【令和3年2月16日判決(知的財産高等裁判所 令和元年(ネ)第10078号)】

【事案の概要】
 発明の名称を「屋根煙突貫通部の施工方法及び屋根煙突貫通部の防水構造」とする発明についての特許(特許第5047754号。請求項の数6。)に係る特許権(本件特許権)を有する控訴人において,被告方法が本件特許の請求項1及び同2に係る発明(それぞれ「本件発明1」,「本件発明2」)の,被告製品が本件特許の請求項4及び同5に係る発明(それぞれ「本件発明3」,「本件発明4」)のそれぞれ技術的範囲に属し,被控訴人による被告方法の使用及び被告製品の販売が本件特許権を侵害していると主張して,被控訴人に対し,特許法100条1項に基づき,被告方法の使用及び被告製品の製造の差止め等を求めた事案である。

【キーワード】
 公然実施をされた発明,公然実施発明,特許法第29条第1項第2号,方法の発明

【請求項1】(太字は筆者による。以下同じ。)
 屋根に設けた開口部を通過させて煙突を固定し,所定の水切り手段で前記開口部を覆うことにより雨漏りを防ぐための防水構造を形成する屋根煙突貫通部の施工方法において,
 前記水切り手段が,屋根面に対し略平行に配置され上流側の屋根仕上げ材上面を流れる水を上面で受けて下流側の前記屋根仕上げ材上面に導く導水板及び該導水板に設けた切り欠き穴周縁部分から立ち上がり前記開口部から突出する前記煙突の周囲を所定高さまで覆う筒状の周壁を有する外部水切り部材と,少なくとも前記開口部全体を覆うサイズを有し前記開口部周囲の野地板上面又は防水シート上面に下面端縁側を密着して配置される固定板及び該固定板に設けた切り欠き穴周縁部分から立ち上がり挿通した前記煙突の周囲を所定高さまで覆いながら前記外部水切り部材の周壁内側に挿入される筒状の周壁を有し前記外部水切り部材の下方に配置される内部水切り部材とで構成され,該内部水切り部材を,前記固定板下面と前記開口部周囲の野地板上面又は防水シート上面との間で液体の流通を封止する状態にして固定し前記防水シート上の水が前記開口部に侵入することを防止する,ことを特徴とする屋根煙突貫通部の施工方法。

【請求項4】
 煙突が通過する屋根の開口部を覆う所定の水切り手段を備えて雨漏りを防ぐための防水構造を形成する屋根煙突貫通部の防水構造において,
 屋根面に対し略平行に配置され上流側の屋根仕上げ材上面を流れる水を上面で受けて下流側の前記屋根仕上げ材上面に導く導水板及び該導水板に設けた切り欠き穴周縁部分から立ち上がり前記開口部から突出する前記煙突の周囲を所定高さまで覆う筒状の周壁を有する外部水切り部材と,少なくとも前記開口部全体を覆うサイズを有し前記開口部周囲の野地板上面又は防水シート上面に下面端縁側を密着して配置された固定板及び該固定板に設けた切り欠き穴周縁部分から立ち上がり挿通した前記煙突の周囲を所定高さまで覆いながら前記外部水切り部材の周壁内側に挿入された筒状の周壁を有する内部水切り部材とで構成され,該内部水切り部材が前記固定板下面と前記開口部周囲の野地板上面又は防水シート上面との間で液体の流通を封止する状態として固定されており,前記防水シート上の水が前記開口部に侵入することを防止する,ことを特徴とする屋根煙突貫通部の防水構造。

本件特許の明細書の図4(左)及び図5(右)

【争点】
 本稿においては,本判決において判断された,A邸工事を主引用例とする本件各発明の新規性欠如又は進歩性欠如の有無の判断のうち,公然実施発明該当性についての判断のみ紹介する。

【原審におけるA邸工事の認定】(下線・太字等は筆者による。)
 A邸工事の施工方法は,以下の(ア)のとおりであり,その防水構造は以下の(イ)のとおりであると認められる。
(ア)「屋根に設けた開口部を貫通する煙突を固定し,アルミフラッシング(インナーフラッシング)瓦フラッシング(アウターフラッシング)からなる水切り手段により上記開口部を覆うことにより雨漏りを防ぐ屋根煙突貫通部の施工方法であり,上記瓦フラッシングは,四角形状の防水性で可撓性のベース板の中央部分に設けた切り欠き穴の周縁部分から立ち上がるように一体的に形成した截頭円錐状の大きな筒状体を設けたもので,上記ベース板は屋根に沿うように配置され,棟側(屋根の上方側)及び左右両側が屋根材(瓦)で覆われ,軒側(屋根の下方側)は瓦を覆うように敷いて,棟側から軒側に水(雨水)を流すようにし,上記屋根の開口部全体を覆う上記アルミフラッシングは,上記瓦フラッシングの内側,下方に配置するもので,四角形状の固定板の中央部に設けた切り欠き穴の周縁部分から立ち上がるように一体的に形成した截頭円錐状の筒状体を設けており,その筒状体を煙突の上部から挿通してその固定板が屋根の開口部を覆い,固定板の下面が開口部周囲の野地板上面に密着して配置され,上記アルミフラッシングの四角形状の固定板の縁部分の棟側及び左右両側には,粘着剤層を有する防水テープを貼付する,屋根煙突貫通部の施工方法」

 (イ)「屋根に設けた開口部を貫通する煙突を固定し,アルミフラッシング(インナーフラッシング)と瓦フラッシング(アウターフラッシング)からなる水切り手段により上記開口部を覆うことにより雨漏りを防ぐ屋根煙突貫通部の防水構造であり,上記瓦フラッシングは,四角形状の防水性で可撓性のベース板の中央部分に設けた切り欠き穴の周縁部分から立ち上がるように一体的に形成した截頭円錐状の大きな筒状体を設けたもので,上記ベース板は屋根に沿うように配置され,棟側(屋根の上方側)及び左右両側が屋根材(瓦)で覆われ,軒側(屋根の下方側)は瓦を覆うように敷いて,棟側から軒側に水(雨水)を流すようにし,上記屋根の開口部全体を覆う上記アルミフラッシングは,上記瓦フラッシングの内側,下方に配置するもので,四角形状の固定板の中央部に設けた切り欠き穴の周縁部分から立ち上がるように一体的に形成した截頭円錐状の筒状体を設けており,その筒状体を煙突の上部から挿通してその固定板が屋根の開口部を覆い,固定板の下面が開口部周囲の野地板上面に密着して配置され,上記アルミフラッシングの四角形状の固定板の縁部分の棟側及び左右両側には,粘着剤層を有する防水テープを貼付する,屋根煙突貫通部の防水構造」

裁判所の判断

 争点1-1(A邸工事を主引用例とする本件各発明の新規性欠如又は進歩性欠如の有無)について
(1)当裁判所も,本件各発明に係る特許出願より前である平成19年6月28日に公然と実施されたA邸工事は,本件発明1及び3の構成要件を全て充足するから,本件発明1及び3は新規性を欠き,また,A邸工事は,アルミフラッシングの四角形状の固定板の軒側縁部分に防水テープが貼付されていない点で本件発明2及び本件発明4と相違するが,当業者は,同部分にも防水テープを貼付する構成に容易に想到し得るといえるから,本件発明2及び本件発明4は進歩性を欠くものと判断する。

イ A邸工事が「公然」実施されたものではないとの主張について

 控訴人は,A邸は塀や草木に囲まれており,容易に外部からA邸をのぞき見ることはできないこと,山に囲まれており,近隣の住民もわずかであること,作業が屋根上で行われるものであり,外部から容易にその作業の内容を確認することができないことから,A邸工事は,公然と行われたものとはいえないと主張する。
 しかし,被控訴人のために発明の内容を秘密にする義務を負わない不特定の者によって技術的に理解されるか,そのおそれのある状況で実施されたのであれば,工事は公然と行われたと評価するのが相当であるところ,本件においては,まず,A邸の屋根からストーブの煙突が突出している側(煙突の正面側)の隣地は,本件工事の当時には駐車場であり(乙14の10),同駐車場には10台を優に超える駐車スペースがあり,敷地もA邸より高いことが認められるのであって(乙24の2),同駐車場からは煙突についても十分視認が可能であるし,当該工事が第三者から視認されること等を拒むような態様で行われていたことはうかがえない
 また,乙12の資料4は,前記ア(イ)認定のとおり平成19年7月2日に被告から住友林業に提出されたものであるところ,同図面にはインナーフラッシングが明記されており,これが,住友林業からニシカネにファックスで転送されている(乙32)。そして,前記ア(イ)において認定したとおり,住友林業の下請業者であるニシカネがA邸の煙突について不燃材の装着を行うことになっていたが,その時点では,煙突の屋内からの引き出し及び立ち上げ部分はまだ設置されておらず,住友林業又はニシカネにおいて煙突の屋根貫通部の構造を認識することは十分可能であったといえるところ,A邸工事の施工方法及び防水構造は,引用に係る原判決の「事実及び理由」第4の2⑶ア及びイ(ア)記載のとおりであって,いずれも複雑なものではなく,当業者であれば,乙12の資料4や,Ⅱ期工事時の煙突の屋根貫通部の構造から,これらの発明を技術的に理解できるものと認められる。
 以上によれば,A邸工事は,本件特許出願前に,被控訴人のために発明の内容を秘密にする義務を負わない不特定の者(少なくとも上記住友林業やニシカネ等の下請業者等)によって技術的に理解されるか,そのおそれのある状況で実施されたもので,公然実施された発明に当たるというべきであるから,控訴人の主張は採用できない。

検討

 特許法29条1項2号にいう「公然実施」とは,発明の内容を不特定多数の者が知り得る状況でその発明が実施されることをいうものである。物の発明の場合には,商品が不特定多数の者に販売され,かつ,当業者がその商品を外部から観察しただけで発明の内容を知り得る場合はもちろん,外部からはわからなくても,当業者がその商品を通常の方法で分解,分析することによって知ることができる場合も公然実施となる(知財高判平成28年1月14日・平成27年(行ケ)第10069号参照)。
 物の発明の場合,その物があればいつでも観察,分解,分析等をすることが可能であるが,方法の発明の場合,いつでも観察することはできず,まさにその方法が実施されている時点において観察等が可能であることが必要である点において,物の発明の場合とは異なるように思われる。
 本判決は,まず,「被控訴人のために発明の内容を秘密にする義務を負わない不特定の者によって技術的に理解されるか,そのおそれのある状況で実施されたのであれば,工事は公然と行われたと評価するのが相当である」と判示した上で,「A邸の屋根からストーブの煙突が突出している側(煙突の正面側)の隣地は,本件工事の当時には駐車場であり(乙14の10),同駐車場には10台を優に超える駐車スペースがあり,敷地もA邸より高いことが認められるのであって(乙24の2),同駐車場からは煙突についても十分視認が可能であるし,当該工事が第三者から視認されること等を拒むような態様で行われていたことはうかがえない。」と認定し,本件工事の当時の状況を問題としている。
 ところで,煙突を視認可能である環境であったとしても,屋根煙突貫通部の施工方法が技術的に理解されるか,そのおそれのある状況で実施されたかは別問題であるように思われる。本判決の判示内容を見ても,A邸工事の請負人及びその下請業者については,「当業者であれば,乙12の資料4や,Ⅱ期工事時の煙突の屋根貫通部の構造から,これらの発明を技術的に理解できるものと認められる」と認定している一方,それ以外の不特定の者については,発明を技術的に理解できたかどうかは認定していないように思われる。
 本判決は,事例判例ではあるものの,方法の発明について,公然実施の有無を判断した事例として興味深いことから紹介した。

以上
(筆者)弁護士・弁理士 梶井啓順