【令和2年7月10日判決(東京地裁 平30(ワ)第22428号)】

【キーワード】
不正競争防止法第2条第1項第21号,虚偽告知,不正競争行為,Eコマース

事案の概要

 原告及び被告は,いずれも,枕,マットレス等の輸入販売を業とする株式会社であり,アマゾンジャパン合同会社(以下「アマゾン社」という)の運営するインターネットショッピングサイト(以下「本件サイト」という)において,枕,マットレス,枕カバー等を販売していた。
 被告は,アマゾン社に対し,原告の販売する商品(以下「原告商品」という)が被告の権利を侵害する旨の申告(以下「本件申告」という)を行い,アマゾン社は当該申告を受けて原告商品の出品を停止する措置をとった。
 原告は,被告の本件申告が虚偽事実の告知であり,不正競争防止法第2条第1項第21号に該当する不正競争行為に該当するとして,不正競争防止法第4条に基づき損害賠償金及び遅延損害金の支払を求めるとともに,不正競争防止法第3条第1項及び第2項に基づき虚偽事実を告知又は流布することの差止を求めた。

原告及び被告の登録商標

 (1)原告の登録商標
原告は以下の登録商標①及び②(以下,あわせて「原告登録商標」という)を有している。
<登録商標①>
登録番号:第5877349号
登録日:平成28年8月26日
商品区分:第20類 マットレス,まくら,クッション,座布団,家具
  
<登録商標②>
登録番号:第5799133号
登録日:平成27年10月9日
商品区分:第20類 マットレス,まくら,クッション,座布団,家具
登録商標:COMAX(標準文字)
 (2)被告の登録商標
被告は以下の登録商標③及び④(以下,あわせて「被告登録商標」という)を有している。
<登録商標③>
登録番号:第5881032号
登録日:平成28年9月9日
商品区分:第17類 天然ゴム,ゴム
  
<登録商標④>
登録番号:第5848611号
登録日:平成27年5月13日
商品区分:第17類 天然ゴム,ゴム
登録商標:COMAX(標準文字)

争点

・本件申告が虚偽事実の告知に当たるか(争点1)
・原告の損害はいくらか(争点2)

判決一部抜粋(下線は筆者による。)

第1~第3 省略
第4  当裁判所の判断
1  争点1(本件申告が虚偽事実の告知に当たるか)について
(1)  本件申告の趣旨
 本件申告の内容は,・・・①本件サービスの利用に当たり,被告は,被告各商標権を登録していること,②被告は本件申告に当たって被告各商標を入力した上で申告内容について記載していること,③アマゾン社からバルジャノ社へのメール(甲8,9,12)にも「商標権を侵害しているとの主張が権利者から届きました」と記載され,更に同各メールには「侵害の種類」として「商標権」と記載されるとともに,被告各商標権等の登録番号が記載されていることなどの事実によれば,本件申告は原告商品が被告各商標権を侵害していることを趣旨とするものであると認めるのが相当である。
 これに対し,被告は,本件申告の申告内容は「偽造品であること」であるので,本件申告は被告各商標権の侵害を趣旨とするものではないと主張するが,偽造品であるということには,他人の信用が化体した標章を商標権等の正当な法的権原なく商品に付すことが含まれるのであり,上記のとおり,被告が本件サービスの利用に当たり被告各商標を登録し,本件申告に際しても同各商標を入力していることを併せ考えると,被告が本件申告の申告内容として「偽造品であること」と入力したとしても,そのことは,本件申告の趣旨が被告各商標権の侵害を趣旨にあるとの上記判断を左右しないというべきである。
(2)  原告が被告各商標権を侵害している旨の摘示について
 原告各商標は,・・・標準文字の「COMAX」から構成されるものなどであり,いずれも「第20類 マットレス,まくら,クッション,座布団,家具」を商品区分とするものであるところ,原告商品は,いずれも第20類に属する枕,マットレス等であって,原告各商標を付したものである。これに対し,被告各商標は,いずれも,商品区分を「第17類 天然ゴム ゴム」とするものであるから,原告商品は被告各商標権を侵害するものではない
 なお,本件申告内容の「偽造品であること」という入力内容が,被告各商標権の侵害を意味するものではなく,他の商標権等の侵害を意味するものであるとしても,原告は,原告商品に自らの商標を表示して販売しているのであり,シンガポール・コマックス等の他人の使用する標章等を使用し,その真正品と偽って表示しているものではないので,被告の入力した上記申告内容はいずれにしても虚偽であるということができる。
 そうすると,本件申告の内容は,被告と競争関係にある原告の営業上の信用を害する虚偽の事実であるということができる
(3)  原告が被告の独占販売権を侵害している旨の摘示について
ア 被告は,①シンガポール・コマックスとの間で特約販売店契約(乙1)を締結し,本件申告当時,同社から「COMAX Natural Latex」の商標を付した枕等の独占的販売権を得ていた,②原告は,シンガポール・コマックスの子会社であるラテックスシステムズから「COMAX」商標等に関する使用許諾を受けたが(乙2),同使用許諾契約は平成27年11月10日をもって解除されたので(乙3),本件申告当時,原告商品を販売すべき正当な権原を有していなかったと主張する。
 しかし,原告は,原告各商標権を取得した上で,同各商標を付した原告商品を我が国において販売しているのであるから,原告商品を販売するに当たり,シンガポール・コマックス等から「COMAX」商標の使用許諾を得る必要はなく,そもそもシンガポール・コマックスがいかなる権利を有しているかも証拠上明らかではない。・・・
 このように,原告は,原告各商標を使用して,原告商品を販売すべき権原を有しているので,被告がシンガポール・コマックスの「COMAX Natural Latexの枕及びマットレス」の独占的販売権を有しているとしても,原告商品の販売は被告の独占販売権を侵害するものではない。・・・
イ そうすると,本件申告が,被告がシンガポール・コマックスから許諾された独占販売権を侵害するという趣旨である場合においても,その申告内容は,被告と競争関係にある原告の営業上の信用を害する虚偽の事実であるということができる。
(4)  原告商品とシンガポール・コマックスの商品との間の混同に関する主張について
 被告は,原告商品とシンガポール・コマックスの商品との間に混同が生じていたことから,その是正を求めるために本件申告に及んだと主張するが,原告による原告商品の販売が正当な商標権に基づくものであることは前記判示のとおりであり,仮に,需要者の間において,海外で販売されているシンガポール・コマックスの商品と原告商品との混同が生じているとしても,そのことについて,原告が法的責任を負うべき理由はなく,被告が虚偽の告知をすることを正当化するものでもない
(5)  小括
 以上のとおり,本件申告は,原告商品が本件各商標権を侵害していることを趣旨とするものであり,その内容は,被告と競争関係にある原告の営業上の信用を害する虚偽の事実であり,不競法2条1項21号の不正競争行為に該当するので,原告は,被告に対し,原告商品の販売が被告の有する商標権を侵害するとの虚偽の事実を第三者に告知又は流布することの差止めを求めることができる。
 なお,被告が本件申告において権利が侵害されているとして通知した商品は,原告商品の全てではないが,同通知に係る商品以外の原告商品にも原告各商標が使用され,本件サイトに出品されていたことに照らすと,被告が,需要者及び原告の取引関係者その他の第三者に対し,これらの原告商品が被告各商標権を侵害する旨を告知・流布するおそれはあるというべきであるので,これらの商品についても虚偽の告知を差し止めるべき必要性があると認められる。
 また,前記判示の本件申告の内容及び態様に照らせば,被告が本件申告をするにつき,少なくとも過失が認められる。
2  争点2(原告の損害の有無及びその額)について
(1)  不競法5条2項に基づく損害
ア 原告は,本件サイトにおける原告商品の出品が停止された令和元年8月までの15か月間に,被告は,被告商品の販売により,少なくとも月間8万5000円程度の利益を得ていたはずであるから,不競法5条2項に基づき,被告に対し,8万5000円に15月を乗じた127万5000円の損害賠償を求めることができると主張する。
 しかし,被告は,本件申告の前後を通じて,特に販売態様等を変えることなく被告商品を販売していたと認められるところ,証拠(乙22~24)によれば,被告商品の売上全体(別紙1)及び本件サイトに限定した被告商品の売上げ(別紙2)のいずれについても,本件申告後の売上げは,むしろ減少しているものと認められる。
 そうすると,被告は,本件申告に係る不正競争行為により,営業上の利益を得たということはできず,本件申告とその後の被告商品の販売による利益との間に相当因果関係があると認めることはできない
イ ・・・(省略)・・・
ウ したがって,原告の不競法5条2項に基づく損害賠償の主張には理由がない。
(2)  無形損害
 前記判示のとおり,被告による本件申告は,原告が被告の商標権等を侵害しているというものであり,その内容は,原告及び原告商品の信頼を低下させるものであり,本件申告の申告先であるアマゾン社は全世界的なインターネット通販サイトを運営する企業である。加えて,本件申告は,原告が自らの商標を商品に付していることを容易に知り得たにもかかわらず,これを「偽造品」と称するものであって,その態様は悪質であることにも照らすと,原告の営業上の信用を毀損する程度は小さくないというべきである。
 しかし,他方で,本件申告は,アマゾン社に対するもののみであり,インターネットなどを通じて,不特定の需要者,取引者に対して告知したものではないことなどの事情も認められ,こうした事情も含め,本件に現れた諸事情を総合的に考慮すると,原告に生じた無形損害は,50万円であると認めるのが相当である。
(3)  アマゾン社による出品停止との間の相当因果関係の不存在について
 被告は,アマゾン社が原告商品の出品を停止したのは,本件申告によって原告商品が被告各商標権を侵害すると誤信したことによるものではないから,本件申告と,原告が被ったと主張する損害又は被告が得たと主張する利益との間に相当因果関係はないと主張する。
 本件におけるアマゾン社による原告商品の出品停止措置は,被告の商標権侵害等の事実は存在しないにもかかわらず,原告の説明及び原告から送付された資料等を十分に顧慮しないまま行われたものであって,合理的な根拠を欠くものであるといわざるを得ない。
 他方,アマゾン社による上記出品停止措置は,本件申告に基づいて行われたものであり,本件申告と無関係の理由により行われたものであると認めるに足りる証拠はない。そうすると,同措置が直接的にはアマゾン社の判断によるものであるとしても,そのことは,被告による本件申告と原告に発生した無形損害との間に相当因果関係があるとの上記判断を左右するものではない。・・・
・・・(以下,省略)・・・

検討

1 不正競争行為第2条第1項第21号
 不正競争法防止法は,「競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し,又は流布する行為」を不正競争として定めている(不正競争防止法第2条第1項第21号)。当該行為は,競争関係にある事業者の営業所の信用を直接的に毀損する行為であることから,典型的な違法行為と考えられており,民法上の不法行為として構成することも可能である。
 裁判例の多くは,A社が,競争関係にあるB社の取引先に対して,「B社はA社の知的財産権を侵害している」という旨を通知した行為について,実際にはB社がA社の知的財産権を侵害していない場合,当該通知行為は「競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し,又は流布する行為」に該当すると判示している。

2 本件の検討
 本件は,被告がアマゾン社に対して,原告が被告の商標権を侵害している旨の申告を行ったところ,実際には原告による被告の商標権の侵害行為はなかったという事案である。申告先がアマゾン社というECサイト運営者である点が従来の裁判例と異なるといえるが,判決では,これまでの裁判例と同様に,被告の行った申告の内容は,虚偽の事実であり,当該申告は「競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知」する行為に該当し,不正競争であると判示している。
 また,本件では被告による申告から原告の出品停止の間にECサイト運営者であるアマゾン社による出品停止の措置という段階が挟まっている。判決では,出品停止の措置が直接的にはアマゾン社の判断によるもので,かつ,合理的な根拠を欠くものであっても,被告からの申告に基づいて行われたものである以上,当該措置により被った原告の損害と被告の申告との間に相当因果関係が認められる旨を判示している。
 出品停止の措置は,アマゾン社により行われる措置であるため,被告としては詳細の把握は困難であるともいえるが,被告の申告行為と密接に関連するものであることは明白であり,他にそれを覆す事情がない場合は,相当因果関係が認められるべきであると考える。

3 ECサイトへの知的財産権侵害の申告
 昨今のECサイトにおいては,当該ECサイトの出品者が知的財産権等を侵害している場合にその旨をECサイト運営者へ申告する専用フォームが設けられ,さらに,当該フォームを活用するようECサイト運営者から案内が行われるなど,比較的容易にECサイト運営者に対して,出品者が知的財産権等を侵害している旨を申告することができる。
しかし,容易に権利侵害の申告ができる場合でも,本件のように当該申告が不正競争と判断される可能性があり,その場合は,自社のビジネスを守るどころか,逆に窮地に陥ってしまう。
 容易に権利侵害の申告ができるからといって,確認を怠ってはならず,申告を行う際にはまず専門家へ相談し,検討することを推奨する。

以上
(筆者)弁護士 市橋景子