【平成31年2月14日判決(大阪高裁平成30年(ネ)960号)】

【判旨】
 本判決は、控訴審における追加請求を含め、控訴人の請求はいずれも理由がないとして、原判決を維持した。控訴人が営業秘密であると主張する技術情報については、控訴人が外注先に技術情報を開示する際、秘密保持契約を締結しない方が多かったこと、代理店に対して図面等の情報を交付しながら、秘密保持契約を締結することも、取引終了後に情報を回収することもなかったことから、秘密管理性を否定した。

事案の概要

 本件は、控訴人が、ゴミ貯溜機に関する原判決別紙営業秘密目録記載の技術情報(以下「本件技術情報」という。)が不正競争防止法(以下「不競法」という。)上の営業秘密である旨主張して、被控訴人P2を除く被控訴人らに対し、不競法に基づき、ゴミ貯溜機の製造販売等の差止め及び廃棄、被控訴人P2に対し、不競法及び秘密保持契約に基づき、ゴミ貯溜機に関する本件技術情報の使用開示等の差止め、被控訴人らに対し、不競法違反の不法行為に基づく損害賠償、被控訴人P2に対し、上記契約に基づき、損害賠償を求め、また、ゴミ貯溜機の商品表示が周知商品等表示である旨主張して、被控訴人銀座吉田に対し、不競法に基づき、又は同商品表示の商標権に基づき、原判決別紙被告標章目録記載の標章の使用差止め及び損害賠償を求めている事案である。
 原審は、控訴人の請求をいずれも棄却したため、控訴人がこれを不服として控訴を申し立てた。

判旨抜粋(下線部筆者)

第3 当裁判所の判断
 1 本件技術情報は不競法上の営業秘密であるか(争点(1))について
  (1) 不競法上の営業秘密の要件
  控訴人は、本件技術情報が不競法上の営業秘密である旨主張するところ、不競法上の「営業秘密」といえるためには、秘密として管理されている(秘密管理性)生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって(有用性)、公然と知られていない(非公知性)ことが必要である(同法2条6項)。
  (2) 控訴人内部における管理について
  控訴人は、上記のうち秘密管理性の点につき、本件技術情報は、電子データと電子データを印刷した紙ベースで保管され、それらの情報にアクセスできる者を福島工場の従業員18人と役員等の限られた控訴人の従業員に限り、また、就業規則に従業員の秘密保持義務を定めるほか、秘密保持の誓約書の提出を受けていた旨主張するとともに、それらの従業員は、本件技術情報が控訴人にとって重要な技術情報であり、社外に持ち出したり、漏洩したりしてはいけない秘密の情報であることは十分に認識できていたから、営業秘密として管理されていたと主張する。
  証拠(甲31の1~31の18、甲32、33、36)によれば、控訴人主張の情報の管理状況や、就業規則の定め、従業員から誓約書を徴求している事実が認められ、その対象の情報が控訴人において重要な技術情報であると認識できるとの点も、そのとおり認めることができる。
  (3) 外注先との関係における管理について
  証拠(甲93の1~93の4)及び弁論の全趣旨によれば、控訴人が外注先と製作請負契約を締結するに当たり、控訴人が外注先に対して貸与した物件等を対象とした秘密保持契約を文書により締結することがあったことが認められる。しかし、証拠として提出された当該秘密保持契約に係る契約書は、平成14年の作成日付のもの2通と、平成15年の作成日付のもの及び平成21年の作成日付のもの各1通にとどまる。
  また、控訴人代表者の陳述書(甲21)には、控訴人が被控訴人サン・ブリッドから控訴人製品の部品の一部の供給を受けていた旨の記載がある一方、控訴人は、被控訴人サン・ブリッドではなく、被控訴人太陽工業から控訴人製品の部品の一部の供給を受けていたことを認めている。控訴人が部品の供給を受けていたのが被控訴人太陽工業らのうちいずれであれ、その際には、控訴人から被控訴人太陽工業らに対して、少なくとも当該部品を製造するのに必要な範囲で、控訴人製品の図面等の情報が交付されていたことを推認できるが、控訴人と被控訴人太陽工業らとの間で秘密保持契約が締結された形跡はない
  (4) 被控訴人銀座吉田等との関係における管理について
  被控訴人銀座吉田は、前提事実(1)エ、(2)アのとおり、平成6年頃から、香港、シンガポール及び中国における控訴人の唯一の代理店として、控訴人製品の販売及びメンテナンスサービスを担当していたのであるから、控訴人は、長年にわたり、被控訴人銀座吉田に対し、それらの業務に必要な、控訴人製品に関する図面等の情報を数多く交付してきたことが推認される。
  そして、被控訴人銀座吉田は、控訴人から交付を受けた控訴人製品に関する図面等の情報で、本件技術情報を含むものの例として、戊1号証から戊64号証までを提出する。これらのうち、控訴人が、自ら交付したことを積極的に争っておらず、かつ、本件訴訟において、控訴人の営業秘密に関する記述があるとして、民事訴訟法92条1項2号に基づき、閲覧等の制限を申し立てた部分の内容は、次のとおりである。
  〈1〉 戊5号証の一部、戊6号証
  八角部分(隔壁板)の構造を示す図であり、甲20号証の20から22までの内容と共通する記載がある。
  〈2〉 戊9号証の2の一部、戊10号証の2、戊12号証の2の一部、戊14号証の2、戊15号証の2の一部、戊64号証の一部
  シール部分の図面であり、甲25号証の1から5までの内容と共通する記載がある。
  〈3〉 戊17号証の2の一部、戊18号証の2の一部、戊22号証の2、戊23号証の2、戊59号証の2
  蓋ジョイント部分の図面であり、甲20号証の17・18、甲28号証の1・2の内容と共通する記載がある。
  〈4〉 戊36号証の一部
  控訴人の福島工場を訪問して、ドラム部分の全体像を撮影した写真である。
  少なくとも、以上の戊号証中に記載された情報については、控訴人が被控訴人銀座吉田に交付したもので、かつ、控訴人が本件において営業秘密であると主張する本件技術情報に属する情報を含むものであると認められる。
  他方、控訴人が、被控訴人銀座吉田との間で、被控訴人銀座吉田に交付する技術上の情報につき、秘密保持契約を締結し、又は締結しようとした形跡は全くない。控訴人が被控訴人銀座吉田に対してゴミ貯溜機に関する取引終了を通知した際の書面(甲9の1)にも、従前交付した図面等の取扱いについては触れられておらず、それ以外にも、控訴人が、被控訴人銀座吉田に対し、交付した技術上の情報の取扱いや用済み後の回収について何らかの要請をした形跡はない
  控訴人の従業員P7が、平成26年4月4日10時47分頃、被控訴人銀座吉田の代表者に宛てて送信した電子メール(甲115)には、控訴人製品の修理をするのに必要な部品及び図面の一部につき、「図面の流出は避けたいので福島工場で作成致します」との記載がある。控訴人は、これをもって、被控訴人銀座吉田に対しては、控訴人製品で使用される部品の一部について、その図面を外部に知られたくないものであることを伝えているから、被控訴人銀座吉田は、本件技術情報を含む、控訴人製品の図面情報が秘密として管理されることを認識し得た旨主張する。
  しかし、甲115号証の電子メールが送信されたのと同じ日の13時35分頃には、改めてP7から被控訴人銀座吉田の代表者に対し同じ用件で、甲115号証の電子メールからは内容を修正した電子メール(戊65)が送信されており、これには「図面の流出は避けたいので福島工場で作成致します」との文言はない。ということは、修理に必要な部品及び図面の一部についての「図面の流出は避けたいので福島工場で作成致します」との控訴人の見解は撤回されたものと考えられるのであって、甲115号証の電子メールは、被控訴人銀座吉田が控訴人製品の図面情報が秘密として管理されることを認識できたとする根拠にはならないというべきである。
  (5) 前記(2)から(4)までを踏まえた検討
  上述のとおり、控訴人内部における本件技術情報の管理状況については控訴人の主張どおり認められるものの、控訴人が外注先に対して控訴人製品の図面等の情報を交付する際には、必ずしも秘密保持契約を締結しておらず、むしろ締結しなかった方が多かったことがうかがわれる。また、控訴人は、香港、シンガポール及び中国における控訴人の唯一の代理店として、控訴人製品の販売及びメンテナンスサービスを担当していた被控訴人銀座吉田に対しても、長年にわたり、少なくとも本件技術情報の一部を含む多くの技術上の情報を交付しながら、秘密保持契約を締結することも、交付した情報の取扱いや用済み後の回収について何らかの要請をすることもなかったと認められる。控訴人が、被控訴人銀座吉田に対し、控訴人の交付する技術上の情報を秘密として管理されるべきものであることを表明した形跡はない
  また、控訴人は、長年にわたり、被控訴人銀座吉田に対し、香港等における控訴人製品の販売及びメンテナンスサービスの業務に必要な図面等の情報を数多く交付してきたことが推認されるので、本件技術情報のうち、PLCプログラム等一部のものについてのみ、被控訴人銀座吉田との関係において、他の情報と異なる管理がされていたと認めることもできない
  そうすると、本件技術情報は、全て、不競法にいう「秘密として管理されていた」とは認められないというべきである。
  (6) 被控訴人太陽工業及び被控訴人銀座吉田の認識可能性に関する控訴人の主張について
  控訴人は、被控訴人太陽工業や被控訴人銀座吉田は、本件技術情報が営業秘密であることを認識できた旨主張する。しかし、控訴人とは別個の事業者である被控訴人太陽工業や被控訴人銀座吉田においては、事業上入手した他の事業者の技術上の情報を使用することは本来自由であるから、控訴人が被控訴人太陽工業や被控訴人銀座吉田に交付した技術上の情報につき、秘密保持契約の締結等その保護のための手立てを何ら執っていなくても、営業秘密として保護されると解することはできない。控訴人の上記主張は、前記(5)の判断を左右するものではない。
  (7) 小括
  したがって、本件技術情報は、秘密として管理されていたとは認められないから、不競法上の営業秘密といえない
 2 各被控訴人の不正競争行為の成否(争点(2))、被控訴人らの不正競争行為により控訴人の受けた損害の額(争点(3))について
  前記1で認定した控訴人における控訴人製品の図面等の管理状況に加え、前提事実(2)の本件の経緯からすると、本件製品1、2は、取引関係者に交付された控訴人製品の図面等を利用して製造されたものであることが容易に推認でき、被控訴人らが直接でなくとも、少なくとも間接的にその製造に関与したことがうかがわれるところである。しかし、前記1で判示したとおり、本件技術情報が不競法にいう営業秘密に該当するとは認められない以上、当審における控訴人の主張を勘案しても、控訴人が主張する被控訴人らの不正競争行為はいずれも認められない
  したがって、被控訴人らの不正競争行為を前提とする控訴人の被控訴人らに対する差止請求及び廃棄請求並びに損害賠償請求は全て理由がない
 3 被控訴人P2の秘密保持義務違反の成否(争点(4))について
(中略)
 4 一般不法行為(民法709条)の成否(当審で追加された争点)について
  控訴人は、控訴人製品の図面情報を控訴人に無断で使用して本件製品1、2を製造して納入した被控訴人らの行為は、仮に営業秘密の侵害に当たらないとしても、民法709条の不法行為を構成する旨主張する。
  しかし、不競法は、事業者間の公正な競争を確保するため、本来自由であるべき営業活動に制約を加えて、事業者の保有するどのような技術上又は営業上の情報が「営業秘密」として保護され、他の事業者がそれをどのように利用する行為が「不正競争行為」として規制されるかを定めるものである。そうである以上、他の事業者の技術上又は営業上の情報を利用する行為であっても、当該情報が不競法上の営業秘密に該当しない場合には、不競法が保護するのとは別個の法律上保護される利益を侵害するなどの特段の事情がない限り、営業活動として不法行為を構成するものではないと解すべきである。
  本件においては、被控訴人らにおいて、上記のような特段の事情があることを認めるに足りる証拠はないから、控訴人の当審における民法709条に基づく追加請求は理由がない。
 5 被控訴人銀座吉田による商標権侵害等の成否(争点(5))について
  当裁判所も、控訴人の被控訴人銀座吉田に対する原判決別紙被告標章目録記載の標章の使用に関する請求は理由がないものと判断する。
  その理由は、原判決「事実及び理由」中の第4の4(原判決39頁22行目から40頁11行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
 6 結論
  以上の次第で、当裁判所の上記判断と同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから棄却することとし、控訴人の当審における追加請求もいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

解説

 本件は、本件技術情報が、不競法の営業秘密である旨主張して、控訴人が被控訴人らに本件技術情報の使用差止め及び損害賠償を請求した事案である。不競法上の「営業秘密」の要件は、同法2条6項に規定されているとおり、秘密管理性、有用性、非公知性である。これらの三要件の中では、秘密管理性が問題となる場合が最も多いと思われ、さらにその中でも、社内における管理体制をどのように構築するかということがまず検討されることが多い1
 本件においては、社内(内部)の秘密管理体制については、データの保管体制、アクセス管理、従業員からの秘密保持誓約書の提出、従業員の認識、の観点から、秘密管理性は肯定されている。
 しかし、被控訴人の一部である外注先への製作請負契約締結に当たっては、秘密保持契約が文書により締結されたものの、平成14年、15年、21年の作成日付のものにとどまっていて、全期間にわたり秘密保持契約が締結されていたとはいえない。また、被控訴人の一部である、海外における販売及びメンテナンスを担当する代理店に製品の図面等を交付する際にも、秘密保持契約を締結し、又は締結しようとした形跡は見られず、取引終了を通知した際にも、交付済みの技術情報の回収についての要請もない。当該代理店に、図面が秘密情報であると控訴人が認識していることを示唆するメールも証拠として提出されたが、同じ内容を伝える2回目のメールで秘密情報である旨の見解に対する言及がなされていないことから、見解は撤回されたと判断されている。これらに基づき、社外に対しては、本件技術情報の秘密管理性は否定されている。
 本判決を参考にすれば、社外に対する秘密管理性が認められるためには、少なくとも本判決で秘密管理性が否定された理由となった行為の逆を実践する必要があると考えられる。すなわち、
・秘密保持契約を文書で締結する
・締結された秘密保持契約は、秘密情報を開示する限り更新する
・取引関係を終了する場合には、開示した秘密情報の返却又は廃棄を請求する
・仮に文書による秘密保持契約が締結できなかったとしても、秘密情報を開示する際には、その旨開示先に表明する2
・秘密情報である旨の表明は、開示する都度行う
などである。これらが少なくとも秘密管理性の必要条件であると解される。
 なお、不競法上の営業秘密の侵害に当たらないとしても、一般不法行為を構成する旨の控訴人の主張も認められなかった。事業者間の公正な競争を確保するため、本来自由であるべき営業活動に制約を加えることが不競法の趣旨である以上、不競法上の営業秘密に該当しない場合は、不競法が保護するのと別個の法律上の利益を侵害するなどの特段の事情がない限り、不法行為を構成しないとの判示は、北朝鮮事件(最判平成23年12月8日)の考え方に沿うものである。

以上
(文責)弁護士 石橋 茂


1 経済産業省が示している「営業秘密管理指針」(平成15年策定、平成31年最終改定、https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/guideline/h31ts.pdf)においても、16頁中13頁が社内の秘密管理措置の説明に充てられている。
2 前記「営業秘密管理指針」15頁でも、取引先との力関係等の事情により秘密保持契約が締結できない場合でも、秘密情報である旨を例えば送り状等の書面に記載することが望ましいとされている。