【平成29年6月27日判決(大阪地裁 平成28年(ワ)第10154号)】

【判旨】
平成7年頃から,大阪市内を中心に,「カギの110番」を含む表示という営業表示を用いて開錠サービス等の営業を行ってきた原告が,被告が原告と同一又は類似の営業表示を使用しており,これは不正競争防止法2条1項1号所定の不正競争に該当するとして,被告に対し,同法3条1項に基づき,被告が「カギの110番」を含む表示を使用することの差止めを請求するとともに,同条2項に基づき,別紙被告の登録電話番号及び登録住所一覧表記載の電話番号登録の抹消を請求したが,裁判所は,「カギの110番」が原告の営業表示として需要者から広く認識されるようになっていたものとはおよそ認められないとして,原告の請求を棄却した事例。

【キーワード】
営業表示,周知性,不正競争防止法2条1項1号

1 事案の概要

 原告は,各種鍵の製造・販売及び各種錠前の開鍵・開扉の業務等を目的とする会社であり,被告は,鍵及び金庫の販売,卸,取付,修理等を目的とする会社である。
 原告は,iタウンページに,登録名義をいずれも「カギの110番」として,別紙原告の登録電話番号及び登録住所一覧表記載の電話番号及び住所を登録している。一方,被告も,iタウンページに,別紙被告の登録電話番号及び登録住所一覧表記載のとおり,登録名義を「カギの110番玉出」のように,「カギの110番」という文字列の後に大阪市内の地名を付け加えた表示(以下「被告表示」という。)として,同別紙記載の電話番号及び住所を登録している。
 iタウンページにおける両当事者の表記は,下記のとおりである。

(別紙より抜粋)

原告表示
被告表示

2 争点及び裁判所の判断

 本件では,(1)原告表示の周知性,(2)被告表示との誤認混同が生じているか,(3)差止請求及び損害賠償請求の成否,の3点が争点となった。原告は,(1)の点について,平成7年頃から大阪市内を中心として「カギの110番」という営業表示を用いて開錠サービス等の営業を行ってきたものであり,「カギの110番」は原告の商号で,原告の営業を表示するものであって,原告の営業表示として需要者の間に広く認識されていると主張したが,裁判所は下記のとおり判示して原告の主張を退けた。

(判決文より抜粋。下線部は筆者付与。)

1 争点1(「カギの110番」が原告の営業表示として需要者の間に広く認識されているか)について
 原告は,「カギの110番」が原告の営業表示として需要者の間に広く認識されていると主張するところ,確かに,別紙原告の登録電話番号及び登録住所一覧表記載のとおり,iタウンページには,原告が営業表示と主張する「カギの110番」という登録名義で多数の電話番号及び店舗が登録されていることが認められる。
 しかし,開錠サービスという業務の性質からすると,需要者は,本来の鍵を用いて錠前を開錠することができないというような緊急事態において,開錠サービスの事業者を探すために電話番号等を調べようとして,iタウンページの当該部分を閲覧するものと考えられるから,iタウンページを介して原告を認識する需要者は限定的であるとともに,またその認識機会も単発的であると考えられる。
 なお,iタウンページには電話番号とともに多数の住所が掲載されているが,上記認定のとおり,実在の店舗は一か所のみであるから,実在の店舗の看板や,同店舗で使用される営業車両の外観等を通して「カギの110番」との営業表示に需要者が接する機会は限られているといわなければならず,これだけで需要者が原告の営業表示を広く認識するに至るということは困難である。そのほか,原告の営業表示について,何らかの宣伝広告活動がされていることについての主張立証は全くない。
 そうすると,「カギの110番」が原告の営業表示として需要者から広く認識されるようになっていたものとはおよそ認められない。

3 検討

(1)裁判所の判断について
 裁判所は,①解錠サービスという業務の性質や,②実在の店舗が1ヶ所のみであることに照らし,iタウンページや店舗の看板・営業車等を通じて原告表示を認識する機会は限られているとして,原告表示が周知性を獲得しているとはいえないと判断した。
 不正競争防止法2条1項1号における周知性の立証のためには,原告の営業表示が記載された新聞,雑誌,テレビ,ラジオ,ウェブサイト等の各種広告媒体への掲載実績や,冊子,パンフレット等の販促資料をはじめとする,膨大な数の証拠が必要とされるのが一般的である。
 本件は,原告による本人訴訟であり,iタウンページの他には原告表示の周知性を基礎づける証拠が一切提出されていなかったと推測されることから,裁判所の判断は妥当なものと考えられる。

(2)商標権による権利行使の可能性について
 上記のとおり,不正競争防止法に基づく権利行使は,周知性の立証のためのハードルが比較的高い。これに対し,商標権による権利行使は,原告の営業表示に係る商標権さえ取得できてしまえば,周知性の立証は不要であるため,原告にとって侵害立証が容易となるケースが多い。
 例えば,大阪高裁平成28年4月8日判決(大阪高裁平27(ネ)3285号)では,「中古車の110番」(クルマノヒャクトーバン)の商標権を有する原告が,「車110番」(クルマヒャクトーバン)の営業表示を使用していた被告に対し,原告の商標権侵害に基づく損害賠償請求を請求した事案において,被告表示は原告の商標権を侵害するものであると判断されている( https://www.ip-bengoshi.com/archives/3010 )。
 本件でも,例えば,原告が「鍵の110番」に係る商標権を取得していれば,当該商標権に基づき権利行使を行うことで,被告に対する差止請求及び損害賠償請求が認められた可能性がある。
 一方で,「鍵の110番」については,指定商品・役務(各種錠前の開鍵)との関係で識別力が認めれられないのではないかという問題や,「カギノヒャクトーバン」の称呼と類似する多数の先行登録商標(本稿執筆時点(2018年3月5日)において31件)が既に存在することに鑑みると,本件では原告表示に係る商標権を取得できなかった可能性も高く,そもそも原告の営業表示を保護することが難しい事案であったとも評価できる。

(「カギノヒャクトーバン」についての称呼検索結果-J-PlatPatより。2018/3/5時点)

以上
(文責)弁護士・弁理士 丸山真幸