【令和2年11月5日判決(知財高判 令和元年(行ケ)第10165号)】

【要約】
保温シートの発明に関する特許出願において、当初明細書に記載のない、カバー体(「本件カバー体」)が「透光性を有する」との構成要件の追加が新規事項の追加に当たるかどうかが争われた(新規事項の追加に当たるとした拒絶査定不服審判の審決に対する審決取消訴訟)。本判決は、「織布又は不織布に遮光性能を付与するために、特殊な製法又は素材を用いたり、特殊な加工を施したりするなどの方法が採られていたことからすれば、本件出願時において、織布又は不織布に遮光性を付与するためにはこのような特別な方法を採る必要があるということは技術常識であった」と技術常識を認定した。その上、本判決は、当初明細書の記載から、本件カバー体において遮光性能を付与するための特別な方法が採られていないと理解されるとして、本件カバー体が「透光性を有する」という事項は当初明細書の記載から自明であるとして、審決を取り消した。

【キーワード】
新規事項の追加、特許法17条の2第3項、技術常識

1 事案

 原告は、「保温シート及びそれを用いた保温布団」とする発明について、特許出願(「本件出願」)をした。出願時の請求項1は、以下のとおりである。

【請求項1】
人又はその他の動物である生体の表面の保温を行う保温シートであって、
フレキシブルに変更可能なシート状の基材と、
通気性が確保された不織布又は織布からなるカバー体とを備え、
前記基材における生体側の面に断熱材を含浸又は塗布することにより断熱面を形成し、
前記カバー体によって基材の断熱面をカバーした
ことを特徴とする保温シート。

 その後、原告は、手続補正等を経て、進歩性がないとの理由により拒絶査定を受けた。そこで、原告は、拒絶査定不服審判を請求するとともに、特許請求の範囲及び明細書を補正(「本件補正」)し、意見書を提出した。本件補正後の請求項1は、以下のとおりである(下線は筆者)。

【請求項1】
人又はその他の動物である生体の表面の保温を行う保温シートであって、
フレキシブルに変更可能なシート状の基材と、
通気性及び通水性が確保され且つ透光性を有する不織布又は織布からなるカバー体とを備え、
前記基材における生体側の面に断熱材を含浸又は塗布することにより断熱面を形成し、
前記断熱材は、中空ビーズ構造であって且つ10~50μmの粒径を有するアルミノ珪酸ソーダガラスと、顔料としての二酸化チタンとを含み、
前記アルミノ珪酸ソーダガラスの含有量は、前記断熱材の全重量の10~20重量%であり、
前記カバー体によって基材の断熱面をカバーし、
前記カバー体は、上記断熱面に面状に密着された状態で接着され、
前記カバー体は、生体側からの輻射熱を通すことによって、前記アルミノ珪酸ソーダガラスが遠赤外線を放射する温度まで該アルミノ珪酸ソーダガラスを温めるとともに、該アルミノ珪酸ソーダガラスから放射された遠赤外線が生体側に達するように構成されたことを特徴とする保温シート。

 しかし、特許庁は、請求が成り立たないとの審決をした。審決の理由の要旨は、本件補正後の請求項1には「通気性及び通水性が確保され且つ透光性を有する不織布又は織布からなるカバー体とを備え、」との事項が含まれるところ、このカバー体(以下「本件カバー体」という。)が「透光性」を有することは、本件出願に係る願書に最初に添付された明細書、特許請求の範囲又は図面(以下、これらを併せて「本件当初明細書等」という。)には明示的に記載されておらず、また、本件当初明細書等の記載から自明な事項であるとはいえないから、特許法17条の2第3項の要件を満たさないというものである。

2 判決

⑴ 本件当初明細書等には、本件カバー体が通水性を有する旨の記載は存するものの、「透光性を有する」との事項に対応する明示的な記載は存しない。
 そこで、本件カバー体が「透光性を有する」との事項が、本件当初明細書等の記載から自明な事項であるといえるか否かについて、以下、検討する。

⑵ 工業分野一般において、透光性とは、物質を光が透過して他面から出ることをいう(JIS工業用語大辞典第5版)ところ、本願発明の技術分野における「透光性」の用語が、これと異なる意味を有するものとみるべき事情は存しない。
 そうすると、本件カバー体が「透光性を有する」とは、本件カバー体が光を透過させて他面から出す性質を有することを意味するものといえる。

⑶ 本件出願よりも前の時点において、織布又は不織布に遮光性能を付与するために、特殊な製法又は素材を用いたり、特殊な加工を施したりするなどの方法が採られていたことからすれば、本件出願時において、織布又は不織布に遮光性を付与するためにはこのような特別な方法を採る必要があるということは技術常識であったといえる。そうすると、このような特別な方法が採られていない織布又は不織布は遮光性能を有しないということもまた、技術常識であったとみるのが相当である。
 そして、繊維分野において、遮光性能とは、入射する光を遮る性能をいう(「JISハンドブック 31 繊維」)から、遮光性能を有しないということは、入射する光を遮らずに透過させること、すなわち上記⑵の意味における「透光性」を有することを意味することとなる。
 以上検討したところによれば、織布又は不織布について遮光性能を付与するための特別な方法が採られていなければ、当該織布又は不織布は透光性を有するということが、本件出願時における織布又は不織布の透光性に関する技術常識であったとみるのが相当である。

⑷ 上記⑶によれば、本件出願時における当業者は、織布又は不織布について遮光性能を付与するための特別な方法が採られていなければ、当該織布又は不織布は透光性を有するものであると当然に理解するものといえる。
 そうすると、本件当初明細書等に接した当業者は、本件カバー体は透光性を有するものであると当然に理解するものといえるから、本件カバー体が「透光性を有する」という事項は、本件当初明細書等の記載内容から自明な事項であるというべきである。

 また、本件当初明細書等には、断熱材を構成する顔料が二酸化チタンである旨の記載があった。被告は、この点に関し、本件カバー体が透光性を有していることから、実質的に、本件発明の保温シートの基材の断熱面に光が到達する構成が追加され、この構成に対応する新たな技術的意義又は新たな作用・効果を有することとなった旨主張した。しかし、本判決は、本件当初明細書、補正後の明細書、特許請求の範囲又は図面をみても、二酸化チタンの光触媒作用やそれによる消臭効果等に関する記載はないとして、被告が主張する技術的意義又は作用・効果が存するとは理解することはないから、新規事項の追加には当たらないと判断した。

3 検討

本件出願の審査経過を見ると、原告は、平成29年7月21日付け意見書において、同日付けの手続補正書で追加した「透光性を有する」との構成要件に関し、以下の意見を述べ、請求項1に係る発明に進歩性があることを主張している。

「2)本願請求項1の引用文献からは予測できない独自の作用効果
本願の請求項1に係る発明は、保温の際に生体側の熱を効率的に利用可能とする目的で、断熱面14aをカバー体13によって覆っているが、このカバー体13は透光性を有しているため、カバー体13を透過した光を断熱面14aに照射させることが可能になる。
しかも、カバー体13は断熱面14aに面状に密着された状態で接着又は縫合されているため、光が効率的に断熱面14aに達する。断熱面14aに効率的に照射された光は、該断熱面14aを構成する断熱材に含まれた二酸化チタンを光触媒として作用させ、十分な消臭効果を発揮する。以上により、十分な断熱性能を保持しつつ、カバー体13や断熱面14aからの臭いの発生を効率的に防止できる。」

 これに対し、審査官は、平成29年10月30日付け(起案日)拒絶理由通知書において、以下のように述べて同発明の進歩性を否定した。

「本願明細書には、二酸化チタンに関し、段落[0031]に、「顔料は光を反射する白色の二酸化チタンであり」としか記載されていないことから、二酸化チタンを添加する効果として、光を反射することしか記載されておらず、光触媒として作用する二酸化チタンの効果が記載されているとは認められない。
したがって、主張1は、本願明細書に記載に基づくものであるとは認められないことから、この点に関する出願人の主張を採用することはできない。」

 上記のとおり、審査段階では新規事項の追加は問題とされていなかったが、審判段階になって、令和元年6月27日付け(起案日)拒絶理由通知書で初めて「透光性を有する」との構成要件の追加が、新規事項の追加に当たるとして、拒絶理由に挙げられた。
 二酸化チタンに光が当たることにより光触媒として採用し、消臭効果を発揮するとの本件発明の効果の主張について、平成29年10月30日付け(起案日)拒絶理由通知書は、明細書に記載されていない作用効果は、発明の効果として認められないという原則に従って判断した。
 これに対し、本件審決は、本件カバー体が透光性を有するかどうかについて、原告の主張を、

「不織布又は織布からなるカバー体が有するとする『透光性』の『光』は、断熱材に含まれた二酸化チタンを光触媒として作用させるような、周波数や光量を持つ『光』を意味すると主張した」

として、二酸化チタンを光触媒として作用させるような可視光を透過させるかどうかという視点で判断している。明示されているわけではないが、本件審決は、補正を認めた場合に二酸化チタンを光触媒として作用させるかどうかという作用効果への影響に対する意識があったようにも感じられる。
 本判決は、二酸化チタンを光触媒として作用させるという作用効果を全く考慮する必要がないという前提の下、新規事項追加の観点ではあまり厳しくない方法で技術常識を認定したとも考えられる。

以上
(筆者)弁護士 後藤直之