【知財高判令和2年2月19日(平成30年(行ケ)10165号)】

【キーワード】
効果、進歩性

事案の概要

 本件は、請求項に、「少なくとも27時間にわたって不溶性微粒子や沈殿の形成が実質的に抑制され」という効果に関連する構成要件が含まれていたところ、当該構成要件については、引用文献には明示的に記載がないものの、当該構成要件は、成分組成やそれらのイオン濃度を所定のものに特定することによって実現されるものであり、引用発明が当該構成要件以外の構成要件を備えれば自ずと備えられる構成要件であると判断され、進歩性が否定された事例である。

本件特許発明

「【請求項12】
 下記A液とB液を合して調製される血液浄化用薬液であって,調製後の薬液におけるオルトリン酸イオン濃度が2.3~4.5mg/dL(無機リン濃度換算)であり,ナトリウムイオン濃度が132~143mEq/Lであり,カリウムイオン濃度が3.5~5.0mEq/Lであり,カルシウムイオン濃度が2.5mEq/Lであり,マグネシウムイオン濃度が1.0mEq/Lであり,炭酸水素イオン濃度が35.0mEq/L以下であり,そして当該薬液調製後少なくとも27時間にわたって不溶性微粒子や沈殿の形成が実質的に抑制され:
A液:ナトリウムイオン,炭酸水素イオンおよび水を含有する溶液;
B液:カルシウムイオン,マグネシウムイオンおよび水を含有する溶液;
ただし,A液とB液の少なくとも一方がさらにカリウムイオンを含有し,A液およびB液の少なくとも一方がオルトリン酸イオンを含有する,薬液。」

引用発明及び本願発明と引用発明との一応の相違点

(1)引用発明
「以下の表9に従って調製された,第一単一溶液と第二単一溶液との体積比20:1で混合して使用される対の単一溶液。

(2)本願発明と引用発明との一応の相違点
①相違点(甲3-3-a’’))
本件訂正発明12では「当該薬液調製後少なくとも27時間にわたって不溶性微粒子や沈澱の形成が実質的に抑制され」ることが発明特定事項とされているのに対し,引用発明2-2-1’ではそれに対応する発明特定事項がない点。

②(相違点(甲3-3-b’’))
本件訂正発明12は「血液浄化用薬液」の発明であるのに対し,引用発明2-2-1’は「対の単一溶液」,又は,それら第一単一溶液及び第二単一溶液を体積比20:1で「混合した即時使用溶液」の発明である点。

③(相違点(甲3-3-d’’))
本件訂正発明12の「血液浄化用薬液」のマグネシウムイオン濃度は1.0mEq/Lであるのに対し,引用発明2-2-1’における「混合した即時使用溶液」のマグネシウムイオン濃度は1.2mEq/Lと算出される点。

裁判所の判断

「ウ 相違点(甲3-3-a”)について
(ア) 本件訂正発明12の特許請求の範囲(請求項12)の記載中には,本件訂正発明12の「当該薬液調製後少なくとも27時間にわたって不溶性微粒子や沈殿の形成が実質的に抑制され」との構成の意義を規定した記載はない。
 次に,本件明細書(甲11)には,「時間の経過と共に補充液中のカルシウムイオンおよびマグネシウムイオンと炭酸水素イオンが反応し,不溶性の炭酸塩の微粒子や沈殿が生じる」こと(【0007】),「当該薬液中には,カルシウムイオンやマグネシウムイオンが存在するにも拘わらず,リン酸イオンを含有させても不溶性のリン酸塩を生じない。また,リン酸イオンの存在により,炭酸水素イオンとカルシウムイオンやマグネシウムイオンが共存し,pHが7.5を超えるような長時間後であっても,不溶性炭酸塩の生成が抑制される」こと(【0023】),「不溶性微粒子や沈澱の生成が長時間にわたって抑制される」とは,投与対象に適用すべき最終薬液の調製後,たとえば上記A液とB液の混合後,少なくとも27時間にわたり不溶性微粒子や沈澱の生成が抑制されること,またはpHが7.5以上になっても不溶性微粒子や沈澱の生成が抑制されること」を意味すること(【0057】)の記載がある。

 また,本件明細書には,本件訂正発明12に規定するオルトリン酸の濃度の範囲内である「リン酸イオン濃度が4.0mg/dL」の薬液と「リン酸イオンを含有しない薬液」との対比実験を行ったところ,「7日間でpHが7.23~7.29から7.89~7.94までほぼ直線的に上昇し,その間にリン酸イオン不含有薬液では不溶性微粒子の粒径も数も顕著に増加したが,リン酸イオン含有薬液ではpHの上昇にもかかわらず,不溶性微粒子の増加は実質的に認められなかった。」(【0088】)との記載があり,この記載は,本件訂正発明12に規定するオルトリン酸の濃度の範囲内である「リン酸イオン濃度が4.0mg/dL」の薬液では,「7日間」にわたって「リン酸イオン含有薬液ではpHの上昇にもかかわらず,不溶性微粒子の増加は実質的に認められなかった」ことを示すものである。もっとも,本件明細書には,本件訂正発明12の「用時混合型血液浄化用薬液」が「27時間」にわたって不溶性微粒子や沈殿の形成が実質的に抑制されたことを明示した記載はない。
 以上の本件訂正発明12の特許請求の範囲(請求項12)の記載及び本件明細書の記載を総合すると,本件訂正発明12の「そして当該薬液調製後少なくとも27時間にわたって不溶性微粒子や沈殿の形成が実質的に抑制され」との構成は,本件訂正発明12のA液及びB液の成分組成及びそれらのイオン濃度を請求項12に記載されたものに特定することによって実現されるものと理解できる。
(イ) そして,前記ア及びイのとおり,甲3に接した当業者は,引用発明2-2-1’において,「血液浄化用薬液」として使用すること(相違点(甲3-3-b”)に係る本件訂正発明12の構成)及びマグネシウムイオン濃度を本件訂正発明12の濃度とすること(相違点(甲3-3-d”)に係る本件訂正発明12の構成)を容易に想到することができたものである。
 加えて,引用発明2-2-1’のカリウムイオン濃度と本件訂正発明12のカリウムイオン濃度は「4.0mM」(4.0mEq/L),引用発明2-2-1’の炭酸水素イオン濃度と本件訂正発明12の炭酸水素イオン濃度は「30.0mEq/L」であって,いずれも一致する。
 以上によれば,本件訂正発明12の「少なくとも27時間にわたって不溶性微粒子や沈殿の形成が実質的に抑制される」という構成は,引用発明2-2-1’において,相違点(甲3-3-b”)及び(甲3-3-d”)に係る本件訂正発明12の構成とした場合に,自ずと備えるものと認められる。
 したがって,引用発明2-2-1’において,相違点(甲3-3-a”)に係る本件訂正発明12の構成とすることは,当業者が容易に想到することができたものと認められる。
 したがって,これと異なる本件審決の判断は,誤りである。」

検討

 本件特許発明の「27時間にわたって不溶性粒子や沈殿の形成が抑制される」というような効果に関連するような構成要件や、機能に関連するような構成要件は、引例に明記されていないことが多い。本件判決は、上記構成要件について、「本件訂正発明12のA液及びB液の成分組成及びそれらのイオン濃度を請求項12に記載されたものに特定することによって実現されるものと理解できる」というように、本件特許明細書の記載等から、上記構成要件は、他の要素を備えれば“実現される”、すなわち自ずと達成されるような効果に過ぎないと認定し、引用発明が、それ以外の構成要件を備えれば、上記構成要件も自ずと備えられると判断し、本件特許発明の進歩性を否定した。
 このような論理構成は、パラメータ特許全般に使えるものではないが、単なる効果を請求項に記載したに過ぎないような特許の進歩性を否定する際に参考になるものと考えられる。

以上
(筆者)弁護士 篠田淳郎