【知財高判平成22年12月21日(平22(行ケ)10220号)】

【要旨】
 引用発明は,従来技術である第3図,第4図に記載の焼成炉の問題を解決するため,ファン28を炉内に設けた構成が特徴点となっているのであり,その特徴点をないものとして引用発明を認定することは,引用例に記載されたひとまとまりの技術的思想を構成する要素のうち技術的に最も重要な部分を無視して発明を認定するものであり,許されない。

【キーワード】
引用発明の認定,一部抽出

事案の概要

 本件は,無効審判の請求棄却審決に対する取消訴訟において,原告は,引用発明の認定に誤りがある等として,審決の取消しを求めたが,引用発明の認定について審決の判断に誤りはない等として,請求が棄却された事例である。
 引用例に基づく引用発明の認定が争われた。

2.引用例(特開平3-156284号公報)の記載
 従来の焼成炉は,雰囲気ガスの淀みが発生するばかりでなく,匣組み2をはさんで雰囲気ガスの投入側と排出側とで,投入される雰囲気ガスにより温度差が発生し,匣内での位置によって焼成品の特性にばらつきが生じるという問題があったが,引用発明は,一つの炉壁に支持されて炉体内で回転する耐熱性材料からなるファンと,このファンによる炉体内の気体の流れの上流側に開口する雰囲気ガス投入口と,上記ファンによる炉体内の気体の流れの下流側に開口し,炉体内で発生した排気ガスを排出する排気ガス排出口とを備えたことを特徴とし,これらの構成を備えることにより,炉体に設けられたファンの作用により,炉体内で高温になった雰囲気ガスが強制的に撹拌されるので,炉体内部での雰囲気ガスおよび温度の分布が均一になる等の効果を奏するものである。
 甲1の第3図,第4図は従来の焼成炉の横断面図,縦断面図であり,第1図,第2図は引用発明に係る焼成炉の実施例の横断面図,縦断面図である。

3.原審審決
 審決は,引用発明を以下のとおり認定した(下線は筆者が付した。以下,同じ。)。
 「2つの炉壁,2つの炉側壁,天井部及び炉床から構成された閉じた空間を有する炉体内に配置された被焼成物を焼成する焼成炉であって,
 扉が炉壁に開閉自在にヒンジ結合され一つの炉壁の一部を構成し,
 炉側壁とそれに対向する一つの炉側壁との間に夫々間隙を有するとともに,炉床の上に配置された支柱により支持され,匣組みを構成する被焼成物を収容する匣が載置される台板と,一つの炉側壁に支持されて炉体内で回転するファンを備え,ファンと匣組みとの間に,天井部から台板の近くまでU字形状を有する炭化珪素製ヒータを2つ並列して懸垂させるとともに,匣組みといま一つの炉側壁との間にも,U字形状を有する炭化珪素製ヒータが天井部から炉床近くまで2つ並列して懸垂している焼成炉。」
 一方,原告は,「ファンと匣組みとの間に,天井部から台板の近くまでU字形状を有する炭化珪素製ヒータを2つ並列して一つの炉側壁に沿って懸垂させるとともにU字形状を有する炭化珪素製ヒータを天井部から炉床近くまで2つ並列していまひとつの炉側壁に沿って懸垂している焼成炉。」と認定すべきであると主張して争った。

争点

 引用発明の認定に際し,ファン28を認定せずに,路側壁21とヒータ33の位置関係のみから,ヒータ33が炉側壁21dに沿って配置されていると認定することはできるか。

判旨

 本判決は,引用発明の認定に関し以下の様に判示し,引用例に記載されたファンを除外して,ヒータの位置を取り出して認定することはできない旨を判示した。
 「引用発明の焼成炉(甲1の第1図,第2図に記載された焼成炉)の左側のヒータ33は,第1図,第2図の図示から明らかなように,炉側壁21dからファン28をはさんで離れた位置に存在しているから,このヒータ33が炉側壁21dに沿っていると認めることはできない。
 また,上記(1)で認定したように,引用発明は,従来技術である第3図,第4図に記載の焼成炉の問題を解決するため,ファン28を炉内に設けた構成が特徴点となっているのであり,その特徴点をないものとして引用発明を認定することは,引用例に記載されたひとまとまりの技術的思想を構成する要素のうち技術的に最も重要な部分を無視して発明を認定するものであり,許されないというべきである。引用発明においては,炉体の外部に配置された駆動モータにより駆動されるとともに一つの炉壁に支持されているファン28によって,ヒータの熱で高温になった雰囲気ガスを強制的に攪拌することで炉内温度を均一にするものであるから,ヒータ33は,ファン28と被焼成物が収容されている匣組み22との間に位置することが合理的であり,発熱体が炉側壁に沿って並列する構成は想定できないというべきである。
 (4) 以上のとおり,引用発明は,発熱体が炉側壁に沿って並列したものと認めることはできず,取消事由1は理由がない。」

検討

 本判決は,引用例に記載されたひとまとまりの技術的思想を構成する要素のうち技術的に最も重要な部分を無視して発明を認定することは許されない旨を判示した。そして,本件では,引用発明の技術的思想は,ヒータ33を,ファン28と匣組み22の間に設けるというものが技術的思想であることから,ファン28を認定せずに,路側壁21とヒータ33の位置関係のみから,ヒータ33が炉側壁21dに沿って配置されていると認めることはできないと判断したものと考えられる。また,本件では,ファン28を特徴的な構成であると認定する根拠として,ファン28が従来技術の課題を解決するために設けられた構成であることを挙げている。
 本判決の認定に基づけば,従来技術の課題を解決するために設けられた特徴的な構成を無視して引用発明を認定することは,引用例に記載されたひとまとまりの技術的思想を構成する要素のうち技術的に最も重要な部分を無視して発明を認定するものであり,許されないこととなる。

以上
(文責)弁護士・弁理士 杉尾雄一