【知財高判令和2年7月2日(平成30年(行ケ)第10158号・10113号)】

【キーワード】
サポート要件

事案の概要

 本件は、無効審判の一部不成立審決の一部が取り消された事案である。無効審判の審決のうち、特許権者が、無効とするとの部分の取消しを求め、審判請求人が、請求不成立との部分の取消しを求めた。裁判所は、特許権者の請求を認容し、審決のうち無効部分を取り消す一方、審判請求人の請求は棄却した。
 争点は、サポート要件、進歩性であるが、本稿ではサポート要件についてのみ触れる。

本件特許発明(訂正後)

「【請求項17】
凍結乾燥粉末の形態のD-マンニトール N-(2-ピラジン)カルボニル-L-フェニルアラニン-L-ロイシン ボロネート。

【請求項21】
⒜(ⅰ) 水, (ⅱ) N-(2-ピラジン)カルボニル-L-フェニルアラニン-L- ロイシン ボロン酸,及び (ⅲ) D-マンニトールを含む混合物を調製すること;及び ⒝ 混合物を凍結乾燥すること;を含む, 凍結乾燥粉末の形態のD-マンニトール N-(2-ピラジン)カルボ ニル-L-フェニルアラニン-L-ロイシン ボロネートの調製方法。」
(*従属項である請求項19、20,44,46及び請求項38~42については省略)

主な争点

 本件特許がサポート要件を満たすか否か。

裁判所の判断

「第5 裁判所の判断
1 特許権者取消事由について
⑴ サポート要件充足性の判断手法について
 特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである。
 そして,サポート要件を充足するには,明細書に接した当業者が,特許請求された発明が明細書に記載されていると合理的に認識できれば足り,また,課題の解決についても,当業者において,技術常識も踏まえて課題が解決できるであろうとの合理的な期待が得られる程度の記載があれば足りるのであって,厳密な科学的な証明に達する程度の記載までは不要であると解される。なぜなら,まず,サポート要件は,発明の公開の代償として独占権を与えるという特許制度の本質に由来するものであるから,明細書に接した当業者が当該発明の追試や分析をすることによって更なる技術の発展に資することができれば,サポート要件を課したことの目的は一応達せられるからであり,また,明細書が,先願主義の下での時間的制約の中で作成されるものであることも考慮すれば,その記載内容が,科学論文において要求されるほどの厳密さをもって論証されることまで要求するのは相当ではないからである。
⑵ 本件化合物発明の課題について
 本件明細書の記載によれば,本件化合物発明が解決しようとする課題は,製剤化したときに安定な医薬となり得て,また,水性媒体への溶解でボロン酸化合物を容易に遊離する組成物となり得る本件化合物(凍結乾燥粉末の形態のBME)を提供することである。そして,この課題が解決されたといえるためには,凍結乾燥粉末の状態のBMEが相当量生成したこと,並びに当該BMEが保存安定性,溶解容易性及び加水分解容易性を有することが必要であると解されるから,これらの点が,上記⑴で説示したような意味において本件明細書に記載又は示唆されているといえるかについて検討することとする。なお,ここでいう「相当量」とは,医薬として上記課題の解決手段になり得る程度の量,という意味である。
⑶ 凍結乾燥粉末の状態のBMEが相当量生成したことについて
ア 本件明細書の【0084】には,実施例1として,ボルテゾミブとD-マンニトールとの凍結乾燥製剤の調製方法が開示されている。そして,本件出願日当時の技術常識に照らすと,同調製方法のように,tert-ブタノールの比率が高く(相対的に水の比率が低く),過剰のマンニトールを含む混合溶液中で,周辺温度より高い温度で攪拌するという条件の下では,ボルテゾミブとマンニトールとのエステル化反応が進行し,相当量のBMEが生成すると理解し得る。
 また,本件明細書の【0086】には,【0084】記載の方法によって調製された実施例1FD製剤は,FAB質量分析により,BMEの形成を示すm/z=531の強いシグナルを示したこと,このシグナルはボルテゾミブとグリセロール(分析時のマトリックス)付加物のシグナルであるm/z=441とは異なっており,しかも,m/z=531のシグナルの強度は,m/z=441のシグナルと区別されるほど大きいことが開示されている。これらの事項からすれば,実施例1FD製剤は,相当量のBMEを含むといえる。
 したがって,本件明細書には,凍結乾燥粉末の状態のBMEが相当量生成したことが記載されていると認められる。
・・・
⑷ 保存安定性について
ア 本件明細書の【0094】~【0096】には,固体や液体のボルテゾミブは,2~8℃の低温で保存しても,3~6ヶ月超,6ヶ月超は安定ではなかったのに対して,実施例1FD製剤(上記⑶のとおり相当量のBMEを含む。)は,5℃,周辺温度,37℃,50℃で,いずれの温度でも,約18ヶ月間にわたって,薬物の喪失は無く,分解産物も産生しなかったとの試験結果が開示されている。この記載によれば,本件明細書には,本件化合物が,ボルテゾミブに比較して優れた保存安定性を有していることを当業者が認識し得る程度に記載されているといえる。
・・・
⑸ 溶解容易性及び加水分解容易性について
ア 本件明細書の【0088】【0089】には,実施例1FD製剤(上記⑶のとおり相当量のBMEを含む。)は,2mLの水に対し,振盪1~2分以内で溶解は完全であったこと,1mLの「プロピレングリコール:EtOH:H2O=40:10:50」に対し,振盪1分で溶解は完全であったこと,0.9%w/v生理食塩水に対し,濃度6mg/mLまで容易に溶解したこと,これとは対照的に,固体のボルテゾミブは,濃度1mg/mLで0.9%w/v生理食塩水に可溶ではなかったことが開示されている。この記載によれば,本件明細書には,本件化合物がボルテゾミブに比較して優れた溶解容易性を有していることが,当業者が認識し得る程度に記載されているといえる。
 また,弁論の全趣旨によれば,ボロネートエステルと対応するボロン酸との間には次の式による平衡状態が成り立つとの技術常識があることが認められるから,本件化合物(凍結乾燥粉末の状態のBME)を水に溶解させたときエステル化の逆反応によりBMEからボルテゾミブが遊離すること,すなわち本件化合物が加水分解容易性を有することを,当業者は認識し得るといえる。
 なお,本件明細書の【0090】には,本件化合物の加水分解容易性を確かめる目的で,実施例1FD製剤についてプロテアソーム阻害活性アッセイをした結果が記載されているが,アッセイの具体的な条件が明らかでないこと,観察されたKi値0.3nMがBMEのものかボルテゾミブのものかを評価するための確実な科学的知見がないことにかんがみると,同記載に基づいて当業者が本件化合物の加水分解容易性についての認識を得ることができるとはいえない。
・・・
⑹ 技術的事項に関する各論的主張について
 本件化合物発明のサポート要件充足性に関し,両当事者は別紙のとおり種々の主張をするところ,これらの主張に対する裁判所の検討結果は,別紙の右欄に記載したとおりであり,特許権者の主張のすべてをそのまま肯定することはできないものの,実施例1FD製剤に相当量の本件化合物が含まれることについては1⑴a,b,⑵a,bにより,本件化合物の溶解性については主として2a,bにより,加水分解性については3aにより,保存安定性については4a,bにより,当業者が合理的に期待できる程度には,これを肯定することができる。他方,請求人ホスピーラの主張は,以上の認定を覆すに足りるものではない。
⑺ まとめ
 上記⑶~⑹に検討したところによれば,本件化合物発明の特許請求の範囲の記載は,サポート要件を満たすというべきであり,これを否定した審決の判断は誤りである。」

検討

 本件は、サポート要件を充足するには,明細書に接した当業者が,特許請求された発明が明細書に記載されていると合理的に認識できれば足り,また,課題の解決についても,当業者において,技術常識も踏まえて課題が解決できるであろうとの合理的な期待が得られる程度の記載があれば足りるのであって,厳密な科学的な証明に達する程度の記載までは不要と判示されたことに特徴を有する。
 サポート要件の規範として、「特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か」という規範が定着しているが、その「認識」の程度、「記載」の程度については、特に明示されてこなかったように思われる。今回示された、「合理的に認識できれば足り」、「技術常識も踏まえて課題が解決できるであろうとの合理的な期待が得られる程度の記載があれば足りる」、「厳密な科学的な証明に達する程度の記載までは不要」などの部分をもって、サポート要件の判断が甘くなったというのは早計と考えるが、先願主義のもとで明細書を完璧に作成することは無理という考え方が、サポート要件の判断においても斟酌されうることは参考となるものと考える。

以上
(文責)弁護士 篠田淳郎