【知財高判平成29年9月14日平成28年(行ケ)第10230号】

【キーワード】
 社会通念上の同一性、位置商標

【判旨】
 我が国において、位置商標の出願についての規定がない時期に登録された商標については、位置商標ではなく、通常の平面図形の商標と解するほかなく、また、商標の出願及び登録の要件は各国において定められるべきものであるから、当該商標にかかる他国の判断と同じ判断をしなければならないわけではない。

第1.事案の概要

1.はじめに
 本件は、不使用を理由とする商標登録取消審判請求に基づいて商標登録を取り消した審決の取消訴訟であり、争点は、登録商標の使用の有無(より具体的には、第1の2に記載の本件商標と、第1の4に記載の原告各製品の社会的同一性)です。

2.本件商標
 原告は、次の商標(以下「本件商標」)の商標権者です。

① 国際登録番号 第836836号
② 国際登録の年月日 2004年(平成16年)6月22日
③ 事後指定の年月日 2004年(平成16年)12月13日
④ 査定年月日 平成18年1月24日
⑤ 登録年月日 平成18年7月21日
⑥ 基礎登録国又は機関 ES(スペイン)
⑦ 基礎登録番号 1658215、1658216、1658217
⑧ 基礎登録日 平成4年6月5日
⑨ 商品及び役務の区分並びに指定商品又は指定役務
Class 18
Leather and imitation leather、 goods made of these materials(not included in other classes);skins、hides and pelts;trunks and travelling bags; hand bags;bags;purses;wallets;pocket wallets and coin holders;umbrellas、 parasols and walking sticks;whips、harnesses and saddlery.
Class 25
Socks and stockings;ready-made clothing for women、men and children; boots、shoes and slippers;particularly ready-made clothing and shoes for sports.
Class 28
Games and playthings、toys;balls;articles for gymnastics and sports.
(商品及び役務の区分並びに指定商品又は指定役務の訳〔参考〕)
第18類
皮革及び擬革、前述の材料製の製品(他の類に属するものを除く。)、獣皮、トランク及び旅行用バッグ、ハンドバッグ、かばん、財布、札入れ及びコインホルダー、傘、日傘及びつえ、むち、動物用引き革及び馬具類
第25類
靴下、女性用・男性用及び子供用の既製被服、ブーツ、靴及び運動用特殊靴並びにスリッパ、特にスポーツ用の既製被服並びに靴及び運動用特殊靴
第28類
ゲーム用品及びおもちゃ、おもちゃ、ボール、体操用具及び運動用具

3.本件審判
 被告は、特許庁に対し、商標法50条に基づき、本件商標の指定商品中、第25類「boots、 shoes and slippers; particularly ready-made shoes for sports」について、その登録を取り消すことを求めて審判を請求し(以下「本件審判請求」といいます。)、特許庁は、「国際登録第836836号商標の指定商品中、第25類「boots、 shoes and slippers; particularly ready-made shoes for sports」については、その登録は取り消す。」との審決をしました。
なお、原告は、本件審判請求に対し、答弁をしていません。

4.本件訴訟
 上記審決の取り消しを求めたのが本件訴訟であり、争点は、登録商標の使用の有無です。
原告は、本件商標の通常使用権者が、下のようなアルファベットの「X」状のマークを付したスニーカー(以下「原告各製品」といいます。)を輸入し、日本国内において、販売して譲渡し、その広告を行っており、また、原告各製品は、次の各観点から、本件商標と社会通念上同一であるから、商標の使用があったと主張しました。

 すなわち、原告は、①部分意匠や位置商標の登録の際に使用される破線の理解から、本件商標と原告各製品が社会通念上同一と認められるかの判断に当たって重要なのは、スニーカーのどの位置に「X」状の部分が付されているかであって、破線で記載されているスニーカー自体の細かな形状が異なっていたとしても、両者は社会通念上同一である、②本件商標はスペインでの登録商標を基礎登録商標として国際登録の出願がされているところ、複数の諸外国等においては、本件商標の構成を、破線を含まない「X」図形からなる商標と捉えており、各国の本件商標の統一的解釈の必要性からも、上記①と同じ結論となる、などと主張しました。 

第2.判旨(-請求棄却-)

「本件商標は、…平成16年6月22日に国際登録がされ、同年12月13日に日本国が事後指定がされたもの(同日に商標登録出願がされたものとみなされる[商標法68条の9第1項])であって、平成18年1月24日に登録査定がされ、同年7月21日に登録されたものである。
 平成26年法律第36号による商標法の一部改正(平成27年4月1日施行)によって、位置商標について、その出願の手続が定められた(商標法5条2項5号、同条4項、5項、商標法施行規則4条の6~8)が、それより前には、我が国において、位置商標の出願についての規定はなく、本件商標についても、位置商標ではなく、通常の平面図形の商標であると解するほかない(本件商標が位置商標ではないことは、原告も認めている。)。
 そうすると、本件商標と社会通念上同一の商標が使用されているというためには、黒い実線で囲まれたX字状の部分のみならず、靴の形状をした点線部分も、平面図形の商標として使用されていなければ、本件商標と社会通念上同一の商標が使用されているということはできない。
 原告各製品には、X字状の標章が付されているものの、靴の形状をした点線部分の標章が平面図形の商標として使用されているということはできないから、本件商標と社会通念上同一の商標が使用されているとは認められない。」
「原告は、本件商標の基礎登録商標に基づく主張や欧州共同体商標意匠庁など各国における本件商標についての判断に基づく主張をするが、商標の出願及び登録の要件は各国において定められるべきものである(パリ条約6条1項及び3項)から、他国における本件商標についての判断と同じ判断をしなければならない理由はないし、本件商標の基礎登録商標に関する前記…の事実は、スペイン国の商標についてのものであって、直ちに我が国の商標について判断を左右するものではない。」

第3.検討

1.はじめに
 本件の争点は、登録商標の使用の有無ですが、実質的には、本件商標と社会通念上同一といえる商標の範囲が問題になっていました。この問題に関する裁判所の上記判断は正当であると考えられますが、「社会通念上の同一性」の意義や、原告がその主張で用いた、新しいタイプの商標として平成26年改正で採択された「位置商標」の観点から、本件を検討してみたいと思います。

2.社会通念上の同一性
 不使用取消審判に係る商標法50条1項の規定は、次のようなものです。
「継続して三年以上日本国内において商標権者、専用使用権者又は通常使用権者のいずれもが各指定商品又は指定役務についての登録商標(書体のみに変更を加えた同一の文字からなる商標、平仮名、片仮名及びローマ字の文字の表示を相互に変更するものであつて同一の称呼及び観念を生ずる商標、外観において同視される図形からなる商標その他の当該登録商標と社会通念上同一と認められる商標を含む。以下この条において同じ。)の使用をしていないときは、何人も、その指定商品又は指定役務に係る商標登録を取り消すことについて審判を請求することができる。」
 当該規定のうち、カッコ書の部分が社会通念上の同一性に関する規定であり、これは、商標は、登録されたそのままの態様で使用されることはそれほどなく、修正・変更を加えて使用される点などが考慮されたものです。カッコ書には、社会通念上の同一性に関していくつか例示されていますが、もちろんこれらに限定されるものではなく、商標が使用される媒体の性質、取引慣行、それを見た者に与える印象等を総合的に考慮して、社会通念上同一と認められるかどうかが判断されます。
 原告は、本件商標について、あたかも位置商標であるかのように考えるべきとの主張をしました。しかし、本件商標が、我が国への出願の際に、位置商標として出願されていない以上、原告の主張するように、スニーカーの形状を示す破線部分の表示を捨象して考えるのは無理があると考えられます。そうしますと、やはり、本件商標と原告各製品にふされた「X」状のマークが社会通念上同一ということはできないという結論となります。

3.位置商標
 位置商標とは、新しいタイプの商標として、平成26年改正で採択された文字、図形等とそれらが付される位置からなる商標です。文字、図形等に識別力がなかったとしても、それを商品等の特定の箇所に付すことによって識別力を発揮する場合には位置商標として認められます。
 具体例としては、次のように、キューピー株式会社のマヨネーズソースの包装に関するものなどがあります(商標登録第5960200号)。この商標の詳細な説明には、「商標登録を受けようとする商標(以下「商標」という。)は、商標を付する位置が特定された位置商標であり、赤い太線からなる網の目状の図形を配した構成からなるものであり、商品包装の前面の上部約5分の2の部分に位置します。破線及び黒い実線部分は包装用フィルム袋に入った商品の一例を示したものであり、商標を構成する要素ではありません。」との記載があります。

 位置商標として出願するためには、「商標に係る標章(文字、図形、記号若しくは立体的形状若しくはこれらの結合又はこれらと色彩との結合に限る。)を付する位置が特定される商標(以下「位置商標」という。)の商標法第五条第一項第二号の規定による願書への記載は、その標章を実線で描き、その他の部分を破線で描く等により標章及びそれを付する位置が特定されるように表示した一又は異なる二以上の図又は写真によりしなければならない。」とされています(商標法施行規則4条の6)。
 もし、本件商標が位置商標として出願されていた場合には、本件商標はまさに原告が主張していたように「X」状の部分となりますので、原告各製品に付された「X」状のマークと社会通念上同一であると判断された可能性があります。

以上
(文責)弁護士 永島太郎