【東京地判平成30年12月20日(平成29年(ワ)第40178号)】

【要旨】
アイマスクであるイ号物件と,意匠に係る物品を「アイマスク」とする原告意匠権に係る登録意匠が非類似であるとされた事例

【キーワード】
意匠の類否,出願経過禁反言

事案の概要(本稿に関連するもののみ示す)

 本件は,原告が,被告会社による商品(アイマスク。以下「イ号物件」という。)の製造,販売等は,自らが有する登録意匠第1276735号(以下「本件登録意匠」という。)に係る意匠権(以下「本件意匠権」という。)の侵害に当たる旨を主張して,被告会社に対し,意匠法37条1項及び2項に基づき,イ号物件の製造,譲渡等の差止め及び廃棄を,意匠法41条の準用する特許法106条に基づき,謝罪広告の掲載を求め,被告らに対し,民法709条及び意匠法39条1項に基づき,損害賠償金の連帯支払を求めた事案である。

<本件登録意匠公報の記載事項(必要箇所のみ)>
【意匠に係る物品】アイマスク 【部分意匠】
【意匠に係る物品の説明】本件意匠に係る物品は、アイマスクである。マスク部の両脇より延びる耳掛けストラップにビーズが通されており、ビーズを移動させることによってストラップの長さを調節することが出来る。ストラップ部を弾性体とすることで長さ調節を行う場合、使用回数毎又は洗濯する毎に、ストラップ部の弾性が弱まり使用感が悪くなるが、本件物品の場合には、使用や洗濯によるストラップ部の弾性劣化の問題がないため、使用感を損ねることなく長期間使用できる。
【意匠の説明】実線で表した部分が、部分意匠として意匠登録を受けようとする部分である。本体の両側面から、各々延び出る紐形状の先端部及び中間部においてビーズ形状が現れる。中間付近に現れるビーズ形状は移動可能であり、ストラップの掛け位置を最大幅にした状態を表す参考図は、正面図において左右の紐形状の中間付近に現れるビーズ形状を、紐形状の左右両端のビーズ形状に最も接近した位置へ移動させた形状を表す。
【図面】

争点(他の争点もあるが,本稿は下記争点に絞る)

意匠の類否判断

判旨(下線の記載は筆者が付した)

第1,第2 ・・・略・・・
第3  当裁判所の判断
1  争点1(本件登録意匠とイ号意匠は類似するか)について
⑴ 意匠の類否について
 登録意匠とそれ以外の意匠が類似であるか否かの判断は,需要者の視覚を通じて起こさせる美感に基づいて行うものとされており(意匠法24条2項),この類否の判断は,両意匠の構成を全体的に観察した上,意匠に係る物品の性質,用途,使用態様を考慮し,更には公知意匠にない新規な創作部分の存否等を参酌して,当該意匠に係る物品の看者となる取引者及び需要者が視覚を通じて最も注意を惹きやすい部分(要部)を把握し,この部分を中心に対比して認定された共通点と差異点を総合して,両意匠が全体として美感を共通にするか否かによって判断するのが相当である。
⑵ 本件登録意匠とイ号意匠
  本件登録意匠に係る物品とイ号意匠に係る物品はいずれもアイマスクであり,本件登録意匠は本件意匠公報の【図面】記載のとおりであり,イ号意匠は別紙イ号物件写真記載のとおりであり,両意匠の構成は以下のとおりである。…
 〔本件登録意匠の構成〕
 ア アイマスクの左右端の上部又は下部から伸びた紐が左右端(左右同順)の下部又は上部(上下同順)に到達する態様。
 イ 上記紐の先端部と中間部の二箇所にビーズが設けられている態様。
 ウ 上記先端部のビーズは上記紐に通されると共に上記中間部のビーズは上記紐を束ねている態様。
 エ 上記中間部のビーズは移動可能である態様。
 カ アイマスクと紐の接合部から先端部までの長さとビーズの直径の比が約20ないし22対1である態様。
 キ 2つのビーズの形状は,いずれも略小球形である態様。
 〔イ号意匠の構成〕
 ア´ アイマスクの左右端の上部又は下部から伸びた紐が左右端(左右同順)の下部又は上部(上下同順)に到達する態様。
 イ´ 上記紐の中間部の一箇所にビーズが設けられている態様。
 ウ´ 上記中間部のビーズは,上記紐を束ねている態様。
 エ´ 上記中間部のビーズは,移動可能である態様。
 カ´ アイマスクと紐の接合部から先端部までの長さとビーズの直径の比が約17.5対1である態様。
 キ´ ビーズの形状は,略小球形である態様。
 ⑶ 本件登録意匠の要部
 ア 本件登録意匠の需要者
 本件登録意匠に係る物品はアイマスクであるから,その需要者は,快適な睡眠に関心を持つ消費者であるといえる。そして,上記物品の性質,用途や,特にこれらの需要者がアイマスクを着用する際の使用態様等に鑑みれば,これらの需要者は,主に本件登録意匠の正面に注目するものと考えられる。
 イ 公知意匠
 本件登録意匠の出願日(平成16年6月15日)以前である平成元年6月19日に発行されたと認められる意匠公報(乙10)には,アイマスクの耳かけストラップに一つのビーズ形状が現れ,そのビーズの形状が略小球形である形態が記載されており,かかる意匠が本件登録意匠の出願時において公知になっていたものと認められる。また,本件登録意匠の出願日以前である平成14年10月8日に公開されたと認められる公開特許公報(乙11),平成10年11月15日に発行されたと認められる「DOS/V magazine22号7巻」(乙12,弁論の全趣旨)及び平成10年3月1日に発行されたと認められる「月刊アスキー22巻3号」(乙13,弁論の全趣旨)には,「アイマスクの左右端の上部又は下部から伸びた紐が左右端(左右同順)の下部又は上部(上下同順)に到達し,上記紐の中間部の一箇所に物体が設けられ,上記中間部の物体は,上記紐を束ねており,移動可能である態様」が記載されており,かかる意匠が本件登録意匠の出願時において公知になっていたものと認められる。
 ウ 要部の認定
 需要者がアイマスクを着用する際などに上記(2)認定の本件登録意匠の構成を正面視において観察した場合,本件登録意匠が紐とビーズからなる単純な構成のものであることや,本件登録意匠部分がそれ全体としてアイマスクを顔面に固定する用途で用いられるものであることも踏まえれば,その全体が需要者の注意を惹くものと考えるのが自然である。特に,上記イの公知意匠を踏まえれば,本件登録意匠の構成のうち「耳かけストラップの中間部及び先端部の二箇所にビーズが現れる形態」(構成イ)は公知意匠にはないものであるから,上記構成イも強く需要者の注意を惹くものと認められる。したがって,「耳かけストラップの中間部及び先端部の二箇所にビーズが現れる形態」(構成イ)を含む本件登録意匠の構成全体が,需要者の注意を惹くものであり,本件登録意匠の要部であると認められる。…
 エ 本件登録意匠の出願経過
 以上の点は,本件登録意匠の出願経過からも裏付けられる。すなわち,特許庁は,平成16年12月15日を起案日とする拒絶理由通知書(乙20)において,本件登録意匠は,引用意匠(乙13に記載された上記公知意匠)に類似すると認められるので,意匠法3条1項3号に該当する旨の拒絶理由を通知した。これに対し,原告は,平成17年1月24日を受付日とする本件意見書(乙21)を提出し,そこにおいて,原告は,「引用意匠のストラップは先端部において結ばれ,その結び目又は結合箇所が両ストラップ先端位置に現れている点で本願意匠の形状とは異なります。本願意匠は,ストラップの結び目は現れず,両ストラップ先端部にビーズを施し美的な処理が成されている点において引用意匠と相違します。また,本願意匠は,ストラップ中間部を移動するビーズの位置より外側のストラップ紐が輪を成し,当該輪の円周上にビーズが通され,ストラップ部の両端部が弧を成す形状となる点においても,引用意匠のストラップ部の形状とは異なっております。従いまして,本願意匠は,美的処理がなされた外観の特徴において引用意匠とは類似致しません。」と記載している。その後,本件登録意匠は,平成18年6月2日,登録された。
 上記のとおり,原告は,本件登録意匠の出願経過において,「引用意匠のストラップは先端部において結ばれ,その結び目又は結合箇所が両ストラップ先端位置に現れている点で本願意匠の形状とは異なります。本願意匠は,ストラップの結び目は現れず,両ストラップ先端部にビーズを施し美的な処理が成されている点において引用意匠と相違します。」とした上で,「従いまして,本願意匠は,美的処理がなされた外観の特徴において引用意匠とは類似致しません。」とする意見を特許庁に述べており,このことは,耳かけストラップの先端部にもビーズが存する形態が本件登録意匠の要部に含まれることを裏付けるものというべきである。
 ⑷ 両意匠の類否
 両意匠を対比すると,両意匠は,「アイマスクの左右端の上部又は下部から伸びた紐が左右端(左右同順)の下部又は上部(上下同順)に到達する態様。」,「上記紐の中間部にビーズが設けられている態様。」,「上記中間部のビーズは上記紐を束ねている態様。」「上記中間部のビーズは移動可能である態様。」「ビーズの形状は,略小球形である態様。」という構成が共通する。一方,両意匠は,「本件登録意匠では,上記紐の先端部にも略小球形のビーズが設けられており,上記先端部のビーズは上記紐に通されているが,イ号意匠では,上記先端部のビーズがない点」,「アイマスクと紐の接合部から先端部までの長さとビーズの直径の比が,本件登録意匠では約20ないし22対1であるのに対し,イ号意匠では約17.5対1である点」が相違する。
 以上を踏まえて検討すると,両意匠は,構成における共通点も多いものの,これらの点は,いずれも上記(3)イの公知意匠に既に現れているものであり,一方,相違点のうち,「本件登録意匠では,上記紐の先端部にも略小球形のビーズが設けられており,上記先端部のビーズは上記紐に通されているが,イ号意匠では,上記先端部のビーズがない点」は,上記(3)ウのとおり,同イの公知意匠にはないものであり,強く需要者の注意を惹くものであって,本件登録意匠の要部に含まれるものである(出願経過における原告の意見もこれを裏付ける。)。以上によれば,両意匠を全体として観察した際に,看者に対して異なる美感を起こさせるものというべきであるから,両意匠が類似しているとは認められない。これに反する原告の主張はいずれも採用できない。
 ⑸ 小括
 以上のとおり,原告の意匠権侵害の主張は理由がない。

解説

 本件は,イ号物件に関して,本件登録意匠と非類似であると判断された事案である。
 この中で,裁判所は,「両意匠の構成を全体的に観察した上,意匠に係る物品の性質,用途,使用態様を考慮し,更には公知意匠にない新規な創作部分の存否等を参酌して,当該意匠に係る物品の看者となる取引者及び需要者が視覚を通じて最も注意を惹きやすい部分(要部)を把握し,この部分を中心に対比して認定された共通点と差異点を総合して,両意匠が全体として美感を共通にするか否かによって判断する」との規範に則ったうえで,需要者として「消費者」,そして「これらの需要者は,主に本件登録意匠の正面に注目する」とし,さらに,公知意匠との関係で「耳かけストラップの中間部及び先端部の二箇所にビーズが現れる形態」(構成イ)は公知意匠にはない」として,「耳かけストラップの中間部及び先端部の二箇所にビーズが現れる形態」(構成イ)を含む本件登録意匠の構成全体が需要者の注意を惹くものであり本件登録意匠の要部であるとした。その上で,本件登録意匠では,上記紐の先端部にも略小球形のビーズが設けられており,上記先端部のビーズは上記紐に通されているが,イ号意匠では,上記先端部のビーズがない点において,本件登録意匠との相違点があるため,両意匠は類似しないとした。
 本件で採用した判断の規範,及びその後の「需要者」,「公知意匠」等の考慮をした上で「意匠の要部」の認定を行った流れは,実務の通説的な流れに沿ったものであると言える。本件で特徴的な点は,「意匠の要部」の認定の中で本件登録意匠の出願経過を参酌した点である。
 出願経過の参酌(包袋禁反言)は,特許権侵害訴訟の充足論(特許発明の技術的範囲の解釈)において,特許発明の技術的範囲を限定的に(特許権者にとって不利に)解釈するための主張として多くなされるが,出願経過の参酌は信義則を根拠にしたものなので,意匠権侵害訴訟においてもその趣旨は当てはまるものと言えよう。つまり,これをダイレクトに意匠権に当てはめるとすれば,出願人が審査の過程で表明した主張が受け入れられて意匠権を得た場合,意匠権侵害訴訟において相反する主張をすることは,民法の信義誠実の原則に反して許されない,ということになるだろう(ちなみに,本件判旨では「本件登録意匠の出願経過からも裏付けられる」という言い回しになっている。)。
 この点,本件では,意匠権者(出願人)が出願経過において「引用意匠のストラップは先端部において結ばれ,その結び目又は結合箇所が両ストラップ先端位置に現れている点で本願意匠の形状とは異なります。本願意匠は,ストラップの結び目は現れず,両ストラップ先端部にビーズを施し美的な処理が成されている点において引用意匠と相違します。」と述べていた。このため,裁判所は,この点を「意匠権者に不利に」解釈するための一つの裏付けとして採用したものと考えられる。
 本件の考え方によれば,意匠においても,出願経過(意見書)での主張については慎重に行うべきである,ということになる。つまり,もし言わないで済む(権利化できる)のであれば(なるべく余計なことは)言わない,という方が侵害訴訟の視点からは「揚げ足取り」のリスクが減ることになる。特許に限らず,意匠においても,型に嵌ったような長々とした意見書の記載は,なるべく避けたほうが良いということになるだろう。

以上
(文責)弁護士・弁理士 高野芳徳