【知財高裁令和2年10月8日(令2(行ケ)第10021号・審決取消請求事件)】

【キーワード】
商標法4条1項11号,指定商品,類似

事案の概要

 原告は,平成29年9月26日,「POET ポエット」の文字を標準文字で表した商標(以下「本願商標」という。)について,商標登録出願(商願2017-128337)をした。原告は,平成30年10月19日付けで拒絶査定を受けたことから,同年12月21日,これに対する不服の審判を請求し,また,平成30年12月21日付け手続補正書により指定商品を補正し,本願商標の指定商品は,第9類「翻訳業務を支援するためのコンピュータソフトウェア・コンピュータプログラム」(以下「本願指定商品」という。)となった。しかしながら,特許庁は,令和元年12月23日,「本件審判の請求は,成り立たない。」とする審決(以下「本件審決」という。)を行ったため,原告は,本件審決の取消しを求めて,本件訴えを提起した。

審決の理由

 本願商標は,「POET」の文字を標準文字で表し,指定商品を第9類「電子応用機械器具及びその部品」(以下「引用指定商品」という。)とする登録商標(登録第4634308号。以下「引用商標」という。)と類似する商標であり,かつ,本願指定商品は,引用指定商品と類似する商品であるから,本願商標は,商標法4条1項11号に該当し,商標登録を受けることができないというものである。

原告の主張

 本願指定商品は,プロの翻訳者が技術分野ごとの専門辞書を使って翻訳を行う「人手翻訳」を支援するための「翻訳支援ツール」又は「翻訳支援ソフト」であり,汎用性のある「電子計算機用プログラム」ではなく,特殊な「翻訳業務を支援するためのコンピュータソフトウェア・コンピュータプログラム」であるから,引用指定商品の例として挙げられている翻訳ソフトとは根本的に異なる商品である。したがって,普通の消費者が,専門家が使用する翻訳支援ツールである本願指定商品を,引用指定商品と類似する商品であると考えることはあり得ず,ましてや,プロの翻訳者や翻訳事業者がそのように考えることはあり得ない。
 また,本願指定商品は,生産部門及び販売部門,用途,需要者という点で引用指定商品と異なっている。すなわち,本願指定商品は,上記の通りプロの翻訳者へ向けての支援ツールであるため,製造し販売している者はほとんどが翻訳事業者であり,用途は翻訳業務の効率化であり,需要者もプロの翻訳者や翻訳事業者等であるため,引用指定商品と異なる。

争点

・本願指定商品と引用指定商品との同一性または類似性

判決一部抜粋(下線は筆者による。)

第1~第4 省略
第5 当裁判所の判断
 1 指定商品の類否に係る判断枠組み
  指定商品が類似のものであるかどうかは,商品自体が取引上誤認混同のおそれがあるかどうかにより判定すべきものではなく,それらの商品が通常同一営業主により製造又は販売されている等の事情により,それらの商品に同一又は類似の商標を使用するときは同一営業主の製造又は販売に係る商品と誤認されるおそれがあると認められる関係にある場合には,たとえ,商品自体が互いに誤認混同を生ずるおそれがないものであっても,商標法4条1項11号にいう「類似の商品」に当たると解するのが相当である(最高裁昭和33年(オ)第1104号同36年6月27日第三小法廷判決・民集15巻6号1730頁参照)。
  以上の判断枠組みを前提として,本願指定商品及び引用指定商品の類否について検討する。
 2 検討
 (1)  本願指定商品及び引用指定商品について
ア 本願指定商品は,第9類「翻訳業務を支援するためのコンピュータソフトウェア・コンピュータプログラム」であり,翻訳支援ツールと称される商品である・・・。
そして,一般に,翻訳支援ツールとは,単に自動翻訳をするためのプログラムではなく,翻訳者が同ツールに蓄積された対訳データや翻訳メモリ,データベース化された用語集等を利用することにより,翻訳作業をより効率的に,かつ質の高いものとするためのコンピュータソフトウェア又はコンピュータプログラムである・・・。
イ 他方で,引用指定商品は,第9類「電子応用機械器具及びその部品」であり,「電子応用機械器具」には電子計算機(コンピュータ)が含まれるものといえるところ,これを動作させるためには「電子計算機用プログラム」が不可欠であることからすれば,引用指定商品には「電子計算機用プログラム」が含まれるものといえる(この点は,原告も争っていない。)。
ウ そして,本願指定商品である翻訳支援ツールも,コンピュータプログラムである以上,引用指定商品である「電子計算機用プログラム」に含まれるから(原告は,この点を争っているようであるが,引用指定商品の「電子計算機用プログラム」は,特に限定がない以上,コンピュータプログラム一般を含むものと解される。そして,翻訳支援ツールも,用途がやや特殊であるとはいえ,コンピュータを動作させて一定の作業を行うためのプログラムである以上,コンピュータプログラムにほかならないのであるから,引用指定商品に含まれることを否定することはできない。),本願指定商品と引用指定商品とは同一であるということになる
 したがって,原告の主張は,既にこの点において失当というべきであるが,当事者双方が,本願指定商品である翻訳支援ツールと引用指定商品である翻訳ソフトとが類似するかどうかについて争っていることにかんがみ,念のため,この点についても判断することとする。
(2)  生産部門及び販売部門について
ア ・・・翻訳支援ツールは,主に翻訳事業者又は翻訳者が使用することが想定されている商品であるといえるところ,実際の取引例をみても,翻訳事業者が生産,販売をしている例が多く見受けられる・・・。
イ また,翻訳ソフトは,自動翻訳をすることを主な機能とするコンピュータソフトウェアであること・・・からすれば,翻訳事業者又は翻訳者のみならず,他の事業者や一般の消費者も使用することが想定されている商品であるといえるところ,実際の取引例をみても,翻訳事業者ではない一般のソフトウェアメーカーが生産している例や,当該ソフトウェアメーカー又は家電量販店が販売している例が多く見受けられる・・・。
ウ そうすると,翻訳支援ツール及び翻訳ソフトは,生産部門及び販売部門が異なることが多いものといえる
 しかしながら,他方で,・・・一般のソフトウェアメーカーが翻訳支援ツールを生産,販売している例や,翻訳事業者が翻訳ソフトを生産,販売している例も見受けられる・・・。また,翻訳支援ツールと類似した機能を含む翻訳ソフトが,家電量販店又はそのウェブサイトにおいて販売されている例も見受けられる・・・。
 これらの事情を考慮すると,翻訳支援ツール及び翻訳ソフトの生産部門及び販売部門は,必ずしも明確に区別されるものではないというべきである。
エ 以上によれば,翻訳支援ツール及び翻訳ソフトは,生産部門及び販売部門を共通にする場合があるといえる
(3)  用途及び機能について
ア ・・・翻訳支援ツール及び翻訳ソフトは,翻訳者による翻訳作業を効率化等するためのものであるか,それとも自動翻訳をするものであるかという点で,主たる用途や機能が異なるものといえる
イ しかしながら,翻訳支援ツール及び翻訳ソフトは,いずれも翻訳作業を行うことを目的とし,コンピュータを動作させるためのプログラムであるという点においては,用途及び機能を共通にするものといえる。また,翻訳支援ツールは,その多くが自動翻訳の機能も有していると認められ・・・,他方で,翻訳ソフトには,翻訳支援ツールと類似した機能や翻訳支援ツールと連携する機能を含むものがあると認められる・・・。
 これらの事情を考慮すると,翻訳支援ツール及び翻訳ソフトの用途や機能を厳密に区別するのは困難であるというべきである。
ウ 以上によれば,翻訳支援ツール及び翻訳ソフトの用途及び機能には,共通する部分があるといえる
(4)  需要者について
ア ・・・翻訳支援ツールは,主に翻訳事業者又は翻訳者が使用することが想定されている商品であるといえるから,その主な需要者は,翻訳事業者又は翻訳者であるといえる。
イ また,・・・翻訳ソフトは,自動翻訳をすることを主な機能とするコンピュータソフトウェアであることからすれば,翻訳事業者又は翻訳者のみならず,他の事業者や一般の消費者も使用することが想定されている商品であるといえるから,その主な需要者には,広く一般の事業者及び消費者が含まれるものといえる
ウ そうすると,翻訳支援ツール及び翻訳ソフトは,主な需要者が異なることが多いものといえる
 しかしながら,・・・翻訳支援ツール及び翻訳ソフトは生産部門及び販売部門を共通にする場合があり,また,用途及び機能に共通する部分があるといえることからすれば,翻訳事業者又は翻訳者ではない一般の事業者又は消費者が翻訳支援ツールを購入することもあり得るし,これとは逆に翻訳事業者又は翻訳者が翻訳ソフトを購入することもあり得るといえる。
 そうすると,翻訳支援ツール及び翻訳ソフトの需要者については,上記の範囲で共通することがあるというべきである。
エ 以上によれば,翻訳支援ツール及び翻訳ソフトは,需要者の範囲が一致することがあるといえる
(5)  小括
ア ・・・翻訳支援ツール及び翻訳ソフトは,生産部門及び販売部門を共通にする場合があるといえること,用途及び機能に共通する部分があるといえること,需要者の範囲が一致することがあるといえることからすれば,両者に同一又は類似の商標が使用された場合には,同一の営業主の製造又は販売に係る商品であると誤認されるおそれがあるというべきである
イ したがって,翻訳支援ツールである本願指定商品と翻訳ソフトを含む引用指定商品は,商標法4条1項11号にいう「類似する商品」に当たるものと認められる。

検討

1 商標の登録
 商標法4条1項11号では,「商標登録出願の日前の商標登録出願に係る他人の登録商標又はこれに類似する商標であつて、その商標登録に係る指定商品若しくは指定役務・・・又はこれらに類似する商品若しくは役務について使用をするもの」について,商標と登録を受けることができないと規定する。
 ここで,登録商標の指定商品・役務と「類似」しているかという判断は,従来の判例では,商品に同一・類似の商標が使用される場合に出所の混同が生じるかという基準も用いる考え方が採用されていた(橘政宗事件最高裁判決・最高裁昭和33年(オ)第1104号同36年6月27日)。
 本件においても,裁判所は,指定商品の類似の判断規範として,同様の基準(「指定商品が類似のものであるかどうかは,・・・それらの商品に同一又は類似の商標を使用するときは同一営業主の製造又は販売に係る商品と誤認されるおそれがあると認められる関係にある場合には,たとえ,商品自体が互いに誤認混同を生ずるおそれがないものであっても,商標法4条1項11号にいう「類似の商品」に当たる」)を使用しており,従来の判例からの変更はない。
 ただし,引用指定商品の第9類「電子応用機械器具及びその部品」には「電子計算機用プログラム」が含まれるとして,本願指定商品と引用指定商品は「同一」であると判示しており,「類似」とはしていない。

2 翻訳支援ツールと翻訳ソフト
 本件では,上記の通り,裁判所は,本願指定商品と引用指定商品は「同一」と認定したが,原告・被告間の主張を踏まえ,翻訳支援ツールと翻訳ソフトの類似性について,傍論として判示している。また,その類似性の判断には,上記の基準を用いてると考えられる。
 すなわち,裁判所は,①翻訳支援ツールは翻訳事業者が製造・販売することが多く,翻訳ソフトの生産部門及び販売部門とは異なることが多いこと,②翻訳支援ツールは翻訳作業を効率化等するためのものであり,自動翻訳をおこなう翻訳ソフトと主たる用途や機能が異なること,③翻訳支援ツールは翻訳者又は翻訳事業者が需要者として想定されており,広く一般の消費者も需要者として想定されている翻訳ソフトと主な需要者が異なることを,それぞれ認定している。これは,両商品は異なる点が多く,「商品自体が互いに誤認混同を生ずるおそれがない」ものに該当するという点をいうものと考える。
 しかし,裁判所は,上記のように異なる点があったとしても,生産部門及び販売部門,要及び機能,需要者について共通にする部分もあるとして,両者は「類似する商品」に該当すると判示している。これは,当該共通部分があるという事情により,両商品は,「同一又は類似の商標を使用するときは同一の営業主の製造又は販売に係る商品と誤認されるおそれがある」という関係であり,「類似する商品」に該当すると判断したものと考える。

3 小括
 翻訳支援ツールと翻訳ソフトは,翻訳に関する商品という点は共通しており,両商品を販売する会社も想定できることから,同一又は類似の商標を使用すると,同じ会社から販売されたものではないかという誤認混同が生じるおそれがあるといえるため,本件判示の内容は,妥当と考える。
 仮に,本件において,引用指定商品が「翻訳ソフト」であった場合でも,両者は「類似する商品」に該当すると判断され,結論は変わらなかったであろう。

以上
(筆者)弁護士 市橋景子