平成18年11月8日判決(知財高裁 平成18年(行ケ)第10813号)
【判旨】
商標法50条3項の「その審判の請求がされることを知った」とは、例えば、当該審判請求を行うことを交渉相手から書面等で通知されるなどの具体的な事実により、当該相手方が審判請求する意思を有していることを知ったか、あるいは、交渉の経緯その他諸々の状況から客観的にみて相手方が審判請求をする蓋然性が高く、かつ、被請求人がこれを認識していると認められる場合などをいうと解すべきであり、被請求人が単に審判請求を受ける一般的、抽象的な可能性を認識していたのみでは足りない。
【キーワード】
不使用取消審判、駆け込み使用、商標法50条3項、審判の請求前三月、審判の請求がされることを知った後

【事案の概要】
1 本件は、Yが、Xを商標権者とする下記登録商標(以下「本件商標」という。)につき、少なくとも本件審判請求日前3年以内に国内において使用していないとして、商標法50条1項の規定に基づき取消しを求めたところ、特許庁は、Xは、本件審判の請求前3月からその審判請求の登録日までの間に日本国内において本件商標を使用しているが、その使用は、本件審判の請求がされることを知った後であるとして、本件商標登録を取り消すとの審決をしたため、Xが同審決の取消しを求めた事案である。

2 本件商標
商標権者:X(Xは、平成13年9月19日、訴外株式会社B(以下「B」という。)から本件商標権を譲り受け、その旨の登録を行った。)
本件商標:「Morris & Co.」を欧文字(標準文字)で横書きしてなるもの。
指定商品:第24類「布製身の回り品、織物製テーブルナプキン、ふきん、かや、敷布、布団、布団カバー、布団側、まくらカバー、毛布、織物製いすカバー、織物製壁掛け、織物製ブラインド、カーテン、シャワーカーテン、テーブル掛け、どん帳、織物製トイレットシートカバー、遺体覆い、経かたびら、黒白幕、紅白幕、ビリヤードクロス、のぼり及び旗(紙製のものを除く。)」、第25類「被服、ガーター、靴下止め、ズボンつり、バンド、ベルト、履物、仮装用衣服、運動用特殊衣服、運動用特殊靴」
登録出願日:平成12年7月3日
設定登録日:平成13年6月22日
登録番号:第4485298号

3 時系列
平成13年6月22日 設定登録日
平成13年9月19日 Xが訴外Bから本件商標権を譲り受け、その旨の登録を行った。
平成14年7月25日 Yの前身であるSは、平成13年9月21日、本件商標登録に対して異議の申立てを行ったが、特許庁は本件商標登録を維持する旨の決定をした
平成15年4月28日 Xが同日付け通知書をもって、YのライセンシーであるMに対し、本件商標権の侵害行為を停止することを要求した。
平成16年6月8日 本件審判請求前3月
平成16年6月22日 設定登録日から3年
平成16年7月17日 同日から9月5日にかけてG県において開催された「W展」において、本件商標と社会通念上同一と認められる標章が使用された。
平成16年9月7日 B弁護士は、Y代理人からファクシミリを受領し、Yの指示により本件商標登録について不使用取消審判請求をする運びになったとの連絡を受けた
平成16年9月8日 本件審判請求日
平成16年9月27日 本件審判請求の登録の日

4 審決(取消2004-31158号)
 平成18年3月13日、特許庁は、以下のように認定して本件審判請求に対し、商標登録を取り消す旨の審決をなした。
 Xは、平成16年7月17日から本件商標を使用しており、本件審判の請求前3月からその審判請求の登録日までの間に日本国内において本件商標を使用している。しかし、(ⅰ)Yの前身であるSは、平成13年9月21日、本件商標登録に対して異議の申立てを行ったが、特許庁は本件商標登録を維持する旨の決定をしたこと、(ⅱ)Xが平成15年4月28日付け通知書をもって、YのライセンシーであるMに対し、本件商標権の侵害行為を停止することを要求したことからすれば、請求人が本件商標に対して不使用取消の審判請求をするであろうことは、容易に推認されたとみるのが相当である。Xによる使用は、本件審判の請求がされることを知った後である。したがって、本件商標登録は商標法50条3項に該当し、同条1項の使用に該当しないものであるから、取り消されるべきである。
 かかる審決を不服とするXが審決取消訴訟を提起した。

【争点】
 本件商標の通常使用権者であるBによる使用が、「本件審判請求前3月」(平成16年6月8日)から本件審判請求の登録の日(平成16年9月27日)までの間である場合に、本件商標の使用が本件審判の「請求がされることを知った後」であるかどうか。

【判旨】
 「審決は、(i)Yの前身であるSが本件商標の登録に対して異議申立てを行ったが、その主張が採用されなかった事実、(ii)XからMに対し、商標権侵害通知がなされた事実、の2つの事実に基づいて、Yが「本件商標に対して不使用取消の審判請求をするであろうことは、容易に推認されたとみるのが相当である」と判断している。
 ア しかしながら、Yの前身であるSによりなされた異議申立てに対する決定が出されたのは、本件登録商標の使用がなされた約2年前の平成14年7月25日であり、前記判示のとおり、その後、本件審判請求まで、S又はYから本件商標登録の有効性を争う審判請求等はなされず、またそのような審判請求を行う旨の意思表示がXにされたと認めるに足る証拠もないのであるから、上記異議申立ての事実から、本件登録商標を使用する際に、Xが本件審判の請求がされることを知っていたと推認することはできない。
 イ 次に、Mに対する本件商標権侵害の警告については、平成15年5月2日ころ以降、X側とY側との間で交渉が行われたことはないのであるから、その1年以上も後になって本件登録商標を使用するときに、この件を契機として、Yから本件審判が請求されることをXが予期していたとは考えられない。
 ウ さらに、本件商標権の譲渡の打診についても、平成16年3月19日ころ以降、Y側からは明確な回答はなく、Xが本件登録商標を使用した当時、XはY側の検討結果の連絡を待っている立場にあったのであるから、XとしてはYから本件商標権の譲渡に関して何らかの回答があるか、あるいはY側から回答がないまま交渉が自然消滅する可能性は予期し得たとしても、本件登録商標の使用がなされた当時、Yからいきなり本件審判が請求されることを知っていたとは考えられず、同年9月7日以前に、Y側から審判請求について示唆があったことを示す証拠も存在しない。」
「オ このように、上記(i)(ii)の事実のみに基づき、本件登録商標の使用がなされたのが本件審判請求がされることをXが知った後であるとした審決の認定は、事実認定についての経験則に反し、明らかに誤ったものである。」
「Yは、〈1〉商標法50条3項の立法趣旨に照らすと、「審判の請求がされることを知った」とは、審判請求がされる可能性があることを知っていたことを立証すれば足りる、〈2〉本件のように、高いライセンス料や譲渡対価として法外な金額が提示されたという交渉経緯等に照らすと、Xは、本件審判を当然に想定していたと考えられる・・・などと主張する。
 ア しかしながら、商標法50条3項は「その登録商標の使用がその審判の請求がされることを知った後であることを請求人が証明したとき」と規定しているのであって、審判請求人に対し、審判請求がされるであろうことを被請求人が知っていたことの証明を求めている。同条項のこのような文言に照らすと、「その審判の請求がされることを知った」とは、例えば、当該審判請求を行うことを交渉相手から書面等で通知されるなどの具体的な事実により、当該相手方が審判請求する意思を有していることを知ったか、あるいは、交渉の経緯その他諸々の状況から客観的にみて相手方が審判請求をする蓋然性が高く、かつ、被請求人がこれを認識していると認められる場合などをいうと解すべきであり、被請求人が単に審判請求を受ける一般的、抽象的な可能性を認識していたのみでは足りないというべきである。
 本件では、平成16年9月7日に至るまで、S及びYから、本件審判を請求する旨の連絡がXにされたことはなく、また、本件商標権の侵害の停止についての交渉や、本件商標権の譲渡についての実質的な交渉はほとんど行われていないのであるから、交渉経緯等に照らし審判請求がされる蓋然性が高いと認識されるような状況が存在したともいうことはできない。
 イ また、Yは、Xから高いライセンス料や譲渡対価として法外な金額が提示されたと主張するところ、仮にXの主張するような提示がなされたとしても、甲17の回答書において、Y代理人は、Sが検討中であることを伝えるとともに、交渉時間の猶予を求めているのであり、その後、XとYとの間で交渉が行われて決裂し、あるいは、Y側から審判請求をするなどの意思表示がされたことを示す証拠はない。また、そもそも、Xからの本件商標の譲渡の申し出をY側が断ったとしても、それによって、Yが審判請求をすることが予期されるものでもない。」
 「以上によれば、Xの通常使用権者は、本件審判の請求の登録前3年以内に本件登録商標を使用したということができ、その使用が本件審判請求がされることを知った後であるとは認められないのであるから、その使用が商標法50条1項の規定する登録商標の使用に該当しないものとして本件商標登録を取り消すべきであるとした審決の判断は誤りであり、取消しを免れない。」

【解説】
1 商標の駆け込み使用
  商標法50条3項の規定は平成8年の改正で追加された。商標の「駆け込み使用の防止」が目的である。改正前の不使用取消審判においては、審判の請求の登録前3年以内に登録商標の使用をすれば取消しを免れることから、不使用取消審判の請求があり得ることを譲渡交渉やライセンス交渉等の相手方の行動から察知して、その後俄かに当該登録商標の使用を開始して商標登録の取消しを免れるケースも少なくなかった。改正商標法では、このような駆け込み使用による登録商標の使用を排除するため、審判の請求前3月から請求の登録日までの間にされた使用について、その使用が審判の請求がされることを知った後であることを請求人が証明したときは、その使用について正当な理由がない限り、登録商標の使用をしたものとしては認めないこととした(特許庁審判便覧「53-01 登録商標の不使用による取消審判」3頁)。

2 「審判の請求がされることを知った後であること」
 本判決は、「「その審判の請求がされることを知った」とは、例えば、当該審判請求を行うことを交渉相手から書面等で通知されるなどの具体的な事実により、当該相手方が審判請求する意思を有していることを知ったか、あるいは、交渉の経緯その他諸々の状況から客観的にみて相手方が審判請求をする蓋然性が高く、かつ、被請求人がこれを認識していると認められる場合などをいうと解すべきであり、被請求人が単に審判請求を受ける一般的、抽象的な可能性を認識していたのみでは足りないというべきである。」と判示する。
 文献においては「譲渡交渉等の際に「交渉不成立のときは不使用取消審判の請求をする」旨の意思表示を示された場合等をいう。」(小野昌延編「注解商標法【新版】」青林書院(平成17年)下巻1154頁)とされている。実務上は内容証明郵便を送付するなどの方法をとっている。必ずしも常に通知を要するわけではないが、審判請求人としては、駆け込み使用を防止するために審判請求をする旨を被請求人に認識せしめる程度の行動をとることが必要であり、本審決の示す事情のみでは足りないということに注意すべきである。

3 審判の請求前三月から使用した場合
 50条1項は、「継続して三年以上日本国内において商標権者、専用使用権者又は通常使用権者のいずれもが各指定商品又は指定役務についての登録商標・・・の使用をしていないとき」取消審判を請求できるとする。商標権の設定登録の日から3年未満の請求は不適法を理由として却下される(前掲注解商標法1121頁)。
 他方、50条3項は、「第一項の審判の請求前三月からその審判の請求の登録の日までの間に、日本国内において商標権者、専用使用権者又は通常使用権者のいずれかがその請求に係る指定商品又は指定役務についての登録商標の使用をした場合であつて、その登録商標の使用がその審判の請求がされることを知つた後であることを請求人が証明したときは、その登録商標の使用は第一項に規定する登録商標の使用に該当しないものとする。」と規定する。
 注意すべきは、「審判の請求」の日と「審判の請求の登録の日」とは一致しないということである。本件審判の場合は審判の請求から登録まで19日間ほど要している。
 駆け込み使用の禁止期間は、「審判の請求」前3か月であるから、審判の請求を設定登録の日から3年を経過した日の翌日に行った場合には、2年9か月よりも後の使用は駆け込み使用となる。この場合、商標権者は2年9か月までに商標を使用しなければ、不使用取消のリスクを負うことになることに注意が必要である。
 本判決においても、Yが平成16年9月8日に本件審判を請求したことから、駆け込み使用の始期は6月8日となり、登録日から3年が経過する日である6月22日よりも2週間早い。Yはこの日までに商標の使用を開始しておく必要があった。
 50条1項の規定ぶりからして、不使用取消審判は一般的に3年が目安という認識がされていると思われるが、具体的に不使用取消審判が予想されている場合には、商標権者は実質的には2年9か月までに使用を開始しなければ取消リスクを負うことになり、逆に審判を請求する者は2年9か月を経過した時点から内容証明郵便の送付を検討することになろう。

以上
(文責)弁護士 山口建章