【平成31年3月20日判決(平成30年(行ケ)第10078号) 審決取消請求事件】

【キーワード】
進歩性、阻害要因

【判旨】
 本件は、化粧パックの特許(本件特許)に関する進歩性が争われた事案である。本件特許に記載の発明は、「水と増粘剤を含む粘性組成物」と、「炭酸塩及び酸を含む、複合顆粒剤…」とを「混合することにより得られる組成物」である。一方、引用発明(甲1発明)は、「炭酸水素ナトリウム・・を含有する…第1剤」と、「アスコルビン酸…を含有する…第2剤」とを混合して得られた組成物に水を加えて反応させることによりパック化粧料を得るものであった。
 裁判所は、以下のとおり述べて、本件特許の進歩性を肯定した。
「甲1発明において、炭酸塩と酸が2剤に分離されてそれぞれが異色のものとされている構成を、甲2記載 事項の「粉末パーツ」のようにあえていずれか一方(1剤)に統合して複合粉末剤等とすると、そもそも甲1発明の目的(2剤の色分けと混合による色調の変化を利用して最高の発泡状態か否かを判断する)を達成できなくなることは明らかであるから、そのような変更を当業者が容易に想到し得るとはいい難く、その意味で、甲1発明に甲2に記載された技術(甲2記載事項)等を組み合わせようとすることについては動機付けがなく、むしろ阻害要因がある」
 判旨は、甲1発明の課題及び課題解決手段を詳細に認定して阻害要因を認めた。近似、阻害要因の認定にあたって、単に引用文献中に阻害要因と見られる記載が存在するか否かという観点からではなく、より精緻に引用発明の目的・課題を認定して判断を行う傾向があり、本判決もその流れに沿うものである。

第1 事案の概要

1 本件発明
【請求項1】
気泡状の二酸化炭素を含有する二酸化炭素経皮・経粘膜吸収用組成物からなるパック化粧料を得るためのキットであって、水及び増粘剤を含む粘性組成物と、炭酸塩及び酸を含む、複合顆粒剤、複合細粒剤、または複合粉末剤と、
を含み、前記二酸化炭素経皮・経粘膜吸収用組成物が、前記粘性組成物と、前記複合顆粒剤、複合細粒剤、または複合粉末剤とを混合することにより得られ、前記二酸化炭素経皮・経粘膜吸収用組成物中の前記増粘剤の含有量が1〜15質量%である、
キット。

2 引用発明(甲1発明)
炭酸水素ナトリウム35重量部、脱脂粉乳5重量部、加水分解ゼラチン1重量部、アルギン酸ナトリウム1重量部、シリコン樹脂及びスクワラン、メチルパラベン、黄酸化鉄を含有する黄色の粉末状の第1剤と、
乳酸20重量部、アスコルビン酸5重量部、加水分解ゼラチン15重量部、アルギン酸ナトリウム5重量部、シリコン樹脂及びスクワラン、メチルパラベン、べんがらを含有する赤色の粉末状の第2剤
の組合せからなり、
前記第1剤と前記第2剤を混合して得られた組成物に水を加え、当該組 成物中で、炭酸水素ナトリウムと、乳酸及びアスコルビン酸を反応させることにより、気泡状の炭酸ガスを含有する組成物からなるパック化粧料を得ることができるもの。

3 一致点及び相違点
(1) 一致点
「気泡状の二酸化炭素を含有するパック化粧料を得るためのキットであって、炭酸塩、酸、及び、増粘剤を含む、キット」の発明である点

(2) 相違点
相違点1:本件発明1が、「水及び増粘剤を含む粘性組成物」と「炭酸塩及び酸を含む、複合顆粒剤、複合細粒剤、または複合粉末剤」とを含み、「二酸化炭素経皮・経粘膜吸収用組成物が、前記粘性組成物と、前記複合顆粒剤、複合細粒剤、または複合粉末剤とを混合することにより得られ」るものであるのに対し、甲1発明は、「炭酸水素ナトリウム35重量部、脱脂粉乳5重量部、加水分解ゼラチン1重量部、アルギン酸ナトリウム1重量部、シリコン樹脂及びスクワラン、メチルパラベン、黄酸化鉄を含有する黄色の粉末状の第1剤」と、「乳酸20重量部、アスコルビン酸5重量部、加水分解ゼラチン15重量部、アルギン酸ナトリウム5重量部、シリコン樹脂及びスクワラン、メチルパラベン、べんがらを含有する赤色の粉末状の第2剤」の組合せからなり、「前記第1剤と前記第2剤を混合して得られた組成物に水を加え、当該組成物中で、炭酸水素ナトリウムと、乳酸及びアスコルビン酸を反応させることにより、気泡状の炭酸ガスを含有する組成物からなるパック化粧料を得ることができるもの」である点

相違点2:パック化粧料について、本件発明1が「二酸化炭素経皮・経粘膜吸収用組成物からなる」ものであるのに対し、甲1発明にはその旨明記されていない点

相違点3:経皮・経粘膜吸収用組成物中の増粘剤の含有量について、本件発明1は「1〜15質量%」であるのに対し、甲1発明にはその旨特定されていない点

4 判旨抜粋
ア 甲1発明の課題及び解決手段
 甲1発明は、「発泡作用によりマッサージ効果を得る化粧料について、最高度に気泡が発生することを色によって判断できるようにすること」を課題とし、当該課題を、「炭酸水素ナトリウムを含む第1剤と、前記炭酸水素ナトリウムと水の存在下で混合したときに気泡を発生するクエン酸、酒石酸、乳酸及びアスコルビン酸のうちの1又は2以上の成分を含む第2剤と、前記第1剤と第2剤に夫々分散された異色のものからなり、混合により色調を変え、使用可能な状態になったことを知らせるための2色の着色剤A、Bと、前記第1剤又は第2剤の一方又は双方に含まれた、化粧料としての有効成分とからなる組成」を有する「常態では粉状」の化粧料とし、これにより、「2色の着色剤A、Bを第1剤、第2剤 に夫々混合し、使用前、個有(原文のまま)の色分けを行なうとともに使用時第1、第2両剤を混合し、一定の色調になったときに良く混合したことが判断できかつ、最適の反応が行なわれる」ようにすることで、解決しようとしたものである。すなわち、甲1発明は、最高度に気泡が発生することを色 によって判断できるようにするために、炭酸塩を含む第1剤と酸を含む第2剤に分けてあえて異色の構成とし、これらを混合することによって色調が変わるようにしたものであると認められる。

イ 甲1と甲2との組合せに阻害要因があること
 そうすると、たとえ、アルギン酸ナトリウムが水に溶けにくい性質を持つ ことや、一般的な用時調製型の化粧料において、ジェルと固体(顆粒や粉末等)の2剤型のものが周知であったとしても、甲1発明において、炭酸塩と酸が2剤に分離されてそれぞれが異色のものとされている構成を、甲2記載事項の「粉末パーツ」のようにあえていずれか一方(1剤)に統合して複合粉末剤等とすると、そもそも甲1発明の目的(2剤の色分けと混合による色調の変化を利用して最高の発泡状態か否かを判断する)を達成できなくなることは明らかであるから、そのような変更を当業者が容易に想到し得るとはいい難く、その意味で、甲1発明に甲2に記載された技術(甲2記載事項)等を組み合わせようとすることについては動機付けがなく、むしろ阻害要因があるといえる。

ウ 原告主張の排斥
 原告は、甲1発明は、気泡状の二酸化炭素(炭酸ガス)を経皮吸収させることを機能の一つとする化粧剤であるから、拡散問題(炭酸ガスが大気中に拡散すること)は甲1発明に内在する自明の課題であるとした上で、甲1発明に対しアルギン酸ナトリウム慣用技術(甲2記載事項)を適用することについては、自明の課題である拡散問題を軽減するために、閉じ 込め効果(アルギン酸ナトリウムを事前に水に添加して万遍なく行き渡らせることにより、網目状の高分子化合物が形成され、気泡状の二酸化炭素〔炭酸ガス〕を水溶液中に閉じ込めることが可能となること)を利用するという 積極的な動機付けがある、などと主張する。
 しかしながら、甲1発明は、前記のとおり、発泡作用(炭酸ガスの発泡、 破裂作用)によりマッサージ効果を得る化粧料について、最高度に気泡が発生することを色によって判断できるようにすることを目的とするものであって、そこに炭酸ガスを体内に取り込もうとする技術的思想はない(二酸化炭素の泡がはじけることによる物理的な刺激を効果的に得ようとしているにすぎない)から、「気泡状の二酸化炭素(炭酸ガス)を経皮吸収させることを機能の一つとする化粧料」であるとはいえず、原告の主張はそもそもその前提において誤りがある。そうである以上、原告主張の拡散問題が甲1発明に内在する自明の課題であるとはいえないし、甲1発明におけるアルギン酸ナトリウムは飽くまで気泡発生を助成するための起泡助長剤として添加されているにすぎないから(甲1【0013 】)、アルギン酸ナトリウムが含まれているからといって、それだけで直ちに事前に水に添加して利用する技術(アルギン酸ナトリウム慣用技術)を適用することについての積極的な動機付けがあるともいえない。この点、原告は、アルギン酸ナトリウムが増粘剤としても機能するものであることを根拠に甲1発明におけるアルギンナトリウムが気泡の発生とその安定化の双方に寄与するものであることを当業者は当然に認識するとも主張するが、甲1発明の目的を離れた主張であって、論理に飛躍があり、採用できないというべきである。
 また、原告は、阻害要因に関して、甲1は、技術分野の同一性を理由として本件発明の課題を解決するための主引例として選択されたものであり、容易想到性の判断に際して、甲1に記載された目的に反する方向での変更か否かは関係がない、などとも主張するが、特定の公知文献(公知技術)からの 容易想到性の問題である以上、当該公知文献に記載された目的を度外視した判断はできないというべきであり、上記主張は、やはり採用できないというべきである。

第2 検討

 本件では、甲1発明の化粧キットの解決課題は、「発泡作用によりマッサージ効果を得るにあたり、最高度に気泡が発生することを色によって判断できるようにすること」であり、そのために炭酸塩を含む1剤と、酸を含む2剤とを使用直前に混合し、水を添加することを特徴としている。これに対し、本件発明では、炭酸塩と酸とを事前に混合した態様であった。そのため、判旨は、事前に混合してしまうと甲1発明の意義が失われるとして、阻害要因を認定したものである。
 ところで、本判決において、原告は甲2発明を周知技術であると主張したが、周知技術であっても、甲1と組み合わせる積極的な動機付けはないと判示された。また、原告は、甲1発明は技術分野の同一性を理由として主引例として選択されたものであるから、甲1の記載に反する方向での変更も許容されるとも主張したが、同様に排斥されている。
 一般に、「枯れた技術」ないし「コモディティ化した技術」に少し工夫を加えただけの発明が存在する場合、当該発明を無効にするための引用発明は、観念的には、当該「コモディティ化した技術」そのものである可能性がある。
 ところが、現行の特許法及び裁判実務に従うと、特定の引用文献に記載された発明を引用発明として認定し、当該引用発明に基づく進歩性を議論することになるため、どうしても、引用文献に記載された固有の課題や、課題解決手段との関係で、阻害要因が認定され、あるいは動機付けが認められないと判断される可能性が高くなる。
 コモディティ化した技術に対してわずかな貢献しか認められない構成を付加した発明に対して特許を付与することが、産業の発達に貢献するとも思われない。そのため、かかる場合に進歩性を否定するため、複数の引用文献に基づいて抽出される上位概念的発明、すなわち「周知慣用発明」を主引例とした無効理由の構築を議論しても良いように思われる。

以上
(文責)弁護士・弁理士 森下 梓