【東京地裁令和2年11月17日(平31(ワ)第10672号・平31(ワ)第10673号 損害賠償請求,不正競争行為等差止請求事件)】

【キーワード】
不正競争防止法第2条第1項第4号・第5号,不正競争防止法第2条第6項,営業秘密,営業秘密不正取得,秘密管理性

事案の概要

 原告は,まつげエクステ専門店を営む法人であり,東京都国分寺市内で3つの店舗(そのうち国分寺南口店を「原告店舗」という)を運営している。
 被告Aは,原告の元従業員であり,原告を退職後,被告B及び被告Cの経営する同業の店舗(以下「被告ら店舗」という)へ勤務した。
 被告Aは,原告の従業員であるDに対し,原告店舗で保管されている顧客カルテのうち,被告Aの指定する人物の情報を送信するように依頼した。Dは,被告Aが指定した人物の顧客カルテの中の施術履歴(以下「本件施術履歴」という)が記載された面を写真で撮影し,被告Aに送付した。
 原告は,被告Aの当該行為は,原告の営業秘密に該当する本件施術履歴を不正に取得,使用等した行為であり不正競争防止法第2条第1項第4号所定の不正競争行為に該当し,また被告ら店舗の経営者である被告B及び被告Cも,不正に取得,使用等されたことを知りながら,又は重過失によりそれを知らないで本件施術履歴を使用,開示等しており,当該行為は不正競争防止法第2条第1項第5号所定の不正競争行為に該当すると主張して,被告らに対して,不正競争防止法第4条に基づき損害賠償金及び遅延損害金の支払を求めるとともに,被告B及び被告Cに対して不正競争防止法第3条第1項及び第2項に基づき当該顧客情報の使用の差止め及び廃棄を求めた事案である。

争点

・本件施術履歴が「秘密として管理されている」といえるか

判決一部抜粋(下線は筆者による。)

第1・第2 省略
第3  当裁判所の判断
1  省略
2  争点1-1(本件施術履歴が「秘密として管理されている」といえるか)について
(1)  営業秘密とは,秘密として管理されている生産方法,販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって,公然と知られていないものをいう(不競法2条6項)。被告Aは,前提事実(2)のとおりDから本件施術履歴画像を取得していることから,本件施術履歴が営業秘密に該当するか否かを検討する。
(2)  後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実が認められる
ア 原告では,顧客ごとに,紙に記載された顧客カルテが作成されており,その顧客カルテの表面には顧客の連絡先などの個人情報が,裏面にはまつ毛エクステの施術履歴などが,それぞれ記載されていた。・・・原告の顧客カルテには,それが秘密であることを表示するためのマークなどは付されていなかった。(争いがない)
イ 原告店舗において,原告の顧客カルテは市販のバインダーにつづられ,そのような複数のバインダーが原告従業員が休憩等することもあるバックルームに設置された棚に並べて保管されていた。上記のバックルームにはパソコンやレジ等が置いてあり,原告従業員しか入室できないが,施錠はされておらず,原告従業員は自由に入退室をすることができ,原告従業員が一人で休憩や食事をとることもあった。(甲6,証人G)
  上記のバインダーには,平成31年3月27日時点では,その背面下部に赤い丸型のシールに黒いマジックで「秘」と記載されたシール(以下「マル秘シール」という。)が貼られていた。もっとも,被告Aが原告で勤務していた平成28年頃にそのようなシールが貼られていたことを認めるには足りない。(後記(3)の事実認定の補足説明。甲6)
ウ 原告は,平成26年3月頃,原告店舗に防犯カメラを設置した。現在,原告店舗には2つの防犯カメラがあり,その一つはレジを,もう一つは入口付近を映すものである。顧客カルテが保管されているバックルームの棚付近も録画される範囲に含まれていた。(甲6,31,証人G)
エ ・・・
オ 原告では,顧客がいつもとは異なる店舗に来店した際に,原告従業員が顧客カルテをファスナーが付いたファイルに入れて,他の店舗に持ち運びをすることがあった。(乙21,22,証人G)
  原告では,・・・いつもとは別の店舗で顧客が施術を受ける際には顧客カルテを店舗間で共有することがあった。原告では,顧客カルテを共有する目的で原告代表者を含む原告全従業員をメンバーとする,LINEのグループ(以下「カルテ共有用グループ」という。)が作成されていた。カルテ共有用グループを使用して顧客カルテを共有する場合には,原告従業員が私用のスマートフォン等で顧客カルテを撮影した上で,その画像をカルテ共有用グループの全メンバーに送信していた。この送信は,原告代表者や店長の許可などの特別な手続を経ることなくされていた。・・・
カ 原告には,以下のとおり記載がされた文書があった。(甲10)
(ア) 就業規則(抜粋)(甲10,証人G)
「(機密保持)
第24条 社員が職務上,あるいは職務を遂行する上で知ることのできた情報は,業務の遂行のためのみに使用しなければならない。
2  社員は,在職中はもちろんのこと退職後であっても,前項の情報を他者に漏らしてはならない。この場合,口頭あるいは文書等のいかなる媒体であっても認めることはない。
3  本条でいう情報とは,従業員に関する情報(個人番号,特定個人情報を含む),顧客に関する情報,会社の営業上の情報,商品についての機密情報あるいは同僚等の個人の権利に属する情報の一切を指す。」
(イ)  顧客カルテの管理マニュアル(甲38,証人G)
カルテ等の顧客情報は,店外持ち出し,自宅への持ち帰り等を一切禁止する。
「お客様との直接的な連絡(電話番号の交換,LINEの交換)は,一切禁止する。」
「2号店に向かう場合等で,どうしてもカルテを店外に持ち出さなければならない場合は,専用のファイルに入れて持ち出すこと。」
「カルテは毎日所定のファイルに保管するものとし,閉店時に放置するなどは禁止する。」
「1年以上来店がないカルテは定期的に別の保管場所(2号店の白いボックス)に保管するものとし,必ずオーナーの指示をあおぐこと。」
「万が一,カルテ等を紛失した場合は,オーナー,店長,副店長にただちに報告すること。」
「個人情報の紛失は,お店の存続の危機にかかわるような重大な事故になるので,未然に防止するよう徹底的に取り組むものとする。」
キ 被告Aは,原告に対し,以下の記載がある平成28年10月3日付け入社時誓約書(抜粋)(甲7。以下,この誓約書による合意を「入社時合意」ということがある。)を作成していた。
「このたび貴社に採用されるに当たり,下記の事項を誓約し,厳守履行することを誓います。」
私は,在職中に従事した業務において知り得た貴社が秘密として管理している経営上重要な情報(経営に関する情報,営業に関する情報,技術に関する情報,個人情報(雇用管理情報含む)および顧客に関する情報等で会社が指定した情報(以下「秘密情報」という))について,退職後においても,これを第三者に開示・漏洩したり,自ら使用しないこと。」
「私は,退職する場合には,在職中に入手した文書,資料,図面,写真,サンプル,磁気テープ,CD-ROMおよびすべての電子情報等,業務に使用したものは,原状のまますべて返却するとともに,そのコピーおよび関係資料等も返還し,よって,一切保有しないこと。」
・・・
ク ・・・
ケ 被告Aは,平成29年12月9日午前9時20分頃,Dに対し,LINEで「Eっていう私の友達のカルテ,もらえたりしないかな?誰にもバレずに」などと送信した。・・・
コ ・・・原告は,平成30年1月19日,被告Aに対し,原告の機密情報や顧客情報の不正使用等について不競法に基づく刑事告訴を検討しているなどと記載した通告書を送付した。また,原告は,同日,被告Bに対し,被告Aが機密情報や顧客情報を持ち出してそれらを不正に使用等していることを知りながら同人を雇用しているのであるから,被告Bや被告Cに対しても損害賠償請求が可能になるなどと記載した通告書を送付した。(乙24ないし26)
サ ・・・被告Bは,・・・被告Aに対し,原告から送付された通知書については原告から顧客情報を持ち出していなければ大丈夫であるなどの内容を伝えた。被告Aは,その時点では,Dから本件施術履歴画像を送信してもらったことを被告Bや被告Cに伝えていなかった。(乙21ないし23,被告A,被告B)
 被告Aは,同日,Dに対し,LINEで「私に友達のカルテ送ったことだけは内緒でお願いします!」,「それがバレるかどうかで左右されるっぽい!」というメッセージを送信した。(甲4)・・・
シ ・・・
(3) 事実認定の補足説明
 省略
(4) 顧客カルテとその管理について
ア 上記(2)イのとおり,・・・原告の従業員は,全ての顧客カルテを少なくとも就業時間中は誰でも自由に見ることができ,また,その画像は,通常業務の中で,特に上司の決裁等もなく,私用のスマートフォン等で撮影され,当該カルテを必要としない者を含む全従業員の私用のスマートフォン等に送信され,保存されていたといえる。
イ ここで,顧客カルテ自体には,秘密であることを示す記載はなく,また,本件送信行為の当時,顧客カルテをつづったバインダーに秘密であることを示す記載等があったとは認められない
 他方,原告は,顧客情報の管理については注意喚起を行っているなどと主張・・・。しかし,その供述を裏付ける客観的証拠はないほか,同供述によっても,口頭で削除の指示を述べただけであり,前記アのとおり全従業員の私用のスマートフォン等に画像が送信,保存されているとの状況にもかかわらず,口頭の指示を超えて,同グループ上で顧客カルテの画像を削除するようメッセージを送信したりすることなどもなかった
 原告の顧客カルテの管理マニュアル(前記(2)カ(イ))は,顧客カルテについての一定の取扱いを定めているが,これは顧客カルテ等の一般的な取扱い等を定めるものであり,カルテ共有用グループの扱いなど顧客カルテに関する重要な事項に触れるものでもなかった。また,就業規則や入社時合意では,職務上知り得た情報の取扱いなどが定められていたが,その対象となる情報の定義は一般的なものであって,これらによって顧客カルテやその施術利益が秘密であることが示されているとはいえないものであった。
 その他,監視カメラはレジや店舗の入口付近を映すものであって,それがバックルームの棚付近も映していたとしても,一般的な防犯対策や不審者に対する対策を超えて,それによって,顧客カルテそのものを直ちに秘密として管理していたことになるものとはいえない
ウ 上記のとおりの,顧客カルテの客観的な利用,保存等を含めた管理の状況,顧客カルテが秘密であることを直接示す記載の欠如やそれが秘密であると認識させる事情の少なさ等の事情を総合的に考慮すると,原告店舗の顧客カルテの施術履歴は,「秘密として管理されている」(不競法2条6項)ということはできない
エ ・・・平成29年12月9日のLINEは,被告Aが原告を退職する時点で原告代表者と被告Aの関係が相当悪化していたこと(乙21,弁論の全趣旨)や被告Aが原告との間で作成した入社時誓約書などの文言に抵触し得る形で原告の店舗の近くの被告ら店舗での就業を退職後早々に開始したことなどから,本件施術履歴が秘密情報であるか否かにかかわらず,被告Aが,自身のための行為を原告代表者等に知られたくないと思う背景があった状況でされたものであり,かえって,Dがそれに対して逡巡する形跡なく程なく本件送信行為を行っていることからも,同日のやり取りは,直ちに,被告AやDを含む原告の従業員において,顧客カルテを秘密として認識していたことの根拠となるものではない。また,平成30年1月20日のLINEは,前日に原告から顧客情報の不正使用等を指摘する通告書が送付され,これについて被告Bから顧客情報を持ち出していなければ大丈夫であるとアドバイスされたものの,被告Bや被告Cには本件送信行為についての報告をしていなかったために本件送信行為を隠そうとしたものとも解され,また,顧客カルテが当時言及されていた「顧客情報」に含まれることが明らかな一方,それが「営業秘密」など「秘密」であるか否かが当時話題とされていたかは明らかでなく,上記のLINEにより,被告Aにおいて顧客カルテの情報が秘密として管理されている情報であるとの認識を有していたことが直ちに裏付けられるものではない
(5) 以上によれば,顧客カルテの情報の一部である本件施術履歴も秘密管理性を欠くから,その余を判断するまでもなく,本件施術履歴が営業秘密であるとは認められない。したがって,本件送信行為は不正競争に該当しないから,本件送信行為についての原告の被告Aに対する請求は認められない。
3 ・・省略・・
第4 結論
 ・・省略・・

検討

1 秘密管理性
 不正競争法防止法は,企業がその事業活動の成果として獲得した有用な情報を保護するため,「営業秘密」を不正に取得,使用,開示等する行為を不正競争行為として定めている(不正競争防止法第2条第1項第4号~第10号)。しかし,企業の保有する情報がすべて保護されるわけではなく,「営業秘密」とは「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの」と定義されていることから(不正競争防止法第2条第6項),ある情報が「営業秘密」に該当するためには,要件として,①秘密管理性,②有用性,③非行知性が必要となる。
 当該3つの要件のうち,特に①秘密管理性について,どの程度の管理がなされていれば,秘密として管理されているといえるかが問題となる。
 一般的には,営業秘密に関して,事業者側が秘密であると単に主観的に認識しているだけでは足りず,具体的な措置によって従業員等が,事業者側が秘密として管理しようとしていることを容易に認識できる必要であると解されている。

2 本件の検討
 本件においても,顧客カルテに①秘密管理性が認められるかが問題となっている。
 本件で,秘密として管理されているという要素に振られそうな事情として,以下があげられる。
  (A) 原告の従業員しか入室できない部屋で管理されていたこと
  (B) 原告が口頭で顧客情報の管理の注意喚起を行っていたこと
  (C) 就業規則,入社時の誓約書において職務上知り得た顧客に関する情報を開示してはならない旨が記載されていること
  (D) 顧客カルテの管理マニュアルにおいて,取り扱いが定められていること
  (E) 防犯カメラが設置されていること
  (F) 被告が顧客カルテが秘密として管理されていることを前提とするような発言をおこなっていること
 しかし,秘密として管理されていることを否定する事情として,以下があげあられる。
  (G) 就業時間中は原告従業員なら誰でも顧客カルテを自由に見ることができたこと
  (H) 特別な手続きなく,原告従業員の私用のスマートフォン等で顧客カルテを撮影し,他の従業員へ送信されていたこと
  (I) 顧客カルテに秘密情報であることを示すマーク等が付されていないこと

 裁判所は,上記の事情を認定しながらも,(C)・(D)の事情は,一般的な情報の取り扱いを定めるものであり,顧客カルテや本件施術履歴の秘密管理性を肯定するとは言えず,(E)の事情も,一般的な防犯対策や不審者に対する対策を超えて,顧客カルテや本件施術履歴の秘密管理性を肯定する事情とは言えないとし,また,(F)の事情は,必ずしも,被告が秘密として管理していることを認識していたとは限られないと判断し,結局,上記の事情を総合考慮して,顧客カルテには①秘密管理性が認められないと判示している。
 客観的な秘密情報の表示がなく,原告従業員ならば誰でも見ることができるという実態を考慮すると,当該裁判所の判示は妥当なものと考える。

3 秘密管理性が認められるには
 顧客に関する情報は,企業の事業活動にとって非常に価値があり,従業員にとってもその有用性が理解しやすい情報といえる。また,多くの企業では,就業規則や入社時の誓約書において,当該顧客に関する情報の守秘義務を定め,それを遵守させるよう指導していると考えられる。
 しかし,本件のように,実際の運用として,顧客に関する情報のファイル等に秘密情報であることを示すマーク等を付さず保管を行っており,さらに,当該ファイル等について従業員であれば誰でも閲覧可能・入手可能な態様で取り扱いを行っている場合は,それが「営業秘密」として保護されることは難しいと考える。
 就業規則・誓約書等で一般的な守秘義務を負担させることも重要だが,実際の運用上も,秘密として管理していることが明確にわかるような措置(少なくとも「Confidential」や「秘密」等の表示,アクセスすることができる者の制限)を行っておくことが必要である。

以上
(筆者)弁護士 市橋景子