【知財高裁平成22年10月13日判決(平成22年(ネ)10052号)】

事案

 本件は、画家であった亡Aの相続人(一審原告・被控訴人。以下、「X」という。)が、美術品の鑑定等を業とするY(一審被告・控訴人。)に対し、亡Aの制作した本件絵画について、本件鑑定証書を作製する際に、本件鑑定証書の裏面に、本件絵画の縮小カラーコピーを貼り付けて作製したことは、亡Aの著作権(複製権)を侵害するものであると主張し、同侵害に基づく損害賠償請求等を求める事案である。
 第一審は侵害を認め、損害賠償請求を認容したところ、Yが控訴して、引用(著作権法32条)の抗弁を主張した。

知財高裁の判断

 知財高裁は、著作権法32条1項に規定する「引用」について、「他人の著作物を引用して利用することが許されるためには、引用して利用する方法や態様が公正な慣行に合致したものであり、かつ、引用の目的との関係で正当な範囲内、すなわち、社会通念に照らして合理的な範囲内のものであることが必要であり、著作権法の上記目的をも念頭に置くと、引用としての利用に当たるか否かの判断においては、他人の著作物を利用する側の利用の目的のほか、その方法や態様、利用される著作物の種類や性質、当該著作物の著作権者に及ぼす影響の有無・程度などが総合考慮されなければならない。」として、種々の事情を総合考慮して、「引用」の該当性を判断するという判断規範を示した。
 その上で、本件の具体的事情については、カラーコピーを張り付けた目的について、「鑑定対象である絵画を特定し、かつ、当該鑑定証書の偽造を防ぐため」と認定し、「一般的にみても、鑑定対象である絵画のカラーコピーを添付することが確実であって、添付の必要性・有用性も認められることに加え、著作物の鑑定業務が適正に行われることは、贋作の存在を排除し、著作物の価値を高め、著作権者等の権利の保護を図ることにもつながるものであることなどを併せ考慮すると、著作物の鑑定のために当該著作物の複製を利用することは、著作権法の規定する引用の目的に含まれるといわなければならない。」とし、そして、「コピー部分のみが分離して利用に供されることは考え難いこと、本件各鑑定証書は、本件各絵画の所有者の直接又は間接の依頼に基づき1部ずつ作製されたものであり、本件絵画と所在を共にすることが想定されており、本件各絵画と別に流通することも考え難いことに照らすと、本件各鑑定証書の作製に際して、本件各絵画を複製した本件各コピーを添付することは、その方法ないし態様としてみても、社会通念上、合理的な範囲内にとどまる」とし、さらに、「X等が本件各絵画の複製権を利用して経済的利益を得る機会が失われるなどということも考え難いのであって、以上を総合考慮すれば、Yが、本件各鑑定証書を作製するに際して、その裏面に本件各コピーを添付したことは、著作物を引用して鑑定する方法ないし態様において、その鑑定に求められる公正な慣行に合致したものということができ、かつ、その引用の目的上でも、正当な範囲内のものであるということができるというべきである。」として、本件は「引用」に該当するとて、著作権侵害の成立を否定した。

本裁判例から学ぶこと

 本件は美術鑑定証書の裏面に、絵画の縮小カラーコピーが貼り付けられた点が著作権法上の「引用」に該当するかが争われた。
 本裁判例は、「引用」の要件について、従前のパロディモンタージュ事件(最高裁昭和55年3月28日判決)が示した、明瞭区別性、主従性という2要件で判断するのはなく、引用の目的の必要性・有用性を認定し、各事情を総合考慮する規範により判断した。その後の近時の裁判例も、本裁判例に沿った判断がされている。
 総合考慮型の判断の場合、各事情を総合的に判断することになるので、事案の解決としては柔軟な解決が期待できるが、他方で、どのような結論となるか判決が出るまで予測可能性に乏しいという特徴もある。他人の著作物を引用する場面は、様々なケースがあるが「引用」該当性について、現在の裁判例の流れが続くようであれば、個々の事例の即した判断が必要となるであろう。

以上
(文責)弁護士・弁理士 高橋正憲