【知的財産高等裁判所平成18年9月25日判決 平成17年(ネ)第10047号 特許権侵害差止等請求控訴事件】

【判旨】
均等の第5要件において、対象製品に係る構成が、特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたというには、特許権者が、出願手続において、当該対象製品に係る構成が特許請求の範囲に含まれないことを自認し、あるいは補正や訂正により当該構成を特許請求の範囲から除外するなど、当該対象製品に係る構成を明確に認識し、これを特許請求の範囲から除外したと外形的に評価し得る行動がとられていることを要すると解すべきである。

【キーワード】
椅子式マッサージ機事件、均等論、均等侵害、ボールスプライン事件最高裁判決、東京地方裁判所平成15年3月26日判決、特許法70条


【事案の概要】
 本件は、X(原告東芝テック株式会社、被控訴人)が、Y(被告ファミリー株式会社、控訴人)に対し、椅子式マッサージ機であるY製品1~4を製造、販売等するYの行為が、Xの有する5件の特許権(本件特許権1~5)を侵害するとして、〈1〉Y各製品の製造、販売等の差止め、〈2〉同各製品の廃棄、〈3〉損害賠償等として36億5669万7000円及び遅延損害金の支払いを求めた事案である。
 原審である東京地方裁判所平成15年3月26日判決は、Y製品1は本件発明1、3、4、5の、Y製品2は本件発明1、3、5の、Y製品3は本件発明1、5の、Y製品4は本件発明1、5の各技術的範囲に属し、かつ本件特許権1、2、3、5について無効理由が存在することは明らかとはいえないと認定判断し、さらに、Y製品1、2は現時点では設計変更され生産もされていないことなどを考慮して、〈1〉Y製品3、4の製造、販売等の差止め、〈2〉Y製品3、4の廃棄、〈3〉損害賠償等として15億4744万3172円及び遅延損害金の支払いを認容した。
 そこで、Yは、原判決を不服として控訴した。
 侵害訴訟と平行して、Yは特許庁に対し、本件特許権1ないし4について無効審判を請求し、特許庁はこれらを無効とする審決をし、それぞれ審決取消訴訟を経て、これらを無効とする審決が確定した。控訴審である知財高裁においては本件特許5の侵害のみが問題となった。

 本件発明5の構成要件(特許第3121727号)

A1 圧搾空気の給排気に伴って膨縮し、膨張時に使用者を押上げる座部用袋体が配設された座部、
A2 及びこの座部の後部に所定の傾斜角度をもって設けられた背もたれ部とを有する椅子本体と、
A3 前記座部の前部に設けられ、かつ、圧搾空気の給排気に伴って膨縮し、膨張時に使用者の脚部をその両側から挟持する脚用袋体が配設された脚載置部と、
A4 圧搾空気を供給する圧搾空気供給手段と、
A5 この圧搾空気供給手段からの圧搾空気を給排気管を介して前記各袋体に分配して供給する分配手段と、
A6 前記座部用袋体への圧搾空気の給排気動作に同期させて前記脚用袋体への給排気を行う動作モードを含む複数の動作モードを入力する入力手段と、
A7 この入力手段から前記動作モードの中から所望の動作モードが入力されたときこの動作モードに応じて前記袋体への給排気を行うように前記圧搾空気供給手段及び分配手段を制御する制御手段とを備え、
B 前記座部用袋体への圧搾空気の給排気動作に同期させて前記脚用袋体への給排気を行う動作モードにおいて、前記脚用袋体が膨張して使用者の脚部を挟持した状態で、前記座部用袋体が使用者を押上げるように膨張することを特徴とする
C 椅子式エアーマッサージ機。

 本判決における争点は、Y製品3及び4における均等侵害の成否である。

 下に引用する図は、特許第3121727号の【図1】であるが、符号12が「脚載置部」、15aないし16bが「脚用袋体」である。
 
【図1】

 ここで、Y製品3、4とは、本訴が提起された後、Yがそれまで製造販売していたY製品1、2を設計変更し、改めて製造、販売を始めた製品である。Y製品1、2においては、その脚載置部の両側の側壁に空気袋が配置されていたが、Y製品3では、その一方の空気袋(15b及び16aに相当)がチップウレタン及びウレタンフォームに置換され、Y製品4では、一方の空気袋(15b及び16aに相当)がチップウレタン及び低反発ウレタンに置換されている。
 それゆえ、Y製品3及び4は、構成要件A3における「脚部をその両側から挟持する脚用袋体が配設された」との文言に該当せず、均等侵害の成否が問題となった。

 なお、本判決においては他の争点としてY製品1~4について構成要件A1、Bの充足性や、一審判決よりも推定の覆滅を広く認めて損害額を減額した点なども問題となっているが(15億4744万3172円から1148万8500円へと大幅減額した)、これらは割愛し、均等侵害に関する部分のみを取り上げることとする。

【判旨】
 「Y製品3、4が構成要件A3を充足しないとしても、同各製品の構成が本件発明5と均等なものとして、本件発明5の技術的範囲に属するといえるかどうかについて、さらに検討する。
 (1) 均等侵害の要件の充足性について
  ア 本質的部分(第1要件)

 本件発明5の本質的部分について、Yは、その脚載置部の相対向する側面に空気袋をそれぞれ配設した点にあると主張する。
 前記判示のとおり、本件発明5は、「従来のものにおいては、マッサージ中は身体は自由状態となっているため、圧搾空気の給排気に伴う座部の袋体の膨縮にしたがって身体も上下動することになり、腿部を含む脚部、尻部の筋肉をストレッチしつつマッサージをすることができず、より効果的なマッサージをするという面では満足のいくものではないという問題があった。」(段落【0003】)ことを踏まえ、この技術課題を解決するために、座部用袋体と脚用袋体への圧搾空気の供給を同期させ、膨脹した脚用袋体によって両側から脚部を挟持しつつ、座部用袋体を膨脹させて使用者の身体を押し上げることにより、腿部及び尻部をストレッチ及びマッサージするものであると認められる。
 本件発明5の上述した課題、構成、作用効果に照らすと、本件発明5の本質的部分は、座部用袋体及び脚用袋体の膨脹のタイミングを工夫することにより、脚用袋体によって脚部を両側から挟持した状態で、座部用袋体を膨脹させ、脚部及び尻部のストレッチ及びマッサージを可能にした点にあるというべきであり、そのために必要な構成要素として、空気袋を膨脹させて使用者の各脚を両側から挟持するという構成には特徴が認められるとしても、使用者の各脚を挟持するための手段として、脚載置部の側壁の両側に空気袋を配設するのか、片側のみに空気袋を配設し、他方にはチップウレタン等の緩衝材を配設するのかという点は、発明を特徴付ける本質的部分ではないというべきである。

イ 置換可能性(第2要件)

 Yは、Y製品3、4のチップウレタン等と本件発明5の空気袋の間に置換可能性があるとはいえないと主張する。
 しかしながら、脚載置部の側壁の一方の空気袋を、緩衝材として用いられるチップウレタン等に置換した場合であっても、一方の空気袋の押圧力により、相対する面に設けられたチップウレタン等に脚部が押しつけられた場合には、当該チップウレタン等から脚部に対して押圧力が生じ、脚部は両側から柔らかく包まれるような形で空気袋とチップウレタン等との間に挟持され、押圧されることになるのであるから、脚載置部の側壁の一方の空気袋をチップウレタン等に置換しても、その目的や作用効果に格別の差異はないものと認められる。したがって、Y製品3、4は、一方の空気袋をチップウレタン等で置換しても、本件発明5の椅子式エアーマッサージ機の目的を達し、同様の作用効果を奏するものということができる。
 これに対し、Yは、Y製品3、4のチップウレタン等は、膨脹した空気袋に比べてその厚さがはるかに小さく、相対向する空気袋の押圧・開放動作を受動的に受け止め、脚部が袋体から受ける押圧を緩める働きをしているにすぎないので、本件発明5の空気袋とは作用が大きく異なると主張する。
 しかしながら、チップウレタン等が空気袋のように能動的に人体を押圧するものではないとしても、脚載置部の側壁の一方に配設された空気袋が膨脹し、対向する側壁に配設されたチップウレタン等に脚部を押し付けることにより、チップウレタン等から脚部に対して押圧力が生じ、両側から脚部を挟持するとの作用効果を奏することは前記判示のとおりであるから、チップウレタン等が能動的に脚部を押圧する機能を有するかどうかは、置換可能性についての判断を左右するものではない。

ウ 置換容易性(第3要件)

 Yは、脚載置部の側壁の一方を緩衝材のウレタンで置換したマッサージ機の構成について特許権を取得したことなどを理由として、本件発明5の脚載置部の側壁の一方に配設された空気袋をチップウレタン等で置換することは容易ではないと主張する。
 しかしながら、Yは、脚載置部の側壁の両側に空気袋を配設したY製品1、2を当初製造、販売し、その後、側壁の一方に配設された空気袋を緩衝材であるチップウレタン等に置換したY製品3、4を製造、販売しているところ、チップウレタン等には柔軟性があることは公知であるから、当業者であれば、Y製品3、4の製造等の時点において、脚載置部の側壁の一方に配設された空気袋をチップウレタン等に置換しても空気袋を両側に配設した場合と同様の作用効果を奏することは、容易に推考し得たというべきである。」

「エ Y製品の容易推考性(第4要件)

 Yは、置換可能性及び置換容易性が認められるのであれば、Y製品3、4は、本件発明5の特許出願時に、当時の公知技術から当事者が容易に推考できたものであると主張する。しかしながら、後に判示するとおり、本件発明5は、その出願時における公知技術から当業者が容易に想到し得たものではないから、その脚載置部の側壁の一方をチップウレタン等で置換したにすぎないY製品3、4についても、当業者が容易に推考できたものということはできない。

オ 意識的な除外(第5要件)

 Yは、本件特許5の出願当時、マッサージ機の脚受部に中間壁を設けることや、身体の各部との接触を緩和する材料としてチップウレタン等を採用することが公知の技術であったにもかかわらず、Xは、袋体が各脚部の両側に配設される構成のみを選択したのであるから、脚部の一側方のみが袋体である構成を本件発明5から意識的に除外したものと評価できると主張する。
 しかしながら、特許侵害を主張されている対象製品に係る構成が、特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたというには、特許権者が、出願手続において、当該対象製品に係る構成が特許請求の範囲に含まれないことを自認し、あるいは補正や訂正により当該構成を特許請求の範囲から除外するなど、当該対象製品に係る構成を明確に認識し、これを特許請求の範囲から除外したと外形的に評価し得る行動がとられていることを要すると解すべきであり、特許出願当時の公知技術等に照らし、当該対象製品に係る構成を容易に想到し得たにもかかわらず、そのような構成を特許請求の範囲に含めなかったというだけでは、当該対象製品に係る構成を特許請求の範囲から意識的に除外したということはできないというべきである。
 そうすると、Yの主張するように、本件特許5の出願当時、マッサージ機の脚受部に中間壁を設けることや、身体の各部との接触を緩和する材料としてチップウレタン等を採用することが公知の技術であり、Xが、その特許出願手続において、脚載置部の側壁の一方に空気袋を配設し、他方にチップウレタン等を配設する構成を特許請求の範囲に含めることが可能であったとしても、そのことから直ちに、そのような構成が本件発明5に係る特許請求の範囲から意識的に除外されたということはできない。
 本件においては、本件特許5の特許権者であるXが、特許出願手続において、脚載置部の側壁の一方のみに空気袋を配設し、他方にチップウレタン等を配設する構成を採用しても本件発明5の目的や効果を達成できることを明確に認識し、これをことさらに除外したと評価し得る行動をとったと認めるに足る証拠はない。
 したがって、Yの主張は採用できない。

(2) 均等侵害についての結論

 以上によれば、Y製品3、4の脚載置部の一方の側壁の空気袋をチップウレタン等に置換したとしても、同各製品の構成は本件発明5と均等なものとして、本件発明5の技術的範囲に属するということができる。」

【解説】
 特許法70条1項は「特許発明の技術的範囲は、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない」と規定し、特許権が及ぶ範囲は、特許請求の範囲の記載(文言)の解釈に基づくのが原則であることを示している。しかし、特許法が保護する対象は発明であり、発明は抽象的なアイディアである。特許請求の範囲(クレーム)には、発明を具体的な構成(あるいは機能)の形式で表現するが、具体的な構成で表現することが難しい発明や、十分に表現しきれない発明が存在する。つまりクレームの文言に該当しなくても特許権侵害を肯定すべき場合はあるし、逆に、クレームに文言上は該当しても特許権侵害を否定すべき場合もある。前者は均等論の問題であり、後者は用途発明(多用途品の差止めなど)や選択発明(作用効果不奏功など)の問題である。また、全ての侵害態様を予測した上での完全な出願は不可能であるし、先願主義をとる以上、出願時にクレームミスが一定の割合で発生することもあるから、特許権者の保護を図る必要もある。
 そこで、均等論について、最高裁判所が平成10年2月24日に「ボールスプライン事件」最高裁判決を出して均等侵害の5要件を示してからは、侵害訴訟において認められる裁判例がいくつか現れている。均等侵害が認められた裁判例は多くないため、本判例は、均等侵害を認めた例の一つとしての価値を有する。

 本判決では、特に均等の第5要件(意識的除外等)について特徴ある判示をしている。
均等の第5要件は、ボールスプライン事件最高裁判決によれば「対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないとき」である。この要件を満たす必要があることの理由は「特許出願手続において出願人が特許請求の範囲から意識的に除外したなど、特許権者の側においていったん特許発明の技術的範囲に属しないことを承認するか、又は外形的にそのように解されるような行動をとったものについて、特許権者が後にこれと反する主張をすることは、禁反言の法理に照らし許されないから」であるとされている。これは、出願人が、出願段階で狭い範囲であると釈明して権利を取得し、侵害訴訟になってから広い範囲の主張を認めることは妥当ではないからである(中山信弘「特許法 第三版」463頁)。権利を付与する機関(特許庁)と権利範囲を判断する機関(裁判所)が分離していることから、権利者が両者で相矛盾する主張をすることがありうるのである。
 本判決においては、この「特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外された」というには、「特許権者が、出願手続において、当該対象製品に係る構成が特許請求の範囲に含まれないことを自認し、あるいは補正や訂正により当該構成を特許請求の範囲から除外するなど、当該対象製品に係る構成を明確に認識し、これを特許請求の範囲から除外したと外形的に評価し得る行動がとられていることを要する」とした。本判決は、ボールスプライン事件最高裁判決が示した第5要件の「意識的に除外された」場合、すなわち包袋の記載等から特許権者が対象製品に係る構成を認識して除外したという事実が認定できる場合である。

 他方、本判決の後になされた判決(知的財産高等裁判所平成21年8月25日判決)では、「本件明細書の記載に照らせば,控訴人は,被加工物すなわち切削対象物として半導体ウェーハの外,フェライト等が存在することを想起し,半導体ウェーハ以外の切削対象物を包含した上位概念により特許請求の範囲を記載することが容易にできたにもかかわらず,本件発明の特許請求の範囲には,あえてこれを「半導体ウェーハ」に限定する記載をしたものということができる。」と述べた上で、「当業者であれば,当初から「半導体ウェーハ」以外の切削対象物を包含した上位概念により特許請求の範囲を記載することが容易にできたにもかかわらず,控訴人は,切削対象物を「半導体ウェーハ」に限定しこれのみを対象として特許出願し,切削対象物を半導体ウェーハに限定しない当初の請求項1を削除するなどしたものであるから,外形的には「半導体ウェーハ」以外の切削対象物を意識的に除外したものと解されてもやむを得ないものといわざるを得ない」と判示している。これは、必ずしも特許権者が対象製品に係る構成を「明確に認識」していたことを必要としないものである。この判決は、「特許権者の側においていったん特許発明の技術的範囲に属しない(と)・・・・外形的にそのように解されるような行動をとった」場合の例であり、特許権者が特許請求の範囲に記載することが「容易に」できたことが前提となっている。

 近時、知的財産高等裁判所平成28年3月25日判決では、「特許請求の範囲に記載された構成と実質的に同一なものとして、出願時に当業者が容易に想到することのできる特許請求の範囲外の他の構成があり、したがって、出願人も出願時に当該他の構成を容易に想到することができたとしても、そのことのみを理由として、出願人が特許請求の範囲に当該他の構成を記載しなかったことが第5要件における「特段の事情」に当たるものということはできない
 なぜなら、〈1〉上記のとおり、特許発明の実質的価値は、特許請求の範囲に記載された構成以外の構成であっても、特許請求の範囲に記載された構成からこれと実質的に同一なものとして当業者が容易に想到することのできる技術に及び、その理は、出願時に容易に想到することのできる技術であっても何ら変わりがないところ、出願時に容易に想到することができたことのみを理由として、一律に均等の主張を許さないこととすれば、特許発明の実質的価値の及ぶ範囲を、上記と異なるものとすることとなる。また、〈2〉出願人は、その発明を明細書に記載してこれを一般に開示した上で、特許請求の範囲において、その排他的独占権の範囲を明示すべきものであることからすると、特許請求の範囲については、本来、特許法36条5項、同条6項1号のサポート要件及び同項2号の明確性要件等の要請を充たしながら、明細書に開示された発明の範囲内で、過不足なくこれを記載すべきである。しかし、先願主義の下においては、出願人は、限られた時間内に特許請求の範囲と明細書とを作成し、これを出願しなければならないことを考慮すれば、出願人に対して、限られた時間内に、将来予想されるあらゆる侵害態様を包含するような特許請求の範囲とこれをサポートする明細書を
作成することを要求することは酷であると解される場合がある。これに対し、特許出願に係る明細書による発明の開示を受けた第三者は、当該特許の有効期間中に、特許発明の本質的部分を備えながら、その一部が特許請求の範囲の文言解釈に含まれないものを、特許請求の範囲と明細書等の記載から容易に想到することができることが少なくはないという状況がある。均等の法理は、特許発明の非本質的部分の置き換えによって特許権者による差止め等の権利行使を容易に免れるものとすると、社会一般の発明への意欲が減殺され、発明の保護、奨励を通じて産業の発達に寄与するという特許法の目的に反するのみならず、社会正義に反し、衡平の理念にもとる結果となるために認められるものであって、上記に述べた状況等に照らすと、出願時に特許請求の範囲外の他の構成を容易に想到することができたとしても、そのことだけを理由として一律に均等の法理の対象外とすることは相当ではない。
 (イ) もっとも、このような場合であっても、出願人が、出願時に、特許請求の範囲外の他の構成を、特許請求の範囲に記載された構成中の異なる部分に代替するものとして認識していたものと客観的、外形的にみて認められるとき、例えば、出願人が明細書において当該他の構成による発明を記載しているとみることができるときや、出願人が出願当時に公表した論文等で特許請求の範囲外の他の構成による発明を記載しているときには、出願人が特許請求の範囲に当該他の構成を記載しなかったことは、第5要件における「特段の事情」に当たるものといえる。
 なぜなら、上記のような場合には、特許権者の側において、特許請求の範囲を記載する際に、当該他の構成を特許請求の範囲から意識的に除外したもの、すなわち、当該他の構成が特許発明の技術的範囲に属しないことを承認したもの、又は外形的にそのように解されるような行動をとったものと理解することができ、そのような理解をする第三者の信頼は保護されるべきであるから、特許権者が後にこれに反して当該他の構成による対象製品等について均等の主張をすることは、禁反言の法理に照らして許されないからである」と判示している。

以上

(文責)弁護士 山口建章