【東京地裁令和2年3月19日判決(平成30年(ワ)第23860号)】

【要約】
 原告と被告の間で、被告が原告製品を製造する製造委託契約(秘密保持義務が規定されている。)が締結され、被告は、原告製品を製造した。同契約の終了後、被告は、原告製品と競合する被告製品を製造・販売したので、原告が、営業秘密の侵害及び秘密保持義務違反を主張したところ、情報の非公知性が否定され、請求が全部棄却された。

【キーワード】
営業秘密、秘密保持義務、非公知性

事案

 ともに医療機器を製造・販売する会社である原告及び被告の間で、原告の皮膚用の医療用の皮膚バリア粘着プレートの製造・販売の製造委託契約(「本件契約」)を締結した(平成27年10月8日)。原告は、平成27年11月17日、原告製品をPMDA申請(医療機器製造販売届)し、原告製品の説明文書も添付した。被告は、平成27年12月28日、被告製品をPMDA申請し、被告製品の説明文書も添付した。原告は、平成28年1月18日、被告に対し、本件東レ製品(訴外東レ・ダウコーニング社が製造販売する粘着面の原材料「DOW CORNING MG7-9850」)を原告製品の粘着面に用いることを提案した。被告は、原告による原告製品の発売開始(平成28年2月24日)後約4か月(平成28年6月20日)まで、原告製品を製造し、原告に納品していたが、その後、平成28年10月8日、契約は終了した。その後、被告は、平成29年12月1日までに、医療用の皮膚バリア粘着プレートである被告製品の販売を開始した。本件は、原告が、被告による不正競争防止法違反(2条1項7号所定の営業秘密の使用)を主張し、被告製品の譲渡等の差止め等及び損害賠償を求めたものである。
 原告は、シリコーンゲルを用いた皮膚バリア粘着プレートの粘着面の原料として、本件東レ製品を用いるという情報(以下、本稿において「本件情報1」という。)が、原告の営業秘密に当たり、被告が原告の営業秘密を使用したと主張した。
 また、原告は、シリコーンゲルを用いた皮膚バリア粘着プレートの端部を丸みを帯びた形状とするという情報(以下、本稿において「本件情報2」という。)が、本件契約で定めた秘密保持義務の対象に当たるとして、被告が、被告製品のPMDAの申請に際してこの情報を開示した行為が秘密保持義務違反に当たると主張した(さらに、原告は、被告による製造・販売行為が信義則上の保護義務違反であることも主張したが、省略する。)。

判決

⑴ 不正競争行為該当性
 本判決は、本件情報1は、平成27年7月までには広く知られていた情報であったとの事実認定の下、「少なくとも、原告が、原告製品の製造等を依頼するためにエフシートを持参して被告を訪問した平成27年7月16日時点において、シリコーンゲルを用いた皮膚バリア粘着プレートの粘着面の材料として本件東レ製品を用いるという本件情報が非公知の情報であったとは認められない。」として非公知性を否定し、本件情報1は秘密情報に当たらないと判断した。
 原告は、本件東レ製品は、医療用に開発された特殊素材の製品で、使用する場合には事前に使用目的、用途等を示して東レの許可を得ることが必要であり、市場に一般的に出回っている製品ではないことを非公知性の根拠として主張したが、本判決は、「本件東レ製品を使用するのに一定の手続を要したとしてもそれは本件情報の非公知性に影響しない」として主張を排斥した。

⑵ 秘密保持義務違反該当性
 本判決は、以下のように事実認定の上、秘密保持義務違反を否定した。
 上記のとおり、皮膚バリア粘着プレートの原材料にシリコーンゲルを用いるという本件情報1は、本件契約前の交渉段階から、広く知られていた情報であった。また、平成10年頃から訴外会社により製造・販売されている皮膚バリア粘着プレートである「シカケア」は、長方形であるが、傷痕の大きさに応じてはさみ等で切って使用するものであり、同訴外会社の作成した文書には、角を丸くした形でシカケアを切って用いる方法が紹介されているなどの事実が認められる。これらの事実に照らすと、本件情報2は、本件契約前の交渉段階から既に公知の情報であった。したがって、この情報は、本件契約の秘密保持義務の除外規定「公知になった情報」に該当するから、被告の行為は、秘密保持義務違反に該当しない。

検討

 本件の事案は、原告と被告との間で、原告製品の製造を被告に委託する本件契約が締結されていながら、被告において、原告製品と競合すると思われる被告製品を同時並行的にPMDA申請していたという点が特徴的である。なお、原告は、被告によるPMDA申請について何ら説明を受けていないと主張したのに対し、被告は、PMDAに申請にあたって端部を丸みを帯びた形状とするという情報が記載された文書を提出することについては原告の了解を得ていたと主張しており、この辺りの経緯は明らかでない。しかし、原告が、原告製品と競合する製品を被告が製造・販売することについて不本意であったことは明らかであり、それゆえに本件訴訟が提起されたのであろうと推察される。
 原告がとった法律構成は、主に営業秘密の侵害と秘密保持義務違反であったが、いずれも棄却された。本件では、本件情報1が非公知性の要件の不充足により営業秘密該当性が否定されたが、仮に本件情報1についても秘密保持義務違反が主張されたとしても、同時に本件契約上の秘密保持義務の対象にも当たらないこととなるであろう。余談であるが、仮に、秘密管理性の要件の不充足により営業秘密該当性が否定される場合にはどのような判断がされるのかについても興味深い。不正競争防止法上の営業秘密と契約上の秘密保持義務との関係については、別途紹介する知財高判令和2年3月24日(令和2年(ネ)第10072号)も参照していただきたい。
 本判決は、本件情報2が秘密保持義務の対象に当たるか否かを判断するに当たり、「本件契約前の交渉段階から既に公知の情報」であったことを認定したが、本件契約の9条3項4号は、秘密保持義務の適用除外の対象として、「公知になった情報」とのみ記載されており、交渉段階から公知であったことが必要とされるものではなく、秘密保持義務違反が問題とされた時点との関係で公知となっているかどうかが問題となるという理解が一般的であると考えられる。
 原告が得たかった結論は、本来的には、被告が競業避止義務を負うことだったのではないかと推測される。秘密保持義務は、本件のように、後から公知文献で立証されることにより否定されることもあるので、原告の立場からは、契約上、正面から競業避止義務を合意することも1つの方法である。ただし、競業避止義務には、営業の自由との関係において一定の限界があると解するのが確立した実務であるので、この点に留意し、過度な期待は禁物である。より長期間の独占を目指すのであれば、特許権を取得した上で他社との協業に進むことが王道であろう。

以上
(筆者)弁護士 後藤直之