【東京地裁令和2年6月3日判決(平成31年(ワ)9997号)】

事案の概要

 本件は、別紙2原告標章記載のかばんの形状(以下「原告標章」という。)について別紙1原告商標権目録記載の商標権(以下「原告商標権」といい、その商標を「原告商標」という。)を有し、原告標章の特徴を有する別紙3原告商品目録記載の商品(以下「原告商品」という。)を販売する原告が、原告商品の形態は原告の周知又は著名な商品等表示でもある旨主張し、被告において販売していた別紙4被告商品目録記載のハンドバッグ(以下「被告商品」という。)及びそれと同様の形態上の特徴を有するハンドバッグ(その具体的な形態については争いがある。以下、当該ハンドバッグを「バーキンタイプのバッグ」といい、被告商品と併せて「被告商品等」という。)の形状ないし形態は、原告商標と類似する標章であるとともに、原告の周知又は著名な商品等表示と類似する商品等表示(不正競争防止法(以下「不競法」という。)2条1項1号、2号)に該当するとして、被告商品等を販売した被告の行為は商標権侵害又は不競法2条1項1号、2号の不正競争に当たり、被告は遅くとも平成22年8月11日から平成30年2月14日までの期間(以下、「対象期間」という。)に被告商品等を少なくとも100個販売したと主張して、被告に対し、商標権侵害の不法行為による損害賠償請求権又は不競法4条による損害賠償請求権に基づき、次の支払を求める事案である。原告は、これらの請求につき、対象期間を通じて発生した損害について不競法4条による損害賠償請求をし、そのうち原告商標権登録後の期間に生じた損害については上記の両請求権に基づく請求を選択的にするものである。

判決抜粋(下線部及び文字の強調は筆者)

主文
1 被告は、原告に対し、289万8468円及びうち221万6800円に対する令和元年5月10日から、うち68万1668円に対する同年10月30日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、これを4分し、その1を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
(中略)
第2 事案の概要
(中略)
 2 前提事実(当事者間に争いがない事実又は後掲の証拠(以下、書証番号は特記しない限り枝番を含む。)及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
  (1) 当事者
  ア 原告
  原告は、1837年にティエリ・エルメスによって創業された高級ブランドであり、バッグ、高級婦人服、アクセサリー等の製造、販売を業とするフランス共和国(以下「フランス」という。)の法人である。
  イ 被告
  被告は、昭和61年8月22日に設立され、自己の経営する店舗、自己の運営するウェブサイト及び店舗外での販売会において、バッグ、装身具の販売等を行っている法人である(弁論の全趣旨)。被告は、「TIAMARIA スタッフブログ」というタイトルを付したブログを開設しており、取り扱う商品の紹介、販売会の情報などを掲載している(甲2、40~49、62~73)。
  (2) 原告商標権
  原告は、原告標章について、原告商標権を有する(甲3)。
  (3) 原告標章及び原告商品の特徴
  原告標章の特徴は、別紙3原告商品目録記載の〈1〉ないし〈5〉のとおりであり、各特徴の具体的な態様については、別紙6原告標章解説図記載のとおりであって、原告は、当該特徴を有する原告商品を販売している。
  (4) 原告商品の販売状況等
  ア 原告の販売する商品(以下、原告商品を含めた原告が販売する商品を総称して「エルメス商品」ということがある。)は、日本においても戦前から知られていたが、原告が昭和39年に株式会社西武百貨店と提携し、渋谷、池袋を始め、名古屋、大阪、札幌等全国に合計15店舗の専門店を出店してからは、より広くの顧客層に知られるようになり、昭和58年に原告の日本子会社であるエルメスジャポン株式会社が設立されてからは、不動の名声を獲得するに至った。
  原告は、現在、日本全国に計32の直営店舗を有するところ、エルメス商品は、それのみを特集する女性誌が存在するほど、現在日本において高い人気を得ている。
  イ 原告商品は、昭和59年(1984年)に発表され、フランスの著名な女優であるジェーン・バーキンが愛用し、「バーキン」の名称で世界的に広く知られており、エルメス商品を代表する高級バッグである。
  原告商品は、その主な需要者である女性を購読者層とする女性誌において頻繁に特集され、その形態についてもカラー写真で紹介されている。
  具体的には、平成13年から平成19年に日本で発売された雑誌等においても、原告商品は、「究極の定番バッグ」(甲11)、「最上のデザイン×最上の素材」(甲11)、「名品」(甲14、28及び30)、「ベストオブ名品」(甲23)、「世界中の女性が憧れるバッグの最高峰」(甲28)などと称された上、「エルメス」の「バーキン」として、多数の女性誌において、エルメス商品であることが強く印象付けられる記載がされ、その立体的形状がカラー写真で紹介されている(甲5ないし32)。
  (5) 被告による被告商品等の販売行為
  被告は、平成30年2月14日、被告の店舗を訪問した原告関係者に対して、被告商品1点を2万8080円(税抜価格2万6000円)で販売した(甲1、乙34)。
  被告は、上記の販売より前に、遅くとも平成22年8月11日以降、バーキンタイプのバッグを販売していたことがあった(甲41、弁論の全趣旨。)。
  被告商品等は、合成皮革など、原告商品に用いられる素材とは異なる安価な素材が使用されていた(弁論の全趣旨)。
  (6) 原告標章と被告商品の形状の一致点
  被告商品の形状は、以下の点において、原告標章と同一である。
  〈1〉本体正面および背面が底辺のやや長い台形状、本体各側面が縦長の二等辺三角形状であり、
  〈2〉略凸状となるように両サイドに切り込みを有し、横方向に略3等分する位置に鍵穴状の縦方向の切込みが2箇所設けられた蓋部が本体背面の上端部と縫合されており、
  〈3〉本体背面上部に端部を縫合され、本体各側面に形成されたタックの山部を貫通し、本体正面の上部まで延在する左右一対のベルトが設けられており、
  〈4〉前記蓋部の凸型部分と前記左右一対のベルトとを本体正面の上部中央にて同時に固定することができる先端にリング状を形成した固定具が設けられ、さらに、前記鍵穴状の切込みの外側の位置において、前記蓋部の凸型部分と前記各ベルトとを同時に固定することができる左右一対の補助固定具が設けられており、
  〈5〉本体正面上部及び背面上部に、円弧状をなす一対のハンドルが縫合され、前記正面側のハンドルは前記鍵穴状の切込みを通るように設けられている点。
(中略)

第3 当裁判所の判断
 1 争点1(原告商標と被告商品等の形状の類似性(商標権侵害の有無))について
  (1) 被告商品について
  ア 前記第2の2(3)のとおり、原告標章の特徴は別紙3原告商品目録記載の〈1〉ないし〈5〉のとおりであるところ、前記第2の2(6)のとおり、被告商品の形状は、前記〈1〉ないし〈5〉の特徴の全ての点で原告標章と一致している。
  被告は、原告標章と被告商品の形状とでは全体的な形状が異なり、前記第2の4(1)【被告の主張】ア記載の〈1〉ないし〈4〉のとおり、本体や蓋上部の形状が直線的か否か、ハンドルの形状や長さ及び蓋部の縦の長さ、本体側面の二等辺三角形状が凹んでいるか否かや蓋上部との空き空間の有無、用いられている革の薄さや柔らかさなどの点で形状に相違があると主張するが、別紙2原告標章と別紙5被告商品写真の各写真からすれば、被告の指摘する各点は、本体や蓋上部の形状及び本体側面の形状について相違するともいえず、その他についてもそれぞれのハンドバッグを構成する各部材の寸法や形状が若干異なる程度の差にとどまるものであって、外観上の類似性を否定するような相違点とは認められない
  したがって、原告標章と被告商品の形状とは、外観上類似する。
  イ 原告商標及び被告商品の形状において、何らかの観念ないし称呼が生じるとは認められないから、これらの点で相違するとはいえない
  ウ 被告は、原告商品が高品質で1個100万円以上の価格であるのに対して、被告商品は安価な合成皮革等を用いて価格も1個2万8000円とはるかに安価であったことなどからすれば、原告商品と被告商品とを誤認混同するおそれはないと主張するが、そのような事情をもって誤認混同のおそれがないとはいえず、その他、本件証拠上、原告商標と被告商品の形状につき、上記の外観の類似性にかかわらず、商品の出所を誤認混同するおそれがないとするような取引の実情等があるとは認められない
  エ したがって、原告商標と被告商品の形状との間には、類似性があるというべきである。

原告商標

被告商品

  (2) バーキンタイプのバッグについて
  ア 被告はバーキンタイプのバッグを一度に100個単位で仕入れており、最後の仕入れは平成22年夏ないし秋頃に100個仕入れたものであったと主張しているところ、被告が平成22年8月頃と平成26年1月頃に販売したバーキンタイプのバッグの写真(甲40、41)を検討しても、それらの間には、色や素材の違いを除いて外観上の大きな違いは認められず、被告が平成22年以降の販売について、時期によってバーキンタイプのバッグの形状に違いがあったとの具体的な主張立証をしていないことも考え合わせれば、対象期間中に販売されたバーキンタイプのバッグは、いずれも同様の外観上の特徴を有していたものと推認するのが相当である。
  イ 被告は、バーキンタイプのバッグは、平成30年に販売された被告商品とは別の仕入先から仕入れたものであり、被告商品とは若干形状が相違すると主張するが、バーキンタイプのバッグを正面方向から撮影した写真(甲40、41)を検討すると、原告標章と被告商品の形状とが共通して有する前記第2の2(6)の各特徴のうち、正面方向から観察した際に視覚に映る特徴については、バーキンタイプのバッグにも認められ、正面方向から観察した姿に被告商品との明らかな差異は認められない。
  ウ また、被告は、バーキンタイプのバッグの他に、正面から写真撮影をした場合にはバーキンタイプのバッグと見分けがつかない形状であるが、原告標章の有する特徴である蓋部を有せず、蓋部のような形状の革を張り付けたデザインのハンドバッグを販売していたと主張しているが、このように、正面方向から観察した姿が類似する当該ハンドバッグとバーキンタイプのバッグとの立体的な構成の違いについて具体的に説明する一方で、被告商品とバーキンタイプのバッグとの立体的な構成の違いについては具体的な主張立証をしていない。
  このような被告の主張立証の状況からすれば、バーキンタイプのバッグは、単に、正面方向から観察した姿が、前記第2の2(6)の原告標章及び被告商品の形状の特徴と共通するのみならず、これらの特徴に係る、蓋部、一対のハンドル並びに左右一対のベルトとそれを固定する左右一対の補助固定具及び中央の固定具といった立体的な構成においても、原告商品及び被告商品と同様の構成を有するものであったと推認するのが相当である。
  エ 原告標章と被告商品の形状が外観上類似することは前記(1)アのとおりであるところ、上記アないしウからすれば、原告標章とバーキンタイプのバッグの形状も外観上類似するというべきである。
  そして、前記(1)イ及びウで検討したのと同様に、原告商標及びバーキンタイプのバッグの形状についても、何らかの観念ないし称呼が生じるとは認められず、これらの点で相違するとはいえない上、販売価格、材質等の違い、被告が付していたとする被告の商号の刻印等や、被告が同時期に販売していたバッグの形状などの被告が主張する各点を考慮しても、本件証拠上、上記の外観の類似性にかかわらず、商品の出所を誤認混同するおそれがないとするような取引の実情等があるとは認められない。
  オ したがって、原告商標とバーキンタイプのバッグの形状との間には、類似性があるというべきである。
  (3) 商標権侵害についての小括
  以上によれば、原告商標権の登録後の期間における、被告による被告商品等の販売行為は、原告商標権の指定商品であるハンドバッグについて、原告商標に類似する商標を付したものを販売する行為として、原告商標権を侵害する行為とみなされる(商標法2条3項2号、37条1号)。
 2 争点2(被告商品等の販売の不正競争該当性)について
  (1) 争点2-1(原告商品の形態の商品等表示性及びその周知性・著名性)について
  ア 原告商品の形態には、別紙3原告商品目録記載〈1〉ないし〈5〉の特徴があり、その組合せにより、他の商品と識別し得る特徴を有しているといえる。
  そして、前記第2の2(4)のとおり、原告商品は、「エルメス」の「バーキン」として知られる、高級ブランドである原告を代表する高級バッグであり、平成13年から平成19年に日本で発売された雑誌においても、原告商品は、「究極の定番バッグ」(甲11)、「最上のデザイン×最上の素材」(甲11)、「名品」(甲14、20、28及び30)、「ベストオブ名品」(甲23)、「世界中の女性が憧れるバッグの最高峰」(甲28)などとして、カラー写真付きで繰り返し取り上げられていた。
  また、証拠(甲4、33)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、原告商品に関し、多数の雑誌広告等の広告宣伝費を費やしており、原告商品は、そのほとんどが1個100万円を超える高級バッグであるにもかかわらず、平成21年までの期間を見ても、その販売数は年々増加する傾向にあり、販売個数は、平成10年(1998年)には年間3000個、平成15年(2003年)には年間8000個、平成21年(2009年)には1万7000個をそれぞれ超えるに至ったことが認められる。
  イ 以上によれば、原告商品の形態は、原告による販売、広告宣伝活動を通じて、遅くとも、平成21年までには、原告の出所標識として、著名なものとして、独立して出所識別力を獲得したというべきである。
  したがって、原告商品の形態は、原告の著名性のある商品等表示(不競法2条1項2号)に該当するというべきである。
  (2) 争点2-2(原告商品の形態と被告商品等の形態の類似性及び混同のおそれ)について
  前記1で検討したところからすれば、原告標章と同内容である原告商品の形態と、被告商品等の形態との間には、いずれも類似性があると認められる。
  (3) 不正競争該当性についての小括
  以上によれば、原告商品と被告商品等との誤認混同のおそれを認定するまでもなく、被告による被告商品等の販売行為は、原告の著名な商品等表示と類似した商品等表示を使用した商品を譲渡するものとして、不競法2条1項2号の不正競争に該当する。
 3 争点3(商標権侵害及び不正競争についての被告の故意・過失)について
  (1) 商標権侵害について
  被告には、商標法39条及び特許法103条により、前記1の商標権侵害について過失が推定される。
  被告が主張する、原告標章について商標登録が認められなかった旨を聞いたことがあったとの事情や、バーキンタイプのバッグと同様のバッグが、被告以外の業者によっても販売されていたとの事情は、過失の推定を覆すべき事情とはいえず、その他、本件全証拠によっても、上記の推定を覆すべき事情は認められない。
  (2) 不正競争について
  前記2のとおり、原告商品の形態は、遅くとも平成21年には、原告の商品等表示としての著名性を獲得していたものといえるところ、その著名性の獲得の経緯に照らせば、それ以前からバッグの販売等を業として行っていた被告には、平成22年8月11日以降の被告商品等の販売に係る不正競争について、少なくとも過失が存在したものと認めるのが相当である。
  被告は、平成22年以前からバーキンタイプのバッグを販売しており、他の業者も同様のバッグの販売を継続していたと主張するが、そのような事情は、上記の認定を左右するものとはいえず、その他、本件全証拠によっても、上記認定を覆すべき事情は認められない。
  (3) 被告商品の販売について
  被告は、被告商品等のうち、特に被告商品の販売については、販売用としてショールームに置いてあった商品ではなく、平成27年に韓国出身の服飾デザイナーから謝礼として安価に購入し、商品開発のためのサンプル品として保管していたものを、被告のアルバイト従業員が誤って原告に有償で譲渡してしまったものであるから、商標権侵害及び不正競争の故意及び過失はないと主張する。
  しかしながら、被告の主張する被告商品の入手状況を裏付ける的確な証拠はなく、また、被告商品の販売状況に関し、これが店舗内の扉の閉められた棚の中に保管されていたこと、被告従業員が原告関係者に対して「これはインターネットでは販売していない」との説明をしたことは争いがないものの、これらの事実は被告商品が販売用商品でなかったことを裏付けるものとはいえず、その他、誤って販売用でない商品を販売したとの被告の主張を認めるに足りる証拠はない
  したがって、被告商品の販売についても、上記(1)及び(2)の認定は左右されない。
 4 争点4(原告の損害)について
  被告商品等の販売による、前記1の原告商標権の侵害行為及び前記2の不正競争のうち、不正競争の方がその対象となる販売期間が長いため、以下では、まず、不正競争による原告の損害額を検討する。
  (1) 利益相当損害金について
  ア 被告商品等の販売個数
  原告は、被告において、対象期間中に、被告商品等を少なくとも100個販売したと主張するところ、前記第2の2(5)のとおり、被告は平成22年8月11日にはバーキンタイプのバッグを販売し、平成30年2月14日には被告商品を販売したことのほか、被告において、バーキンタイプのバッグは一度に100個単位で仕入れ、最後の仕入れは平成22年夏ないし秋頃に100個仕入れたものであった、最後に仕入れた商品は全て販売した旨主張していることからすれば、原告の主張するとおり、被告は、対象期間中に、少なくとも100個の被告商品等を販売したものと認めるのが相当である。
  イ 被告商品等の販売価格
  前記第2の2(5)のとおり、被告商品は、平成30年2月に2万8080円(税抜価格2万6000円)で販売されたものであることに加え、バーキンタイプのバッグの販売価格に関する当事者双方の主張、被告が保管期間の経過により廃棄済みとしてバーキンタイプのバッグの販売に関する資料を提出していないことなどの本件の審理に現れた事情を総合すれば、被告商品等の1個当たりの販売価格は、平均すると、被告商品の販売価格と同じく税抜価格2万6000円程度であったものと認めるのが相当である。
  ウ 被告商品等の総販売額
  被告は前記イの税抜価格に消費税を付して被告商品等を販売していたところ(甲1、弁論の全趣旨)、被告の総販売額を算定するに当たって適用すべき消費税率については、被告がバーキンタイプのバッグの販売を平成26年2月頃までに終了したと主張していることや平成30年2月14日に販売された被告商品のほかに平成26年3月以降に被告商品等が販売されたことを示す証拠がないことを踏まえ、販売に係る100個のうち99個については平成26年2月までの5%とし、1個については8%とすることが相当である。
  そして、前記ア及びイによれば、対象期間中の被告商品等の販売によって、被告は、以下のとおり、合計273万0780円の売上を上げたものと認めるのが相当である。
  2万7300円(税抜価格2万6000円+5%の消費税分)×99個+2万8080円(税抜価格2万6000円+8%の消費税分)×1個=273万0780円
  エ 被告商品等の販売に係る限界利益率
  (ア) 仕入費用
  被告は、被告商品はサンプル品であって仕入処理が行われておらず、購入した際の領収証等の資料もないと主張し、また、バーキンタイプのバッグの仕入れに関する資料は保管期間経過によって全て廃棄処分済みであるとして、これを提出していない。
  被告は、バーキンタイプのバッグの仕入価格について、同程度の価格のハンドバッグの仕入価格が販売価格の55%程度であったから、バーキンタイプのバッグの仕入価格も同様であったと主張し、販売価格の55%の価格で仕入れを行った平成29年1月の取引の納品書(乙31)を提出するが、被告が平成22年に中国のハンドバッグ製造業者から100個単位で仕入れたと主張するバーキンタイプのバッグとは、仕入の時期、取引先、仕入数が異なり、どのような商品の仕入れであったかも明らかではないから、上記の納品書に係る取引は、バーキンタイプのバッグの仕入価格が販売価格の55%であったことを裏付けるものとはいえず、その他、被告が主張する仕入価格を裏付ける的確な証拠はない。
  (イ) その他の経費
  被告が、その他の経費として主張するバザーへの寄付金、梱包費用、送料については、具体的な支出の有無や額を裏付ける的確な資料はない。
  (ウ) 限界利益率
  このような被告の主張立証の状況を含めた弁論の全趣旨によれば、被告商品等の販売による被告の限界利益は、原告の主張するように、平均して販売価格の60%程度であったものと認めるのが相当である。
  オ 被告が賠償すべき利益の額
  以上によれば、対象期間中の被告商品等の販売によって、被告には、以下のとおり、少なくとも163万8468円の限界利益が発生したものと認めるのが相当であり、同額が、不競法5条2項により被告が賠償すべき損害額となる。
  273万0780円×60%=163万8468円
  (2) 信用毀損による無形損害について
  前記2及び前記(1)で検討したところからすれば、原告商品は、高級ブランドである原告を代表する高級バッグとして著名なものであり、そのほとんどが1個100万円を超える価格で販売される高級品であったところ、被告は、原告商品と類似する形態を持ちながら、原告商品には使用されない合成皮革等の安価な素材が使用された被告商品等を、原告商品と比べて著しい廉価の1個2万7300円程度で、平成22年8月から平成30年2月までの期間に少なくとも100個販売したものである。
  したがって、被告商品等の販売という不正競争によって、原告は原告商品に係る信用を毀損されたものというべきであり、原告商品の形態と類似する外見のハンドバッグが被告以外の業者によっても販売されていること(乙1~17)といった被告の主張する事情を考慮しても、被告商品等の販売に係る、信用毀損による無形損害の額は100万円を下らないというべきである。
  (3) 弁護士費用について
  上記(1)及び(2)に照らし、被告の不正競争と相当因果関係のある弁護士費用は、26万円と認めるのが相当である。
  (4) 小括(被告が賠償すべき額)
  以上によれば、被告の不正競争により原告が受けた損害は、上記(1)ないし(3)の合計の289万8468円と認められる。
  したがって、被告は、不競法4条に基づき、原告に対して、損害金元金289万8468円及びうち221万6800円に対する訴状送達の日の翌日である令和元年5月10日から、うち68万1668円に対する同年10月25日付け訴えの変更申立書(請求拡張)送達の日の翌日である同月30日から、各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払義務を負う。
  そして、上記(1)ないし(3)からすれば、原告が原告商標権の登録以降の期間選択的に請求する、商標権侵害による不法行為に基づく損害賠償額は、同期間における不正競争による損害額を超えるものではないと認められるから、判断を要しない。
 5 文書提出命令の申立てについて
(中略)
 6 結論
  以上によれば、原告の請求は、不競法4条に基づき、主文第1項の支払を命じる限度で理由があるから、同限度でこれを認容し、認容部分について商標権侵害による不法行為に基づく損害賠償請求は判断を要せず、原告のその余の請求はいずれも理由がないので棄却することとして、主文のとおり判決する。

解説

 本事案は、高級ハンドバッグとして著名な「エルメス」の「バーキン」に関して、ハンドバッグの形状について原告が有する商標権(立体商標)侵害と、原告のハンドバッグの形態と類似する商品を販売した被告の不正競争の成立が認められ、損害賠償請求が認められた事案である。
 判決においては、原告標章の特徴である原告商品目録記載の〈1〉ないし〈5〉(上記「第2の2⑹」に引用されている。)が、被告商品において全ての点で一致しているとして、原告標章と被告商品の外観上の類似が認められた。現物を見ると、両者の価格差にも反映している皮の質感などの差から類似性の印象は変わる可能性を否定できないが、原告商標と被告商品とを写真上で比較する限りでは、外観上の類似を認めた判断は正当と考えられる。また、原告の商標が立体商標であることから、原告商標及び被告商品の形状において、商標の類似性を判断する要素である観念ないし称呼は生じないとされた。立体商標の類否判断において、観念ないし称呼は生じないとの手法は参考になると思われる。
 さらに、原告商品の形態が、遅くとも平成21年までには、原告の出所標識として、著名なものとして出所識別力を獲得したことから、原告商品の形態は、原告の著名性のある商品等表示に該当すること、及び原告商標と同内容である原告商品の形態と、被告商品等の携帯との間の類似性(商標権侵害で認定済み)から、不競法2条1項2号の不正競争に該当するとの判断も、原告商品の現実の著名性を鑑みると正当と考えられる。被告は、原告商品が高品質で1個100万円以上の価格であるのに対して、被告商品は安価な合成皮革等を用いて1個2万8000円とはるかに安価であったことから、両者を誤認混同するおそれはないと主張したが、証拠上、そのような取引の実情等があるとは認められなかった1
 上記に検討したとおり、判決においては、商標権侵害と不正競争の両方が認められたが、不正競争の方がその対象となる販売期間が長いため、原告の損害額は、不正競争により検討された。原告は、不正競争防止法5条2項(ないし商標法38条2項)により、被告の利益相当の損害金を請求した。そして、被告商品等の販売により、被告に販売価格の60%程度の限界利益が発生したとされ、その額が、被告が賠償すべき損害額とされた。この計算も正当なものと考えられる。
 被告が賠償すべき額は、被告の利益相当の損害金、信用棄損による無形損害の額、及び弁護士費用の合計であり、300万円足らずであることから、高級ブランド製品を販売する原告にとって、経済的価値は大きくないといえる。したがって、本件に関しては、経済的価値よりも、模倣品に対しては、(真正品よりも二桁低い販売価格であっても)厳しい態度で臨むという、ブランドイメージを守るための訴訟という側面が強いと考えられる。

以上
(筆者)弁護士 石橋茂


1 高級ブランド品と安価品が関係する事件で、誤認混同のおそれがないことの根拠として、商品の価格の違いが考慮された事件として、例えばフランク三浦事件(知財高判平成28年4月12日))がある。しかし、フランク三浦事件は、商標権の無効審決取消訴訟であり、当該商標と引用商標の観念が異なるとされた点で、全く異なる事案といえる。