【知財高判平成26年9月25日(平成26(行ケ)10339号)】

【要旨】
 訂正事項(a)は,特許請求の範囲に記載された「金属酸化物」の種類を訂正前より限定するものであり,これによって新たな技術的事項を導入するものではないから,これに係る訂正は,「願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面…に記載した事項の範囲内において」するものということができる。

【キーワード】
新規事項,新たな技術的事項を導入,除くクレーム

発明の概要

 本発明は,太陽電池,金属層を含む合わせガラス及び有機ガラス等に有利に使用される透明フィルムに関する。透明フィルムのうち,エチレン-酢酸ビニル共重合体(EVA)フィルムは,ガラスに使用される用途があり,このような用途に使用されるEVAフィルムは,基本的に高度な透明性が必要であるで,透明性を保持しながら錆の発生が防止されたフィルムが望まれている。金属の錆の発生を防止するために,ポリマーに受酸剤を使用する例が見られる。本発明は,透明接着剤層に好適な,耐久性,透明性に優れた透明フィルムを提供することにある。

争点

 本件では,下記の下線部に記載する事項を特許請求の範囲に追加し,除くクレームとすることが,当初明細書等に記載された事項との関係で新たな技術的事項の導入にあたるかどうかが問題となった。

 「エチレン/酢酸ビニル共重合体,及び該共重合体中に分散された受酸剤粒子を含む透明フィルムであって,
 受酸剤粒子が,金属酸化物(ただし,Sn,Ti,Si,Zn,Zr,Fe,Al,Cr,Co,Ce,In,Ni,Ag,Cu,Pt,Mn,Ta,W,V,Moの金属酸化物を除く),金属水酸化物又はこれらの混合物であり,
…(中略)…ことを特徴とする透明フィルム。」

判旨

 本判決では,新たな技術的事項が導入されるか否かについて,以下のように判示された。

 「本件訂正における訂正事項(a)は,本件訂正前発明1に係る請求項1の「金属酸化物」を「金属酸化物(ただし,Sn,Ti,Si,Zn,Zr,Fe,Al,Cr,Co,Ce,In,Ni,Ag,Cu,Pt,Mn,Ta,W,V,Moの金属酸化物を除く)」と訂正するものである(甲10)。そして,「受酸剤粒子が,金属酸化物…であり」との請求項1の記載に照らすと,本件訂正の前後を通じて,この「金属酸化物」は受酸剤として使用される金属酸化物を意味すると解されるところ,訂正事項(a)は,このように受酸剤として使用される金属酸化物から,その一部である「Sn,Ti,Si,Zn,Zr,Fe,Al,Cr,Co,Ce,In,Ni,Ag,Cu,Pt,Mn,Ta,W,V,Moの金属酸化物」を除外するものであると認められる。
 ここに,「受酸剤」とは,酸を捕捉(吸収ないし中和)する作用を有する物質を意味するから,本件発明1において受酸剤として使用される金属酸化物とは,そのような機能を有する金属酸化物であれば種類を問わないと解され,訂正事項(a)は,そのような性質を有する金属酸化物のうち具体的に列挙された一部の金属酸化物を除外するものであると解される。そして,除外されるもののみが受酸剤として何らかの特有の性質を有するとか,除外後に残ったもののみが受酸剤として何らかの特有の性質を有するなど,本件訂正の前後で,受酸剤粒子として使用される「金属酸化物」の技術的内容を変更するような事情は見当たらない。
 したがって,訂正事項(a)は,特許請求の範囲に記載された「金属酸化物」の種類を訂正前より限定するものであり,これによって新たな技術的事項を導入するものではないから,これに係る訂正は,「願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面…に記載した事項の範囲内において」するものということができる。」

 また,本件では,除くクレームとすることにより,「金属酸化物」に,受酸剤として作用するとは考え難い金属酸化物,あるいは,本件訂正前明細書に受酸剤として挙げられた金属酸化物と機能上等価であると確認されていない相当数の金属酸化物が,「金属酸化物」に含まれることになるから,本件訂正は新たな技術的事項を導入するものであるかという点に関し,以下のように判示した。

 「本件訂正の前後を問わず,「金属酸化物」とは,受酸剤としての作用を有するものであることが前提であることは前であり,原告の上記主張は採用することができない。」

検討

 従来の特許庁審査基準の取扱いでは,除くクレームに係る消極的表現が当初明細書に存在しない場合に,除くクレームとすることが許されるのは,例外的な場合であったが,知財高判平成20年5月30日(平成18年(行ケ)10563号)〔ソルダーレジスト大合議判決〕は,新たな技術的事項の導入に該当しない限り,これを認めると判示したことから,特許庁審査基準においては,下記の(i)及び(ii)の場合に,除くクレームが認められることとなった。

(i) 請求項に係る発明が引用発明と重なるために新規性等(第29条第1項第3号,第29条の2又は第39条)が否定されるおそれがある場合に,その重なりのみを除くとき

(ii) 請求項に係る発明が,「ヒト」を包含しているために,第29条第1項柱書の要件を満たさない,又は第32条に規定する不特許事由に該当する場合において,「ヒト」のみを除くとき

 本件の当初明細書の段落【0015】には,「受酸剤粒子は,MgO,ZnO,Pb3O4,Ca(OH)2,Al(OH)3,Fe(OH)2から選択される少なくとも1種であることが好ましい。特に,MgO,ZnOが好ましい。発生する酢酸の量,及び用途に応じ適宜選択することができる。」との記載があり,除くクレームとする訂正により,除かれたSn,Ti,Si等の材料は,当初明細書等には記載されておらず,Sn,Ti,Si等の材料が受酸剤として作用しないのであれば,これらを除外することは問題になるようにも思える。しかし,「金属酸化物」の種類を訂正前より限定するものであることから,新たな技術的事項の導入に該当しないとして,訂正が認められた。審査基準上は,(i)の類型に属するものと考えられる。
 上記〔ソルダーレジスト大合議判決〕後に,「除くクレーム」とすることが新たな技術的事項の導入にあたるとした裁判例は,これまでに特に見当たらないことから ,1「除くクレーム」とすることは,基本的には認められるものと考えられる。 
 しかし,「除くクレーム」とすることにより,29条の2や39条違反は容易に回避できたとしても,進歩性違反を解消できるのは,先行技術と技術的思想としては顕著に異なり本来進歩性を有する発明であるが,たまたま先行技術と重複するような場合であるとされている2。これ以外の場合には,「除くクレーム」としても,進歩性の判断において,最適材料の選択の選択に過ぎない等から当業者が容易に想到できると判断される可能性が高い。

以上
(文責)弁護士・弁理士 杉尾雄一

1 知財高判平成20年5月30日(平成18年(行ケ)10563号)〔ソルダーレジスト〕大合議判決〕,知財高判平成21年3月31日(平成20年(行ケ)10065号),知財高判平成25年9月19日(平成24年(行ケ)10433号)
2 中山信弘編著『注解特許法【上巻】』(青林書院,第3版,2005年)139頁