【令和2年9月25日判決(東京地方裁判所 平成29年(ワ)第24210号)】

【事案の概要】
 本件は,原告が,被告に対し,被告による被告製品3及び5の販売は,原告の有する特許第3024698号の特許権(以下「本件特許権1」といい,当該特許権に係る特許を「本件特許1」という。)を侵害すると主張して,不法行為(民法709条,以下同じ。)による損害賠償請求権に基づき,損害及び遅延損害金の支払等を求めた事案である(被告製品1,2及び4については割愛する)。

【キーワード】
特許法第102条第2項,推定覆滅

【本件発明】
 本件特許1の請求項1に係る発明(以下「本件発明1-1」という。)を分説すると以下のとおりである。
 1-1A ベッド等において,
 1-1B 床板を支えるフレームを,使用者の体格に対応させるべく,フレームの一部を異なった長さの交換装着用フレームに置き換え可能に構成した
 1-1C ことを特徴とするベッド等におけるフレーム構造。

【争点】
 本件では,被告製品3及び5が本件発明1の技術的範囲に属するか,本件特許1が特許無効審判に無効にされるべきものと認められるかなど複数の争点があるが,本稿においては,特許法102条2項の推定覆滅事由に関する点のみ紹介する。以下,下線等の強調は,筆者が付した。

裁判所の判断

 争点1-4(損害の発生及び額,ないし,被告製品3に係る不当利得の発生及び額)について

(3)推定覆滅事由について
ア 特許法102条2項と推定の覆滅
 特許法102条2項による推定は,侵害者が得た利益と特許権者が受けた損害との相当因果関係を阻害する事情がある場合に覆滅すると解される。
イ 掲記の証拠によれば,以下の事実が認められる。
(ア) 平成24年の被告製品の総合カタログでは,医療介護ベッドとして,まず被告製品4が紹介され,引き続いて被告製品3が紹介されており,被告製品4の特徴の1つとして,「使用される方の身長やお部屋の大きさに合わせ,レギュラーサイズとショートサイズをご用意しました。背ボトム・脚ボトムのみの購入で,全長サイズをレギュラーサイズからショートサイズへ切替が可能。」などと記載されていた。それに引き続いて紹介された被告製品3の紹介では,「レギュラータイプ」,「ショートタイプ」があることやそれぞれの全長の数値が記載されている一方,「Point!」として記載されていたのは,「利用者の膝の位置に合わせ曲がる位置を調節できるフィッティング機構」という膝フィッティング機構を始めとする3つの機構であり,体格に応じたフレームに変換することについての記載はなかった。(甲55)
(イ) 平成26年頃の被告製品5のカタログには,被告製品5について「膝のフィッティングが好評の「ミオレット」に待望の後継機登場!」などと説明され,製品の特徴として,「対象者の拡大」,「安全性への配慮」,「操作性への配慮」,「組立設置・アフターサービスへの配慮」が掲げられ,それぞれ,「ベッドと車椅子の間を無くし移乗をより安全にできるようになりました。足先上げにより,心疾患や下部のむくみに対応しました」,「JI5 S規格準拠による重症事故対応はもちろん,多発する手すりの乗り越え事故に対応しました。」,「片麻痺の方など障がいをお持ちの方に配慮した手元スイッチ,伝い歩きを考慮したボード形状を実現しました。」,「レンタルベッドとして求められる,組立設置,アフターサービスのしやすさを追求しました。総重量77kgを実現し,搬送時の腰への負担軽減を追求しました。」と記載されている。そして,「「身体のズレ軽減」に対応した4つのポイント機構」として,「背上げ時のずれを控える膝位置のフィッティング機構」を始めとする4つの機構が説明された。その後のページで,「床面高さが25~59cmまで昇降することで介助者の腰痛を防止できます。」,「使用される方の身長やお部屋の大きさに合わせ,レギュラーサイズとショートサイズを用意しました。」,「車椅子との移乗も隙間がなく安心な収納式再サイドレールホルダー」との見出しのもとでそれぞれの説明がされ,異なるサイズが用意されたことについて,「全長サイズをレギュラーサイズからショートサイズへ切替が可能。」,「※背ボトム・ひざ脚ボトム・ヘッドフレーム・フットフレームの交換が必要になります。」などの記載がされてレギュラータイプとショートタイプの全長が記載され,また,「サイズ切替が可能」という説明とともに,人が横たわったベッドの図が掲載されていた。平成27年から平成29年の被告製品の総合カタログの被告製品5の部分には,「「身体のズレ軽減」に対応した4つのポイント機構」として,膝フィッティング機能などが記載されていたが,体格に応じてサイズを用意したことの記載はなかった。平成29年7月13日時点において被告のウェブサイトに掲載されていた被告製品5の製品紹介部分には,「「身体のズレ軽減」に対応した4つのポイント機構」として,膝フィッティング機能などの4つの機能が説明された後,「床面高さが25~59cmまで昇降することで介助者の腰痛を防止できます。」,「使用される方の身長やお部屋の大きさに合わせ,レギュラーサイズとショートサイ5 ズを用意しました。」などの見出しのもとにそれぞれの説明がされ,異なるサイズが用意されたことについて,「全長サイズをレギュラーサイズからショートサイズへ切替が可能。※背ボトム・ひざ脚ボトム・ヘッドフレーム・フットフレームの交換が必要となります」などの記載がされ,人が横たわっていて,レギュラータイプとショートタイプの全長が記載されたベッドの図が掲載されていた。(甲19,63,乙121~124)
(ウ) 被告製品3及び5は,介護ベッドとして使用され,このような介護ベッドは,ほとんどはレンタル卸業者及び福祉用具貸与事業者(以下,これらについて「レンタル業者等」という。)が購入し,最終的にベッドの利用者にレンタルされている。原告が販売する「楽匠」,「楽匠Z」シリーズも同様である。(甲73,弁論の全趣旨)
(エ) 平成21年11月以降の被告製品3のレギュラータイプの販売台数は,6万3223台であり,ショートタイプの販売台数は,594台であった。(乙250)
(オ) 被告製品5のレギュラータイプの販売台数は,合計4万9727台であり,ショートタイプの販売台数は,合計4434台であった。(乙250)
(カ) 被告は,被告製品3及び5の売上げの上位50社(これらの売上金額は被告製品3及び5の売上総額の80%を超える。)に対してヒアリングをした。それによると,被告製品3について,売上げ上位50社に対し,合計5万2910台が販売され,そのうち,最終的に個人・介護施設へ販売されたものが3779台であり,その余がレンタル業者等へ販売されたものだった。レギュラータイプのみを購入したレンタル業者等は17社で,そのレギュラータイプの販売台数は8250台であり,その中に,ショートタイプにするための交換用パーツを購入したレンタル業者等はいなかった。ショートタイプのみを購入したレンタル業者等はおらず,その余のレンタル業者等は,レギュラータイプとショートタイプの双方を購入していた。これらのレンタル業者等の中には交換用パーツを購入した業者もおり,その交換用パーツの総数(不具合対応のために購入と回答した台数を除く。)は,合計45セットである。被告製品5について,売上げ上位50社に対し,合計5万1762台が販売され,そのうち,最終的に個人・介護施設へ販売されたものが841台であり,その余がレンタル業者等へ販売されたものだった。レギュラータイプのみを購入したレンタル業者等は16社で,そのレギュラータイプの販売台数は,5457台であり,そのうち,ショートタイプにするための交換用パーツ(ショートタイプにするためのフレーム,背ボトム,ひざ脚ボトムのセット)を購入したレンタル業者等は1社であり,同社への販売は7セットであった。ショートタイプのみ購入したレンタル業者等はいなかった。他のレンタル業者等は,レギュラータイプとショートタイプの双方を購入していた。これらのレンタル業者等の中には交換用パーツを購入した業者もおり,その交換用パーツの総数(不具合対応のために購入と回答した台数を除く。)は,合計88セットであった。(乙214~216,251~254)
(キ) 原告が取引先を対象として実施したアンケートの結果等によれば,レンタル事業者等においては,半数以上が,購入したベッドをレギュラータイプ又はショートタイプにするための交換用パーツの構成品ごとに管理して,レンタル時に購入時とは別の構成品を組み合わせ得る管理をしていた。また,柔軟性や保管の便宜等の理由から,ベッドの大きさを変更できる機能を高く評価していて,実際に購入したベッドについて耐用年数(概ね6から8年)の間にその大きさを変更することがあると回答した業者が相当数存在する。(甲73,75~147)
ウ 本件発明1は,ベッドにおけるフレーム構造を,使用者の体格に対応させるために,フレーム又は足側フレームを異なった長さの交換用フレームに置き換え可能に構成し,外観を向上したという効果を奏するようにしたものである。
 ここで,被告製品3においては,総合カタログにおいて,特徴として,膝フィッティング機能が強調して記載されるほか,その他の機能も記載されていたが,体格に応じたフレームの交換が可能なこと自体は記載されていなかった(前記イ(ア))。被告製品5においては,平成26年頃のカタログや少なくとも平成29年7月13日時点における被告のウェブサイトには,体格に応じてフレームを交換することができることが記載されていたが,いずれにおいても,被告製品5の特徴として,膝フィッティング機能をはじめとする複数の機能が記載され,その後に記載された複数の特徴の1つとして,体格に応じたベッドのサイズを用意したことが記載されていた。平成27年から平成29年の被告の総合カタログの被告製品5の部分には,体格に応じてフレームを交換することができること自体の記載がなかった(同(イ))。
 本件発明1について,ベッドの利用者において事実上上記の発明の効果を奏するのは,体格に応じた交換用フレームを用いて交換をした場合であるともいえるところ,交換用フレーム(交換用パーツ)が販売された数は,被告製品3及び5全体の販売台数に比べると極めて少ないことがうかがわれる(同(カ))。被告製品3及び5はほとんどがレンタル業者等により購入されていて,レンタル業者等において,交換用パーツの購入とは別に,購入したベッド本体を部品ごとに管理するなどして,異なるタイプのベッドに対応したフレームを適宜交換することもあり得るのであるが(同(ウ),(カ),(キ)),そもそも被告製品3及び5のショートタイプのベッド本体の販売数が,レギュラータイプの販売台数に比べて相当少なく(同(エ),(オ)),上記のような管理を基礎としたフレームの交換がされるとしてもその数は,全体の販売台数に対して相当に限られる。
 以上によれば,被告製品3及び5は,そのカタログ等において,本件発明1とは別の機能が強調されていて,相当数が本件発明1に係る特徴とは別の機能等の特徴に惹かれて購入されたことがうかがわれる。それに加えて,本件発明1は,被告製品3及び5のタイプを同じくするベッド本体を購入しただけではベッドの利用者においては事実上その効果を奏しないという特徴があるともいえるところ,上記の交換用パーツの販売数(売上げ上位50社に対するもの)やショートタイプの販売台数等からすると,ベッドの利用者において事実上本件発明1の効果を奏する形で使われたのは全体の販売台数のうちの極めて限られた台数と認められるのであり,このことからも,販売された被告製品3及び5の大部分は,本件発明1に係る特徴とは別の機能等の特徴に惹かれて購入されたものと認めることができる。このような被告製品3及び5が本件発明1の実施に係る部分以外に備えている特徴やその顧客誘引力等の事情を考慮すると,侵害者が得た利益と特許権者が受けた損害との相当因果関係を大きく阻害する事情があるといえ,特に交換用パーツ及びショートタイプの販売が少ない被告製品3については,侵害者が得た利益の9割5分について,被告製品5については侵害者が得た利益の9割について,その推定が覆滅するとするのが相当である。
エ 被告は,被告が被告製品3及び5の販売において利益を得たといえるのは,ベッド本体と交換用パーツを同時に販売した場合に限られ,その余の販売での利益額が原告の損害額とはいえないことや,被告が本件発明1の実施によって利益を得たといえる場合は,ベッド本体が販売され更にタイプ変更目的で交換用パーツが販売された場合に限られ,極めて小さな割合である旨主張する。
 しかし,被告製品3及び5のベッド本体の販売が本件発明1の実施といえ,推定の覆滅については被告に主張立証責任があるところ,被告は,体格に応じてフレームの交換ができることをベッドの図を掲載するなどしてカタログ等で記載したことがあり,結果的に交換用パーツの購入等がされなかった場合であっても,上記記載に基づいてベッドが購入された場合もあり得ること,被告製品3及び5の購入者の特性から交換用パーツを購入しなくともレギュラータイプ及びショートタイプ双方のベッド本体を購入すれば本件発明1の効果を奏するようなフレーム交換をし得ることなどから,推定は大きく覆滅するとは認められるが(前記ウ),被告が指摘する場合以外の販売に係る利益についての推定が全て覆滅するとまでは認めるに足りない。

検討

 近年,損害額が相対的に高く認定される(推定覆滅事由が否定される)傾向にあるが,本件では,推定覆滅事由が肯定された。
 推定覆滅事由については,「特許法102条2項における推定の覆滅については,同条1項ただし書の事情と同様に,侵害者が主張立証責任を負うものであり,侵害者が得た利益と特許権者が受けた損害との相当因果関係を阻害する事情がこれに当たると解される。例えば,①特許権者と侵害者の業務態様等に相違が存在すること(市場の非同一性),②市場における競合品の存在,③侵害者の営業努力(ブランド力,宣伝広告),④侵害品の性能(機能,デザイン等特許発明以外の特徴)などの事情について,特許法102条1項ただし書の事情と同様,同条2項についても,これらの事情を推定覆滅の事情として考慮することができるものと解される。また,特許発明が侵害品の部分のみに実施されている場合においても,推定覆滅の事情として考慮することができるが,特許発明が侵害品の部分のみに実施されていることから直ちに上記推定の覆滅が認められるのではなく,特許発明が実施されている部分の侵害品中における位置付け,当該特許発明の顧客誘引力等の事情を総合的に考慮してこれを決するのが相当である。」と判断した裁判例がある(知的財産高等裁判所特別部判決令和元年6月7日・平成30年(ネ)第10063号)が,本件においても,同趣旨の判断が示されている。
 本件では,そもそも,本件発明1がベッドにおけるフレーム構造を,使用者の体格に対応させるために,フレーム又は足側フレームを異なった長さの交換用フレームに置き換え可能に構成することに特徴があり,被告製品においては,交換用フレームを用いるか,交換用フレームを用いない場合でも,被告製品3及び5の双方がなければ交換できないという事情があった。そして,カタログ等の記載において,本件発明1とは別の機能が強調されていること,交換用フレームの販売数,レギュラータイプに比したショートタイプの販売台数といった事情から,被告製品3及び5が本件発明1の実施に係る部分以外に備えている特徴やその顧客誘引力等の事情を考慮し,その上で,特に交換用パーツ及びショートタイプの販売が少ない被告製品3については,侵害者が得た利益の9割5分について,被告製品5については侵害者が得た利益の9割について,その推定が覆滅するとするのが相当であると大幅な覆滅を認定している。
 上記裁判例においては,「当該特許発明の顧客誘引力等の事情を総合的に考慮」としている一方,本判決は,特許発明の顧客誘引力ではなく,それ以外の顧客誘引力を考慮しているため一見すると異なる要素を考慮しているようにも思われるが,特許発明以外の顧客誘引力が高いということは,逆に特許発明の顧客誘引力は低いことを意味するものと思われるため,上記裁判例と矛盾するものではなく,同一の要素を考慮していると考えられる。
 本件は,特許法第102条第2項の推定覆滅事由を肯定した事案として参考になるものと思われることから紹介した。

以上
(筆者)弁護士・弁理士 梶井啓順