【東京地裁令和2年2月19日判決(令和1年(ワ)23122号)】

事案の概要

 本件は、映画の著作物である別紙著作物目録記載の著作物(以下「本件著作物」という。)の著作権を有する原告が、本件著作物をインターネット上の動画共有サイトにアップロードした被告に対して、被告の当該行為によって本件著作物についての原告の公衆送信権が侵害されたとして、不法行為による損害賠償請求権に基づき著作権法114条3項による損害金341万2430円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である令和元年9月15日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

判決抜粋(下線部筆者)

(中略)
第3 当裁判所の判断
 1 著作権法114条3項による損害額について
  (1) 認定事実
  後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
  ア 本件著作物は、平成28年4月1日に販売及びDMM.comでの配信が開始されたものであり、同年5月10日時点でのDMM.comにおける配信態様と価格は、HD版ダウンロードとHD版ストリーミングのセットが2980円ダウンロードとストリーミングのセットが2480円DVDトースターが2800円であり、ストリーミングのみの形態での配信はなされていなかった(甲2、乙12、弁論の全趣旨)。
  本件アップロード(平成28年5月5日)当時、本件著作物は、DMM.com等の動画配信サービスにおいて、定額で多数の動画を一定期間無制限に見られるといった、いわゆる動画見放題サービスの対象とはされていなかった(弁論の全趣旨)。
  イ 本件著作物が本件動画サイトから削除され、本件訴訟が提起された後の令和元年11月12日の時点においては、本件著作物は、DMM.comにおいて、HD版ダウンロードとHD版ストリーミングのセットが1270円ダウンロードとストリーミングのセットが980円HD版ストリーミング(有効期間7日間)が300円で配信されていた(乙13)。
  ウ 原告は、取引先との間でコンテンツ提供基本契約を締結し、取引先に対して、許諾の対価の合意をした上で、原告が著作権を有する映像等のコンテンツの配信を許諾している。平成21年頃に締結された原告とある取引先との契約では、コンテンツ売上総額(消費税を含まないもの)の38パーセントを、原告が使用許諾の対価として受領することが定められていた(甲10、11)。
  エ 被告は、本件著作物を、平成28年5月5日に本件動画サイトに有料動画としてアップロードした。本件著作物は、本件動画サイトにおいて、ストリーミング配信の形で配信されており、利用者にダウンロードさせて複製させる形式では配信されていなかった(弁論の全趣旨)。
  本件動画サイトにおいて、同月10日時点における「再生数」は3621回と表示されていた(甲4、弁論の全趣旨)。
  原告が本件動画サイトに要請したことによって、同日より後、本件訴訟提起までに、本件著作物は本件動画サイトから削除された(弁論の全趣旨)。
  オ 本件動画サイトにおいては、有料会員以外の者が有料動画を再生しようとすると数秒間だけのサンプル動画が再生されるが、このサンプル動画の再生も、本件動画サイトに表示される「再生数」に含まれる(弁論の全趣旨)。
  (2) 検討
  ア 原告の主張する損害額について
  原告は、前記(1)アの本件アップロード当時のDMM.comにおける配信価格のうち最低額の2480円(ダウンロードとストリーミングのセット)に、前記(1)ウと同様の38パーセントの割合と前記(1)エの「再生数」3621回をそれぞれ乗じた341万2430円本件アップロードについての使用料相当額の損害であると主張する。
  しかしながら、上記の配信価格2480円には、本件動画サイトにおいては可能とされていなかったダウンロードの料金も含まれていること、使用許諾の対価を売上総額の38パーセントとする前記(1)ウの合意内容と同様の内容がDMM.comにおける本件著作物の利用に適用されることを裏付ける的確な証拠はないこと、前記(1)オのとおり、前記(1)エの「再生数」には数秒間に留まるサンプル再生が含まれ得ることを考慮すれば、原告の上記計算に係る損害額は採用し難い
  イ 被告の主張する損害額について
  被告は、基準とすべき配信価格はストリーミング配信の300円であり、本件動画サイトにおける内実を伴う再生回数は表示された「再生数」の1パーセント程度であった等として、原告が受けるべき使用料相当額は1200円程度であった旨主張する。
  しかしながら、前記(1)ア及びイからすれば、本件アップロード当時、本件著作物はストリーミング配信のみの形態では配信されておらず、配信開始から一定期間が経過することで、本件著作物の配信価格が全体的に低下するとともに、ストリーミング配信のみの配信も開始されるようになったと考えられるから、本件アップロードによる損害算定にあたり、参考とすべき配信価格が300円であったとはいえない。また、前記(1)オのとおり、本件動画サイト上に表示される「再生数」にサンプル再生が含まれるとしても、有料会員による実態を伴う再生回数が表示された「再生数」の1パーセントという少ない割合に限定されることを認めるに足りる証拠はないから、被告の上記主張は採用することができない
  さらに、被告は、本件アップロードについての使用料相当額の算定に当たっては、動画見放題サービスに原告が本件著作物を提供したと仮定した場合の対価が相当であるとも主張するが、前記(1)アのとおり、本件著作物は、本件アップロード当時、動画見放題サービスに提供されていなかったことからすれば、本件アップロードについての使用料相当額を算定するに当たって、当然に動画見放題サービスへ提供した場合の対価が参照されるべきであるとはいえない
  ウ 本件アップロード行為について原告が受けるべき金額
  前記ア及びイのとおり、原告及び被告による損害額の主張はいずれも採用できないところ、前記(1)で認定した、本件著作物の発売ないし配信開始日本件アップロード当時の許諾を受けた本件著作物の配信態様や配信価格原告と配信事業者との利益分配に係る合意の例遅くとも本件アップロードから5日後の時点で原告が本件アップロードを確認し、本件動画サイトへの削除要請等の対応を開始したこと、その時点で本件動画サイトにおいて表示されていた「再生数」やその中に数秒間のサンプル再生が含まれ得ること、原告の要請を受けて本件著作物が本件動画サイトから削除されたことといった事情に、前記ア及びイで検討した事項を総合考慮すれば、本件アップロードにつき、原告が受けるべき金銭の額に相当する額(著作権法114条3項)は40万円と認めるのが相当であり、これを覆すに足りる証拠はない。
 2 結論
  よって、原告の請求は、被告に対して、本件著作物の公衆送信権侵害を理由とする不法行為による損害賠償請求権に基づき、損害金40万円及びこれに対する不法行為の後である令和元年9月15日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、同限度でこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

解説

 本件は、DMM.comで配信された原告の著作物である動画(本件著作物)を、原告に無断で本件動画サイト(FC2)にアップロードした被告の公衆送信権侵害の損害賠償請求に係る事案である。公衆送信権侵害について争いはなく、著作権法114条3項に基づく損害賠償額のみが争点となった。
 著作権法114条は、特許法102条などと同様に、権利侵害の際の損害額の推定規定である。1項は侵害がなければ権利者が得られた利益、2項は侵害者の得た利益を基にした推定であり、3項は使用料相当額が損害額とされている。
 利益を基にする1項、2項と比較すると、3項の「使用料相当額」の方が、自由度があり、両当事者が、自らが適切と考える使用料相当額をそれぞれ主張することになる。本件では、原告は本件アップロード当時の配信価格の最低額に使用許諾の料率をかけたものに再生数を乗じた金額を使用料相当額の損害であると主張した。これに対して、被告は、本件訴訟が提起された後のストリーミング配信価格に原告が主張する使用許諾の料率をかけた金額に対して、ストリーミング配信は1週間有効であるから1回あたりの再生に係る原告の取得額はその3分の1であるとし、その額に対して、サンプル再生でない有効再生数として原告の主張する「再生数」の1%を乗じた金額を使用料相当額の損害であるとした。原告と被告の主張する使用料相当額は1000倍以上の開きがある。
 裁判所は、原告の主張する配信価格には、本件動画サイトでは可能とされていなかったダウンロードが含まれていること、原告が主張する使用許諾の料率がDMM.comにおいて適用されることを裏付ける証拠がないことから、原告の損害額を採用しなかった。また、被告の損害額についても、本件アップロード当時、本件著作物はストリーミング配信のみの形態では配信されておらず、配信開始から時間が経過すると配信価格が下がることから、参考とすべき配信価格は300円とは言えず、実効的な再生数が原告の主張する「再生数」の1パーセントとは言えないとして、採用しなかった。
 そして、裁判所は、本件著作物の配信開始日、本件アップロード当時の許諾を受けた本件著作物の配信価格・態様、本件著作物の使用許諾の料率、本件著作物が違法にアップロードされていた期間、再生数、などを総合考慮して、使用料相当額を算出した。「総合考慮」とあるため、算出過程は明らかではないが、結果としては両者の主張額からやや原告寄りの金額であり、概ね妥当な額と考える。
 本件は、「総合考慮」による算出のため裁判所の考えた途中過程が明らかとはなっていないものの、著作権法114条3項の使用料相当額の計算において具体的に考慮すべき項目が特定されていることから、参考のために紹介させていただいた。

以上
(文責)弁護士 石橋 茂