【大阪地裁令和2年1月14日判決(平成30年(ワ)7538号)】

事案の概要

 本件は、著名な彫刻家である故富永直樹(以下「訴外直樹」という。)の単独相続人である原告が、被告において訴外直樹の作品を複製した行為が、訴外直樹の著作権(複製権)の侵害行為に当たるとして、被告に対し、著作権法114条3項、民法709条に基づく損害賠償(原告が相続した訴外直樹の損害賠償請求権及び相続後の原告固有の損害賠償請求権)として、1億2580万円及びこれに対する不法行為の後の日である平成30年9月14日(本件訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

判決抜粋(下線部筆者)

(中略)
第3 当裁判所の判断
 1 認定事実(前提事実及び後掲各証拠又は弁論の全趣旨から認定できる事実)
  (1) 被告が複製品を製造、販売した経緯(甲2、3)
  被告は、平成10年ころから、高岡市内の会社が「ロストワックス鋳造法」(作家が制作した原型を鋳物として、ロウで型をとって鋳型を製造し、原型と同じものをブロンズで複製する鋳造法。複雑な原型でも精巧に複製でき、鋳型さえ作れば安価に大量生産が可能であるという利点がある一方で、複製品が、原型よりも1000分の20収縮するという欠点がある。)により無断で複製したブロンズ像を、渡辺美術の名称で販売していた
  被告は、平成16年から17年ころ、上記無断複製品を制作する会社が倒産する直前に、同会社の代表者と共に「クリスマス・イブ」等の鋳型を持ち出し、高岡市内で他に唯一ロストワックス鋳造法を行うことのできるP3に依頼して複製品を鋳造させ、P3が鋳造したブロンズ像を訴外銅器着色所に着色させ、被告において正規品を装う打刻認証をして、これを販売するようになった。
  その後、被告は、「パリ祭」、「初舞台」、「トルコの貴婦人」、「大将の椅子」及び「トスカーナの女」等についても、P3に依頼して、既存の鋳型や他から入手したブロンズ像から制作した鋳型により複製品を製造して、販売するようになった。
  (2) 各ブロンズ像の名称に関する符丁(甲2、3)
  被告は、鋳造するP3との間で各ブロンズ像の名称について符丁を使用し、「クリスマス・イブ」を「クリスマス」、「バイオリン」あるいは「ドレスの婦人像(大)バイオリン」と、「初舞台」を「笛の少女」と、「パリ祭」を「婦人像(傘持ち)」と、「トルコの貴婦人」を「トルコ」と、「大将の椅子」を「ネコ」、「椅子猫」、「鉄瓶 大将」あるいは「いす」と呼び換えて納品書に記載したり、請求書に上記符丁を使用して記載するようP3に依頼したりしていた。
  (3) 被告における複製品の製造費及び販売価格(甲2)
  ア 被告は、本件各ブロンズ像の複製品の製造につき、鋳造をP3に、着色を訴外銅器着色所に下請させており、鋳型の製造代金10万円、1体につき鋳造代金各6万円から8万円、着色代金各8万円等を支払った
  イ 被告は、警察官面前調書(甲2)において、当初、「クリスマス・イブ」の複製品を単価70万円程度で販売し、本件各ブロンズ像の複製品を、単価平均約60万円で販売したと供述する。
  また、同調書添付の納品書等によれば、被告は、株式会社大景の名称で、「大将の椅子」の複製品を、平成28年1月20日に単価18万円で2体、同年6月3日に単価15万円で2体、同月6日に単価15万円(歩合を控除した代金は14万2500円)で1体、販売した。
  (4) 従前の許諾契約における許諾料(甲4、7)
  ア 訴外株式会社竹中銅器は、以下のとおり、訴外直樹との間において、本件各ブロンズ像の複製品の製造、販売について許諾を得た。なお、許諾料の決定に際しては、訴外直樹が同社と協議した上で、販売価格(後述)に基づき決定し、その後減額等が行われたことはなかった
  イ 訴外株式会社聖豊社は、〈4〉「大将の椅子」の複製品の製造、販売について許諾を得ており、許諾料は1体当たり180万円(販売価格の40%)とされた。なお、同社は、平成23年に倒産し、訴外直樹又は原告は、上記作品について他に製造、販売を許諾していない。
  (5) 本件各ブロンズ像の正規品の販売価格(甲4、5、乙1)
  訴外直樹は、後進作家のためにも自作品の販売価格の水準を保つことを心がけており、原則として訴外直樹の作品については値下げが行われなかった
  訴外直樹死亡後の平成18年9月に百貨店で開催された訴外直樹の回顧展では、訴外直樹の作品の販売価格が85万円ないし2800万円(税抜き本体価格。以下同じ。)と設定され、「クリスマス・イブ」(大)は1000万円、「大将の椅子」は450万円、「初舞台」は900万円とされた。
  令和元年8月に百貨店において開催されたオークションにおいて、「大将の椅子」の最低入札価格(税込)は68万円とされたが、オークションの性質上、第三者が出品した中古品と推認される
 2 争点(1)(被告が「トスカーナの女」を複製したか否か及びその数)について
  (1) 自白の成立について
  原告は、訴状及び訴えの変更申立書において、被告が「トスカーナの女」5体を複製したと主張して、それを含む損害賠償請求を行ったものであるが、被告は、答弁書において、被告が「トスカーナの女」を含む訴外直樹の作品を複製したことがある事実は認める旨を陳述し、準備書面(平成30年11月22日付け)においても、複製品を作成したことはあるとしつつ、複製した数量については追って認否反論する旨を陳述した。
  被告は、準備書面(同年12月28日付け)において、P3の伝票で「篭地蔵」と記載されているものは「トスカーナの女」ではないから、「トスカーナの女」の複製数はゼロとされるべきである旨を主張するに至ったが、上記経緯に照らすと、複製した個数についての自白は成立していないが、「トスカーナの女」を複製したことについては自白が成立していると言わざるを得ない。
  (2) 事実認定の理由及び自白の撤回について
  被告は、警察官面前調書(甲2)において、「トスカーナの女」を自ら複製した旨の供述をし、P4も、警察官面前調書(甲3)において、被告からの依頼で「トスカーナの女」を約5体鋳造したことを述べ、同調書添付の平成20年11月20日付けの請求書において、単価7万円で5体納品された「篭地蔵」が、「トスカーナの女」を指す旨の付記をした。また、被告が、P3に対し、訴外直樹の作品とは別に、「篭地蔵」なる作品5体の制作を依頼した具体的内容は何ら明らかにされておらず、「トスカーナの女」は、かごを持つ女性の立像であるから(甲6)、前記1(2)のとおり、被告及びP3が、本件各ブロンズ像につき主に外見をイメージさせる符丁を使用していたことに鑑みれば、「篭地蔵」が「トスカーナの女」を指す符丁であると解することは不自然ではない。
  P4は、上記調書において、他に「クリスマス・イブ」59体、「パリ祭」29体、「初舞台」19体、「大将の椅子」21体、「トルコの貴婦人」13体を鋳造したと説明しているところ、その大半は、被告も製造を認めるものであって、その供述内容の信用性は高い。
  以上より、「トスカーナの女」を複製したとの被告の自白は、真実に反するものではないから、その撤回は認められず、複製した数は5体と認めるのが相当である。
 3 争点(2)(訴外直樹及び原告の損害の額)について
  (1) 著作権法114条3項は、「著作権者…は、故意又は過失によりその著作権…を侵害した者に対し、その著作権…の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額を自己が受けた損害の額として、その賠償を請求することができる。」旨規定し、使用料相当額の請求を認めるところ、これは、民法709条、著作権法114条1項及び2項の主張立証が困難な場合であっても、著作権者に最低限の損害賠償を保証する趣旨であると解されている。
  著作権の許諾は、多くの場合、特許権の実施許諾契約の場合に見られるように、実施権者が、自らの製品の一部に当該特許発明を用いて製造するといった態様ではなく、許諾を受けた者が、当該著作物をそのままの形で使用する態様が採られ、他の著作物による代替も予定されていない。また、本件のような著名な芸術家による高価な芸術作品の複製に関する許諾の場合には、大量の複製品の製造及び流通は通常予定されておらず、許諾を受けた者が制作する複製品の品質の評価が、著作者である芸術家の評価に直接影響することから、許諾に際し、慎重な選考が行われたり、複製品の製造数量が限定されたり、複製品の価格設定を著作権者が行ったり、比較的高い料率が設定されたりすることが考えられる。
  そうすると、このような場合において、「その著作権…の行使につき受けるべき金銭の額」、すなわち許諾料相当額は、相手方又は第三者との間における当該著作権に係る許諾契約における許諾料や、その算定において用いられた事情、あるいは業界慣行等一般的相場を基礎として、著作物の種類及び性質や、当該著作権の許諾を受けた者において想定される著作物の利用方法等を考慮し、個別具体的に合理的な許諾料の額を定めるべきである。
  (2)ア 本件において、前記1(4)のとおり、平成元年から平成23年までの間に、本件各ブロンズ像について、各作品の販売価格を基礎としてその約10ないし40%の額の許諾料にて複製の許諾がなされていたこと具体的な許諾料は、複製品の制作者との協議の上で最終的に訴外直樹が決定しており、減額はされなかったこと、前記1(5)のとおり、作品の販売価格についても訴外直樹が原則として値引きを行わせなかったこと平成18年ころにおける各作品の販売価格は、上記許諾料が定められた際に基礎とされた販売価格とほぼ同水準であったこと等が認められる。
  イ 一方で、許諾料相当額を算定するにあたっては、許諾を得た者が実際に支払った許諾料の水準や、著作権が侵害された平成16年ころから平成28年ころまでの間に、許諾を得て複製された訴外直樹の作品が販売された数量、価格を考慮する必要があるが、平成18年に原告が訴外直樹の著作権を相続した後、どの程度許諾料を得たかについての証拠は提出されていないし、前記1(5)の平成18年の回顧展の後に、訴外直樹の作品が、どのような価格で、どのような数量販売されたかについての証拠も提出されていない
  また、「大将の椅子」について、平成23年以降は許諾を受けた者が倒産したため製造販売されず、他の者に対する許諾もなされていないこと、令和元年におけるオークションにおける最低入札価格が68万円とされているところ、オークションが中古市場であることや最低入札価格と実際の販売価格との間には相当程度の開きが生じ得ることを考慮しても、同作品につき以前の販売価格(450万円)又はこれに近い価格で取引が行われているかについては、不明といわざるを得ないし、前記1(4)アの合意は、訴外直樹と業者との間で、平成元年から平成9年にかけてなされたものであることを総合すると、前記1(4)で合意された金額が、著作権侵害期間である平成16年ころから平成28年ころまでの許諾料相当額としてそのまま妥当するとすることは困難である。
  ウ 他方、前記1(3)のとおり、被告は、無断で製造した本件各ブロンズ像の複製品を、単価15万円から60万円程度という安価で販売し、鋳造及び着色業者に対して、1体当たり15万円程度の対価を支払っていることから、複製品の製造により得た利益は多額とはいえないと考えられるし、被告から廉価で品質の劣る複製品を購入した者は、それが禁止されていれば、直ちに高価な正規品を購入したであろうとの関係も認め難い
  しかし、本件のように、著作権者の側が、一定の水準以下では複製も、複製品の販売も認めないとしている場合に、無断で複製を行った者がこれを廉価で販売することで、侵害者の利益に合わせて許諾料相当額の水準を大きく下落させることは、前記(1)で述べた、著作権法114条3項の趣旨を没却することになり、相当でないというべきである。
  (3) 以上より、本件各ブロンズ像の許諾料相当額については、前記1(4)で認定した、訴外直樹が、本件各ブロンズ像の販売価格を基礎として、許諾を受ける者との協議の上で決定した価格を出発点としつつも、前記(2)イで検討した事情を総合して、以下のとおり、侵害時期に対応する本件各ブロンズ像の許諾料相当額は、前記1(4)の各許諾料の半額とするのが相当であると考えられる。
  〈1〉 「クリスマス・イブ」(小) 30万円
  〈2〉 「パリ祭」 75万円
  〈3〉 「初舞台」 40万円
  〈4〉 「大将の椅子」 90万円
  〈5〉 「トルコの貴婦人」 75万円
  〈6〉 「トスカーナの女」 125万円
  (4) まとめ
  したがって、上記許諾料に、それぞれ、前記第2の1(2)及び第3の2のとおりの販売数を乗じると、合計6290万円となるところ、これが訴外直樹又は原告の損害額と認められる。
  (計算式)30万円×39体+75万円×20体+40万円×16体+90万円×17体+75万円×11体+125万円×5体=6290万円
 4 結論
  以上より、原告の請求は、被告に対し6290万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

解説

 本件は、著名な彫刻家の作品を複製した行為が、著作権(複製権)の侵害行為に当たるとして、彫刻家の単独相続人が、被告に対し、著作権法114条3項、民法709条に基づき損害賠償を請求した事案である。被告の自白の成立、撤回が一応争点とされているものの、主な争点は原告の損害額であると考えられる。
 判決でも述べられているとおり、著作権法114条3項は、著作権法114条1項及び2項の主張立証が困難な場合であっても、著作権者に最低限の損害賠償を保証する趣旨であると解されている。そして、大量の複製品の製造および流通が通常予定されていない著名な芸術家による高価な芸術作品という性質を鑑みて、判決では、許諾料相当額は、第三者との間における当該著作権に係る許諾契約における許諾料や、その算定において用いられた事情、あるいは業界慣行等一般的相場を基礎として、著作物の種類及び性質や、当該著作権の許諾を受けた者において想定される著作物の利用方法等を考慮し、個別具体的に合理的な許諾料の額を定めるべき、とされている。
 そして、被告は、無断で製造した複製品を、安価で販売しているという事情があったとしても、侵害者の利益に合わせて、許諾料相当額の水準を大きく下落させることは、前記の著作権法114条3項の趣旨を没却することになり、相当でないと判断されている。同様の、侵害者が低廉な価格で販売した場合には、その販売額を基準としないという判断は、114条3項を適用した他の裁判例にも見られ(知財高判平成21年9月5日、知財高判平成22年11月10日など)、正当であると考える。
 結論としては、許諾料相当額は、本件各ブロンズ像の作者が販売価格をもとにして、許諾を受ける者との協議の上で決定した価格の半額と判断された。作者が協議して決定した時期と、著作権侵害期間との間に7年から20年以上の差があり、この間の作品や許諾料の価格の推移についての証拠も提出されていないので、この判断も正当であると考える。
 著作権侵害に係る損害額の算定に用いる許諾料相当額を決めるにあたっては、その著作物の性質により(本件においては、著名な芸術家による高価な芸術作品の複製に関する許諾という事情があった)、本判決の規範に見られるような多くの要素を考慮する必要もあり得るが、その決め方の一つの具体例として取り上げさせていただいた。

以上
(文責)弁護士 石橋 茂