【知財高裁平成31年2月6日判決(平成30年(行ケ)第10031号 審決取消請求事件)】

【キーワード】
阻害要因、進歩性

はじめに

 本件は、主引用発明の課題・作用効果が2つある場合、一方の課題・作用効果について阻害要因がなければ、他方について阻害要因があるとしても、主引用発明に周知技術を適用することは阻害されないとして、本件発明の進歩性を否定した事例である。

事案

1 発明の要旨
【請求項1】
表面に沿って手のひらと指が接触して握持できる外部表面を有し,前記外部表面の内側に嵌合スペースを有する携帯用グリップであって,/前記嵌合スペースが,対象グリップの把持部を嵌合している場合に外部に開放されている開放型嵌合スペースである場合,/前記外部表面は,その表面に沿って手のひらと指を接触して握持したときに,手のひらが接触する手のひら接触面,指が曲がった状態で接触する屈曲面及び指先が接触する指先接触面を備え,/前記手のひら接触面から屈曲面を経由して指先接触面に至るまでこれらの面は連続して形成され,/前記開放型嵌合スペースは前記指先接触面の裏面と,前記手のひら接触面の裏面とが対向している空間に形成され,/屈曲して対向する前記開放型嵌合スペース内における間隙の距離が対象グリップの把持部の断面の最大径と同程度であり,/前記篏合スペースは前記距離のまま前記開放型嵌合スペース外部に開放されており,/前記嵌合スペースが,前記対象グリップの把持部を着脱自在に嵌合し,/前記外部表面に連結され,指の一部と係合する指係合部とを備えた形態と,/不特定の運搬用手押し車のハンドルに一時的に装着される運搬用手押し車用ハンドルカバーの形態と,/前記携帯用グリップが手首に装着されるバンドと連結された形態と,/前記携帯用グリップを手のひらと指を接触して握持したときに,前記指先接触面と前記手のひら接触面が前記対象グリップの把持部の形状に沿って変形し,この変形に伴って前記指先接触面と前記手のひら接触面とが前記対象グリップの把持部の周方向に伸ばされながら前記対象グリップの把持部を挟み込む形態とが除かれる携帯用グリップ。

2 主引用発明
 所定の軸長を有する筒状体2により構成されている補助具本体1であって,/該筒状体2は,軸方向両端を開口3せしめると共に,軸方向全長に渡るスリット4を開設しており,該補助具本体1は柔軟性又は弾性を有して,容易にスリット4を広げ,スリット4よりつり革5に取り付けることが出来,/補助具本体1は,キーホルダーで鞄に取り付けるなどの方法で携帯でき,つり革につかまる際つかまる部分に取り付けて,つり革と手指の間にはさみ込んで使用することで,「つかまる部分が太くなり,手指との接地面も増えるため,力や体重が手指の一部分に集中せず,手指全体で力を込めて握ることが出来るようになるものであり」,/つり革に装着された補助具本体1の内径が,つり革のつかまる部分の外径におおよそ等しい補助具本体1。

3 本願発明と主引用発明との相違点
・相違点1
本願発明は「指が曲がった状態で接触する屈曲面」を有するのに対して,引用発明は「指が曲がった状態で接触する面」であって,「屈曲面」ではない点。
・相違点2
本願発明は「屈曲して対向する開放型嵌合スペース」を有するのに対して,引用発明の開放型嵌合スペースは「屈曲して対向」するものではない点。
・相違点3
本願発明は「開放型嵌合スペース内における間隙の距離が対象グリップの把持部の断面の最大径と同程度であり,前記篏合スペースは前記距離のまま前記開放型嵌合スペース外部に開放」しているのに対して,引用発明の開放型嵌合スペースは,そうではない点。

4 周知技術
・周知技術1
「周知例1の把持補助具1において,フック片3の先端側32はU字状になっており(【0022】),U字状部の先端側32には指が接触する面が,基端側31には手のひらが接触する面が形成されている(【図1】B及びC,【図2】)。したがって,周知例1の把持補助具1のU字状部には,「指が曲がった状態で接触する屈曲面」が認められる。
 また,乙1公報の指屈曲板2は,全体としてJ字状をなし,指屈曲板2の手のひらが接触する面は,J字の屈曲部を形成する屈曲面を経由して,指先が接触する面まで連続している(【図6】)。したがって,乙1公報の指屈曲板2のJ字状部には,「指が曲がった状態で接触する屈曲面」が認められる。
 このように,周知例1及び乙1公報によれば,物を把持する際の補助具という技術分野において,当該補助具が「指が曲がった状態で接触する屈曲面」を有するという構成は,周知であったというべきである。」

主な争点

 進歩性(主引用発明に対して、周知技術を適用することに阻害要因があるか)

判旨

「(4) 本件審決に係る周知技術の適用について
ア 動機付け
(ア) ・・・したがって,引用発明と周知技術1ないし3は,同一の技術分野に属するものである。
(イ) また,・・・したがって,引用発明及び周知技術1ないし3の課題や作用・機能は,共通するということができる。
(ウ) さらに,引用例【0012】には,「補助具本体1は柔軟性又は弾性を有しているため容易にスリット4を広げ,スリット4よりつり革5に取り付けることができる」との記載があるところ,同記載は,補助具本体1をつり革5に装着するに当たり装着が容易であることが好ましい旨示唆するものといえる。
 そして,周知例1【0004】には,「フック片に…重い手荷物の把持部を引っ掛けることで」との記載があり,乙1公報【0001】には,「吊り輪にも容易に手を引っ掛けられるし」との記載があるほか,それぞれの図面(周知例1【図2】,乙1公報【図6】)の記載からも,周知例1の把持補助具1及び乙1公報の指屈曲板2につき,把持部への装着が容易であることは明らかである。
 そうすると,引用例には,周知技術1ないし3を適用することの示唆があるということができる。
(エ) よって,引用発明に周知技術1ないし3を適用して本願発明に至る動機付けがあるというべきである。
・・・
阻害要因
 原告は,引用発明は,補助具本体1とつり革のつかまる部分とが一体化して機能するのに対し,周知例1の把持補助具1は,つり革のつかまる部分と一体化していない,乙1公報の指屈曲板2は,つり革を力を込めて握ることができないから,引用発明に周知例1及び乙1公報から認定される周知技術1ないし3を適用することにつき阻害要因がある旨主張する。
 しかし,引用発明の補助具本体1は,①つり革のつかまる部分が細く,硬い素材で出来ているから,力や体重が手指の一部分に集中してしまうことを課題にするとともに(【0003】),②つり革のつかまる部分が細いから,手指全体で力を込めて握ることが出来ないことも課題とするものである(【0004】)。引用例には,①の課題及びその課題解決のための作用・機能・・・と,②の課題及びその課題解決のための作用・機能・・・が,並列して記載されており,その作用・機能も個別に解されるから,両者を満足させるために,必ず一つの構成を採用しなければならないと理解されるものではない。・・・
 したがって,引用発明の技術的意義を,補助具本体1とつり革のつかまる部分とが一体化して機能するものとして解釈する必要はないというべきである。
 そして,引用発明の技術的意義は,①と②に区別して理解されるものであって,引用発明に周知技術1ないし3を適用しても,①の課題解決のための作用・機能は何ら阻害されるものではない。周知技術1ないし3を適用した場合に,②の課題解決のための作用・機能が阻害されることがあったとしても,これをもって,引用発明に周知技術1ないし3を適用することを阻害する要因があるということはできない
 よって,引用発明に周知例1及び乙1公報から認定される周知技術1ないし3を適用することにつき阻害要因があるということはできない。」

検討

 本判決は、主引用発明に対して周知技術を適用することは阻害要因があるとの原告主張に対して、
・引用発明には課題・作用効果が①及び②の2つあり、それぞれは区別されて理解される。
・引用発明に周知技術を適用しても①の課題解決のための作用機能は何ら阻害されない。
として、主引用発明に対して周知技術を適用することには阻害要因はないと判断した事例である。
 引用文献に複数の発明が記載されていることはごく一般的であるが、この判決のいうように、2つの発明(或いは実施態様)が「区別して理解されるもの」であって、一方の発明(実施態様)について阻害要因がない(=周知技術を適用しても,課題解決のための作用・機能は何ら阻害されるものではない)といえるケースに該当するための判断基準がどのようなものであるのか、検討が必要であると考えられる。

以上
(文責)弁護士 篠田淳郎