【知的財産高等裁判所平成18年10月18日判決 平成17年(ネ)第10059号 広告差止等請求控訴事件】

【要旨】
 比較広告の根拠となる実験結果について、原告がこれと異なる解析結果を提出したときはその合理性が失われ、第三者により客観的かつ公正な再現実験を行う必要がある。本件で被告が裁判所に非協力的であり、再現実験の採用実施を断念するに至った経緯からすれば、比較広告の根拠となる実験結果に合理性はなく、不正競争防止法2条1項14号の品質等誤認表示及び同15号の虚偽事実の陳述流布にあたる。

【キーワード】
 比較広告、不正競争防止法2条1項15号、信用毀損行為、東京地方裁判所平成16年10月20日判決、キシリトール、ポスカム。

【知的財産高等裁判所平成18年10月18日判決 平成17年(ネ)第10059号 広告差止等請求控訴事件】

【要旨】
 比較広告の根拠となる実験結果について、原告がこれと異なる解析結果を提出したときはその合理性が失われ、第三者により客観的かつ公正な再現実験を行う必要がある。本件で被告が裁判所に非協力的であり、再現実験の採用実施を断念するに至った経緯からすれば、比較広告の根拠となる実験結果に合理性はなく、不正競争防止法2条1項14号の品質等誤認表示及び同15号の虚偽事実の陳述流布にあたる。

【キーワード】
 比較広告、不正競争防止法2条1項15号、信用毀損行為、東京地方裁判所平成16年10月20日判決、キシリトール、ポスカム。

【事案の概要】
1 控訴人株式会社ロッテ(一審原告。以下「X」という。)は、菓子類、清涼飲料水等の製造・加工・販売等を目的とする株式会社であり、被控訴人江崎グリコ株式会社(一審被告。以下「Y」という。)も、菓子・食料品の製造・売買等を目的とする株式会社である。XとYは、いずれもガムを含む菓子等の食料品を販売しており、競争関係にある。

2 Xは、天然素材甘味料キシリトールが平成9年4月に厚生省(当時)の食品添加物に指定されたのを受け、平成9年5月20日、国内初のキシリトール入り商品として「ロッテ キシリトールガム」を発売した。平成12年10月3日より、「キシリトール・ガム+2」(以下「キシリトール+2」という。)の発売を開始し、同ガムは厚生労働省の特定保健用食品の表示の許可を取得している。

3 Yは、平成15年5月20日より、「ポスカム」の発売を開始した。「ポスカム」は、歯の再石灰化促進を目的としてリン酸化オリゴ糖カルシウムを配合した粒状のガムである。Yは、「ポスカム」に関し、東京都内外関東地区で配布された平成15年5月22日付け朝日新聞首都圏版夕刊3版最終面に、紙面3分の2のスペースを使用した大広告を掲載した。Yは、「ポスカム」について、この新聞広告において、
  a 「一般的なキシリトールガムに比べ
  約5倍の再石灰化効果を実現。
  ポスカムは、歯を丈夫で健康にします。」
  と大きく表示し、
  b 「ヒト唾液浸漬法での一般的なキシリトールガムとの比較試験」との表題の下に、「ポスカム」<クリアドライ>と「一般的なキシリトールガム」との対比表を掲載し、
  c 「特許成分POs-Ca(リン酸化オリゴ糖カルシウム)を配合したポスカムは、歯の主成分であるリン酸とカルシウムを傷ついた歯に効率的に補給・浸透させることで、一般的なキシリトールガムの約5倍の再石灰化を実現しました。・・・口内を歯が再石灰化しやすい環境に整え、歯を丈夫で健康にする、ポスカム。」などと記載した。
 その後も、複数回にわたり、讀賣新聞、産経新聞、毎日新聞、日本経済新聞、朝日新聞の夕刊最終面の紙面3分の2を使用し、あるいは、全面を使用して、同様の大広告を掲載した。
 Yは、自社ホームページ内のY商品広告宣伝欄においても、平成15年5月20日以降、「ポスカム」について、「一般的なキシリトールガムの約5倍の再石灰化を実現しました。」との表示を継続的に行っている。
 Yは、上記広告において、Y商品の「ポスカム」を「一般的なキシリトールガム」と比較し、その「約5倍の再石灰化効果を実現」すると表示した(以下、本件比較表示を含むYの広告を「本件比較広告」ということがある。)。同比較広告における「一般的なキシリトールガム」とは、X商品である「キシリトール+2」を指す。すなわち、上記広告における「一般的なキシリトールガムに比べ、約5倍の再石灰化効果を実現。」との表示(本件比較表示)は、Y商品の「ポスカム」が、X商品の「キシリトール+2」と比較して、「約5倍の再石灰化効果を実現」することを意味する表示である。

4 Xは、Yに対し、Yがポスカムを販売するに当たって行った本件比較広告の中の表示(以下、「本件比較表示」という。)が、不正競争防止法2条1項13号所定の品質等誤認表示及び同項14号所定の虚偽事実の陳述流布に当たるとして、不正競争防止法3条、4条及び7条に基づき、ポスカムを販売するに当たって行う広告における本件比較表示の使用差止め、謝罪広告及び損害賠償を求めた。

5 一審である東京地方裁判所平成16年10月20日判決は、本件比較広告は「TRENDS IN GLYCOSCIENCE AND GLYCOTECHNOLOGY」誌平成15年3月号(甲17)に掲載されたC医科大学歯学部のC1助教授(以下「C1助教授」という。)に係る「馬鈴薯澱粉由来リン酸化オリゴ糖の生産と応用」と題する論文(以下「TIGG論文」という。)のD-2-3章に記載された実験(以下「D-2-3実験」という。)を根拠とし、同実験で示されたデータのとおり表示されているところ、D-2-3実験は、実験条件、方法等において不合理な点はなく、その実験結果は、Yがその後実施した再実験により裏付けられているなどとして、Yが本件比較広告をした行為は、不正競争防止法2条1項13号及び同項14号のいずれにも該当しないとし、Xの請求をすべて棄却した。
 これを不服としてXが控訴した。

6 控訴審の主な争点は、上記D-2-3実験に不合理な点があるかどうかであり、不正競争防止法2条1項14号の品質等誤認表示にあたるかどうか及び同15号の虚偽事実の陳述流布にあたるかどうかである。

【判旨】
 原判決変更。Xの請求を一部認容(差止めのみ認容)。

1 知財高裁は、YによるD-2-3実験の再現実験の信頼性を次の通り否定した。
 「C1助教授が関与して、かつ、公正な第三者による監視等がないまま行われたY実験は、その実施方法や内容のいかんを問わず、再現実験としての適格性を欠くものといわざるを得ない。したがって、Y実験により、D-2-3実験の再現性が確認されたものということはできない。」

2 続いて、Xが提出した旭化成エンジニアリング株式会社による解析(以下「旭化成解析」という。)及びQ1解析に関して次のように判示した。
 「旭化成解析及びQ1解析は、・・・D-2-3実験で得られた資料に基づいて、ポスカムとキシリトール+2に係る唾液浸漬(4日間処理)後の切片の脱灰深度ld及びミネラル喪失量ΔZの各平均値を再解析しただけのものであるから、上記旭化成解析及びQ1解析の結果と、D-2-3実験の結果(略)とは、誤差を別とすれば、一致するはずのものである。しかるに、実際には・・・ポスカムに関して、大きな相違がある。」
 「旭化成解析については、その実施事業体にかんがみ、また、Q1解析については、Q1教授の略歴・業績(証拠略)に照らして、解析処理に関し上記の程度以上の知識、経験を有するものと推認されるから、D-2-3実験の結果と旭化成解析やQ1解析の結果との間に、ポスカムに関して上記のような大きな差異が生ずるのは、異常であるというほかはない。」
 「D-2-3実験の結果と旭化成解析やQ1解析の結果との間に差異が生じており、その差異の割合が、DEM及びキシリトール+2については、概ね同割合(104~106%の範囲内)で、かつ、さほど大きくもないのに対し、ポスカムについては、差異の割合が著しく大きく、特に、D-2-3実験の結果と旭化成解析やQ1解析の結果との相対的な関係において、旭化成解析やQ1解析ではポスカムに不利に(逆にいえば、D-2-3実験ではポスカムに有利に)生じていることにかんがみると、この差異は、D-2-3実験の結果の最も重要な部分で生じたものということができ、このままではD-2-3実験の結果に全幅の信頼をおくことはできないといわざるを得ない。」
 「D-2-3実験の合理性を失わせる事情は、D-2-3実験の結果の最も重要な部分での実験結果そのものに関して生じ、そのゆえに結果の信頼性に問題が生じたことにかんがみれば、D-2-3実験の合理性立証のためには、第三者により客観的かつ公正な再現実験を行い、D-2-3実験の結果の正確性を裏付けることを要するものとするのが相当である。」

3 さらに知財高裁は、Yが再現実験の実施に抵抗を示したことにつき、次の通り判示した。
 「当裁判所は、本件において、D-2-3実験の再現実験の実施に関して、これを必要であると考え、本件比較広告の虚偽性について立証責任を負うXの申出に基づいて、鑑定として採用実施したいとして、当事者双方に対しその具体的な実施方法について検討を求めた際、Xが鑑定実施に関する諸条件を提案したのに対し、Yは、鑑定人について上記条件に固執し、そうでない限り、鑑定として実施する意義はないと主張して譲らなかったため、裁判所としては、やむなく鑑定の採用実施を断念するに至ったものである。この問題は、当審の審理の中で最も重大なものであり、口頭弁論期日等において、当事者双方が最も力を注いで弁論した点であり、裁判所も最も重視し、慎重に審理決断した点であった。
 そうすると、Yは、D-2-3実験の合理性について、必要な立証を自ら放棄したものと同視すべきものであり、D-2-3実験の合理性はないものといわざるを得ない。」

4 そして、不正競争防止法2条1項13号(現14号)の品質等誤認表示にあたるかどうか及び同14号(現15号)の虚偽事実の陳述流布にあたるかどうかについては、概略次のとおり判示してこれを肯定した。
 「D-2-3実験が合理性を欠くものといわざるを得ないことは、上記2の(5)のとおりであり、他にポスカムの再石灰化効果がキシリトール+2の約5倍であるということの根拠は何ら主張されていないから、ポスカムが、キシリトール+2の約5倍の再石灰化効果を有するというのは、客観的事実に沿わない虚偽の事実というべきであり、Yが、上記〈1〉の本件比較表示や〈2〉の棒グラフを含む本件比較広告を実施した行為は、競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を流布する行為として、不正競争防止法2条1項14号に該当するものである。
 また、本件比較広告がポスカムに関するものであることは明らかであるところ、上記のとおり、〈1〉の本件比較表示や〈2〉の棒グラフは、ポスカムがキシリトール+2の約5倍の再石灰化効果を有することを表示するものであり、かつ、それが客観的事実に沿わないのであるから、本件比較広告のこれらの部分は、ポスカムの品質を誤認させるものというべく、したがって、Yが、これらの部分を含む本件比較広告を実施した行為は、同項13号に該当するものである。」

【解説】
1 不正競争防止法2条1項14号(平成27年改正前は13号)は、「商品若しくは・・・その広告若しくは取引に用いる書類若しくは通信にその商品の原産地、品質、内容、製造方法、用途若しくは数量・・・について誤認させるような表示をし、又はその表示をした商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示・・・する行為」を不正競争として規定している。
 また、同法2条1項15号(改正前14号)は、「競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し、又は流布する行為」を不正競争として規定している。
 比較広告は、その記載が事実に反するものでなければ、これらの規定に違反しない。本件では、Xが、本件比較表示は事実に反すると考えたことから訴訟を提起したものである。
 本来、比較広告の表示が事実に反することの主張、立証責任は原告であるXにある。一審判決は、事実に反することの立証がないことからXの請求を棄却した。これに対して控訴審判決では、Xが一定の鑑定結果を提出したことにより、比較広告の根拠である「D-2-3実験」の合理性が揺らいだことから第三者による再現実験(鑑定)が必要であるとし、裁判所が当事者に提案したが、Yがこれに対して抵抗を示したことから、本件比較表示に合理的な根拠がないと認定したものである。
 つまり、Xとしては、本件比較表示が事実に反することを立証していないが、Yの訴訟遂行態度をみて総合的に事実に反すると認定した上で差止めを認めたものである(もっとも、Yにおいて故意、過失を否定して、Xによる損害賠償請求は棄却している。)。

2 本件のように比較広告では、その記載が事実に反するか否かが主たる争点になる。そして、本来は原告が負うべき主張、立証責任の所在が、本判決のように転換されたような形になることがある。よって実務上の対応としては、比較広告を掲載するにあたっては、その掲載者において比較広告が根拠を有することを立証できるように準備しておかなければならない。

3 ところで比較広告とは、自社の製品が相対的に相手方の製品よりも優良であることを主張するものであるが、このことは直ちに、相手方の製品に問題がある(相手方が謳うような品質、性能を備えていない)ことを意味するものではない(双方とも優良であるが、当方の方がさらに優良であるという主張であれば、比較対象の信用が害されない場合もある。)。相手方の製品の絶対的評価を低下させる主張でなければ「営業上の信用を害する」行為に該当しない場合もありうる。
 本件では当事者がこの点を主張せず、判決も「営業上の信用を害する」か否かの該当性について検討を行っていない。その理由は、ガムの商品特性上、消費者が5分の1しか再石灰効果を期待できないガムという情報に接したときは、ガムの品質が低いと評価するという経験則が前提にあるからと思われる。

以上

(文責)弁護士 山口建章