【平成15年6月27日判決(東京地裁 平成14年(ワ)第10522号)】

【判旨】

 「花粉/かふん」の商標につき商標権者から独占的通常使用権の許諾を受けた原告が、当該商標権を侵害する被告に対して損害賠償金の支払を請求した事案において、独占的通常使用権者は、商標権者に対して契約に基づく債権的請求権を有するにすぎないが、契約上の地位に基づいて当該商標の使用権を専有しているという事実状態に基づく利益を享有しており、かかる利益も法的保護に値するから、独占的通常使用権者は商標権を侵害する第三者に対して固有の権利に基づき損害賠償を請求し得るが、この場合は商標法38条1項ないし3項の規定を類推適用することはできず第三者の侵害行為と相当因果関係にある範囲の損害につきその賠償を請求することができるにすぎないとされ、また、本件においては、商標権者は原告以外の者にも通常使用権を許諾しており、原告が契約に基づいて当該商標の使用権を専有していたという事実状態が存在しないから、原告が損害賠償を請求することは許されないとされた。

【事案の概要】

 本件は、商標権者から登録商標につき当初独占的通常使用権の許諾を受け、次いで専用使用権の設定を受けた原告が、被告に対し、被告が別紙被告標章目録1ないし3記載の標章(以下、「被告標章1」などといい、これらを併せて「被告標章」と総称する。)をのど飴に付して、これを販売展示等する行為は原告の独占的通常使用権ないし専用使用権を侵害すると主張して、専用使用権に基づき販売展示等の行為の差止め及び商品の廃棄を求めるとともに損害賠償(原告が独占的通常使用権者であった期間の分を含む。)を求めている事案である。
 被告は、これに対して、〈1〉被告標章は登録商標に類似しない、〈2〉被告標章は商品の効能、用途等を普通に用いられる方法で表示するものであり、商標権の効力は及ばない(商標法26条1項2号)、〈3〉原告が専用使用権の設定を受けるに至った経過等に照らせば、原告の被告に対する権利行使は権利の濫用に当たるなどと主張して、原告の請求を争っている。

【判決抜粋】(下線部筆者、なお、独占的通常使用権に関する判決部分のみ抜粋する)

主文
1 被告は、その製造販売するのど飴その他のキャンデー又はそれらの包装に別紙被告標章目録1ないし3記載の標章を付してはならない。
2 被告は、のど飴その他のキャンデー又はそれらの包装に別紙被告標章目録1ないし3記載の標章を付したものを販売し、販売のために展示してはならない。
3 被告は、のど飴その他のキャンデーの商品広告に別紙被告標章目録1ないし3記載の標章を付して展示し、頒布してはならない。
4 被告は、その占有するのど飴その他のキャンデー又はそれらの包装若しくはその商品広告に別紙被告標章目録1ないし3記載の標章を付したものを廃棄せよ。
5 被告は、原告に対し、50万6291円及びうち50万5636円に対する平成14年5月25日から、655円に対する同月30日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
6 原告のその余の請求を棄却する。
7 訴訟費用は、これを3分し、その1を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
8 この判決の第1項ないし第5項は、仮に執行することができる。
(中略)
第4 当裁判所の判断
(中略)
 4 争点4(原告の損害の内容及び額)について
  (1) 被告商品の販売数量
  (中略)
  (2) 独占的通常使用権者による損害賠償請求の許否
  ア 通常使用権者は、同人の登録商標の使用に対しては商標権に基づく権利行使をしない旨の合意を商標権者又は専用使用権者(以下「商標権者等」という。)との間で得て、商標権者等に対して当該合意に基づく債権的請求権を有するものであり、独占的通常実施権者は、これに加えて他者に当該登録商標の使用を許諾しない旨の合意を商標権者等との間で得ているものである。
  独占的通常使用権者は、商標権者等に対して契約に基づく債権的請求権を有するにすぎないが、商標法は商標権者等に対して登録商標の専用権を保障しており(商標法25条、36条)、商標権者等は、契約上独占的通常使用権者に対して当該登録商標を唯一使用し得る地位を第三者との関係でも確保すべき義務を負っているものであるから、独占的通常使用権者は、このことを通じて、当該登録商標を独占的に使用し、これを使用した商品を市場で販売することによる利益を独占的に享受し得る地位にあるものと評価することができる。
  このように独占的通常使用権者が契約上の地位に基づいて登録商標の使用権を専有しているという事実状態が存在することを前提とすれば、独占的通常実施権者がこの事実状態に基づいて享受する利益についても、一定の法的保護を与えるのが相当である。すなわち、独占的通常使用権者が現に商標権者等から唯一許諾を受けた者として当該登録商標を付した商品を自ら市場において販売している場合において、無権限の第三者が当該登録商品を使用した競合商品を市場において販売しているときには、独占的通常使用権者は、固有の権利として、自ら当該第三者に対して損害賠償を請求し得るものと解するのが相当である。そして、この場合、当該第三者が、独占的通常使用権者による当該商品の市場における販売を認識し得る状況にあったものであれば、独占的通常使用権者に対する関係においても、商標法39条により過失が推定されるものと解するのが相当である。
  もっとも、同法38条1項ないし3項の規定は、商標権者等が登録商標の使用権を物権的権利として専有し、何人に対してもこれに基づく権利を自ら行使することができることを前提として、商標権者等の権利行使を容易たらしめるために設けられた規定であるから、独占的通常使用権者の損害についてこれらの規定を類推適用することはできない。したがって、独占的通常使用権者は、第三者の侵害行為と相当因果関係にある範囲の損害につき、その賠償を請求することができるにとどまるものと解するのが相当である。
  イ 本件においては、前記当事者間に争いのない事実(第2、1(2)イ)のとおり、原告は、平成13年8月1日、信州蜂蜜本舗との間で、本件登録商標につき使用許諾契約を締結したものであるところ、同契約書(甲2)においては、商標権者である信州蜂蜜本舗は、原告に対して、原告が使用する商標の態様を「花粉のど飴」と指定し、使用商品を「キャンディ」として通常使用権を許諾しているが(同契約書第1条)、商標権者は、前記使用商品(キャンディー)においては、本件登録商標を第三者に使用許諾しない旨が定められている(同第5条)から、原告は、本件登録商標につき、独占的通常使用権者であったと認めることができる。
  そして、証拠(甲5の1、2)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、平成13年12月から、本件使用許諾契約に従い、「花粉のど飴」の商標を付したのど飴(キャンディー。原告商品)を自ら販売していたものであり、原告商品と被告商品とは同内容の商品として市場において競合していたものと認められる。
  しかしながら、証拠(甲8、乙44、45)及び弁論の全趣旨によれば、春日井製菓は、平成14年初めころから「花粉のど飴」の標章を付したのど飴(キャンディー)を販売していたところ、信州蜂蜜本舗は、原告との間の上記使用許諾契約(第5条)に違反して、遅くとも平成14年4月までに、春日井製菓に対して、50万円の使用料で、同年8月末日まで本件登録商標の使用を許諾し(このことは、原告自身が訴状15頁において自認している。)、これに基づいて春日井製菓は「花粉のど飴」の標章を付したのど飴(キャンディー)を市場において販売していたことが認められる。そうすると、原告は商標権者との間で本件登録商標につき独占的通常使用権の許諾を受ける旨の契約を締結したものの、同契約による許諾期間において、実際には本件登録商標は競業他社に対しても使用許諾され、同社により本件登録商標を付した商品が市場において販売されていたのであるから、本件においては、原告は、商標権者等から唯一許諾を受けた者として本件登録商標を付した商品を市場において販売していたということはできない
  前述のとおり、独占的通常使用権者に固有の損害賠償請求権を認めるにしても、それは独占的通常使用権者が契約上の地位に基づいて事実上本件登録商標の使用権を専有しているという事実状態が存在することを前提とするものであるところ、本件においては、原告はこのような前提を欠くものである。したがって、このような原告が独占的通常使用権の侵害を理由として損害賠償を請求することは許されない
  ウ 上記によれば、独占的通常使用権の侵害を理由とする原告の損害賠償請求は既に理由がないものであるが、加えて、本件においては、被告が被告商品を市場において販売したことにより、相当因果関係の範囲内において原告が被った損害を確定することも不可能であるから、この点からしても、原告の上記請求は理由がない
  すなわち、証拠(甲8、乙5ないし11、20、23、32、33)及び弁論の全趣旨によれば、〈1〉平成14年春期市場より前において、「花粉」と他の文字列との組合せからなる標章を付したのど飴(キャンディー)として、「花粉あめのち晴れ」、「花粉本舗」、「花粉クールアップタイム」、「花粉にミントガム」、「瞬間花粉STOP!」、「花粉退治」、「花粉注意報」といった商品が販売されていたこと、〈2〉平成14年春期市場においては、前同様の商品として、株式会社扇雀飴本舗の「花粉クールアップタイム」、ライオン菓子株式会社の「シュガーレス花粉対策キャンディー」、「花粉本舗」、株式会社リボンの「花粉大作戦」などが販売されていたほか、「花粉のど飴」の標章を付したのど飴(キャンディー)として、原告商品、被告商品に加えて、春日井製菓の「花粉のど飴」、「ノンシュガー花粉のど飴」、株式会社オレンジゼリー本舗の「花粉のど飴」が販売されていたことが認められる。このように、「花粉」の文字を含む標章を付された多数の競合商品が、原告商品及び被告商品に先行して販売され、あるいは同時期に販売されていたものであり、また、これに加えて、前記のとおり本件登録商標を付した原告商品が平成13年12月に初めて発売されたものであることに照らせば、本件登録商標は、それ自体として強い商品出所識別機能を有するものではなく、また、特定の商品につき長期間継続的に使用されたことを通じて市場における信用ないし顧客吸引力を備えたものということもできない。上記のような競合商品の存在及び本件登録商標の自他識別力の脆弱性に加えて、さらに、証拠(甲5の1、2、6の1、2、乙45)及び弁論の全趣旨によれば、被告商品は原告商品と同等の内容であり、かつ内容量も同じ(70g)であるにもかかわらず、小売価格において原告商品(200円)よりも25%も安い価格(150円)で販売されていたというのであるから、被告商品は小売価格が低廉であることにより消費者に好んで購入されたと推測される。
  上記の各事情を総合すれば、被告が被告商品を市場において販売したことにより、原告商品の売上に何らかの不利益な影響が生じたことが推測されるとしても、被告の行為と相当因果関係のあるものとして原告がどれだけの原告商品の売上を失ったのかを確定することは到底不可能である。
  エ 上記によれば、原告が本件登録商標につき独占的通常使用権者であった期間について、独占的通常使用権の侵害を理由として損害の賠償を求める請求は、理由がない
  (3) 専用使用権者としての損害賠償について
   (中略)
 5 結論
  以上によれば、原告の本訴請求のうち、差止請求については、原告の専用使用権の範囲である「のど飴その他のキャンデー」に被告標章を付すことの差止め等を求める限度で理由がある。すなわち、被告標章をのど飴その他のキャンデー又はそれらの包装に付すことの差止め(主文第1項)、包装等に被告標章を付したのど飴その他のキャンデーの販売等の差止め(同第2項)、のど飴その他のキャンデーの商品広告に被告標章を付すことの差止め(同第3項)並びに被告標章を付したのど飴その他のキャンデー又はそれらの包装及び商品広告の廃棄(同第4項)を求める限度で理由がある。また、損害賠償請求については、50万6291円及びうち50万5636円に対する平成14年5月25日から、655円に対する同月30日から各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度で理由がある(同第5項)。
  よって、主文のとおり、判決する。

【解説】

 特許権の通常実施権者は、実施許諾の対象となっている特許権を侵害する第三者に対して、損害賠償請求をすることはできないと考えられている。第三者の侵害行為により、通常実施権者が何らかの経済的損害を受けることは否定できないが、このような経済的損害は、法的救済に値するとは認められていない。その理由としては、侵害行為と通常実施権者の損害の因果関係が認められないこと[1]、通常実施権における特許権者の債務は、通常実施権者の実施行為に対して特許権者が権利行使をしないという不作為債務に過ぎないこと、が考えられる。
しかし、独占的通常実施権者の場合、多くの裁判例で、侵害者に対し、自ら被った固有の損害の賠償請求が可能であるとされている。損害賠償請求を認める根拠は、特許権者(自然人)が独占的通常実施権者(法人)の代表取締役及びその親族であるという実質的同一性にあるとする事案(大阪地判 昭和54年2月28日)、債権侵害の法理に求める事案(神戸地判 平成8年9月9日)、独占的通常実施権者の「独占的に発明を実施しうる地位」が侵害者との関係で法律上保護される利益と解した事案(東京地判 平成10年5月29日)、が見られる。
 損害賠償額の推定規定である特許法102条1項~3項及び過失推定規定である特許法103条に関しては、各条項が適用されるのは特許権者又は専用実施権者に条文上は限定されていて、独占的通常実施権者への適用はない。しかし、独占的通常実施権者に対する類推適用を肯定する裁判例もみられる[2]。
 本件においては、独占的通常使用権者に対する商標法39条(特許法103条に相当)の類推適用は肯定されているが、商標法38条1項~3項(特許法102条1項~3項に相当)については、商標権者等が登録商標の使用権を物権的権利として専有することを前提としたことによる規定であるとして、独占的通常使用権者に対する類推適用は否定されている。しかし、第三者の侵害行為と相当因果関係にある範囲の損害についての損害賠償請求権を独占的通常使用権者に対して認めている。
 本件の特徴としては、独占的通常使用権者の認定において、独占的通常使用権者と商標権者等との間の、他社に当該登録商標の使用を許諾しない旨の合意(契約関係)だけではなく、独占的通常使用権者が契約上の地位に基づいて登録商標の使用権を専有しているという事実状態を前提としている点にある。商標権者が同業他社の第三者に当該登録商標の使用を許諾していたことから、原告はそのような事実状態を欠くとして、独占的通常使用権者として認定されなかった。そのような第三者への使用許諾に関して、独占的通常使用権者からの承諾などの事情があった場合はともかく[3]、権利者が独占的通常使用権者との間の契約に違反して第三者に使用許諾した場合には、このような認定は独占的通常使用権者に酷であると考える。
 独占的通常使用権者であると認定されるために、本件のように独占的使用の事実状態が必要であるとの裁判例が確立したとは言えないが[4]、独占的通常使用権者であるとの主張をする場合には、権利者から第三者への許諾の有無に関しても確認する必要はあると考える。

以上
(文責)弁護士 石橋 茂  

 


[1] 中山信弘・小泉直樹編『新・注解特許法(第2版)[中巻]』(青林書院、2017年)1467頁(城山康文)
[2] 例えば、特許法102条1項について大阪地裁 平成16年7月29日、2項について東京高判 平成16年4月27日、3項について東京地判 平成17年5月31日、特許法103条について東京高判 平成16年4月27日。
[3] 本件においては、商標権者が第三者へ登録商標を使用許諾したことを原告が訴状において自認しているとの言及はあるが、使用許諾について原告から承諾があったとまでは読み取れない。
[4] 本件に続く裁判例については、金子俊哉「特許権の侵害者に対する独占的通常実施権者の損害賠償請求権」知的財産法政策学研究21巻203頁、が詳しい。