイフォン)」又は上記「サイホン(サイフォン)」と同様の効果を奏する若しくはその代わりに用いられる「管」を意味するものと解釈すると認めるのが相当である。
 また,構成要件A1及びDによれば,「サイホン管」は,軒樋の底部に接続されるものであり,構成要件Bによれば,家屋の外壁材に沿って縦方向に配設されるものであることが読み取れる。そうすると,「屋根から地面まで,垂直に取り付けた雨樋。たつどい。」を意味する「竪樋(又は縦樋)」に相当するものであることも読み取れる。
(イ)証拠(甲8)によれば,「開口」とは,技術用語として,「部材の開いた口。口を開くこと。」をいうことが認められる。
(ウ)また,構成要件A2によれば,「サイホン管」と「落し口」の構成は明確に区別された上,「サイホン管」は「落し口」を外嵌するとされている。
(エ)これらのことからすれば,構成要件Cは,「サイフォン」の効果を奏する「竪樋(縦樋)」の「開いた口」が,3~13平方cmの面積を有する構成を特定するものと一応は解される。 なお,上記竪樋が,「落し口」を外嵌するため,竪樋の上端部付近(外嵌している部分)における水の流れる部分の内径は,「落し口」を構成する「外周面に雄ネジを形成した雄筒部」の内径となる。
イ 本件明細書等の記載に基づく検討
(ア)本件明細書等の記載
・・・
(イ)検討
 構成要件C「3~13平方cmの開口面積を有するサイホン管」は,「3~13平方cmの開口面積を有する合成樹脂製の丸樋もしくは角樋,又は,可撓性のチューブ」等を指すものである(段落【0012】)。
 本件明細書等において,サイホン管は継手部分と明確に区別されており(段落【0012】【0021】),本件特許発明の課題解決手段であるサイホン管として継手部分を想定した記載は全くなく,継手の開口面積をもってサイホン管の開口面積とすることは全く想定されていないといってよい。
ウ 構成要件Cの意義
 前記ア,イによれば,本件特許発明の構成要件Cの「3~13平方cmの開口面積を有するサイホン管」とは,「サイホン(サイフォン)」の効果を奏する「竪樋(又は縦樋)」の「開いた口」が,3~13平方cmの面積を有する構成を特定したものであり,具体的には,「3~13平方cmの開口面積を有する合成樹脂製の丸樋もしくは角樋,又は,可撓性のチューブ」等をいうものである。
 上記「サイホン管」は,継手部材や落し口などを含まない竪樋自体をいい,その開口面積とは,竪樋自体の開口部の面積をいうのであって,継手部材や落し口等の内径断面積を含むものではない。原告は,エルボ継手等の継手部材がサイホン管と一体化しており,サイホン管を構成する部材とみることができるから,当該継手部材が3~13平方cmの断面積を有する場合にも,構成要件Cを充足する旨主張する。しかし,本件明細書等を子細に検討しても,継手部材をサイホン管の一部とすることを前提とする記載は見当たらない。
 また,原告は,サイホン管が竪樋単体をいうものであったとしても,サイホン管(竪樋)の開いた口(継手)の面積が構成要件Cの「開口面積」であると主張する。しかし,本件明細書等には,「サイホン管」の「開口面積」がエルボ継手等の継手部材などの断面積であるという記載は見当たらない。
 以上のとおり,構成要件Cの開口面積は,継手部分や落し口の内径断面積ではなく,サイホン管である竪樋自体の開口部の面積をいうものと解するべきである。
エ 被告製品の構成及び構成要件充足性
 証拠(乙6,7)によれば,被告製品の角竪樋の開口面積は,いずれも平均14.09平方cmであり,誤差を考慮しても14.00平方cm以上であることが認められる。
 そうすると,被告製品は,本件特許発明の構成要件D「3~13平方cmの開口面積を有するサイホン管」に相当する構成を有するものではなく,本件特許発明の構成要件を文言上充足するということはできない。」

2 均等侵害について(均等第4要件)
「(1) 判断基準
 特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場合であっても,[1]上記部分が特許発明の本質的部分ではなく,[2]上記部分を対象製品等におけるものと置き換えても,特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであって,[3]上記のように置き換えることに,当業者が,対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり,[4]対象製品等が,特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから上記出願時に容易に推考できたものではなく,
かつ,[5]対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは,上記対象製品等は,特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして,特許発明の技術的範囲に属する(最高裁判所平成10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁)。
(2) 被告製品が本件優先日における公知技術と同一又は当業者がこれから本件優先日時点において容易に推考できたものでないとはいえないこと
ア 容易推考性の判断基準
 公知技術からの容易推考性を判断するに当たっては,対象製品等において置換されている部分のみについて公知技術からの容易推考性を判断するのではなく,対象製品等そのものが全体として,特許出願時における公知技術から容易に推考できたものかどうかを判断する必要がある。
イ 被告製品の構成
 証拠(甲5)及び弁論の全趣旨によれば,被告製品の構成は,以下のとおりであると認められる。
(ア)被告製品1

1a1 軒樋2は,建物の軒先に略水平に取り付けられる。
1a2 軒樋2には,接続部(落し口)5bを含む角ドレンセット5が配置されている。軒樋2の底部には,角ドレンセット5の接続部(落し口)5bが,軒樋2の底部に形成した開口に挿入され,接続部(落し口)5bを構成する,上端に上フランジ部を設け,外周面に雄ネジを形成したネジ筒部と,上端に下フランジ部を設け,内周面に雌ネジを形成したネジ筒部とを螺合させて,軒樋2の底部の開口周縁部の上下から挟持することにより取り付けられている。
1b 角竪樋3は,建物の外壁材に沿って縦方向に配置されている。
1c 角竪樋3は,14.09平方cmの断面積を有する。角継手4は,長さ19mmであり,11.4平方cm(端部側)から11.6平方cm(奥部側)の断面積を有する。
1d 角ドレンセット5の接続部5bと角継手4が接続している。角継手4と角竪樋3が接続している。
1e 角ドレンセット5,角継手4及び角竪樋3により,サイホン式雨水排水装置を構成している。
(イ)被告製品2

2a1 軒樋2は,建物の軒先に略水平に取り付けられる。
2a2 軒樋2には,接続部(落し口)5bを含む角ドレンセット5が配置されている。軒樋2の底部には,角ドレンセット5の接続部(落し口)5bが,軒樋2の底部に形成した開口に挿入され,接続部(落し口)5bを構成する,上端に上フランジ部を設け,外周面に雄ネジを形成したネジ筒部と,上端に下フランジ部を設け,内周面に雌ネジを形成したネジ筒部とを螺合させて,軒樋2の底部の開口周縁部の上下から挟持することにより取り付けられている。
2b 角竪樋3の一部は,建物の外壁材に沿って縦方向に配置されている。
2c 角竪樋3は,14.09平方cmの断面積を有する。角エルボ4は,長さ22mmに渡って11.6平方cm(端部側)から11.5平方cm(奥部側)の断面積を有する。
2d 角ドレンセット5の接続部(落し口)5bと角エルボ4が接続している。角エルボ4と角竪樋3が接続している。
2e 角ドレンセット5,角エルボ4及び角竪樋3により,サイホン式雨水排水装置を構成している。
ウ 被告製品の容易推考性
(ア) 構成1c及び2cの容易推考性
 本件優先日前に頒布された乙5公報には以下の記載がある。
「・・・
【0003】
【発明が解決しようとする課題】しかしながら,上述したような従来の樋の構造においては,以下に示すような問題が存在する。すなわち,樋1で処理できる水の流量を増やすには,樋1自体の断面寸法を拡大するのはもちろんのこと,排水管2の径の拡大,本数の増加を図る必要がある。・・・
「【0018】なお,上記各実施の形態において,樋10,20は,屋根の周縁部沿いである必要はなく,ベランダの端部に沿って設ける排水溝であっても同様に適用することが可能である。また,落し口11,21の断面寸法,深さは,前記各実施の形態であげた数値に限定されるものではなく,要求される処理能力に応じて適宜設定すればよい。」
【図5】

 上記記載によれば,上記【図5】で示される従来技術の雨樋においても,落し口の寸法(雨樋の開口部分の面積)は,要求される処理能力に応じて適宜設定することができるものと認められる(段落【0003】【0018】)。
 また,乙15文献等には,本件特許発明の数値範囲に入る開口面積が12.56平方cmの竪樋からそれ以上の大きさの竪樋まで,様々な開口面積の竪樋が記載されている。
 そうすると,被告製品の構成1c及び2cのうち「角竪樋3は,14.09平方cmの断面積を有する。」という部分は,本件優先日における従来技術と同一の構成であることが認められる。
(イ) その余の構成の容易推考性
 被告製品の構成のうち1a1及び1b並びに2a1及び2bの構成は,いずれも雨樋一般に共通する構成である。
 また,本件優先日前に頒布された特開2000-8557号公報(乙25)には以下の記載がある。
「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は,雨水を排水させるために,軒樋の底部やベランダやポーチなどに開口された排水口に取り付けて使用される自在ドレンに関する。
【0002】
【従来の技術】従来の自在ドレンは,たとえば実公昭61-9488号公報に記載されているように,フランジとねじ部が設けられた上下一対の円筒体からなり,この両円筒体に設けられたねじ部(雄ねじと雌ねじ)を螺合させ,両円筒体のフランジ同士にて軒樋の底部に設けられた排水孔の周縁を挾着するようにしたものである。」
 上記記載によれば,被告製品の構成1a2及び2a2の構成は,本件優先日前における「従来の自在ドレン」(公知技術)と同一であり,雨樋においても一般的な構成であったことが認められる。
 また,本件明細書等の段落【0002】の記載(前記1(1)イ(ア))及び本件優先日前に頒布されたカタログ(乙23,24)によれば,1c及び2cの構成のうち「継手部材の断面積が竪樋の断面積よりも小さい。」という構成並びに1d及び2dの構成も,雨樋一般に見られる一般的で,ありふれた構成であったことが認められる。
(ウ) 小括
 以上によれば,被告製品の各構成は,本件優先日において雨樋の技術分野でごく一般的であった構成を単に組み合わせたにすぎないものであり,これらごく一般的で公知の構成を組み合わせることについて何らかの阻害要因等が存在したことを窺わせる主張立証も全くない。
 そうすると,被告製品について,当業者が公知技術から容易に推考できたものではないと認めることはできないから,被告製品について,本件特許発明と均等なものとしてその技術的範囲に属するということはできない。」

【解説】
1 文言侵害について
 被告は,構成要件Cの「開口面積」は,管軸方向に対して直角方向に切断した場合の切断面の断面積をいい,サイホン管を構成する一部の部材(継手)の断面積も含まれると主張したが,本判決は,構成要件Cの「開口面積」は,サイホン管である竪樋自体の開口部の面積をいい,継手部分や落し口の内径断面積ではないとして,当該主張を排斥した。「開口」が部材の開いた口を意味すること,特許請求の範囲および明細書の記載もこれに整合する記載があることからすれば,当該判断は妥当と考えられる。

2 均等第4要件について
 均等論は,クレームの文言範囲を拡張する概念であるから,均等論を適用した結果,公知技術あるいは想到容易な技術が含まれてくる可能性がある。しかし,本来特許性のないこのような技術に特許権の効力を及ぼすことは認められるべきでないため,均等第4要件が設けられている。
 本判決は,第4要件における容易推考性の判断基準を「公知技術からの容易推考性を判断するに当たっては,対象製品等において置換されている部分のみについて公知技術からの容易推考性を判断するのではなく,対象製品等そのものが全体として,特許出願時における公知技術から容易に推考できたものかどうかを判断する必要がある。」と判示した。その上で,当該判断基準に基づき,乙5,乙15,乙25等の記載から,本件特許発明の各構成要件にかかる構成は,各文献に記載された,本件優先日において雨樋の技術分野でごく一般的な公知の構成の組み合わせにすぎないことを根拠として,均等第4要件を充足しないと判示した。
 均等第4要件の証明責任は,均等を否定する者(本件の被告)が負担するものとされているが(東京地裁平成10年10月7日判決,負荷装置システム事件),本件ではさらに,容易推考性における先行文献組み合わせの阻害要因等の存在の主張立証責任を原告に負わせた。権利者側としては,阻害要因等の存在を主張しておくことも必要である。
 均等論の適用を否定した裁判例中,第4要件の充足を否定した事例は少ない。

(文責)弁護士・弁理士 和田祐造