【平成18年11月21日(知財高裁 平成17年(ネ)第10125号)】

 

【キーワード】

 ラベル論、用途発明、実施、職務発明

 

1 事案の概要

 本件は,被控訴人の従業員であった控訴人が,被控訴人に対し,職務発明に係る特許を受ける権利を被控訴人に承継させたことについて、特許法35条(平成16年法律第79号による改正前のもの。)3項所定の相当の対価の支払を受ける権利に基づき金銭の支払いを求めた事案である。
 この裁判の中で、控訴人が特定の製剤(以下「本件製剤」という。)の販売等を行ったことが、被控訴人の職務発明に含まれる用途発明(以下「本件用途発明」という。)の実施に当たるかも問題となった。
(本件には複数の争点が存在するが、本紙では、この問題についてのみ取り上げる。)
 なお、本件用途発明は,シロスタゾール等を有効成分とする薬剤の用途を「内膜肥厚の予防,治療剤」(請求項1、2),「PTCA後やステントの血管内留置による冠状動脈再閉塞の予防および治療剤」(請求項3)とする用途発明である。

 

2 裁判所の判断

第3 当裁判所の判断
(略)
  (2) 控訴人は,本件用途特許権の成立後,被控訴人が本件用途発明を実施しているとして本件用途発明に係る相当の対価の支払を請求するのに対し,被控訴人は,本件用途発明の実施の事実はないと主張するので,まず,この点について検討する。
(略)
  (3)ア  上記認定によれば,被控訴人は,その効能・効果を「慢性動脈閉塞症に基づく潰瘍,疼痛及び冷感等の虚血性諸症状の改善」(平成15年4月からは「脳梗塞(心原性脳塞栓症を除く)発症後の再発抑制」を追加)とする抗血小板剤として,昭和63年4月以降,本件製剤を製造,販売しているものであるが,平成8年8月8日に本件用途特許権の設定登録がされた後も,本件製剤について,本件用途発明の「内膜肥厚の予防,治療」,「PTCA後やステントの血管内留置による冠状動脈再閉塞の予防および治療」の用途に係る効能・効果につき薬事法14条所定の承認を受けてはいないものの,他方で,平成12年10月には,標準的な診療情報を医師等に提供することを目的として作成された「循環器病の診断と治療に関するガイドライン」(社団法人日本循環器学会発行)に,PTCA後の再狭窄予防の薬剤として,シロスタゾールが他の2薬とともに挙げられるまでに,その効果が認知されたものとなっていた状況の下で,平成12年以降,被控訴人の全国各地の営業担当者等が,本件製剤の特性の一つとしてシロスタゾールの再狭窄予防効果等を積極的にアピールして,循環器科部門での本件製剤の販売促進を図っていたことに加え,平成12年3月改訂のIF,平成15年4月改訂の添付文書において,本件製剤の内膜肥厚抑制(再狭窄予防)の効果を示唆する記載を追加しているものである。
(略)
 このように,被控訴人は,本件製剤について,「PTCA後やステントの血管内留置による冠状動脈再閉塞の予防および治療剤」と明示的に表示して販売していたものでないにしても,遅くとも平成12年ころからは,本件製剤に再狭窄予防効果等があることをその特性として積極的に位置付けた販売活動を行っていたものであり,平成12年10月ころには,循環器科医師等の間でシロスタゾールがPTCA後の再狭窄予防の薬剤として広く認知されるようになったことからすれば,少なくとも平成12年10月以降の本件製剤の販売の中には,本件製剤が上記ガイドラインにいうPTCA後の再狭窄予防の薬剤として,すなわち本件用途発明の「PTCA後やステントの血管内留置による冠状動脈再閉塞の予防および治療」の用途に使用されるものとして販売されたものが一定量含まれているものと認めるのが相当であり,そうすると,本件においては,その一定量の販売の限度で,本件用途発明に係る「PTCA後やステントの血管内留置による冠状動脈再閉塞の予防および治療剤」なる発明の実施があったというべきである。そして,本件製剤の後発品を製造販売する会社を含め第三者において,その後発品等を「PTCA後やステントの血管内留置による冠状動脈再閉塞の予防および治療」の用途に使用されるものとして販売することは,本件用途特許権の効力により禁止されているというべきであるから,被控訴人において本件製剤を上記用途に使用されるものとして販売した上記一定量には,第三者が本件用途発明の実施を禁止されていることに起因して販売することができた分が含まれているといえるから,その限りでは本件用途発明を排他的,独占的に実施したものということができる。
    イ(ア)  これに対し被控訴人は,医薬品に係る特許発明は,薬事法で承認された効能・効果で製造,販売されて,初めて実施と評価されるべきものであり,薬事法上承認されていない効能・効果に係る用途発明の用途に用いるために医薬品を使用(適応外使用)されるようなことがあったとしても,その医薬品を製造,販売することをもって,当該用途発明の実施と評価することはできない旨主張する。
 確かに,医薬品の用途発明は,その用途に係る効能・効果につき薬事法上の承認を得て実施されるのが一般的であるとはいえるが,医薬品の用途発明においては,当該用途に使用されるものとして当該医薬品を販売すれば,発明の実施に当たるということができるのであり,このことは必ずしも薬事法上の承認の有無とは直接の関係がないというべきであって,仮にその販売が薬事法上の問題を生じ得るとしても,実際に当該用途に使用されるものとして販売している以上,当該用途発明を実施しているというべきである。医薬品の用途発明の実施は,例えば医薬品の容器やラベル等にその用途を直接かつ明示的に表示して製造,販売する場合などが典型的であるといえるが,必ずしも当該用途を直接かつ明示的に表示して販売していなくても,具体的な状況の下で,その用途に使用されるものとして販売されていることが認定できれば,用途発明の実施があったといえることに変わりはない。前記のとおり,本件においては,本件製剤の有効成分であるシロスタゾールがPTCA後の再狭窄予防の薬剤として広く認知されており,被控訴人は,本件製剤に再狭窄予防効果等があることをその特性として積極的に位置付けた販売活動を行い,本件製剤のうちの一定量は本件用途発明に係る用途に使用されるものとして販売されていたと認められるのであるから,被控訴人による本件用途発明の実施があったというべきであり,被控訴人の上記主張は採用することができない。(以下略)

 

3 コメント

 用途発明(特に医薬品の用途発明)についての実施の有無の判断に当たっては、ラベル論(用途発明に係る用途に使用する旨を記載したラベル等を付して製品を譲渡等された場合に、当該用途発明の実施がれたとする考え方。)が重視されることが多い。
 しかしながら本件においては、本件製剤のラベル(添付文書やIF)として、本件用途発明の用途に使用できることの直接かつ明示的な表示はないものの、被控訴人の具体的な販売活動の内容等を考慮して、本件製剤が本件用途発明の用途に使用されるものとして譲渡等がされたこと、すなわち被控訴人によって本件用途発明の実施がされたことが認定された。
 本件は、用途発明の実施に該当するか否かがラベルの直接的な記載のみによって判断されるものではなく、その他の事情(添付文章における示唆的な記載、販売活動の実態、需要者等における認識、等)も総合的に考慮して判断されるべきことを示した事案である。

以上
弁護士・弁理士 高玉峻介