【知財高裁令和2年3月24日判決(令和2年(ネ)第10072号)】

【要約】
 共同開発契約の当事者の一方(情報受領者)が、他方(情報開示者)から開示された「ノウハウ」を他に使用することが契約上禁止されていた事案において、当該「ノウハウ」が情報受領者が契約前から有していた情報であったことを主な理由として、情報受領者が「ノウハウ」を使用したとは認められなかった。また、当該情報は、不正競争防止法上の営業秘密にも当たらないと判断された。

【キーワード】
不正競争、営業秘密、ノウハウ

事案

(本稿の記載の範囲において重要でない事実関係は捨象する。)
 控訴人(第一審原告)Xと被控訴人(第一審被告)Yは、平成27年11月、Xの持つノウハウ・実験データ・アイデアとYの持つ技術を活用した新商品「(仮称)海水(飽和食塩水)瞬間冷凍設備」を共同して開発するに当たり、「共同開発にかかる協定書」(以下「甲5協定書」という。)を締結した。
 甲5協定書には、Yが、Xの事前承諾なく、Xの「本件特許権もしくはノウハウを活用した機械」を販売することを禁止する条項が含まれていた。
 Yは、平成28年3月頃、第三者に対し、濃塩水氷の製氷装置1台(試作品)を販売し、平成29年6月頃、別の第三者に対し、濃塩水氷の製氷装置1台(デモ機及び試作品)を販売した。また、Yは、これらの製氷装置をカタログに掲載した。さらに、Yは、平成29年8月23日から開催された展示会において、濃塩水氷の製氷装置を出展した。
 Xは、上記製氷装置(以下「Y製品」という。)はXのノウハウを活用したものであるとして、Yに対し、
・Y製品の販売等の差止め及び債務不履行に基づく損害賠償
・ノウハウを使用することが不正競争行為(不正競争防止法2条1項7号)に該当すると主張し、Y製品の製造販売等の差止め、半製品の廃棄等
を請求した。

争点

 原告がノウハウとして主張したのは、以下の2点である。
 本件ノウハウ①:生鮮海産物の鮮度保持方法として「塩分濃度が13.6~23.1パーセントである塩水を凍結させた氷」を用いること
 本件ノウハウ②:ドラム型の製氷機において飽和食塩水を瞬間凍結させて製氷するにあたり、ある条件で冷媒を用いること

 主に、以下の点が争点となった。
<債務不履行に基づく請求に関して>
・本件ノウハウ①が甲5協定書における「本件特許権もしくはノウハウ」に該当するか
・Y製品は、本件ノウハウ①及び②を活用した機械であると言えるか

<不正競争防止法に基づく請求に関して>
・本件ノウハウ②がXの営業秘密であるといえるか
・Yが本件ノウハウ②を使用又は開示したか

判決

⑴ 債務不履行に基づく請求
 原判決は、本件ノウハウ①は、甲5協定書における「本件特許権もしくはノウハウ」に該当するとした上で、Y製品は、本件ノウハウ①及び②を活用した機械ではないとして、請求を棄却した。
 本判決は、以下のような理由でXの控訴を棄却した(下線は筆者)。

<甲5協定書の解釈>
・甲5協定書における本件特許権もしくはノウハウを「活用した機械」とは、甲5協定書に基づいてYの提供するノウハウを使用するためにYにおいて新たに開発されて完成した機械をいう。
・これに対し、甲5協定書が締結される前からYにおいて製造、販売等をしてきた機械又はこれと同様の性能や機能を有する機械は、製氷機等の製造、販売等をかねてより事業として行ってきたYにしてみれば、その販売方法について控訴人から拘束を受ける実質的な根拠がないというべきであるから、ここでいう本件特許権もしくはノウハウを「活用した機械」には該当せず、そのように解することは、甲5協定書の趣旨にも沿う

<当てはめ>
・本件ノウハウ①に関し、Y製品中型式「SF」は、本件ノウハウ①の完成前から存在する機械であり、本件ノウハウ①を使用するために新たに開発された機械であるとはいえない。型式「WB-S」は、更に以前から販売されている所、本件ノウハウ①に係る方法を使用することができたから、この点からも、型式「SF」は、本件特許権もしくはノウハウを活用した機械に該当するとはいえない。

⑵ 不正競争防止法に基づく請求
 原判決は、本件ノウハウ②は、具体的なノウハウとして完成していたとは認められず、XがYに対してこれを開示したとも認められないとし、したがってYが本件ノウハウ②を使用又は開示したとも認められないとして請求を棄却した。
 本判決は、以下のような理由でXの控訴を棄却した(下線は筆者)。

<不正競争防止法における営業秘密について>
・前記の理由により、本件ノウハウ②の完成前から存在する機械において同ノウハウに係る方法を使用することができたときは、当該機械やそれと同じ性能・機能を有する機械を販売することが甲5協定書による規制を受けることはないものと解される。

<当てはめ>
・本件ノウハウ②の完成する前から、型式「WB」の製氷機を用いてマイナス50度程度の条件で冷媒を用いて濃塩水氷を製氷することが可能であったことや、冷媒蒸発温度がマイナス65度になる冷凍機が一般に流通していたことなどの事情に照らせば、技術的には、本件ノウハウ②の完成前から同ノウハウに係る方法を用いて濃塩水氷を製氷することができたことが認められる。
・XがYに本件ノウハウ②を伝えたとする平成29年4月28日時点で、両者の間に有効な秘密保持契約が存在していたことを認めるに足りる証拠がない
・これらの事情に照らせば、本件ノウハウ②は、そもそも非公知性及び有用性の要件を欠き、「営業秘密」にも当たらない。
 また、
・XがYに対して本件ノウハウ②を開示したとは認められない
・したがってYが本件ノウハウ②を使用又は開示した事実を認めることはできない
という点も認定した。

検討

 秘密保持契約、共同開発契約、ライセンス契約等に基づき企業間で技術情報をノウハウとして開示する際、情報開示者は、ノウハウが意図しない方法で使用されることを防ぐため、使用目的に制限が設けられる。しかし、「ノウハウ」がどの範囲の情報を指すかということは明確でなかったり、過剰に広い範囲が設定されたりすることもあり得る。本判決は、事例判断であるが、法律上保護される情報の範囲について判断を示した点で注目される。
 独占禁止法との関係では、「知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針」(平成28年1月21日付け改正前のものも参照)により、ライセンシーの責めによらずノウハウが公知となった後に当該技術の使用を制限し、又は当該技術の実施に対して実施料の支払義務を課すことは、独占禁止法上違法となるおそれが強いとされている。記載の趣旨から、当該技術が初めから公知であった場合についても同様の考え方が妥当すると思われる。
 本判決は、情報受領者が契約前から有していた技術を「ノウハウ」として使用を禁止したり、使用に対価を設定する契約が存在する場合に、そのような合意の私法上の効果が否定された事例である。特に、情報受領者が契約前から製造、販売等をしてきた製品又はこれと同様の製品について、情報開示者から拘束を受ける実質的な根拠がないため、ノウハウを使用したといえないことを述べた上、このように解することが契約の「趣旨に沿う」として、契約を合理的に解釈すべきことを示した点が特徴的である。
 情報受領者が契約前から「ノウハウ」に係る情報を有していたとまでは言えない場合に、どこまで同様の論理が妥当するかという点は、本判決から直ちには明らかでない。しかし、情報受領者が契約により情報開示者の拘束を受ける実質的な根拠があるかどうかを検討する本判決の趣旨からすると、情報受領者が契約前からノウハウに係る情報を有していた場合に限らず、公知情報であった場合にも本判決の論理が妥当するのではないかと考えられる。ただし、どのような場合がここでいう公知情報に当たるかについては、営業秘密の要件である公知性に留意した上、具体的な検討を要するであろう。
 また、本判決は、情報受領者が契約前から有していた技術について、不正競争防止法上の営業秘密に当たらないという判断も示したが、「両者の間に有効な秘密保持契約が存在していたことを認めるに足りる証拠がない」という事情も踏まえた上での判断として記載されていることに留意が必要である。

以上
(文責)弁護士 後藤直之