【知財高裁令和2年2月19日判決(平成30年(行ケ)第10165号(審決取消請求事件))】

【キーワード】
進歩性、容易想到、機能的表現、機能クレーム

はじめに

 特許の中には、発明の構成(成分や要素等)のみならず、その発明が奏する機能が特許請求の範囲に記述されたものがある。すなわち、一般的には、“A、B及びCを備える○○”というように構成要素によって発明が規定されるが、“A、B及びCを備え、□□の場合に△△である○○”というようなクレームで規定された特許である。このような機能的表現は、引用文献に記載されていないことが多く、特許を無効にしようと欲する側からすると、進歩性を否定する際の障害となる。
 本件判決は、このような機能的表現を含む構成要件について、本件発明のような特定の構成とした場合に、“自ずと備えるもの”と認められるとして、容易想到であると判断した。

本件発明と引用発明との相違点

1 本件発明
 本件発明(訂正後の請求項12)は以下のとおりである(下線は筆者)。下線部分が、機能的な表現となっている。
「【請求項12】
 下記A液とB液を合して調製される血液浄化用薬液であって,調製後の薬液におけるオルトリン酸イオン濃度が2.3~4.5mg/dL(無機リン濃度換算)であり,ナトリウムイオン濃度が132~143mEq/Lであり,カリウムイオン濃度が3.5~5.0mEq/Lであり,カルシウムイオン濃度が2.5mEq/Lであり,マグネシウムイオン濃度が1.0mEq/Lであり,炭酸水素イオン濃度が35.0mEq/L以下であり,そして当該薬液調製後少なくとも27時間にわたって不溶性微粒子や沈殿の形成が実質的に抑制され
A液:ナトリウムイオン,炭酸水素イオンおよび水を含有する溶液;
B液:カルシウムイオン,マグネシウムイオンおよび水を含有する溶液;
ただし,A液とB液の少なくとも一方がさらにカリウムイオンを含有し,A液およびB液の少なくとも一方がオルトリン酸イオンを含有する,薬液。」

2 引用発明
 (ア) 「以下の表9に従って調製された,第一単一溶液と第二単一溶液との体積比20:1で混合して使用される対の単一溶液。

3 本件発明と引用発明との相違点
「(イ) 相違点
(相違点(甲3-1-a’’))
 本件訂正発明3では「当該薬液の調製後少なくとも27時間にわたって不溶性微粒子や沈澱の形成を実質的に抑制する」ことが発明特定事項とされているのに対し,引用発明2-2-2’ではそれに対応する発明特定事項がない点。
(相違点(甲3-1-b’’))
 本件訂正発明3は「血液浄化用薬液」に関する発明であるのに対し,引用発明2-2-2’は「対の単一溶液」,又は,それら第一単一溶液及び第二単一溶液を体積比20:1で「混合した即時使用溶液」に関する発明である点。
(相違点(甲3-1-c’’))
 本件訂正発明3ではA液およびB液のいずれも水を含有するものであることが発明特定事項とされているのに対し,引用発明2-2-2’ではそれに対応する発明特定事項がない点。
(相違点(甲3-1-d’’))
 本件訂正発明3において調製される「血液浄化用薬液」のマグネシウムイオン濃度は1.0mEq/Lであるのに対し,引用発明2-2-2’における「混合した即時使用溶液」のマグネシウムイオン濃度は1.2mEq/Lと算出される点。」

 以下、本稿では、相違点甲3-1-a’’のみを取り上げる。

判旨

「(※先に、他の相違点が容易想到であると判断している。)
ウ 相違点(甲3-3-a”)について
(ア) 本件訂正発明12の特許請求の範囲(請求項12)の記載中には,本件訂正発明12の「当該薬液調製後少なくとも27時間にわたって不溶性微粒子や沈殿の形成が実質的に抑制され」との構成の意義を規定した記載はない。
 次に,本件明細書(甲11)には,「時間の経過と共に補充液中のカルシウムイオンおよびマグネシウムイオンと炭酸水素イオンが反応し,不溶性の炭酸塩の微粒子や沈殿が生じる」こと(【0007】),「当該薬液中には,カルシウムイオンやマグネシウムイオンが存在するにも拘わらず,リン酸イオンを含有させても不溶性のリン酸塩を生じない。また,リン酸イオンの存在により,炭酸水素イオンとカルシウムイオンやマグネシウムイオンが共存し,pHが7.5を超えるような長時間後であっても,不溶性炭酸塩の生成が抑制される」こと(【0023】),「不溶性微粒子や沈澱の生成が長時間にわたって抑制される」とは,投与対象に適用すべき最終薬液の調製後,たとえば上記A液とB液の混合後,少なくとも27時間にわたり不溶性微粒子や沈澱の生成が抑制されること,またはpHが7.5以上になっても不溶性微粒子や沈澱の生成が抑制されること」を意味すること(【0057】)の記載がある。
 また,本件明細書には,本件訂正発明12に規定するオルトリン酸の濃度の範囲内である「リン酸イオン濃度が4.0mg/dL」の薬液と「リン酸イオンを含有しない薬液」との対比実験を行ったところ,「7日間でpHが7.23~7.29から7.89~7.94までほぼ直線的に上昇し,その間にリン酸イオン不含有薬液では不溶性微粒子の粒径も数も顕著に増加したが,リン酸イオン含有薬液ではpHの上昇にもかかわらず,不溶性微粒子の増加は実質的に認められなかった。」(【0088】)との記載があり,この記載は,本件訂正発明12に規定するオルトリン酸の濃度の範囲内である「リン酸イオン濃度が4.0mg/dL」の薬液では,「7日間」にわたって「リン酸イオン含有薬液ではpHの上昇にもかかわらず,不溶性微粒子の増加は実質的に認められなかった」ことを示すものである。もっとも,本件明細書には,本件訂正発明12の「用時混合型血液浄化用薬液」が「27時間」にわたって不溶性微粒子や沈殿の形成が実質的に抑制されたことを明示した記載はない。
 以上の本件訂正発明12の特許請求の範囲(請求項12)の記載及び本件明細書の記載を総合すると,本件訂正発明12の「そして当該薬液調製後少なくとも27時間にわたって不溶性微粒子や沈殿の形成が実質的に抑制され」との構成は,本件訂正発明12のA液及びB液の成分組成及びそれらのイオン濃度を請求項12に記載されたものに特定することによって実現されるものと理解できる。
(イ) そして,前記ア及びイのとおり,甲3に接した当業者は,引用発明2-2-1’において,「血液浄化用薬液」として使用すること(相違点(甲3-3-b”)係る本件訂正発明12の構成)及びマグネシウムイオン濃度を本件訂正発明12の濃度とすること(相違点(甲3-3-d”)に係る本件訂正発明12の構成)を容易に想到することができたものである。
 加えて,引用発明2-2-1’のカリウムイオン濃度と本件訂正発明12のカリウムイオン濃度は「4.0mM」(4.0mEq/L),引用発明2-2-1’の炭酸水素イオン濃度と本件訂正発明12の炭酸水素イオン濃度は「30.0mEq/L」であって,いずれも一致する。
 以上によれば,本件訂正発明12の「少なくとも27時間にわたって不溶性微粒子や沈殿の形成が実質的に抑制される」という構成は,引用発明2-2-1’において,相違点(甲3-3-b”)及び(甲3-3-d”)に係る本件訂正発明12の構成とした場合に,自ずと備えるものと認められる。
 したがって,引用発明2-2-1’において,相違点(甲3-3-a”)に係る本件訂正発明12の構成とすることは,当業者が容易に想到することができたものと認められる。
 したがって,これと異なる本件審決の判断は,誤りである。」

検討

 本判決では、先に,引用発明を「血液浄化用薬液」として使用すること(相違点(甲3-3-b”)に係る本件訂正発明12の構成)及びマグネシウムイオン濃度を本件発明の濃度とすること(相違点(甲3-3-d”)に係る本件訂正発明12の構成)を容易に想到することができたことを認定したうえで、「少なくとも27時間にわたって不溶性微粒子や沈殿の形成が実質的に抑制される」という機能的な表現からなる構成も容易想到であると判示した。つまり、引用発明において、相違点(甲3-3-b”)に係る構成と、(甲3-3-d”)に係る構成とを採用した場合、本件発明と同様の構成成分となる。そして、本件発明と同様の構成成分となる以上、「少なくとも27時間にわたって不溶性微粒子や沈殿の形成が実質的に抑制される」という機能を自ずと備えることから、「少なくとも27時間にわたって不溶性微粒子や沈殿の形成が実質的に抑制される」という相違点は容易想到であるという判断である。
 本判決の論理構成は、機能的な表現を含む特許発明の進歩性を否定するうえで参考になるものと解される。

以上
(文責)弁護士 篠田淳郎