【令和3年2月10日判決(知的財産高等裁判所 令和元年(ネ)第10074号)】

【事案の概要】
 本件は,発明の名称を「無線通信サービス提供システム及び無線通信サービス提供方法」とする特許(本件特許)の特許権(特許第3245836号。本件特許権)を有する控訴人が,被控訴人に対し,被控訴人システムの生産及び使用が本件発明1及び2に係るシステムの生産,使用(直接侵害)に当たるなどと主張して,本件特許権に基づき被控訴人サービスの提供の差止めを求めるとともに,本件特許権侵害の不法行為に基づき,損害及び遅延損害金の支払を求める事案である。

【キーワード】
 クレーム解釈,特許請求の範囲の記載,明細書の記載,出願経過

【訂正前の請求項1】(本件発明1)
A 無線通信装置の利用者が,無線通信ネットワークを経由して,通信事業者から無線通信サービスの提供を受けることにより,所定の利用料金を支払う無線通信サービス提供システムにおいて,
B 前記無線通信装置の現在位置を測定する位置測定手段と,
C 配信すべき広告情報および配信先情報を入手するとともに,前記広告情報を前記無線通信装置に送信する広告情報管理サーバとを具備し,
D 前記広告情報管理サーバは,前記位置測定手段が測定した前記無線通信装置の現在位置と前記配信先情報に含まれる位置情報に基づいて,指定地域内の前記無線通信装置に対して前記広告情報を送信し,前記無線通信装置は,前記広告情報管理サーバが送信した前記広告情報の配信を受ける一方,
E 前記広告情報管理サーバは,前記無線通信装置が一旦前記指定地域の外に出た後,再び前記指定地域内に戻っても,同じ前記広告情報を前記無線通信装置に送信しないこと,を特徴とする無線通信サービス提供システム。

【争点】
 争点は,本件発明1の進歩性,本件発明2の進歩性,本件発明26の進歩性,本件訂正発明1の進歩性,本件訂正発明2の進歩性など多岐にわたるが,本稿においては,被控訴人システムは本件発明1の技術的範囲に属するかのうち,構成要件Eの充足性についてのみ紹介する。

1.裁判所の判断(以下,下線部等の強調は筆者による。)

 争点1(被控訴人システムは本件発明1及び2の技術的範囲に属するか等)について
⑴ 被控訴人システムによる本件発明1の構成要件Eの充足性
ア 構成要件Eの解釈
(ア) 解釈
 構成要件Eの「前記広告情報管理サ-バは,前記無線通信装置が一旦前記指定地域の外に出た後,再び前記指定地域内に戻っても,同じ前記広告情報を前記無線通信装置に送信しないこと」は,「広告情報管理サ-バが,無線通信装置が一旦指定地域の外に出た後再び指定地域内に戻った場合であっても,指定地域内にとどまり続けた場合であっても,同じ広告情報を無線通信装置に送信しないこと」を意味するものと認められる。その理由は,次の(イ)のとおりである。
(イ) 理由
a 特許請求の範囲の記載
 構成要件Eには「前記無線通信装置が一旦前記指定地域の外に出た後,再び前記指定地域内に戻っても,同じ前記広告情報を前記無線通信装置に送信しないこと」と記載されている。このうち「戻っても」の「ても」の意味は,国語辞典によれば,❶「仮定の条件をあげて,後に述べる事がそれに拘束されない意を表す。たとい・・・ようとも。・・・とも。(中略)『転んでもただは起きぬ』」,❷「事実をあげて。それから当然予想されることと逆の事柄を述べるのに用いる。・・・たけれども。(中略)『これだけ言っ-わからない』」(広辞苑第7版)であるものと認められる。そして,構成要件Eの「ても」の後に記載されている「同じ前記広告情報を前記無線通信装置に送信しないこと」は,「ても」の前の「前記無線通信装置が一旦前記指定地域の外に出た後,再び前記指定地域内に戻る」ことから当然予想されることと逆の事柄であるとは認められず(予想の余地があるというにとどまらず当然予想されること,と逆の事柄であるとは認められない。),「ても」の前後は,「ても」の代わりに「・・・たけれども」で接続できる関係にあるとは認められないから,構成要件Eの「ても」は,上記の❷の意味と解することはできず,上記の❶の意味であると認められる。そうすると,構成要件Eは,「無線通信装置が一旦指定地域の外に出た後,再び前記指定地域内に戻る」という仮定の条件に,「同じ広告情報を無線通信装置に送信しない」ことが拘束されないことを意味しており,「無線通信装置が一旦指定地域の外に出た後,再び前記指定地域内に戻る」場合だけでなく,それ以外の場合でも,「同じ広告情報を無線通信装置に送信しない」ことを意味しているものと認められる。「無線通信装置が一旦指定地域の外に出た後,再び前記指定地域内に戻る」場合(原判決24頁でいう「②-2の場合」)以外の場合としては,指定地域内に存在し続ける場合(原判決24頁でいう「①の場合」)があるところ,構成要件Eは,そのような場合でも「同じ広告情報を無線通信装置に送信しない」ことを意味しているものと認められる。

b 明細書の記載
 (a) 本件明細書の【0070】には,実施例について,「またこの際,個人情報デ-タベ-スに項目として本広告メッセ-ジに対応する広告IDを追加し,送信済フラグを立てる。これにより,同じユ-ザに対して同一の広告メッセ-ジを重複して送信することがなくなる。即ち,携帯端末1Aが一旦指定地域の外に出た後,再び指定地域内に戻っても,この送信済フラグが立っていれば,同じ広告メッセ-ジを送信しない。」と記載されている。ここでいう「即ち」という語は,国語辞典によれば「(上をうけてさらにその意を再び明らかにする語)いいかえれば,とりもなおさず。」(広辞苑第7版)の意味であると認められる。そうすると,上記の「即ち」の前の「またこの際,個人情報デ-タベ-スに項目として本広告メッセ-ジに対応する広告IDを追加し,送信済フラグを立てる。これにより,同じユ-ザに対して同一の広告メッセ-ジを重複して送信することがなくなる。」という文言は,ユ-ザが指定地域外に一旦出たか否かを問わず,そのユ-ザには,送信済フラグが立てられた広告IDに対応する広告メッセ-ジを送信しないことを意味するものと解され,無線通信装置が一旦指定地域の外に出た後,再び指定地域内に戻った場合でも,指定地域内に存在し続けた場合でも,同じ広告情報を無線通信装置に送信しないことを意味するものと認められる。
 上記の【0070】記載は,構成要件Eの「前記無線通信装置が一旦前記指定地域の外に出た後,再び前記指定地域内に戻っても,同じ前記広告情報を前記無線通信装置に送信しないこと」を充足する実施例の説明であると認められる。そうすると,構成要件Eについても,【0070】の「即ち」の前後と同じように,無線通信装置が一旦指定地域の外に出た後,再び指定地域内に戻った場合でも,指定地域内に存在し続けた場合でも,同じ広告情報を無線通信装置に送信しないことを意味するものと解するのが,本件明細書の発明の詳細な説明の記載と整合的な解釈であると認められる。
 (b) 広告情報管理サ-バは,本件明細書の【0069】によれば,時々刻々と常に携帯端末1Aの位置を把握しているとされているから,携帯端末1Aが一旦指定地域の外に出た後,再び指定地域内に戻ったことを把握していると考えられるが,そのことを,携帯端末1Aに広告情報を再度送信するか否かの決定に当たって利用しているかどうかは,【0069】には,記載されていない。したがって,本件明細書の【0069】に基づいて,構成要件Eを充足するために,広告情報管理サ-バは,「無線装置が一旦指定地域の外に出た後,再び指定地域内に戻ったことを把握して,当該無線通信装置に同じ広告情報を再送信しないようにする」という構成を備えていなければならないとはいえない。

c 出願経過
 (a) 本件特許の出願経過においては,次の事実が認められる。
 (i) 控訴人は平成12年9月5日,本件特許を出願した。これに対し,特許庁審査官は,平成13年5月7日付けで拒絶理由通知を発し,その理由として,請求項1を含む本願発明の請求項の一部に係る発明は,引用文献1ないし8に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたから特許法29条2項の規定により特許を受けることができないこと,特許請求の範囲の記載が特許法36条6項1号に規定する要件を満たしていないことを示した(甲7)。
 (ii) これに対し,控訴人は,平成13年6月11日,特許庁長官に対し,本件特許の明細書を補正する手続補正書(甲8)を提出した。この補正では,特許請求の範囲の請求項1,2が本件特許の設定登録時のもの(原判決第2の1⑶ア及びイ,原判決3頁)と同じ内容に変更され,この際に,特許請求の範囲に構成要件Eに係る構成が含まれるに至ったほか,請求項26が次のとおり変更された。また,発明の名称が本件特許の設定登録時のものに変更された(甲8)。
【請求項26】無線通信装置の利用者が,無線通信ネットワ-クを経由して,通信事業者から無線通信サ-ビスの提供を受けることにより,所定の利用料金を支払う無線通信サ-ビス提供方法において,前記無線通信装置の現在位置を測定する位置測定ステップと,配信すべき広告情報および配信先情報を入手するとともに,前記広告情報を前記無線通信装置に送信する広告情報管理ステップとを含み,前記広告情報管理ステップは,前記位置測定ステップが測定した前記無線通信装置の現在位置と前記配信先情報に含まれる位置情報に基づいて,指定地域内の前記無線通信装置に対して前記広告情報を送信し,前記無線通信装置は,前記広告情報管理サ-バが送信した前記広告情報の配信を受ける一方,前記無線通信装置が一旦前記指定地域の外に出た後,再び前記指定地域内に戻っても,同じ前記広告情報を前記無線通信装置に送信しないこと,を特徴とする無線通信サ-ビス提供方法。
 (iii) 控訴人は,平成13年6月11日,特許庁審査官に対し,意見書(乙1)を提出し,前記(ii)の補正後の特許請求の範囲の請求項1について,その内容を記載した上で,「特に,『前記広告情報管理サ-バは,前記無線通信装置が一旦前記指定地域の外に出た後,再び前記指定地域内に戻っても,同じ前記広告情報を前記無線通信装置に送信しないこと』に特徴付けられるものであります。」(乙1,3/7 頁13~16行目),「本願発明は,かかる特徴的な構成を有機的に関連付けて具備することにより,明細書の段落0070に記載した通り,『これにより,同じユ-ザに対して同一の広告メッセ-ジを重複して送信することがなくなる。即ち,携帯端末1Aが一旦指定地域の外に出た後,再び指定地域内に戻っても,この送信済フラグが立っていれば,同じ広告メッセ-ジを送信しない。』という特有の作用・効果を奏するものであります。」(乙1,3/7 頁17~22行目)などと説明した。また,控訴人は,同意見書(乙1)において,請求項1に係る発明と拒絶理由通知で示された引用文献との対比の項目(乙1,6/7 頁25行目~7/7 頁19行目)でも,構成要件D,Eに係る構成を示した上で,引用文献1(特開平11-065434号公報)(乙6)には,広告情報を無線端末で受信し,表示する技術が記載されているが,本願発明の最大の特徴である上記構成についての記載や示唆は一切なく,引用文献2ないし8にも引用文献1と同様に,本願発明の特徴についての記載や示唆は一切ないとし,引用文献1に本願発明特有の構成に関する記載や示唆及び課題意識が一切ない以上,他の引用例を組み合わせても,本願発明特有の構成とすることはできない旨述べ,本願の請求項1ないし50に係る発明は,引用文献1ないし8に記載された発明から当業者が容易に発明することができたものではない旨述べた。
 (iv) その後,前記(ii)の請求項26を本件特許の設定登録時のもの(原判決第2の1⑶ウ,原判決4頁)と同じ内容に変更する補正がされるなどした後,本件特許について特許査定がされた。

 (b) 前記(a)の出願経過に照らすと,控訴人は,平成13年6月11日提出の意見書(乙1)において,構成要件D,Eに係る構成は,本願発明の特徴であるところ,その構成は,同年5月7日付け拒絶理由通知(甲7)で示された引用文献1ないし8に記載や示唆がないから,本願発明は引用文献1ないし8に基づいて容易に発明をすることができたものではない旨主張したものと認められる。そして,控訴人の上記意見書(乙1)には,構成要件Eの「前記広告情報管理サ-バは,前記無線通信装置が一旦前記指定地域の外に出た後,再び前記指定地域内に戻っても,同じ前記広告情報を前記無線通信装置に送信しないこと」が本件発明の特徴である旨が記載されていたものの,それが,広告情報管理サ-バが,単に同じ広告情報を無線通信装置に再送信しないようにする構成を備えているだけで足りるのか,それでは足りず,一旦指定地域外に出た後再び指定地域内に戻ったことを把握して無線通信装置に同じ広告情報を再送信しないようにする構成を備えていなければならないのかについては,何ら言及がされておらず,控訴人がこれらのうち後者の解釈をとっていたことを窺わせる記載はない。また,控訴人は,上記意見書(乙1)において,拒絶理由通知(甲7)で示された引用文献1ないし8との関係で本願発明に進歩性があることを述べていたものと認められるところ,被控訴人が,利用者ひとりひとりに対する広告配信の回数を制限することは周知技術と主張する際に,その根拠としている乙3の1の1~4,乙4の1は,上記拒絶理由通知(甲7)その他の出願経過では示されていなかったものであり,上記意見書(乙1)にも,広告配信の回数を制限することが周知技術であることを窺わせる記載はない。そうすると,控訴人が上記意見書(乙1)において,構成要件Eの「前記広告情報管理サ-バは,前記無線通信装置が一旦前記指定地域の外に出た後,再び前記指定地域内に戻っても,同じ前記広告情報を前記無線通信装置に送信しないこと」という構成を,広告配信の回数を制限するという周知技術による機能や作用効果を除くように解釈した上で,進歩性を主張していたと認めることはできない。そのため,控訴人の主張がいわゆる包袋禁反言の法理に照らして許されないという被控訴人の主張は,採用することはできない。
 また,特許請求の範囲記載の発明に周知技術が含まれ,又は周知技術に基づいて容易に発明をすることができた発明が含まれるならば(特許法29条1項,2項),その発明に係る特許は,特許無効審判により無効にされるべきものであり(特許法123条1項2号),特許権者は相手方に対してその権利を行使することができないのであり(特許法104条の3第1項),特許請求の範囲記載の発明に周知技術や周知技術に基づいて容易に発明をすることができた発明が含まれないように,殊更特許請求の範囲の文言を狭く解釈することは,特許法104条の3第1項の規定の趣旨に照らして許されないものである。
 したがって,出願経過から,構成要件Eが,無線通信装置が指定地域内に存在し続ける場合でも同じ広告情報を無線通信装置に送信しないものを除外していると解することはできない。

イ 構成要件Eの充足性
(ア) 被控訴人システムの構成
 控訴人は,被控訴人システムについて,広告主が配信期間を1日以内とし,1人のスマ-トフォンのユ-ザ-に対して1日に配信する回数を1回に制限する設定をすると,当該スマ-トフォンが一旦配信エリアの外に出た後,再び配信エリア内に戻っても,同じ広告デ-タは当該スマ-トフォンに送信されないから,被控訴人システムの構成e「SSP サ-バは,当該スマ-トフォンが一旦配信エリアの外に出た後,再び配信エリア内に戻っても,同じ広告デ-タを当該スマ-トフォンに送信しないこと,を特徴とする無線通信サ-ビス提供システム」を備えることになり,構成要件Eを充足すると主張する(原判決第3の1【原告の主張】⑵オ(ウ),原判決10頁)。
 他方,被控訴人は,被控訴人システムについて,被控訴人が保有するDSP サ-バは,スマ-トフォンの位置情報を保有しておらず,スマ-トフォンが,一旦配信エリアの外に出た後,再び配信エリア内に戻ったか否かの確認をすることはできないとし,DSP サ-バは,同日に同一の広告が同一のスマ-トフォンに何回表示されたかを管理しているに過ぎないと主張する。そして,被控訴人サ-ビスにおいては,配信期間を1日以内とし,同一のスマ-トフォンに同一の広告を表示する回数を1日に1回と設定することができるが,そのような設定がされることはまれであると主張する(原判決第3の1【被告の主張】⑴ウ,原判決12頁)。
 このような控訴人と被控訴人の主張に照らすと,被控訴人システムについて,広告主が配信期間を1日以内とし,1人のスマ-トフォンのユ-ザ-に対して1日に配信する回数を1回に制限する設定をすると,SSPサ-バは,スマ-トフォンが,一旦配信エリアの外に出た後再び配信エリア内に戻っても,配信エリアの中にとどまり続けても,同じ広告デ-タを当該スマ-トフォンに送信しないという構成を備えることは,当事者間に争いがないものと認められる。
(イ) 充足性
 前記ア〔本判決48頁〕のとおり,構成要件Eの「前記広告情報管理サ-バは,前記無線通信装置が一旦前記指定地域の外に出た後,再び前記指定地域内に戻っても,同じ前記広告情報を前記無線通信装置に送信しないこと」は,「広告情報管理サ-バが,無線通信装置が一旦指定地域の外に出た後再び指定地域内に戻った場合であっても,指定地域内にとどまり続けた場合であっても,同じ広告情報を無線通信装置に送信しないこと」を意味するものと認められる。そして,前記(ア)のとおり,被控訴人システムは,広告主が配信期間を1日以内とし,1人のスマ-トフォンのユ-ザ-に対して1日に配信する回数を1回に制限する設定をした場合は,SSP サ-バは,スマ-トフォンが,一旦配信エリアの外に出た後再び配信エリア内に戻っても,配信エリアの中にとどまり続けても,同じ広告デ-タを当該スマ-トフォンに送信しないという構成を備える。そうすると,被控訴人システムについて,広告主が配信期間を1日以内とし,1人のスマ-トフォンのユ-ザ-に対して1日に配信する回数を1回に制限する設定をした場合の構成は,上記の構成要件Eを充足するものと認められる。被控訴人は,上記のような設定をすることはまれであると主張するが,たとえそうであるとしても,上記のような設定をすることができる以上,構成要件充足性を否定することはできない。
 したがって,被控訴人システムは構成要件Eを充足するものと認められる。

2.検討

 本判決は,構成要件Eの「前記広告情報管理サ-バは,前記無線通信装置が一旦前記指定地域の外に出た後,再び前記指定地域内に戻っても,同じ前記広告情報を前記無線通信装置に送信しないこと」の意義について,国語辞典の意味から,「無線通信装置が一旦指定地域の外に出た後,再び前記指定地域内に戻る」場合だけでなく,それ以外の場合でも,「同じ広告情報を無線通信装置に送信しない」ことを意味し,「無線通信装置が一旦指定地域の外に出た後,再び前記指定地域内に戻る」場合以外の場合としては,指定地域内に存在し続ける場合があることを意味していると解釈し,当該解釈が明細書の記載と整合する旨判断し,また,出願経過における特許権者(出願人)の主張等が当該解釈に影響を与えないことを確認しているが,当該解釈自体は妥当なものだと考える。
 一方で,このように解釈すると,①「無線通信装置が一旦指定地域の外に出た後,再び前記指定地域内に戻る」場合,②①以外の場合,すなわち,指定地域内に存在し続ける場合のいずれでも,同じ広告情報を無線通信装置に送信しないこととなるが,そうであれば,構成要件Eは,端的に「前記広告情報管理サーバは,同じ前記広告情報を前記無線通信装置に送信しないこと」と表現すればそれで足り,敢えて「前記無線通信装置が一旦前記指定地域の外に出た後,再び前記指定地域内に戻っても」と記載する必要はないように思われる。
 敢えてこのような記載をした点を重視すれば,構成要件Eが,「広告情報管理サ-バが,単に同じ広告情報を無線通信装置に再送信しないようにする構成を備えているだけ」「では足りず,一旦指定地域外に出た後再び指定地域内に戻ったことを把握して無線通信装置に同じ広告情報を再送信しないようにする構成を備えてい」ることまで要すると解する余地が出てくる。しかし,以下の理由から,このような解釈はできないと考える。「一旦指定地域外に出た後再び指定地域内に戻ったことを把握」するには,例えば,明細書中の個人情報データベースの項目に,無線通信装置と紐づけて,指定地域外に出たことに関する情報を記憶しておくことが必要になるが,明細書にはそのような記載はない。明細書の段落【0070】の「この際,個人情報データベースに項目として本広告メッセージに対応する広告IDを追加し,送信済フラグを立てる。これにより,同じユーザに対して同一の広告メッセージを重複して送信することがなくなる。」との記載からすれば,単に「返信済フラグ」があるかどうかだけで判断しており,「一旦指定地域外に出た後再び指定地域内に戻ったことを把握」するといった処理はしていないと考えられる。
 なお,構成要件Eに係る構成は,拒絶理由通知に対する補正において含まれた経緯があり,進歩性を主張するために追加されたものと思われるが,前述のとおり,必要ない記載と思われるため,当該補正において追加する必要はなかったと思われる。
 本判決は,特許請求の範囲の解釈として,また,補正における追加として参考になる事例であるため,紹介した。

以上
(筆者)弁護士・弁理士 梶井啓順