【知財高判平成19年3月28日平18(行ケ)10211号】

【要旨】
審決が,刊行物2に「可視光全体にわたって高い反射特性をもたせるために,高屈折率誘電体と低屈折率誘電体を交互に,かつ,各層の光学的厚みに勾配をもたせて積層した多層膜が開示されている」と認定し,また,刊行物2により,「可視光全体にわたる反射特性を持たせるために,屈折率の異なる2層を積層するとともに,光学的層に厚さ勾配をもたせること」が公知であると認定したことは,本願発明を知った上でその内容を刊行物2の記載上にあえて求めようとする余り,認定の誤りをおかしたものといわざるを得ない。

【キーワード】
引用発明の認定,後知恵

【事案の概要】
1.事案の概要
 本件では,本願発明(特願平6-511080号)の進歩性の判断にあたり,副引例にあたる刊行物2(特開昭61-243402号)に記載された副引用発明の認定が争点となった。

2.本願発明の内容
 本願発明の内容は,以下のとおりである。
【補正後の請求項2】
 可視スペクトルの実質的な全範囲にわたり実質的に均一な反射外観を呈し,少なくとも第1および第2の異種高分子物質を含み,物体に入射する可視光の少なくとも40パーセントを反射させるように前記第1高分子物質および第2高分子物質の十分な数の交互層を含む成形可能な高分子多層反射物体で,該物体の個々の層の実質的大部分は,前記高分子物質の繰返し単位の光学的厚さの合計が約190nmを越える範囲内の光学的厚さを有する物体において,該第1高分子物質および第2高分子物質は屈折率が互いに少なくとも約0.03異なり,さらに層が,前記光学的層のもっとも薄い繰返し単位およびもっとも厚い繰返し単位からの一次反射の波長が少なくとも2倍異なるように,光学的層の繰返し単位の厚さの勾配を有することを特徴とする成形可能な高分子多層反射物体。

3.刊行物2の記載
 「従って,本発明の要旨は,可視波長域で透明な高屈折率誘電体と低屈折率誘電体とを基板上に交互に積層してなる半透鏡において,全層数Lが7~10層からなるとともに,空気側から基板側へ順に第1層,第2層,・・・・としたときに,全層数Lが偶数の場合は空気側から第L/2層までをA群,それより基板側の層をB群と分け,全層数Lが奇数の場合は空気側から第(L+1)/2層までをA群,それより基板側の層をB群と分け,A群のうちで光学的膜厚が最大の層の光学的膜厚が,B群のうちで光学的膜厚が最小の層の光学的膜厚よりも小さいことにある。すなわち,本発明は空気側の層を薄くして基板側の層を厚くしたことを特徴とするものであり,数学的な表現を用いれば,空気側から基板側へ順に,第1層,第2層,・・・・とした場合に,第i番目の層の光学的膜厚をNiとすると,
 max[N1,N2,・・,Nk]<min[Nk+1,Nk+2,・・NL]
 但し,k=L/2     (Lが偶数のどき)
     k=(L+1)/2  (Lが奇数のとき)
 となる。」(2頁右下欄7行~3頁左上欄7行)

 「実施例4 本実施例は,実施例3の低屈折率誘電体層と高屈折率誘電体層とを逆転させ,それに応じて各層の光学的膜厚を調整したものである。実施例4の構成を第5表に示す。

ここで,設計波長λは550nm,半透鏡部(H)への入射角は45°である。本実施例の分光反射率特性を第4図に線(Ⅳ)で示す,第4図から明らかなように,本実施例においても分光特性がフラットで,約60%の平均反射率を得ることができる。」(4頁左上欄16行~右上欄17行)

4.審決の内容
 審決は,刊行物2に「可視光全体にわたって高い反射特性をもたせるために,高屈折率誘電体と低屈折率誘電体を交互に,かつ,各層の光学的厚みに勾配をもたせて積層した多層膜が開示されている」(審決書5頁21行~23行),及び,刊行物2により,「可視光全体にわたる反射特性を持たせるために,屈折率の異なる2層を積層するとともに,光学的層に厚さ勾配をもたせること」(審決書5頁末行~6頁1行)が公知であると認定した。

【争点】
 刊行物2には,積層する誘電体の層の光学的厚みに勾配を持たせることにより,可視光全域にわたって高い反射特性を持たせることが記載されているといえるか。

【判旨】
 判決は,引用発明を以下の様に認定した。
 「上記ア(ア)ないし(カ)及び(セ)の記載によれば,刊行物2発明は,可視波長域で透明な高屈折率誘電体と低屈折率誘電体とを基板上に交互に多層に積層した半透鏡において,可視域全域においてほぼフラットな分光特性を得ることができるものの,その反射率は約50%であって,一眼レフレックスカメラの主ミラーに用いるには適さないという課題を解決するために,可視波長域で透明な高屈折率誘電体と低屈折率誘電体とを基板上に交互に積層してなる半透鏡において,全層数Lが7~10層からなるとともに,空気側から基板側へ順に第1層,第2層,……としたときに,全層数Lが偶数の場合は空気側から第L/2層までをA群,それより基板側の層をB群と分け,全層数Lが奇数の場合は空気側から第(L+1)/2層までをA群,それより基板側の層をB群と分け,A群のうちで光学的膜厚が最大の層の光学的膜厚が,B群のうちで光学的膜厚が最小の層の光学的膜厚よりも小さくする構成を用いることにより,約55%~80%程度の反射率を有し,分光特性もフラットなものを得ることができた,とするものである。
 また,上記ア(キ)ないし(ス)の記載によれば,刊行物2における実施例1ないし7には,上記表2ないし8に記載の構成の半透鏡が記載されているものと認められる。
 そうすると,刊行物2には,積層する全層数Lを空気側(A群)と基板側(B群)の2つの群に分けて,A群のうちで光学的膜厚が最大の層の光学的膜厚が,B群のうちで光学的膜厚が最小の層の光学的膜厚よりも小さいことを特徴とする構成により,反射率を55~80%程度で分光特性をフラットとするものを得ることができることが開示されているということができるにとどまり,積層する誘電体の層の光学的厚みに勾配を持たせることにより,可視光全域にわたって高い反射特性を持たせることが記載されているということはできない。

 また,判決は,被告の主張を以下の理由で排斥した。
「被告は,乙1ないし3を提示して,光反射性多層フィルムとは連続する相隣接層の屈折率を異ならせたものを多数回繰り返したものであって,各層の界面から反射した光波を同位相で重畳させることにより高反射率を得るものであり,ある波長の光を反射させたい場合には繰返し単位の光学的厚さをもとに設計しなければならないことは,当業者にとって自明のことであるから,刊行物2に接した当業者は,隣接する二つの層を一対として一単位ととらえ,その繰返し単位により積層体を構成するという技術思想が記載されていることを理解する旨主張する。
 確かに,刊行物2における実施例3,4,7をみれば,隣接する二つの層一対として一単位ととらえた場合に,各単位の光学的厚さ(二つの層の合計)が空気側から基板側に向けて順次増加していることが認められるものの,刊行物2には,隣接する高屈折率の層と低屈折率の層を一対として一単位の光学的層ととらえることについては何らの記載もなく,また,実施例1,2,5及び6において積層された層数が奇数であることに照らせば,刊行物2において,隣接する高屈折率の層と低屈折率の層を一対として一単位の光学的層と取り扱われていないことは明らかである。そして,刊行物2には,各実施例の各誘電体層の光学的膜厚がどのようにして定められたかを説明する記載はなく,光学的膜厚が設計波長λを用いて示され,この設計波長λが550nmと記載されているから,刊行物2に記載の半透鏡の各誘電体層の層厚が反射させたい波長に基づいて定められているものと解することもできない。また,上記のとおり,刊行物2には,層数が奇数の実施例も存在するところ,刊行物2に記載の層数が偶数である実施例3,4,7についてのみ,当業者が隣接する屈折率の異なる2つの誘電体の膜厚を一対として一単位の光学的層と認識するということもできない。
 なお,被告は,刊行物2の実施例のうち層数が奇数のものも,基板を一つの誘電体層とみなせば,基板と隣接する誘電体層とにより,屈折率の異なる2つの誘電体の一単位を形成することになるから,刊行物2の実施例に層数が奇数のものが開示されている事実は,隣接する屈折率の異なる誘電体の二つの層を一対として一単位ととらえることの妨げとなるものではない旨主張する。しかしながら,刊行物2には,基板を一つの誘電体層とみなすことは記載されておらず,また,誘電体層の厚みを表示した表1ないし8にも基板の光学的膜厚は記載されていない上,表2ないし8においては,半透鏡部を示す「H」は空気と基板を除外して示されているから,刊行物2に記載の実施例のうち層数が奇数のものについて,基板を一つの誘電体層としてとらえることには無理があるといわざるを得ない。また,基板を一つの誘電体層とみなした場合には,層数が偶数の実施例においては,基板と対になる隣接誘電体層を欠くことになる。被告の上記主張は,採用することができない。」

 判決は,引用発明の認定に誤りがある理由として,後知恵があった点を指摘した。
 「以上によれば,審決が,刊行物2に「可視光全体にわたって高い反射特性をもたせるために,高屈折率誘電体と低屈折率誘電体を交互に,かつ,各層の光学的厚みに勾配をもたせて積層した多層膜が開示されている」と認定し,また,刊行物2により,「可視光全体にわたる反射特性を持たせるために,屈折率の異なる2層を積層するとともに,光学的層に厚さ勾配をもたせること」が公知であると認定したことは,本願発明を知った上でその内容を刊行物2の記載上にあえて求めようとする余り,認定の誤りをおかしたものといわざるを得ない。

【検討】
 本判決では,刊行物2の実施例4には,形式的には積層する誘電体の層の光学的厚みに勾配を持たせる構成が記載されているが,刊行物2に記載された発明は,A群の膜厚が最大の層の膜厚を,B群の膜厚が最小の層の膜厚より小さくする構成により技術的意義を得ることが記載されていることから,形式的に記載された上記の構成に技術的意義を読み込むことはできないことが判断された。
 このように,引用文献には,請求項に係る構成のみが記載され,当該構成の技術的意義が記載されていない場合に,明細書に記載がない当該構成の技術的意義を一方的に読み込んで引用発明の認定をすることは,後知恵と判断される場合がある。

以上

(文責)弁護士・弁理士 杉尾雄一