【知財高判平成26年10月9日(平成25(行ケ)10346号)】

【要旨】
 本件追加事項の追加は,本件特許明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入するものというべきである。

【キーワード】
新規事項,新たな技術的事項を導入,下位概念化

発明の概要

 特許第4074935号に係る発明は,等価直列抵抗R1が小さく,品質係数Q値が高くなるような新形状で,電気機械変換効率の良い溝の構成と電極構成を有する音叉形状の水晶振動子を具える水晶発振器に関するものである。
 具体的には,水晶振動子10は音叉腕20,26と音叉基部40とから成り,音叉腕20,26の上面には中立線41,42を挟んで,溝21,27が設けられている。また,溝21と溝27との間に挟まれた部分にも溝32と溝36とが設けられている。それら溝21,27及び溝32,36を設けたことで,等価直列抵抗R1の小さい,品質係数Q値の高い水晶振動子が実現できる。

争点

 本件では,下記の下線部に記載する事項を特許請求の範囲に追加し,発明特定事項を下位概念化する補正が,当初明細書等に記載された事項との関係で新たな技術的事項の導入にあたるかどうかが問題となった。

「水晶振動子と増幅器とコンデンサーと抵抗素子とを具えて構成される水晶発振回路を具えた水晶発振器の製造方法で,
 前記水晶振動子は,少なくとも第1音叉腕と第2音叉腕と音叉基部とを具えて構成される音叉形屈曲水晶振動子で,第1音叉腕と第2音叉腕は上面と下面と側面とを有し,
 第1音叉腕の上下面の少なくとも一面に,中立線を残してその両側に,前記中立線を含めた部分幅が0.05mmより小さく,各々の溝の幅が0.04mmより小さくなるように溝を形成する工程と,第2音叉腕の上下面の少なくとも一面に,中立線を残してその両側に,前記中立線を含めた部分幅が0.05mmより小さく,各々の溝の幅が0.04mmより小さくなるように溝を形成する工程と,
 …(中略)…前記水晶発振器は前記音叉形屈曲水晶振動子の基本波モード振動の容量比r1が2次高調波モード振動の容量比r2より小さく,かつ,基本波モード振動のフイガーオブメリットM1が高調波モード振動のフイガーオブメリットMnより大きい音叉形屈曲水晶振動子を具えて構成されていて,
…(中略)…ことを特徴とする水晶発振器の製造方法。」

 補正前の特許請求の範囲において,「r1<r2であること」(要件A)及び「M1>Mnであること」(要件B)が要件とされていたが,補正により「中立線を残してその両側に,前記中立線を含めた部分幅が0.05mmより小さく,各々の溝の幅が0.04mmより小さくなるように溝が形成されていること」(要件C)の要件が追加されたことから,本件特許の当初明細書等に両要件を満たす発明が記載されているかが問題となる。
また,当初明細書等には,【0041】に要件B及び要件Cに関する記載があり,【0043】には,要件Aに関する記載があった。

判旨

 本判決では,新たな技術的事項が導入されるか否かについて,以下のように判示された。

 「本件特許明細書には,【0041】に,中立線を残して,その両側に溝を形成し,音叉腕の中立線を含めた部分幅W7は0.05mmより小さく,また,各々の溝の幅は0.04mmより小さくなるように構成する態様,及び,このような構成により,M1をMnより大きくすることができることが記載されている。また,【0043】には,溝が中立線を挟む(含む)ように音叉腕に設けられている第1実施例~第4実施例の水晶発振器に用いられる音叉形状の屈曲水晶振動子の基本波モード振動での容量比r1が2次高調波モード振動の容量比r2より小さくなるように構成されていること,及び,このような構成により,同じ負荷容量CLの変化に対して,基本波モードで振動する屈曲水晶振動子の周波数変化が2次高調波モードで振動する屈曲水晶振動子の周波数変化より大きくなることが記載されている。
 しかし,上記【0041】と【0043】の各記載に係る構成の態様は,それぞれ独立したものであるから,そこに記載されているのは,各々独立した技術的事項であって,これらの記載を併せて,本件追加事項,すなわち,「中立線を残してその両側に,前記中立線を含めた部分幅が0.05mmより小さく,各々の溝の幅が0.04mmより小さくなるように溝が形成された場合において,基本波モード振動の容量比r1が2次高調波モード振動の容量比r2より小さく,かつ,基本波モードのフイガーオブメリットM1が高調波モード振動のフイガーオブメリットMnより大きい」という事項が記載されているということはできない。また,その他,本件特許明細書等の全てにおいても,本件追加事項について記載はないし,本件追加事項が自明の技術的事項であるということもできない。
 そうすると,本件追加事項の追加は,本件特許明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入するものというべきである。」

 また,本判決は,以下のように,当業者が【0041】及び【0043】の両方の作用効果を期待して両方の構成を有する態様を想到することがあっても,両方の構成を有することが記載されていない以上,当初明細書等の範囲を超えるものであると判示した。

 「仮に,本件特許明細書の記載内容を手掛かりとして,当業者が本件追加事項に想到することが可能であるとしても,そのことと,本件特許明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,本件追加事項が新たな技術的事項を導入しないものであるかどうかとは,別の問題である。そして,前記(4)のとおり,「中立線を残してその両側に,前記中立線を含めた部分幅が0.05mmより小さく,各々の溝の幅が0.04mmより小さくなるように溝が形成された場合において,基本波モード振動の容量比r1が2次高調波モード振動の容量比r2より小さく,かつ,基本波モードのフイガーオブメリットM1が高調波モード振動のフイガーオブメリットMnより大きい」という事項については,本件特許明細書等に記載があるとは認められず,また,審決の上記説明振りに照らしてみても,本件追加事項が自明な事項とはいえず,本件特許明細書等の記載の範囲を超えるものであることは明らかというべきである。」

 また,本判決では,要件Cの構成を採用した場合に,要件Bとなることが当業者によく知られていることから,要件Aの関係になることは,本件特許明細書に記載されているに等しく,新たな技術的事項の導入にあたらないのではないかという点も争われた。この点については,以下のとおり,判示され,要件Bとなることが当業者によく知られていることの立証がされていないと認定された。技術常識を踏まえれば,当初明細書等から自明であると認定された場合,新たな技術的事項の導入には当たらないと判断される傾向にあることから,本件でも,技術常識の立証がされていれば,新たな技術的事項の導入にあたらないと判断された可能性がある。

 「しかし,甲第46号証(本件訂正発明の発明者作成の陳述書)は,本件特許明細書に記載された一例について,Q1<Q2の関係が得られることを示しているものの,同号証の記述によって,音叉型屈曲水晶振動子において,一般的に,Q1<Q2の関係にあることまでを認めるには足りない。また,同号証の他に,音叉型屈曲水晶振動子において,一般的に,Q1<Q2の関係にあることが当業者によく知られているとの事実を認めるに足りる証拠はない。
 したがって,「中立線を残してその両側に,前記中立線を含めた部分幅が0.05mmより小さく,各々の溝の幅が0.04mmより小さくなるような溝」を設けた場合において,基本波モード振動の容量比r1と2次高調波モード振動の容量比r2の関係が,r1<r2となることは,本件特許明細書に記載されているに等しいとの被告の上記主張は,その前提を欠き,採用することができない。」

検討

 本判決では,補正で追加された事項は,当初明細書の複数の段落に渡って記載されていたが,明細書の各段落の記載は独立であることを理由に,一の発明が記載されていたとはいえないとの判断をした。また,当業者が,複数の段落に渡って記載された事項を構成することが容易に想到できたとしても,当該構成が記載されていなければ,当初明細書等に記載された事項とはいえないとの判断をした。このように,当初明細書等に記載されているかどうかは,各段落の関係を踏まえて,実質的な判断がされている。

以上
(文責)弁護士・弁理士 杉尾雄一