【知財高裁令和2年10月28日判決(令和元年(行ケ)第10137号 審決取消請求事件)】

【キーワード】
進歩性、容易想到

はじめに

 本件は医薬組成物の剤型に関する発明の進歩性を認めた判決である。
 原告(無効審判の請求人)は、医薬品ではアベイラビリティ等の観点から薬効成分の粒子サイズを小さくすることは技術常識であったこと、粒子サイズの基準としてD90を採用することは設計事項であるとの主張を行ったものの、裁判所は、薬効成分の粒子サイズを小さくするという周知技術は認定しつつも、薬効成分の粒子サイズを小さくする構成として、粒子の「D90が200μm未満」という具体的な構成を採用する動機付けは否定し、本件発明の進歩性を認めた。

背景

1 本件発明(訂正後)
「【請求項1】
  一つ以上の薬剤的に許容な賦形剤と密に混合させた10mg乃至1000mg の量の微粒子セレコキシブを含み,一つ以上の個別な固体の経口運搬可能な投 与量単位を含む製薬組成物であって,粒子の最大長において,セレコキシブ粒 子のD90が200μm未満である粒子サイズの分布を有する製薬組成物。」

2 引用発明(甲1発明)
「甲1発明
 シクロオキシゲナーゼ-2の高選択的阻害剤であるセレコキシブを300mg含む経口投与用カプセルであって,ヒトにおけるシクロオキシゲナーゼ-2の高選択的阻害剤であるセレコキシブの体内動態を明らかにし,セレコキシブの生体内変化経路に関与する主要なCYP450アイソザイムを同定することを目的として,被験者に対し,微細懸濁液としての[14C]・SC-58635(100μCi)単回経口用量300mgの投与,及び,15日間のウォッシュアウト期間後に経口投与されるカプセル。」

3 本件発明1と甲1発明の一致点及び相違点
(一致点)
 「10mg乃至1000mgの量のセレコキシブを含み,一つ以上の個別な固体の経口運搬可能な投与量単位を含む製薬組成物」である点。
(相違点1-1)
 製薬組成物が含む賦形剤について,本件発明1では,「一つ以上の薬剤的に許容な賦形剤と密に混合させた…セレコキシブを含み,」として,セレコキシブと密に混合させた一つ以上の薬剤的に許容な賦形剤を含むことが特定されているのに対し,甲1発明では,賦形剤を含むものとはされていない点。
(相違点1-2)
 製薬組成物に含まれるセレコキシブが,本件発明1では「粒子の最大長において,セレコキシブ粒子のD90が200μm未満である粒子サイズの分布を有する」微粒子セレコキシブであることが特定されているのに対し,甲1発明ではセレコキシブの形状は特定されていない点。

争点

 相違点1-2が容易想到か(相違点1-1については特に判断されなかった)

判決

「 ア そこで検討するに,本件明細書には,「粒子の最大長において,セレコキシブ粒子のD90が200μm未満である粒子サイズの分布を有する」との構成(相違点1-2に係る本件発明1の構成)に関し,「粒子サイズは,セレコキシブの臨床的効果に影響を与える重要なパラメータであると考えられる。よって,別の実施例では,発明の組成物は,粒子の最長の大きさで,粒子のD90が約200μm以下,好ましくは約100μm以下,より好ましくは75μm以下,さらに好ましくは約40μm以下,最も好ましくは約25μm以下であるように,セレコキシブの粒子分布を有する。通常,本発明の上記実施例によるセレコキシブの粒子サイズの減少により,セレコキシブの生物学的利用能が改良される。」(【0022】),「カプセル若しくは錠剤の形で経口投与されると,セレコキシブ粒子サイズの減少により,セレコキシブの生物学的利用能が改善されるを発見した。したがって,セレコキシブのD90粒子サイズは約200μm以下,好ましくは約100μm以下,より好ましくは約75μm以下,さらに好ましくは約40μm以下,最も好ましくは25μm以下である。例えば,例11に例示するように,出発材料のセレコキシブのD90粒子サイズを約60μm から約30μmに減少させると,組成物の生物学的利用能は非常に改善される。加えて又はあるいは,セレコキシブは約1μmから約10μmであり,好ましくは約5μmから約7μmの範囲の平均粒子サイズを有する。」(【0124】),「湿式顆粒化は,本発明の製薬組成物の好ましい調製方法である。湿式顆粒化過程にて,(必要ならば,一つ又はそれ以上のキャリア材料とともに)セレコキシブは先ず粉砕される若しくは所望の粒子サイズに微細化される。さまざなま粉砕器若しくは破砕器が利用することが可能であるが,セレコキシブのピンミリングのような衝撃粉砕により,他のタイプの粉砕と比較して,最終組成物に改善されたブレンド均一性がもたらせる。例えば,液体窒素を利用してセレコキシブを冷却することは,セレコキシブを不必要な温度へ加熱させることを回避するために,粉砕中 に必要なことである。前記にて議論したように,上記粉砕工程中にD90粒子サイズを約200μm以下,好ましくは約100μm以下,より好ましくは約75μm以下,さらに好ましくは約40μm以下,最も好ましくは 約25μm以下に小さくすることは,セレコキシブの生物学的利用能を増加させるためには重要である。」(【0135】)との記載がある。
 これらの記載は,未調合のセレコキシブを粉砕し,「セレコキシブのD90粒子サイズ」を「約200μm以下」とした場合には,セレコキシブの生物学的利用能が改善されること,ピンミリングのような衝撃粉砕を用いることにより,他のタイプの粉砕と比較して,最終組成物に改善されたブレンド均一性がもたらせることを示したものといえる。
 イ しかるところ,甲1には,甲1発明の「セレコキシブを300mg含む経口投与用カプセル」にいう「セレコキシブ」について,その調製方法を示した記載はなく,また,粉砕により微細化をしたセレコキシブを用いることや,その微細化条件を「セレコキシブのD90粒子サイズ」で規定することについての記載も示唆もない。
 次に,原告らが挙げる甲9(「経口投与製剤の設計と評価」株式会社薬業時報社,平成7年2月10日)には,①「溶解速度が小さいため吸収が悪い難溶性薬物の溶解性および吸収性の改善は,製剤設計者が直面する最も重要な解決課題の1つである。…溶解速度を改善するために製剤側で制御可能なファクターは,表面積と溶解度であることがわかる。」(168 頁2行~6行),②「1)微細化表面積を増大する方法として,薬物粒 子を微細化する手段が最もよく利用される。一般に数μmのオーダーまでは機械的な破砕・粉砕方式が有効であるが,1μm以下になると反応による結晶の析出などが有効な手段となる。」,「(1)粉砕薬物粒子は多くの場合,粉砕機を用いて粉砕される。…通常有機薬物結晶では十数μmから数μm程度まで微細化できる。微細化により粒子径が小さくなると,表面積の増加により溶解速度が増大する。…しかし,粒子サイズの減少により溶解度に大きな影響を与えるためには,サブミクロン以下のサイズであることが必要であり1,2),多くの医薬品の通常の粉砕ではサイズによる溶解度増加効果はあまりないと考えてよい。微細化によりバイオアベイラビリティーを改善できることが多くの難溶性薬物,…で報告されている。…しかし,微粉になればなるほど凝集が起こりやすく,粉砕により水に接する表面積(有効表面積)が逆に小さくなり,溶解速度が小さくなることがある。特に疎水性物質は凝集性が強い。…ここに,界面活性剤が存在すると,微粒子は凝集せずに均一に溶液中に分散され,粒子サイズが小さい・・・

 これらの記載は,溶解速度を改善するために製剤側で制御可能なファクターは,表面積と溶解度であり,表面積を増大する方法として,薬物粒子 を微細化する手段が最もよく利用されていること,薬物粒子は多くの場合, 粉砕機を用いて粉砕され,通常有機薬物結晶では十数μmから数μm程度まで微細化できること,微細化により粒子径が小さくなると,表面積の増加により溶解速度が増大し,また,微細化によりバイオアベイラビリティーを改善できることが多くの難溶性薬物で報告されていることなどを示すものである。
 一方で,甲9及び10には,特定の大きさよりも小さい粒子サイズの粒子が効果を奏する粉体の場合には,その粒度分布を,平均粒子径ではなく,「所望の大きさよりも小さい粒子サイズの粒子が粉末全体に占める割合」で特定することは,医薬品の原料粉末では一般的であることについての記載や示唆はなく,ましてや,セレコキシブの微細化条件として「セレコキ シブのD90粒子サイズ」で規定することや,「セレコキシブのD90粒子サイズ」を「約200μm以下」とした場合には,セレコキシブの生物学的利用能が改善されることについての記載も示唆もない。他に特定の大きさよりも小さい粒子サイズの粒子が効果を奏する粉体の場合には,その粒度分布を,平均粒子径ではなく,「所望の大きさよりも小さい粒子サイズの粒子が粉末全体に占める割合」で特定することは,医薬品の原料粉末では一般的であることを認めるに足りる証拠はない。
 そうすると,甲1に接した当業者において,甲1発明のセレコキシブを300mg含む経口投与用カプセルにおいて,経口吸収性(生物学的利用 能)の改善及び薬効成分の含量均一性の改善のために,薬効成分のセレコ キシブの粒子サイズを小さくすることに思い至ったとしても,セレコキシ ブの微細化条件として「粒子の最大長において,セレコキシブ粒子のD90 が200μm未満である粒子サイズの分布を有する」との構成(相違点1-2に係る本件発明1の構成)を採用することについての動機付けがあるものと認めることはできないから,甲1及び技術常識ないし周知技術に基づいて,当業者が上記構成を容易に想到することができたものと認めることはできない。
 したがって,原告らの前記主張は,採用することはできない。」

検討

 引用発明(甲1発明)は、本件発明の特徴的構成である、セレコキシブの形状や粒子径については一切規定していない(相違点1-2)。原告は、技術常識からすれば、薬効成分の粒子サイズを小さくすることは容易であり、粒子サイズを小さくする場合、D90を所定値以下にするという構成は設計事項にすぎないという2段階の主張で、本件発明の進歩性を否定しようと試みたと解される。
 しかしながら、裁判所は、技術常識からすれば、薬効成分の粒子サイズを小さくすることは容易という点についてはさておき、D90を所定値以下にするという構成やそれによる効果は原告が提出した各証拠には記載されておらず、相違点1-2は、容易想到ではないとした。
 本件は事例判決であるが、ある構成要件が、「単なる設計事項」であることを認めて貰うには相応の証拠が必要であることを示す点で参考になる。

以上
(筆者)弁護士 篠田淳郎