【大阪高裁平成16年9月29日決定(平成15年(ネ)第3575号)[グルニエ・ダイン事件:控訴審]】

【ポイント】
 一般住宅は『建築の著作物』であるということができるのは,客観的,外形的に見て,それが一般住宅の建築において通常加味される程度の美的創作性を上回り,居住用建物としての実用性や機能性とは別に,独立して美的鑑賞の対象となり,建築家・設計者の思想又は感情といった文化的精神性を感得せしめるような造形芸術としての美術性を備えた場合と解すると判示され,一般の住宅のレベルでは著作権法の保護対象たる建築の著作物には該当しないとされた事例。 

【キーワード】
著作権法10条1項5号,建築の著作物,造形芸術

1 事案¹

 大手住宅メーカーであるX(原告・控訴人)は,高級注文住宅(以下「X建物」)を企画開発し,建築・販売を行っていた。このX建物は,片流れ大屋根と切妻屋根を組み合わせ,2階にインナーバルコニー,1階に軒下テラスを配し,モノトーンのコントラストを醸し出している和風建築の2階建て個人住宅であり,「平成10年度グッドデザイン賞」を受賞している。 一方,同じく住宅メーカーであるY(被告・被控訴人)は,上記X建物に類似した注文住宅(以下「Y建物」)を住宅展示場に展示し販売していた。
 一方,同じく住宅メーカーであるY(被告・被控訴人)は,上記X建物に類似した注文住宅(以下「Y建物」)を住宅展示場に展示し販売していた。
 そこで,Xは,Y建物はX建物を複製または翻案したものであるとして,Y建物の建築等の差止めと損害賠償を求めて提訴したところ,原審は,X建物は「著作権法上の『建築の著作物』に該当するということはできない」として請求を棄却し,Xが控訴したという事案である。

2 大阪高裁の判断

 大阪高裁は,以下のとおり判断し,控訴を棄却した。
 「建築物は,地上に構築される建築構造物であり,例えば,建物は,建築されると土地の定着物たる不動産として取り扱われるから,意匠法上の物品とは解されず,その形態(デザイン)は意匠法による保護の対象とはならない。しかも,建築物は,一般的には工業的に大量生産されるものではないが,…種々の実用に供されるという意味で,一品制作的な美術工芸品に類似した側面を有する。また,…X建物は高級注文住宅ではあるが,建築会社がシリーズとして企画し,一般人向けに多数の同種の設計による一般住宅として建築することを予定している建築物のモデルハウスであり,近時は,X建物のように量産することが予定されている建築物も存在するから,建築は,物品における応用美術に類似した側面も有する。…したがって,著作権法により『建築の著作物』として保護される建築物は,同法2条1項1号の定める著作物の定義に照らして,知的・文化的精神活動の所産であって,美的な表現における創作性,すなわち造形芸術としての美術性を有するものであることを要し,通常のありふれた建築物は,同法で保護される『建築の著作物』には当たらないというべきある。
 一般住宅の場合でも,その全体構成や屋根,柱,壁,窓,玄関等及びこれらの配置関係等において,実用性や機能性(住み心地,使い勝手や経済性等)のみならず,美的要素(外観や見栄えの良さ)も加味された上で,設計,建築されるのが通常であるが,一般住宅の建築において通常加味される程度の美的創作性が認められる場合に,『建築の著作物』性を肯定して著作権法による保護を与えることは,同法2条1項1号の規定に照らして,広きに失し,社会一般における住宅建築の実情にもそぐわないと考えられる。すなわち,同法が建築物を『建築の著作物』として保護する趣旨は,建築物の美的形象を模倣建築による盗用から保護するところにあり,一般住宅のうち通常ありふれたものまでも著作物として保護すると,一般住宅が実用性や機能性を有するものであるが故に,後続する住宅建築,特に近時のように,規格化され,工場内で製造された素材等を現場で組み立てて,量産される建売分譲住宅等の建築が複製権侵害となるおそれがある。
 そうすると,一般住宅が同法10条1項5号の『建築の著作物』であるということができるのは,客観的,外形的に見て,それが一般住宅の建築において通常加味される程度の美的創作性を上回り,居住用建物としての実用性や機能性とは別に,独立して美的鑑賞の対象となり,建築家・設計者の思想又は感情といった文化的精神性を感得せしめるような造形芸術としての美術性を備えた場合と解するのが相当である。
 原告は,X建物のような一般住宅は建築されると不動産(建物)として意匠登録をすることができず,意匠法による保護の途が閉ざされている旨主張しているが,不動産について意匠登録を認めるか否かは,専ら立法政策の問題であるから,そのことを理由に,上記の程度に至らないものを,著作権法で保護される『建築の著作物』と認めることはできない。
 …X建物は,和風建築において人気のある,その意味では日本人に和風建築の美を感じさせるということができる,切妻屋根,陰影を作る深い軒,袖壁,全体的な水平ラインといった要素や,インナーバルコニー,テラス,自然石の小端積み風の壁といった洋風建築の要素を,試行錯誤を経て配置,構成されていると認められるから,実用性や機能性のみならず,美的な面でそれなりの創作性を有する建築物となっていることは否定できない。また,X建物は,建築会社である原告内において,専門的な知識,経験を有する複数の者が関与して,試行錯誤を経て外観のデザインが決定されたものであり,その意味で,知的活動の成果であることも疑いないところである。
 しかしながら,現代において,和風の一般住宅を建築する場合,上記のような種々の要素が,設計・建築途上での試行錯誤を経て,配置,構成されるであろうことは,容易に想像される。本件のように,高級注文住宅とはいえ,建築会社がシリーズとして企画し,モデルハウスによって顧客を吸引し,一般人向けに多数の同種の設計による一般住宅を建築する場合は,一般の注文建築よりも,工業的に大量生産される実用品との類似性が一層高くなり,当該モデルハウスの建築物の建築において通常なされる程度の美的創作が施されたとしても,『建築の著作物』に該当することにはならないものといわざるを得ない。これに対し,まれに客観的,外形的に見て,それが一般住宅において通常加味される程度の美的創作性を上回り,居住用建物としての実用性や機能性とは別に,独立して美的鑑賞の対象となり,建築家・設計者の思想又は感情といった文化的精神性を感得せしめるような造形芸術としての美術性を具備していると認められる場合は,『建築の著作物』性が肯定されることになる。
 …認定判断によれば,X建物は,客観的,外形的に見て,それが一般住宅の建築において通常加味される程度の美的創作性を上回っておらず,居住用建物としての実用性や機能性とは別に,独立して美的鑑賞の対象となり,建築家・設計者の思想又は感情といった文化的精神性を感得せしめるような…造形芸術としての美術性を具備しているとはいえないから,著作権法上の『建築の著作物』に該当するということはできない。」

3 検討

 本判決では,建築物が著作物と認められるためには,「独立して美的鑑賞の対象となり,建築家・設計者の思想又は感情といった文化的精神性を感得せしめるような造形芸術としての美術性を備えた場合」というように,応用美術における判断基準に類似した美術性・芸術性を要件として課している。そして,その実質的な理由について,「同法が建築物を『建築の著作物』として保護する趣旨は,建築物の美的形象を模倣建築による盗用から保護するところにあり,一般住宅のうち通常ありふれたものまでも著作物として保護すると,一般住宅が実用性や機能性を有するものであるが故に,後続する住宅建築,特に近時のように,規格化され,工場内で製造された素材等を現場で組み立てて,量産される建売分譲住宅等の建築が複製権侵害となるおそれがある。」と判示している。つまり,一般住宅の建築において通常加味される程度の美的創作性を有するものに著作物性を認めることは,社会一般における住宅建築の実情にそぐわないということである。この点,本判決においても,X建物について,「和風建築において人気のある,その意味では日本人に和風建築の美を感じさせるということができる,切妻屋根,陰影を作る深い軒,袖壁,全体的な水平ラインといった要素や,インナーバルコニー,テラス,自然石の小端積み風の壁といった洋風建築の要素を,試行錯誤を経て配置,構成されていると認められるから,実用性や機能性のみならず,美的な面でそれなりの創作性を有する建築物となっていることは否定できない。」と,それなりの美的創作性については認められているものの,そのレベルの美的創作性では足りないと判断されており,著作物性が認められるためには,いわゆる「建築芸術」と見られるレベルの美的創作性が必要とされていることが分かる。
 しかしながら,本件のような判決が出たからといって,シリーズ化されたような注文住宅が全て著作物性を有さず,似たようなデザインの住宅を建築販売することが著作権侵害にならないわけではない。著作物性が認められるために,どの程度の芸術性を必要とすべきかについては判断が難しいだけでなく,論者により様々であり,広く著作物性を認める見解も存在しているというのが現状である。したがって,他者の建築物を参考にして建築物を創作されるような場合には,素人判断せず,専門家に相談するなどして,著作権侵害にならないよう十分に留意する必要がある

以 上
(文責)弁護士・弁理士 高橋 正憲


 

¹なお,写真の著作物,不正競争防止法上の主張,営業上の利益を侵害する不法行為の主張については割愛する。